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ヒロイン

「シャ、シャーロット様……!」


 メイドの顔がサッ、と青ざめる。

 門を開いて現れたのは、眼鏡をかけた銀髪の少女だった。


「……」


 少女は状況を確認するように瞬きを数回。

 先ほどまで俺を取り囲んでいた騎士たちも顔が青ざめたかと思うと、波が引いたようにサッと俺から離れ、整列して少女に頭を下げている。


 身にまとっているのはシンプルなデザインの黒いシャツ。白を基調としたコートは白衣のようで、サイズが合っていないのかぶかぶかで袖が余っていた。


 赤と黒のストライプ柄のネクタイは豊満な胸元のラインを際立たせていて、すらりと伸びた両脚は黒のストッキングに包まれ、肌の色がわずかに透けて見える。


 暗い緑のチェックのスカートを着用しており、太もも周りには薬品らしき液体の入った無数の試験管が差され、怪しい光を放っていた。


 身長は約160センチ弱で俺より少し小さいくらい。

 凛とした顔立ちには、どこか悪戯っぽう表情が浮かんでいて、青藍の目には好奇の感情が宿っている。


 ふわふわのウルフカットに、頭頂部からは奔放なアホ毛が伸びていた。


「……ふむ。ちょっとした運動のついでに、屋敷の周りを回ってみようと思っていたんだけど」


 数瞬の沈黙の後、落ち着いた声でゆっくりと少女は口を開く。

 僅かに、近くの騎士の肩が震えた。


「……っ」


 その柔和だが、どこか冷え切ったような声音に息を吞む。

 努めて顔に出さないようにしたが、内心興奮が収まらなかった。


 ―――うわあ、すげえっ! 本物ってこんなかわいいんだっ!? しかも実物見るとちょっと怖えええ!


『おじ様。きしょい』


「うるせ」


 リナに冷たい言葉を返しながらも、胸の中は感動と熱狂でいっぱいだった。父との会話で同じ年なのは知っていたが、まさかここで会えるとは。


 そう。俺は少女を知っている。


 目の前の少女はギャルゲーの攻略キャラ―――ルートによっては主人公の人生のパートナーとなる相手だからだ。


 少女の名は『シャーロット・A・アレクサンダー』。アレクサンダー侯爵家の次女であり、正史では間もなく、ゲームの舞台となる聖アーヴァ学園へと通うことになる学生である。


 シャーロットは怯えた様子のメイドを見つめる。


「イザベルさん、これはどういう状況なのかな……?」


 知らなかったが、このメイドの名はイザベルというらしい。初めて知った。


 メイド……改めイザベルはピンと背筋を伸ばす。高校生くらいの少女にオバサンが怯えている光景は、客観的に見るとなんとも奇妙だった。


「いっ、いえ、この平民が、許可なく屋敷に入ろうとしているので、お帰り願おうとしていたところで……」


「ふぅん、平民、ね……」


 ぬらりとした視線がこちらを向く。

 対する俺はぎこちない笑みを浮かべた。


「キミの名前は?」


「……エドワード、です」


「……なるほど」


 シャーロットは訳知り顔で頷くと、妖しい笑みを浮かべる。

 そして、イザベルに向き直ると、笑顔で言った。


「イザベルさん、すまない。彼はボクの友達でね。実は今日、会う約束をしていたんだ」


「……えっ?」


「はっ?」


 突然シャーロットが言い出した話に、掠れたような声が出る。


 イザベルも目を丸くして、


「し、しかし、友達ならなぜ、お名前をわざわざ……」


 当然の疑問に、シャーロットはにっこりと笑みを浮かべた。


「ボク、実は忘れっぽいんだ。約束のこともあらかじめ伝えておくべきだったね。どうやら面倒を掛けてしまったようだ」


「は、はあ……」


 暴論も暴論だが、イザベルは納得しているようだ。いや、納得するしかない、というのが正しいのか。イザベルはこれ以上の会話をしたくない、といった様子だった。

 シャーロットはイサベルと会話していたのがウソだったかのように浮かべていた笑みを消して、こちらに顔を向ける。


 そして、大仰に手を広げると、


「と、いうわけでだ、エドワード君。待たせてすまないね。早速約束を果たそうじゃないか。はっはっは」


 そう乾いた笑い声を上げた。


「こいつ、終わったな」


 近くの騎士たちが小さく呟いたが、ゲームでシャーロットの()()を知っている俺は気にならなかった。

 が、屋敷ではシャーロットは相当怖がられる存在であるようだ。


 呆然と立っているイザベルたちを背に、シャーロットと並んで屋敷の門をくぐる。


 物心ついて初めての実家帰りは、奇しくもゲームのヒロインとすることになった。



     ◇



 門を抜けてしばらく。

 屋敷までの広い庭園を進んでいると、隣で歩いていたシャーロットが口を開いた。


「……さ」


 さ?


