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転生酔いと仲直り

 記憶を取り戻してから一週間。


 窓から夕日が差し込む中、目を覚ました俺はベッドの上でボーっと木の壁を見つめていた。


「今日も起きたら夕方か……完全に昼夜逆転してんな」


 のそのそとベッドから這い出て、動きやすい服に着替える。


 木剣と鞘をベルトに括り付け、部屋から出た。


 その瞬間、ふわっと美味そうな香りが漂ってくる。


 居間へ入ると、そこではアリスが夕食の準備をしているところだった。


「あっ……おはようございます。エドワード様、さ、さっそくご夕食にいたしますか?」


 確かにお腹は空いていた。しかし……。


 恐る恐る尋ねてくるアリスに、俺は微笑んで返す。


「ごめん、今は食欲がなくて……外で少し運動してくるから、その後でも大丈夫かな?」


 俺がそう言うと、アリスは戸惑った様子で頷く。


「はっ、はい! もちろん、です……」


 アリスに一言お礼を言って、玄関から外へ出る。


 先ほどまでちょこんと顔を出していた陽も、今となっては山の向こうに消えようとしていた。


 そんな風景をよそに、木剣を抜き、構え、数を数えながら素振りを始める。


「いち、にっ、さん……」


 いつもの習慣であるはずなのに、剣の動きが少し鈍い。


 心のどこかで、素振りなんて面倒だと考えている自分がいる。


 まるで、二つのコントローラーで一つのキャラクターを動かしているような気持ち悪さ。


 転生酔いとでもいうのだろうか。


 そんな気持ち悪さを感じて、この一週間、俺は碌に睡眠もとれない昼夜逆転の生活を送っていた。


「36,37っ、……はぁっ、もうやめだやめっ!」


 そう言って木剣を放り出し、地面に寝そべる。


 こう寝そべっている間にも、動けという自分と、もうやりたくないという自分が喧嘩していて、思考がグチャグチャで、とても気持ちが悪い。


「うー……気持ち悪い。何か別のことを考えよう……」


 自分自身から意識を逸らし、余計なことを考えないようにする。


 周囲を見渡すと、聖樹が視界に飛び込んできた。


 青白く光る聖樹は、昼の時とは打って変わってよりその存在感を強めている。


 勿論この光景を見るのは初めてではないが、いつもの光景だと思うのと同時に、目を奪われる自分がいた。


「聖樹……」


 この世界にきて、いくつか確認できたことがある。


 まず、この世界の大部分を成しているのは人間と魔物に二分化された大陸。


 人間側が東部、また魔物側の領域が西部に位置しており、今俺がいるエルルファード王国は、人間側の領域の西部に位置している。


 つまり、この国は魔物の領域と隣り合わせの危険な国ということだ。


 しかし、魔物がこちらに攻め込んでくることはない。


 魔物の進行を防ぐため、巨大なバリアが人間と魔物の領域境界内に張り巡らされているからだ。


 そのバリアの根幹となっているのが、エルルファード王国の王都の中心に聳え立つ巨大な樹―――すなわち聖樹。


 聖樹がある限り、魔物の進行は決して起こり得ない。これはあのギャルゲーと全く同じ設定だった。


 そして、この世界の文明レベルは地球より低い。


 『穢れた血筋』と言われている俺が、嫌がらせで先時代的な家をたまたま宛がわれたという線もあるが、この前の父を見る限り基礎的な文明レベルは低い。


 地球で言えば、中世くらいの時代観だろうか。


 魔法が存在しており、魔力によって動かす器具もあるらしいが、こちらに関しては『エドワード()』も見たことがないので何とも言えなかった。


 そこまで考えたところで体を起こし、地面に落ちた剣を拾う。


「……さて、そろそろ家に戻るか。アリスも待っているだろうし」


 剣を鞘に入れ、歩いて家に戻った。


 玄関で土を払い居間に入ると、すでに夕食の準備を終えたアリスがちょこんと立って待っていた。


「お、おかえりなさいませっ、エドワード様」


「ただいま、アリス。待たせてごめん。夕食にしよう」


「……」


「……? どうした、一緒に食べないのか?」


「……うぅ」


 俺がテーブルに座ると、アリスは何か言いたげな様子で立ち尽くしている。


「どうしたんだ?」


「い、いえ、その……!」


 俺が問いただすと、アリスは意を決したように言葉を発した。


「その、何かお困りなのでしょうかっ! 私が何か無礼を働いたのなら、償いますので……!」


