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方針

 この世界がギャルゲーの世界だと気が付いてから一年が経った。


 記憶を取り戻したことで最初は動揺していた精神も今は落ち着き、幼い俺『エドワード』と、日本で暮らしていた男の記憶が統合されたことで、俺の精神は実年齢より少し落ち着きのあるものになっている。


 今の俺の年齢は七歳。


 第二次成長期には入っていないものの、さすが子供というべきか、毎年6,7センチ程度身長が伸びる驚くべき成長を遂げている。


 黒の短髪は定期的に手入れしており、日ごろの鍛錬のおかげで体は引き締まっていた。


 こちらでは黒色の髪は珍しい色らしい。父は金髪だから、俺と同じ黒髪だった母方の血を濃く受け継いだのだろう、との話を父から聞いた。


 アリスとちょっとした仲直りをした後の、この小さな家での生活は規則正しいもので、そのおかげか顔つきも非常に健康的で良い。


 おそらく、このまま成長すれば前世――と仮定しておく――の俺より遥かに美男子に育つ、と思う。


 もちろん、それはこのまま何事もなく大人に成長し、仕事を見つけて平和に暮らしていければの話だ。


 問題はここがあのバトルが異様に難しかったギャルゲーの世界であるということ。


 あのゲームの展開を考えると、魔物との大規模な戦闘や、また人間の国同士の戦争も起こり得る。


 そして、俺がゲームには全く関係のない、いわゆる『モブ』キャラだということだ。


「『穢れた血筋』、なんて言われてるくらいなんだから、多少のキャラ付けくらいあってもよかっただろうに……」


 少なくとも俺の覚えている限り、『エドワード』なんてキャラはゲームに出てこなかった。俺が仮にゲームの舞台となる学園に入学できたとしても、立ち位置としてはモブがいいところだろう。


 アレクサンダー家の名前こそゲームには出てくるものの、そもそも俺は父の強硬な意見で生かされている身。


 伯爵家の一員として扱われることはない。


 そもそもここは剣や魔法、魔物なんてものもいるファンタジー。日本より遥かに命の危険があると考えていい。


 だからこそ自分で動き、自立できる能力が必要だった。


 狭い部屋で白紙の紙と向き合っていると、後ろのドアがコンコンとノックされ、紅茶とお菓子を持ったアリスが入ってくる。


「エドワード様。いつものお紅茶をお持ちいたしました。それと、今日のお菓子はビスケットです」


「ありがとう、アリス」


 ティーカップに注がれた紅茶を一口飲む。程よい熱が喉元を通り過ぎた。


「どう、でしょうか?」


「うん、いつも通り美味しいよ」


 俺が満足そうに頷くと、アリスも嬉しそうに微笑む。


 最初の方こそ挙動不審で俺の機嫌を伺うような様子だったアリスも、あの日からは自信を取り戻し、今では立派に俺の従者を務めてくれていた。


 背もさらに伸び、一年前はボブカットだった赤髪はセミロングになっている。


 この一年でアリスは、まさしく美少女と呼ぶに相応しい女の子に成長していた。


 ちなみに、悔しいが俺より背は高い。悔しいが。


 ティーカップを置いて、再び白紙に向き合うと、アリスは不思議そうにこちらを覗き込んでくる。


「エドワード様、それは一体何を書いているんですか?」


「ああ、目標を立てようと思って」


「目標?」


 首をかしげるアリスに、俺は人差し指を立てて説明する。


「このまま何もやらずに大人になっても、俺はすげー大人になれないだろ? だから目標を立てて、色んなことを勉強していこうと思うんだ。一応、父上から能力が認められれば学園に通わせてくれるとも言われてるしな」


「確かに、エドワード様は特殊な御身分ですので将来設計は詳しく立てないと不安かもしれませんね……」


 アリスは納得したように頷く。


 もちろん、最終的な目標は『すげー大人』になることではない。


 まずは、平和で安泰な生活を掴むこと。


 それさえ達成すれば、後からいくらでも目標の立てようはある。


「それにしても子供のころからちゃんと将来を考えてるなんて、エドワード様はすごいですね!」


「……背が高いお前に言われると、少しおちょくられてる気がする」


「そんなことないですよっ」


 口を尖らせてアリスがこちらを睨む。


 自分でも情けないとは思うが、身長に固執してしまうのはこちらの世界でも同じらしい。


「……それに、私の身長なんてエドワード様はすぐに追い越してしまうでしょう?」


「……仮にそうだとしても、たぶんあと5年以上はかかるぞ?」


 アリスはそろそろ成長期に入る。俺はまだ先。しばらくはアリスに見下ろされる日々が続くと思うと、思わずため息が出た。


「……と、今はこんなことしてる場合じゃない」


 コホン、と一つ咳払いをして、白紙に一つずつ目標を書き連ねていく。


 まずは勉学と武術の鍛錬。これは最低条件だ。


 この二つに秀でていれば、騎士や司教などの就職に血筋の関係ある職を除いて、仕事に困ることはないだろう。それに、この二つの能力が認められれば父上から学園に通わせてもらえると確約されている。


