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ノンブレス・オブリージュ

 森の中から無事帰還すると、外では俺を送ってくれた時と同じ馬車が待っていた。


 父が手を回してくれたのか、それかシンプルに俺に害を加えようとする勢力の介入がなかったのか。今回は何事もなく馬車で帰ることができそうだ。


 初老の御者の人は俺を見るなり驚いたように少し目を見開いて、すぐさま目を細めて表情を緩める。


「おや、エドワード様お帰りなさいませ。ではご連絡通り、お屋敷の方へとお送りいたしましょう」


「はい、お願いします」


 そうして、馬車に揺られて俺はアレクサンダー侯爵家の屋敷へと向かう。

 馬車に乗るのはこれが三回目だろうか。めったに乗ることもなかったから、やっぱり新鮮な感覚だ。


 外の景色を見て黄昏ていると、霊体化したリナが話しかけてくる。


『屋敷に行くのは物心ついてから初めてなのよね?』


「ああ、そうだな」


 娼婦の母を持つ俺は、アレクサンダー家の屋敷に住むことは許されなかった。

 屋敷で暮らしていた時期もあるにはあるらしいのだが、それも物心がつくまでのほんの少しの間。

 実際、屋敷で生かされていた時の記憶はほとんどない。


 だから、実質これが初めてのお屋敷……帰宅ってことになるんだろうか。


 先日の父との面会で呼ばれているから、招待という形の方が正しいのかもしれない。


「おじ様のお父様はあなたとの約束を守ってくれるかしら?」


「……さあ? でも正直、結果的に守ってくれなくても文句はないかな」


 森へ行く前に、父と交わした約束。

 正直、大きな賭けだった。その時の父の困惑した表情はよく覚えている。


 今考えると、大分無理な提案だっただろう。

 他のやり方もあったのかもしれないが、俺は()()()()()のためにこの方法を取った。


 酷く自惚れたやり方だと分かっている。しかし、やりたいことはとりあえずやっておけば少なくとも後悔はしない。


 無理な提案だともわかっているから、仮にこれが失敗しても誰かを恨むこともない。


 父はたぶん、俺の意見を通すために最大限動いてくれているだろうから。


「ま、どうせ失敗するだろうから、まずは住処を見つけるところから考えたらどうかしら?」


「住処って……俺は獣か何かか」


「あら、私はいつあなたに欲情されるか恐怖しながら過ごしてるのよ……?」


「俺をエロ魔人かなんかだと思ってる!? さすがに見た目小学生に欲情しねえよ!?」


「はぁーっ!? 誰が見た目小学生よ!」


 顔を紅潮させて恥じらうリナに思わずツッコミを入れた。


 が、頬をぷくーっと膨らませたリナに髪の毛をギューッと引っ張られる。痛い痛い!!


