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再確認

 愕然と地面に座り込んでいると、小屋からメイドが飛び出してきた。


 不安そうな面持ちで、恐る恐る駆け寄ってくる。


「エドワード様、その、急に家を飛び出されてどうなされたのですか? 先ほどまで高熱で寝込んでいらしたのに……その、お体に、触るといけませんよ?」


 そう言って俺の顔を覗き込んでくるのは、俺と同じ年くらいの小さな女の子。


 明るい赤髪はボブカット、不安そうな赤い瞳で、おどおどとこちらを見つめている。


 ある時期から家に住み込みで務めている、俺の専属メイド――『アリス』だ。


 メイドと言えば黒を基調としたエプロンドレスに、白いフリルのあしらわれたホワイトブリムを頭に着用しているのを想像するが、アリスが着用しているのは平民とほとんど変わらない、平凡な服だった。


「ああ……悪かった」


 俺がそう謝ると、アリスは少し驚いたような表情を見せた。


「お熱の方は大丈夫ですか?」


「あ、ああ、大丈夫」


「まだ熱が上がるかもしれませんし、もう少しお休みになられてはどうでしょうか」


 俺の様子が少しおかしいことに気が付いたのか、心配そうな顔をしながらアリスは座り込んでいた俺を支えながら家へ連れて帰ろうとする。


 すると開いた玄関から、クラシック調のメイド服を着用した女性がこちらを見つめていた。


 アリスに支えられながらあちらに歩いている俺を見下している。


 遠目からでもその嘲りの目に気が付くほどにあからさまだった。


「まったく……いくら高熱で伏せていらっしゃったとはいえ、突然家を飛び出されるとは。さすがは娼婦の血が混じっている穢れた血筋。教育が行き届いていないと見えますね」


 不愉快そうに眉を顰める女性は髪をまとめ、アリスとは違い、まさにメイド服と呼ぶにふさわしい幾分か金のかかった服を着ている。


 近くにはほかのメイドも控えており、隠しもせずクスクス、と笑い声が聞こえていた。


 動揺が抜け切れていない俺が黙り込んでいると、女性は顔をより不愉快そうに顰める。


「おや、今回は私に対して謝罪の言葉の一つもなしですか、確かに、坊ちゃんはそろそろ自立したがる年でしょうし、反抗の一つもやってみるが良いでしょう」


 女性がそういうと、アリスは俺を守るように前に出た。


「エドワード様は先ほどまで寝込んでおられまして、今は体調が優れないご様子なのです。今も、再びお休みなさろうとしていたところで……」


「あなたは黙っていなさい。まったく、主人が主人なら従者も従者ですね」


「あぅ……」


 アリスのフォローも逆効果だったのか、女性はより不機嫌な様子になる。


 アリスは怖くなったのか、縮こまってしまった。


「……と、お小言はこのくらいにしておきましょう。当主様がお待ちですよ」


「……分かりました」


 こくんと頷き、家に入る。


「あぁ、そうそう。当主様と面会する前に、その薄汚い服は着替えておきなさい」


「……はい」


 女性に言われて頷き、部屋に戻って着替える。


 先ほどまで着ていた寝間着はボロボロで、ところどころ継ぎ接ぎされており、しかも外の土で薄汚れていた。


 濡らした布で土に汚れた体を拭き、唯一持っている正装に着替える。


 居間に入ると、そこで待っていたのは父親だった。


 居間の中にメイドはおらず、入れたばかりの紅茶とささやかなお菓子がテーブルの上に置かれていた。


「随分と待たせたな。相変わらず、ボロボロで寂れた家だ」


「……申し訳ありません」


「父親と会える一か月に一度の面会―――高熱で倒れていたと聞いていたが、突然家を飛び出したらしいじゃないか。随分元気そうだな」


 そう不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす俺の父親、『クレイグ』は貴族、それも侯爵だ。


 貴族と言えば煌びやかな服を身にまとい、ふくよかな体形をしているイメージがあるが、クレイグは筋肉質な体で、整った髭を生やした落ち着いた雰囲気の男だった。


「まさか、俺との面会が不服だったか?」


「とんでもないです、父上」


 俺の言葉に、父は少し驚いた様子で目を見開く。


「――父上? この前の面会まではお父さん、と呼んでいなかったか?」


「……っ、不愉快でしょうか? でしたら……」