 ただし、学園には十六歳から入学できるので、それまでにこの目標を達成する必要がある。


 次は魔法の習得。


 ただ、これは正直今のままでは厳しい。魔法の教科書は父上からもらっているものの、魔法の習得には実践的な要素も大きく関わり、何より安全面で卓越した魔法技術を持つ教師が必要になる。


 しかし、わざわざ隔離されている俺のために魔法の教師が来てくれるわけもないため、現状、俺は教科書の見よう見まねで魔法を学んでいた。


 だが、俺自身に魔法の才能がないのか、教師がいないのが原因か、一応記憶を取り戻す前も魔法の鍛錬はしていたはずなのだが、この2,3年間で空き瓶を転がす程度の基礎呪文しか使えないのが現状である。


 ただ、この問題をも解決しうる目標が、最後……。


「……? こっちの紙は、何ですか?」


 アリスはテーブルの隅に置いてあったもう一つの紙を広げる。


「地図、ですかね? 何か色々点が書かれてますけど……」


 その紙にはエルルファード王国の地図が記されており、所々赤いバッテンのマークが描かれていた。


「エドワード様、このマークはなんです?」


「ああ、それはいつか行ってみたい場所にマークを付けたんだ」


「行ってみたい場所……?」


 アリスは納得がいかなそうな表情を浮かべる。


「でも、マークしてある場所は人里もないような僻地ばかりですし、名所がありそうなところもありませんが……」


「まあ、いつかのことだし気にするな」


 首をかしげるアリスをチラリとみて、俺はにこりと微笑んだ。


 すると、アリスはきょとん、とした顔を浮かべる。


「……」


「……なんだよ」


「いえ、エドワード様は本当にお変わりになられたなあ、と。一年前なら、笑ったお顔なんて向けてもくれなかったので」


「……ほんとに悪かったよ。説教はいくらでも受けよう」


「い、いえ! そうではなく……!」


 アリスは慌てて否定する。


 だったらなんなんだ、と俺はジトッと疑念の目を向けた。


「こうやってお喋りできるようになって、嬉しいなあって。前のエドワード様とまともに会話できたのなんて、ホントたったの一度くらいで……!」


「一度?」


 そんなことあったっけか、と首をかしげる。


「……まさか、覚えてないんですか?」


「……あんまり」


 嘘をついた。実は全く思い出せない。


 俺が全く覚えていないことなんてお見通しなのか、アリスは大きくため息をついた。


「エドワード様って、優しくなりましたけど忘れっぽくなりましたよね」


「いや……だってそれ、一年以上前の話だろ……?」


「たった一年前です!!」


 子供にとっての一年前って、結構長かったんだなあ、と他人事のように考える。


 だがそれでも、一年以上前の『エドワード』がアリスとまともに会話したことなんてあったっけか。


「……思い出せませんか? エドワード様が家出なさったときのこと」


「家出!? 俺そんなことしてたか?」


「しましたよ! エドワード様を探すの大変だったんですから! ……まあ、夜になって自分から帰ってきましたけど」


「うーん……」


 思い出そうとしたが、本当に思い出せない。


 たしかに、そんなことあったようななかったような……。


「帰ってきたエドワード様は、少し優しい顔をしてましたよ」


「俺が?」


「はい。その時少しだけ、エドワード様は私に話してくれました。黒い髪の女の子が、エドワード様を家まで導いてくれたと。女の子は、エドワード様を家に連れてすぐにどこかへ行ってしまったようですが……」


「……」


 アリスから話を聞いても、やはり思い出せない。


 だが、黒い髪の女の子については少し覚えがあった。


 記憶を取り戻す前、一瞬だけそんな女の子が見えたことを覚えている。


「……」


「……エドワード様?」


「……いや、なんでもない。懐かしい話を聞かせてくれてありがとな」


「い、いえ、よかったです……」


 俯くアリスをよそに、俺はペンを執り、紙に向き合う。


 アリスの話がなんだったのか、結局思い出すことはできなかった。

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