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5/12

戦う覚悟

 それから五年の月日が流れた。


 12歳になった俺は第二次成長期に差し掛かりつつも、日々の鍛錬を欠かさず行い、その甲斐あって俺の体はより引き締まっていた。


 俺には教師と言える人がいないため、剣術に関して実践的な部分は怪しいが、身体能力は十分な水準に達していると思う。


 また勉学に関しても、前世の知識のおかげで覚えも早かったため、今のところ文武両道。


 実に順調な道のりを歩いている。


 問題は魔法。


 魔法はどうしても知識だけでは扱うことが難しいので、やはり直接指導してくれる人が必要だと感じた。


 実際、俺は魔法に関してこの5年でほとんど成長していない。


 だが、俺のためだけにわざわざ魔法の教師をこんな遠くの一軒家まで伯爵家が派遣してくれるとも思えないので、別の手を考える必要があった。


 そして今日、ついにその計画を実行する。


「……外に出て、ダンジョンに挑んでみたい、だと?」


 一か月に一度の父上との面会。


 俺の提案を聞いた父は強面の顔をさらに引き締めた。


「はい。わがままを言っていることは分かっています。ですが、少し鍛錬で行き詰まっていることもあり……」


 父は首を横に振った。


「やめておけ。ダンジョンなど、お前には到底早い」


 この人間と魔物とで二分化されているこの世界のダンジョン。


 それは、大昔、魔物が大陸の大半を支配した際、各地に点々と残した魔物の発生源。


 ゲーム内では、ダンジョンは主人公たちのレベリングに使われていた。


 座学や基礎練習だけでは得られない、より実践的な経験が、ダンジョンに潜ることで得られるのだ。


「……エルルファード王国では、10歳から冒険者になることができると聞きました」


「お前は冒険者になるつもりなのか?」


 父の問いに首を横に振る。


「違います。ただ、私はもどかしいのです。私は学園に入りたい。ただ、座学と自主的な練習だけでは能力の向上に限度があります。より上を目指したい。ただそれだけで……ぜいたくなことを言っているのは分かっています……」


 父の目を見て、訴えかけるように言うと、父は少し考えるようなそぶりを見せる。


「……お前をこうやって何事もなく生活させてやっているのは、侯爵家の、すなわち俺の慈悲に他ならない。本来ならば、お前に人としての生活が保障されないことぐらいは理解できているな?」


「……はい」


 俺が頷くと、父は大きくため息をついて手元の紅茶を啜った。


「……確かに、鍛えているな」


 俺の体を見て、父は一言言った。


「……っ、は、はい。もちろんです、父上。毎日鍛錬は欠かさず行っています。勉学においても、日々努力はしているつもりです」


「……だろうな。最近のお前は、妙に聡いところがある。とてもではないが、ヒューバートより年下とは思えないな」


 ヒューバートは、父と正妻の間の息子の名である。


 父の顔を伺うと、父の表情は少しだけ緩んでいるような気がした。笑っているつもりだろうか。


「……と、今の言葉は忘れろ。万一ヒューバートの耳に入れば機嫌を損ねることになるからな」


「はい」


 とはいえ、俺が正妻の子と会う可能性は限りなく低いだろう、と内心ツッコミを入れる。


 父は紅茶を飲み干し、少し考えた後、俺を見つめた。


「有能であれば道を用意してやると言ったのは確かに俺だ。本来ならお前の提案など聞く必要もないが、お前の母と、そしてお前の鍛錬の褒美として、ダンジョンへ挑むことを許そう。」


「っ! ありがとうございます!」


「七日後、迎えを寄越す。ただし、お前に護衛を与えることはないし、命の危機があっても俺はお前を助けない。そして、お前が侯爵家に関係することも他言は禁止だ。お前はもともと、存在してはいけない子なのだからな。それが確認できた時点で、お前には相応の処分があると考えろ」


「……はい」


 つまり、この外出に命の保証はないということだ。


 『穢れた血筋』などと蔑まれている手前、本当に俺を消そうとする輩が刺客を送ってくる可能性もある。


 少し不安は残るものの、この外出にはリスクを冒すだけの価値がある。


 そんな俺の不安を察したのか、父は心なしか小声で呟いた。


「安心しろとまでは言わないが、気にせずとも良い。お前が人為的に傷つくことがないよう、俺の方で目を光らせておこう。そもそも、お前に家柄的価値はない。俺の警戒を搔い潜る苦労をしてまで、お前の命を狙う可能性は低い」