 見た目の年齢は俺の方が高いのに、どうしてこうコイツの話題は年齢層高めなんだろうか。



     ◇



 そうしてリナと他愛もない会話をしていると、やがて伯爵家が直轄で治める都市であるレスターに到着した。


 都市の入り口である城門を潜り抜けると、石作りの大通りに所狭しと様々な露店が並んでいる。

 また、居酒屋や宿屋、遠目にはゴシック様式に似た大聖堂や石レンガの巨大な建物が立ち並び、夕方で仕事帰りの時間なのか、大通りは多くの人々でにぎわっていた。


「ん~! なかなかいい匂いしてるな!」


「確かに……」


 美味しそうな食べ物の匂いに釣られ、馬車から身を乗り出す。

 肉の串焼き屋や揚げ物、またミートパイの屋台などが見えて、思わず唾を飲み込んだ。


 リナの方を見ると、物欲しそうに親指を加えてボーっとしている。


「……」


「……なんか食いたいものがあったのか?」


「ふえっ!?」


 声を掛けると、いつも落ち着いた口調のリナが可愛らしい声を上げたので少し驚いた。

 リナもらしくない声が出てしまったとわかっているのか、コホン、と咳ばらいを一つ。


 しかし、耳は真っ赤に紅潮していた。


「べ、別に、食べたいものなんてにゃいけど?」


 噛んだ。

 リナは誤魔化すようにふんっ、と顔を背ける。


「……すまん。いつもご飯いらないって言うから、てっきり食べる必要がないとばかり……」


 リナは四年間、食べ物を口にしたことがない。

 本人もいらないと言っていたし、てっきり剣だから必要ないのだと勝手に納得していたが、食欲自体はあったようだ。


「だからっ、別に食べたいものなんてないって言ってるじゃないっ!」


「ごめんな……ごめんな……」


「ちょっ、おじ様話聞いてる!?」


 泡を食って声を荒げるリナを横目に、俺は顔を押さえてしくしくと泣いているふりをした。

 これからはちゃんと食わせてやらないとな……。


「しかし、ロリ属性に食いしん坊属性とは……燃費が悪そうだ」


「~っ、おじ様のばかっ!」


 羞恥からか、ブルブルと震えたリナから鉄拳が飛んでくる。さすが剣。鋼鉄のように固い拳だっ!


 ……いつも落ち着いた様子のリナが年相応に見えるもんだから、ついテンションが上がってしまったようだ。


 ジンジンと痛む頬を押さえながら、静かにそう思った。


「おっさんが過ぎた口を利かないでよね」


「おっさんとか言わないで……俺が悪かったから」


「ふんっ」


 リナは不機嫌そうに顔を背けた。少し調子に乗りすぎたか。


 そのまま気まずい時間を過ごしていると、町を抜けて林の道を通り、やがて侯爵家の屋敷に着いた。


「エドワード様。屋敷に到着いたしました」


「ありがとうございます」


 馬車を降りて一礼すると、御者はニコッと笑って早々に立ち去る。


 目の前には、屋敷の入り口となる豪奢で巨大な門があり、鎧を纏った騎士たちが見張っていて―――。


 こちらに気づいたらしいメイドが、スタスタと速足で近づいてきた。その目は鋭く、こちらを見下すように見据えている。


 一か月に一度、父上との面会のたびに付いてくるあのメイドだ。会うたびに眉間の皴は増え、老いているように感じる。

 

 あまりにあからさまな態度だが、慣れたものだ。


「エドワード、様。ようこそいらっしゃいました、アレクサンダー家の屋敷へ」


「ごきげんよう、マダム」


 俺が胸に手を当て一礼すると、門の前の騎士からチッ、と舌打ちするのが聞こえた。

 明らかに聞こえるように舌打ちしていたが、誰かが咎める様子もない。俺は努めて笑顔を崩さなかった。


 メイドはにっこりと笑顔を浮かべると、大仰に首をかしげる。


「それでえ、エドワード様は何の御用でお屋敷に?」


「っ、父上から伝わっていると思いますが」


「残念ながら、お父上様から今日エドワード様がいらっしゃるようなお言葉は頂いていませんねえ」


 メイドは口を半開きにして、老けた顔を近づけてくる。

 なるほど、そうきたか。


「……そんなはずはないですが。何よりマダム、あなたは先日の父上との面会でお会いしましたよね? その時に聞いているはずですが」


「……さあ? 何せ、わたくし耳が遠いもので。それに、エドワード様とクレイグ様はいつも部屋で二人きりとなって面談なされているではありませんか? お二人の内密な話を盗み聞きするなんてとてもとても……」


『……嘘ね。この女、いつもあなたたちの会話をドア越しに盗み聞きしているわよ』


「んなことわかってるよ」


 父との面会での会話の内容を盗み聞きされているのは気配でなんとなく分かっていた。誰が盗み聞きしているのか確信はなかったが、大体の想像は付くだろう。


 だが、そんなことは味方のいない今の状況で訴えても何の解決にもならない。


 すると煩わしくなったのか、メイドは大きくため息を吐き態度を急変させた。


「……そんなわけでさっさと回れ右して戻ってくださる、平民? そもそもあなたはもう成人。今まではまだ妾の子として扱ってやっていたけど、もう我慢の限界です。正直、あなたのような下賤なものがこの栄えあるアレクサンダー家の屋敷の前に立っているだけでも虫唾が走るの」