「とても災難だったね、エドワード君」


「は、はい。まあ、慣れたもんなので……でも、さっきのはさすがに危なかったですけど。助けてくれて、ありがとうございます」


 歩みを止めて、頭を下げる。

 シャーロットも同じく歩みを止め、首程まで伸びた銀髪がふわりと揺れた。


「ああ、気にしないでくれたまえ? 私の名前はシャーロット。気軽にシャル、もしくはシャーリーと呼んでくれて構わない。というか呼んでほしい」


「ああ、シャーロット様でしたか。ご噂はかねがね」


 彼女の顔は知っていたが、あくまで初対面、といった風に驚いて見せる。

 だが、少しテンションが上がっているのもまた事実で、今の俺の心情はテレビに出ている有名人と出会った感覚によく似ていた。


 前世の記憶を取り戻して早十年。


 こうやって実物を見ると、やはり現実離れした美少女と対面しているのだと感じる。


「……ワード君? エドワードくぅん?」


「っ、は、はい」


 いけない。少し感傷に浸りすぎたようだ。


「キミとボクは同い年なのだから、気軽にシャルと呼んでくれ。それに敬語も不要だ。ボクたちは今は友達という役回りだからね」


「は、はあ……」


 相変わらず何を考えているのかわからない、妖しい笑みを浮かべるシャーロット……改めシャルに気の抜けた返事を返す。

 そして先ほどから少しだけ気になっていたことを、小さな声で尋ねた。


「ところで、さっきから思ってたんだけど……俺のこと知ってたの?」


「ああ、もちろんさ。キミの話はちょっとした興味でお父様から聞いていたからね……、まあ、子供のちょっとした好奇心だよ。野次馬みたいな真似で少し申し訳ないとは思っているけど」


「まあそれはいいけど。でも、名前を知っていたとしても、よく俺だって分かったね?」


「黒髪はこの辺りじゃ珍しいし、それに、イザベルさんも君のこと知ってる風だったからねえ。……その、け……」


「穢れた血筋、な」


 俺が言い直すと、銀髪の美少女は不敵な笑みを崩さず少しだけ沈黙する。


「っと、ごめん。自分で言うのは違うよな」


「いやいや、ボクも考えなしに言ってしまった。すまないね」


 ……少し気まずい空気になってしまった。


『そもそも、この子ちゃんと会話する気あるのかしら? さっきから不気味にニヨニヨしてるだけだけど』


 リナうるさい。ちゃんと理由があるんだよ。


「……ところで、今日は何をしにこの屋敷へ?」


「ああ、実は聖アーヴァ学園への入学を父上に相談してたんだ。それで、父上と屋敷で直接面会する約束をしてて」


「なるほど。実はボクも同じ学園に入学する話があるんだが……そういうことならお父様の執務室まで案内してあげよう。たぶん、屋敷に来るのは初めてだろう?」


 シャルは屋敷の方へと体を向け、俺に手招きして歩き出す。


 おお、それは大分助かるな。


「ありがとう、シャル。お願いするよ」


 すると、シャルはピタッと硬直する。


「……悪いけど、今何と言ったか聞こえなくてね。もう一度言ってくれるかい?」


「……? ああ、ありがとう、シャル」


 今度は少し大きめの声で言うと、シャルは少しの間沈黙して、


「ああ、気にしなくていいんだ。では、行こうか」


 屋敷の方へと歩き出した。

 そんなシャルの様子を見て、俺の記憶を除いたのか、リナは納得したように呟く。


『……そういうこと?』


「そういうこと」


『なんか、忙しい子ね』


 いまいち理解しきれていない表情を浮かべるリナを見て、苦笑いする。

 ギャルゲーのヒロインなのだし、彼女にもキャラ付けの一環として特徴的なコンプレックスなどはある。


 だが、そのせいで彼女は大分苦労しているだろう、と目の前を迷いなく歩くシャルの背中を見て思った。

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