「……ありがとうございます」


 表向きではないとはいえ、俺に対する父の対応は破格だった。


 それだけ娼婦だった母への愛が強かったのだろうか。


 望んでいない生まれだったとはいえ、こんな立場の俺に配慮してもらっていることに、少しだけ申し訳なさを感じた。


 もちろん、俺が侯爵家に害をなそうものなら父は迷いなく俺を切り捨てるだろうが。


 それから少し他愛もない会話をして、父は屋敷に戻っていった。


     ◇


 七日後。


 俺に害意を持つ他の侯爵家の人間に外出を悟られないようにするためか、馬車を引いて、旅の商人に変装した迎えが訪れた。


 アリスは俺に同行するように言ってきたが、適当に理由を付けて家の仕事をしているように言いつけている。


 馬車の上。


 吹き抜ける風が心地いい。


 素性の関係でいらぬ面倒を避けるために、俺は体を覆うようにローブをまとい、フードをかぶっていた。


 馬車の上には水や食料、武器関係。また、少しの金銭が入っていた。この1日だけの遠出であれば、十分な量がある。


「……これが外か」


 俺があの家から出るのも、物心ついてからは初めてだった。


 澄ましたふりこそしているが、馬車が進むたびに世界が広がるような感覚がして、高揚感が抑えられない。


「父上には頭が上がらないな。こんな立場の俺に、よくこれだけ用意してくれたもんだ」


 用意してくれたのは馬車や食料だけでなく、短剣などもある。


 木剣は持ってきていたが、ダンジョンへ挑むとはいえ、『穢れた血筋』へ実際に刃物を与えるのはそれだけの権利を認められていることの証だ。


 当主としての仕事をこなしつつ、これだけのものを内密に用意するのにはかなりの苦労を要しただろう。


 もちろん、短剣と言ってもナイフのようなものだが、これから向かうところを考えれば立派な武器であるといえる。


 短剣をベルトに挿した俺は、地図とコンパスを手に取り、往く道を確認した。


 地図には五年前につけた赤いバッテンがはっきりと残っている。コンパスは、二つの針で方角と目的地、二つの方向を示していた。


 今回の目的地は、とある森林地帯のダンジョン。


 位置的にはアレクサンダー侯爵領内にギリギリ入っているかといった位置だった。


 体感的にはギャルゲーをやって六年ほど。当時地図に覚えている限りの情報を残した俺を褒めてやりたい。


「本当にそんな場所に行っていいんですかい、坊ちゃん? お話は聞きましたが、そこにダンジョンがあるなんて聞いたことがないですぜ?」


 そう俺に確認してきたのは、馬車を運転している細身の男だった。


 立場的には伯爵家に仕える使用人の中でも末端の者で俺の素性は聞かされていないらしく、俺はそこそこ高い立場の使用人の息子か何かだと思われている。


「まあ、あるかもってだけですけどね。無かったら無かったで終わり。ちょっと冒険してみたくなって」


「ふ~ん、好奇心旺盛ですな~。まあ、あそこには弱小の魔物しかいませんし、坊ちゃんなら楽勝でしょう!」


「あはは……」


 はぐらかすように肩をすくめると、御者は興味をなくしたのか、その後話しかけてくることはなかった。


「……俺の鍛錬は、十分なのかな」


 日本で過ごした記憶を取り戻してから、今までやってきたことを振り返る。


 朝は剣の素振りや走り込みなどをして、昼から夕方まで勉学や魔法の熟達に励み、夜はちょっとした剣術や魔法の練習をして、眠る……正直、この生活に慣れるまでは面倒くさくて、何度もやめようとした。


 武術がダメなら知識だと、現代日本の知識を活かして商売なんかを始めようかとも思ったが、俺はその知識も、それを成すための技術も持ってない。


 そもそも、日本での俺はそこまで頭はよくなかった。


 転生したことで自分に何か特別な力が芽生えているのでは、とも考えたが、そんなものあるわけもない。


 結局、地道に能力を伸ばしていくしかなかった。


 鍛錬を続けられたのは、屋敷のムカつくメイドどもを見返してやろうという気持ちがあったことと、俺がこの世界で安定した暮らしを得るために必要だったことが大きい。


 能力を伸ばすための環境が整っていたのは、生まれの割に恵まれていたと思う。


「……いいや、ネガティブなことは考えないようにしよう」


 両頬を叩き、ネガティブな意識を起こす。


 そもそも、俺は今の自分の実力が十分だと考えて外出したんだ。


 それで失敗したらそれはそれ。


 今はただ、初めての外出を楽しむことにしよう。


 そう考えて馬車の外を見ていると、ふっと甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 直後、急激に重い眠気が襲ってきた。