 俺が言い直そうとすると、父は得心した様子で頷く。


「まあ、お前も六つの年になった。多少の言葉遣いも覚える時期か……」


 俺が黙り込んでいると、父は少しだけ眉を緩める。


「……母親に似てきたな」


「……母上、ですか?」


 唐突な話題に、思わず意表を突かれてしまう。


 俺の母親は父の妾で、元は娼婦だった。


 父が貧民街で娼婦として働く母を一目見て妾にしたらしい。いわゆる、一目惚れって奴だ。


 妾になってしばらくして、母は俺を身ごもった。


 しかし、母は娼婦だったから、勿論貴族である父の子供であるとは限らない。


 それもあって、通常貴族――それも侯爵と娼婦との間に子がなされた場合、堕胎させるのが一般的らしいが、父は『間違いなく俺の子だ』と言って、周囲の反対を押し切る形で俺が生まれたらしい。


 だが、もともと貧民の出で、体の弱かった母は俺を生んですぐに死んでしまった。


 そこからの俺の処遇については揉めに揉めたらしい。


 貴族の血が半分流れているのかも疑わしい『穢れた血筋』……いわゆる忌み子。侯爵家の正式な血族として扱うことは難しいし、周囲の心証はもちろん悪い。


 本来なら孤児院に放り込むか、奴隷商人に売り払われるところだ。


 しかし、父はそこでも反対意見を押し切り、俺は貴族の生活から完全に隔離される代わりに、領内にポツンと立つボロボロの小さな小屋と、同年代の専属メイド――見習いの世話係を与えられ、最低限度の生活を送ってきた。


 遠い屋敷に住む父と正妻の子とは、まだ顔を合わせたこともない。


 そもそも会う価値が俺にはない。


「勉強には励んでいるか?」


「は、はい」


 反射的に頷くと、父は相変わらず不機嫌そうな顔で「そうか」とつぶやく。


「お前が学業的に優れていると分かれば、聖アーヴァ学園へ入学させるのもやぶさかではない。もちろん、正式な侯爵家の一員として扱うつもりはないが。そこでも優秀な成績を収めるなら、エルルファード王国に貢献しうる人材として、キャリアに関しても多少の融通は聞かせてやる」


「妾……奴隷商人……聖アーヴァ学園……エルルファード王国……」


 少なくとも日本では馴染みのなかった言葉。


 俺がブツブツとつぶやいていると、父は訝し気な表情を浮かべる。


「……ん? どうかしたのか?」


「い、いえ、なんでも……それより、魔物は出ましたか?」


「何を言っているんだ。聖樹が見えないのか? あれがある限り、魔物がこちらに入ってこれるわけがないだろう」


 父は呆れているようだ。


 一方、俺は魔物が存在することを知っているはずなのに、父の口から魔物の存在を聞いてやはり驚きを隠せないでいた。


「どうした? 様子がおかしいが。……やはり、まだ熱は引いていないようだな」


 呆れた様子の父は席を立ち、居間の出口へ向かう。


「……食料や消耗品はいつも通りお前の従者に渡してある。ついでに薬もな」


「ありがとうございます」


 そう言い残して、父は部屋から出ていった。


 しばらくして、父を見送ろうと玄関へ向かうと、父の乗った御車は既に豆粒ほどの大きさにしか見えないほどに遠かった。


 呆然と御車の方に手を振っていると、混濁していた意識がようやくはっきりしだした。


「やっぱり、あのギャルゲーの世界で間違いない」


 ポツリと呟くと、アリスが恐る恐る様子をうかがってくる。


「あの、エドワード様。どうかなされましたか……?」


「……アリス」


「は、はい」


「俺はどうすればいいんだ……?」


「え、ええっ!?」


 突然言い出した俺の問いになんと答えればいいのか困ったアリスは、一生懸命考えながらワタワタと慌てている。


 まさか、ギャルゲーの世界に転生するとは、思いもしなかった。


 しかも、あの難易度のおかしいバトル要素を持ったギャルゲー世界への転生。


「ちょっと俺、少し休んでくる……」


「えっ!? あっ、お、おやすみなさい!」


 フラフラと部屋に戻る俺に、アリスは慌てて言葉を返した。


 この俺、『エドワード・A・アレクサンダー』はこのギャルゲー世界を知っている。


 転生した元日本人である俺が、何度死んだかわからないこの世界で、果たして生きていけるのだろうか。


 ……難しいことは起きてから考えよう……。

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