「えっ」


 唐突な問いに、思考が硬直する。


 俺が戸惑っていると、アリスはさらに距離を縮めてきた。


「何でもおっしゃって下さいっ! エドワード様が元気になるのなら、わっ、私はなんでも……!」


 冷静でない様子のアリスを慌ててなだめる。


「ちょ、ちょっと待った。落ち着いてくれ、アリス」


 そう制止すると、アリスは少し落ち着いた様子を見せた。


「……ど、どうしてアリスはこんなことを?」


 俺がそう尋ねると、アリスはおずおずと話し始めた。


「……そ、その、最近はいつも、私はエドワード様とお食事を共にさせていただいておりますよね……?」


「……? そうだな」


「いつものエドワード様でしたら、私を食事に誘うなんて、なさらないので……。当主様がいらっしゃってからご気分は優れないようですし、無理をなされているのではないかと……」


「……ああ」


 不安げにこちらを見つめるアリスを見て、俺は静かに得心する。


 そういえば、記憶を取り戻してから色々考え込んでしまって、つい忘れていた。


 心配そうな目で俺を見ているアリスは、俺が5歳の時、つまり1年前に父が連れてきた見習いのメイドだった。


 その時のアリスは今より幾分か自信に満ちて、元気な表情をしていたと思う。


 しかし、『穢れた血筋』として蔑んだ目ばかり向けられてきた俺は、そんなアリスにも疑念を向けていた。


 『お前もどうせ俺を見下しているんだろう』、と。


 だから俺はアリスと馴れ合うつもりはなかったし、逆に見下してやろうと酷い扱いをしていた。


 それこそ、一緒に食事を取るなど決して許さなかっただろう。


 そんな俺と過ごしているうちに、アリスは徐々に自信を失い、今のようにおどおどとした性格になってしまった。


 そこまで思い出して、俺は急に自分が恥ずかしくなった。


 アリスと食事を共にするようになったのは、馬鹿みたいに人を信用していた前世のころの記憶に影響されていたからだ。


 だが、アリス目線、今まで散々冷たい扱いをしてきた主人が突然食事を共にしようなどと言ってきたことになる。困惑して当然だ。


 そんな俺にアリスは侮蔑の目を向けるどころか、心配してくれている。


 なら、俺が言わなければならないことは……。


「……心配をかけて、ごめんなさい」


「っ!? そ、そんなっ、エドワード様、顔をお上げください!」


 慌てた様子のアリスに、俺は頭を下げたまま言葉を続ける。


「それと、今まで冷たくしたことも謝らせてくれ。今まで身を粉にして働いてくれていたのに、俺はアリスに酷い言葉ばかり掛けていた。本当に、ごめんなさい」


「……あぅ」


 頭を下げ続けている俺に、アリスはなんと言葉をかけていいか戸惑っているようだった。


「……急に謝られて、困るよな。悪い」


「いっ、いえ、そんなことは!」


 慌てるアリスになんと言葉をかければいいか、どうしたら自分の気持ちを伝えられるか、慎重に言葉を選ぶ。


「……最近、自分のことを振り返る機会があってさ。少し、昔の自分を振り返ってた」


「昔のエドワード様、ですか……?」


「ああ。それで、俺がアリスにやっていたのはただの八つ当たりだって気づいたんだ。父上の屋敷のメイドと同じように、アリスも俺のこと見下してるんじゃないかって思って、怖かった」


 そう語る俺の言葉を、アリスは静かに聞いていた。


「こんな口だけの謝罪じゃ許してもらえないかもしれないけど、本当に悪かった」


 そう言って、頭を下げてしばらくしていたが、アリスからの反応は返ってこなかった。


 恐る恐る顔を上げると、アリスはしゃくりあげるように涙を流していた。


「ひっく、ひっく……うぅ~!」


「っ!? わ、悪かった! 本当にごめん!」


 俺が慌てて立ち上がると、アリスは首を横に振った。


「ちっ、違うんです……! エドワード様の元気がなくて、私が何かしてしまったのかと心配だったので……」


「……お前、お人よしすぎるだろ……」


 自分もつらかっただろうに、怒るどころか人の心配をするなんて。


 アリスは涙を拭うと、少しすっきりした顔でほほ笑む。


「では、ご夕食にしましょうか」


「……一緒に?」


 俺が恐る恐る尋ねると、アリスは元気な声で言った。


「はい。ご一緒させていただきますっ!」


 その日は少し落ち着いた食事ができた。

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