「……ん、なんだ、これ……?」


 昨夜、十分な睡眠は取ったはずだ。


 瞼が……おも……い……。


 強烈な眠気に対抗できず、俺は瞼を閉じた。



     ◇



「―――は」


 目を覚ますと、そこは馬車の中だった。


「俺、確か眠って……」


 そう考えて周りを見渡すと、そこは森林地帯。周りを見ると、全て木々で覆われている。


 わざわざ相当深いところまで送ってくれたらしい。


 加えて、相当長い時間眠っていたのか、空はオレンジ色になっている。


 馬車を降りて操縦席を見ると、馬を駆っていた御者の人はいなくなっており、馬も同様に消えていた。


 食料と水もなくなっている。ポケットのコンパスと、腰の短剣は持っていたのがせめてもの救いだろうか。


 目的地を示すコンパスの針は、ぐるぐると回っている。


「……やられた」


 目的地には着いたものの、どうやら俺は置いていかれたらしい。


 まず間違いなく俺に害意を持っている誰かの仕業。


 あの御者か、あいつを雇った奴がいたのか。


 いくら父が目を光らせているとはいえ、こういった展開を完全に防ぐことはできない。


 直接的に危害を加えてこなかったのは、手を汚したくなかったからだろうか。それか、こんな子供程度なら勝手に野垂れ死ぬと考えた?


 いずれにしても、直接命を奪われなかったのは幸運だった。


 意識を失う前に甘い香りがしていた気がするが、睡眠作用の香水か何かだったのだろうか。


「っと、そんなこと考えてる暇なかったか……!」


 林の奥から抜け出てきた気配に向けて、腰から抜いた短剣を構える。


 茂みを払いのけて出てきたのは、爪の長いモグラのようなモンスター。ゲームでも出てきたし、本でも見た。


 初心者の経験値になる、超序盤のモンスターの一匹だ。


 いつ襲い掛かられても対応できるように、短剣を構える。


 御者の男がこの森の魔物を倒すのは俺――すなわち12歳の少年でも楽勝だと言っていたが、それは大きな間違いだ。


 小型のモンスターだが、それでも俺と同じくらいの身長。


 人を殺すのにためらいのない猛獣と10歳ほどの少年が戦った時、果たして少年が生き残れる可能性はどれほどあるのだろう。


 俺は出来るだけ鍛錬は欠かさないでいたが、実物の魔物を目にすると、足が震え、心拍が上がる。


 相手はこちらの様子を伺っていたが、震えている俺の様子を見ると、一直線に向かってきた。


「はっ!」


 左手に魔力を練り上げ、基礎呪文を唱える。


 基礎呪文は、魔法の中で最も下位に位置する魔法であり、直接的な攻撃力はない。


 どちらかと言えば念力のようなものと言った方が正しく、遠くから触れずに相手を突き飛ばしたり、小突いたりするのがせいぜいといった呪文だ。


 俺にはまだこの程度の魔法しか満足に扱えないが、小型のモンスターを転ばせるには十分だった。


 基礎呪文が足に命中し、転んだモンスターに向かって短剣を振るう。


 肉の鈍い感触が、短剣から腕に伝わった。


「ウ、ギィ!?」


「っ」


 腰が引けているせいで、短剣はモンスターの体を浅く切りつけただけだった。


 モンスターはすぐに反撃しようとこちらに爪を伸ばす。


 バックステップを踏んで転ぶように後ろに下がったものの、腕の震えは止まらなかった。


「……ふぅ~」


 落ち着くために息を吐く。


 そういえば、日本でもこの世界でも、生き物を殺す経験はなかった。


 モンスターを切りつけた時の不快な肉の感触がまだ腕に残っている。


「……落ち着け。何のために今まで鍛錬を続けてきた。ランニングして、素振りして、やりたくもない勉強をしてきた!」


 立ち上がったモンスターは、鋭い爪を構えて俺を切りつけようとしていた。


 正露丸のように真っ黒な目は無機質で、俺を殺すのに何の躊躇もない。


 震えが大きくなる。


「お前が死ぬんだよ……幸せに生きるのは、俺だ!」


 あのギャルゲーですら、一瞬の油断が命取りだった。


 ましてや実際に命を賭けなければならないこのギャルゲー世界で、躊躇ってなどいられる訳がない。


 覚悟を決めた俺はしゃがみ込んで、短剣をがむしゃらに振り抜いた。


 刃がモンスターの皮膚を破り、肉を裂き、大量の血が溢れる。


 振り返ると、モンスターの体は黒い霧に覆われて消えていた。


「はぁ、はぁ……」


 ゲームでは経験値が得られ、レベルがあがったりしたが、急に強くなったような感覚はない。


 黒い霧が晴れ、残ったのは黒光りする小さな石一つ。


 俺は震えが止まらない体を起こし、その石を拾い上げる。


「これが魔石……初めて見た」


 魔石は、モンスターが死んだ後に残すドロップアイテム。


 その中には魔力が込められており、動力として用いられたり、魔法道具の素材になったりする。


 俺は周囲に別のモンスターがいないことを確認すると、手早くその魔石をポケットに入れる。


 モンスターが消えたところに手を合わせた後、森へと振り返った。


「奥に急ごう」


 そうして、俺は森の奥へさらに歩を進めたのだった。

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