「つまり、父上も呼んでいただけないということでいいですか?」


「うるっさいわねぇ!? 平民……いえ、娼婦生まれの穢れた血筋が私たちに口答えしてんじゃないわよ!! あんまりしつこければ――武力行使も厭いませんよ?」


 メイドは俺にしか聞こえないほどの小さな声で囁きかけると、後方の騎士を指さしてほくそ笑む。


 人間ってこんな醜い顔もできるんだなあ、と他人事のように感じた。


 ―――でも、少し傷ついた。


 俺が大人しく動かないことに苛立ったのか、メイドは後ろの騎士の一人に投げやりに声を掛ける。


「はぁ、もういいわ。そこのあなた、こいつをさっさと引っ張り出してしまいなさい。いえ―――適当にどこかへ連れ出して、殺してやって」


「はっ」


 返事を返した騎士は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。兜の奥は好奇心に満ちていて、面白い退屈しのぎを見つけたような瞳だった。


「おい。今までお貴族様に寄生していい生活送ってたんだろうけどよぉ。これでお前の人生終わり。残念だったなぁ」


 俺の恐怖を煽るように囁いて、騎士は俺の腕を乱暴に掴む。


 一方、俺の心は妙に静かだった。


「悪いけど、俺の人生をお前らごときに潰させるわけにはいかないんだ」


「何を言って、っ!?」


 ドンッ、と騎士を片手で突き飛ばすと、騎士は地面に尻もちをつく。

 直後、ドッ、とほかの騎士から笑い声が上がった。


 こんな子供に突き飛ばされるなんて無様だと笑っているんだろう。騎士の顔が歪む。


「っ、このっ!」


 憤怒の表情を浮かべた騎士が飛び掛かってくるが、ステップを踏んで避ける。なおも飛び掛かってきた騎士だったが、伸ばしてきた手をスルリ、と避けて足を引っかけるとものすごい勢いで地面に激突した。


 よろよろと起き上がった騎士は、もう剣に手を置いている。


「く、クソォ……この、クソガキ……!」


「おいおい、何やってんだぁ? そんなとこでおっ始めちゃ後処理が大変だろうが」


 状況を見かねたのか、ほかの騎士たちも悠々と俺を捕まえようと近づいてきた。


『どうする、おじ様? わたしを使うのも手だけど……殺したくないんでしょ?』


「……ああ」


 霊体化したリナの言葉を肯定する。

 リナを使えばこいつらを殺すのは簡単だ。今のやり取りでそれが分かった。油断ももちろんあるだろうが、この騎士たちは相手してきた全身鎧たちより幾分か対処しやすい。


 かと言って過ぎた性能の武器を抱え、大の大人複数相手に手加減できるほど俺自身は強くなかったた。


 それに、殺したところでそれは解決策にはならない。むしろ、俺の立場が危うくなる可能性もある。


 加えて、人を傷つけるのに躊躇いがないわけでないこともまた事実だった。


『でも、あいつらはおじ様を殺す気よ? 今はとりあえず捕まえることに執心してるみたいだけど、時間がたてば問答無用で切りかかってくるかもしれない。さすがに私なしじゃ、対処できないでしょ?』


「それは、そうだけど……」


 アレクサンダー家からすれば、その生まれから俺はいなくなったとしても捜索される価値がない。それゆえに、こいつらは何の躊躇いもなく俺を殺し、それなりの証拠隠滅を図って知らんふりするだろう。


 そんなことを考えている間にも、騎士たちは複数人でかかってくる気満々だ。

 いっそのこと逃げてしまおうか、と考えていると、


 ―――ギィ。


 門がほんの少しだけ開く。


「おや、屋敷の前でいったい何をやっているのかな?」


 眼鏡をかけた銀髪の少女が、不思議そうな眼差しでこちらを見ていた。

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