鍛錬の成果
『オオオォッ!』
全身鎧の初手は巨大な大剣だった。
かなりの速度で振り下ろされるそれを視認し、俺はすかさず飛びのいて躱す。
振り下ろされた大剣を起点に、地面に罅が入った。
「《粉砕》」
攻撃の直後に出来た隙を狙い、初級魔法を放つ。
四年前は傷一つ付けることなく弾かれた衝撃波は果たして、
『グッ、オアァァァッ!?』
全身鎧の腹部に直撃し、その巨体を大きくのけ反らせた。
全身鎧から困惑したような感情が伝わってくる。直後こちらを見据えたかと思うと、大剣をがむしゃらに振り回した。
「よっ、ほっ」
かすりでもすれば大怪我は免れないそれを、俺は体を捻ったり、跳躍してかわす。
この四年間の鍛錬で鍛えた身体能力。
特に、自分の格上と戦い続けることで鍛えられた“逃げ足”は、最も鍛えられている。
その中でも致死性のある攻撃、すなわち受けてしまえば死んでしまうような攻撃には特に敏感になっていた。
『うっかり当たるんじゃないわよ? おじ様』
「わかってるよ。おかげさまで、よく避けられてるっ……!」
四年間の鍛錬で肉体が鍛えられたと言っても、あくまで人間の範疇に過ぎない。
この全身鎧の攻撃を一度でもまともに受けてしまえば死に直結すると、肌でビリビリと感じる。
『オオオオォォォォッ!!』
「うーん……前はもう少し理性が残ってる感じじゃなかったっけ?」
『そんなこと悠長に言ってる場合かしら?』
リナに釘を刺され、気を引き締める。
会話で生じたわずかな隙を狙った大剣の横薙ぎを、地面を大きく踏みしめ、剣で受け止めた。剣同士が衝突し、互いに火花を散らす。
ほんの僅かだったが、全身鎧に動揺が走ったように見える。
「避けてばっかで、ひ弱な奴に見えたか?」
残念。伊達に過酷な命のやり取りを四年間やり続けたわけではない。
『私の力ってことも忘れないでよね?』
「そりゃ、もちろん。リナ様の武器としての性能あってのものですとも」
一歩前に踏み込み剣を受け流すと、巨大な大剣は地面にめり込んだ。この隙を見逃さず、めり込んだ大剣を足場にして、全身鎧の巨大な腕を切りつけた。
ガンッ、と鈍い音が響いて火花が散ったかと思うと、重々しい音を響かせ全身鎧の片腕が地面に落ちる。その切り口は鮮やかなほどに平坦だった。
『グオオオォォォッ!?』
全身鎧は雄たけびを上げて大きくバックステップを踏む。
俺から距離を取ると、強く地面を踏みしめ、土埃が舞った。その兜の奥は激しく黒光りし、警戒したようにこちらを睨みつけている。
「久しぶりにお前を使ったけど、やっぱとんでもない切れ味してんなあ」
これは剣の扱いに慣れておいて正解だったかな。
『わたしも、使い手の血は浴びたくないからね』
「そうなったら、お前は呪われた魔剣とか言われてたのかね」
『冗談じゃないわ』
リナと軽口を交わしながらも、全身鎧から注意は逸らしていない。
なぜだか、全身鎧は俺から距離を取って、微動だにしていなかった。
何か狙っているのか……?
俺がそう、怪訝な表情を浮かべていると、
『っ、おじ様!』
「っ!?」
嫌な予感がして、リナが声を出した瞬間にはもう後ろに下がっていた。
瞬間、先ほどまで立っていた地面から黒い棘が突き出てくる。避けられていなければ今頃串刺しだった。
全身鎧の瘴気が一瞬揺れる。瞬間、地面から次々と黒棘が突き出てきた。
「くっ!」
ジグザグに地面を縫うように飛んで、突き出てくる棘を避ける。
こんな攻撃四年前はしてこなかったぞ!
『あるいは、こんな能力使うまでもない相手だと思われてたのかもね!』
迫りくる棘の波を尻目に、近くの木々へ駆け出す。
一本の巨大な木に目星を付け、跳躍して木の幹を駆け上がった。
鍛え上げられ、人外の域に達した身体能力だからこそできる芸当。
しかし、重力にはそう逆らえない。やがて木の幹から足が離れる刹那、足に大きく力を入れて木の幹から身を躍らせる。
俺の体は重力に従い、ポーンと放物線を描いて地面に落ちていった。
『おじ様、これ大丈夫なの!? このままだと着地点で串刺しだけど!?』
「大丈夫だと思う! たぶん、きっと、希望的観測で!」
『それダメじゃない!?』
全身鎧もそれが分かっているのか、宙で身動きが取れないこちらを見据え、兜の奥を怪しげに光らせた。
『―――』
瞬間、夥しい数の棘が身動きの取れない俺を串刺しにしようと地面から伸びる。
収束した多数の棘が、俺の顔面を掠める刹那。
「ふっ!」
空中で身を捻り、迫ってきた棘を避けた。棘の先端が頬を掠め、耳に血が伝う。
だがこの程度の傷は、いつもの鍛錬でできる傷に比べれば気になるほどではない。俺は剣を構え、落下の勢いを利用して、こちらを見上げる全身鎧の頭を目掛け、リナを縦に振り下ろした。
『―――ッ!!』
致命的な一撃だと悟ったのか、全身鎧が避けようと身を捻る。
おかげで俺の一撃は兜をたたき割ることはなかったものの、全身鎧の胴体を大きく切り裂いた。
『アアァァァッ!!』
「まだ倒れないか!」
人間でいえば致命傷、だがこいつは人間ではない。大きく裂けた胴体からは、血のように黒い瘴気が噴き出ている。
全身鎧は距離を取ろうと大きく跳躍しつつ、空間に手を伸ばす。すると、全身鎧が伸ばした空間から瘴気が噴き出てきて、それが収まるころには全身鎧の手には大剣が再び握られていた。
『オオオォォォッ!!』
地面に着地した直後、全身鎧は何度目かの雄たけびを上げ突進してくる。
慣性のままに振り下ろされた大剣を受け止めると、全身鎧と視線が交差したその刹那、目にもとまらぬほどの斬撃が飛び交った。
当たれば致死級の一撃を受け止め、流し、返しで切りつける。
リナと奴がもつ大剣とでは大きな質量差があるはずだが、リナが折れる様子はない。むしろ、大剣の方の刃が少しずつ刃こぼれしていた。
『アアァァァッ!!』
焦りからか、全身鎧の振るう剣の軌跡が乱れ始める。一方俺はといえば、全身を駆け巡る嫌な悪寒に追い立てられるように剣を振っていた。
だが、この程度の恐怖で剣先が鈍るほどこの四年間の鍛錬は甘いものではない。
「悪いな。俺が幸せになるために、お前には消えてもらうぜ!」
悪役じみた見栄を張って、乱れた剣劇の隙間を縫い、全身鎧との距離を詰める。
『―――ッ!』
「ああああっ!」
全身鎧は苦し紛れに剣を振るうが、攻撃が当たることはない。地面を踏みしめ、大きく跳躍すると、振りかぶった剣で全身鎧の首を切り飛ばした。
分断された兜が宙を舞う。もしデュラハン的なモンスターだったら首を切られても生きてるかも、と警戒したが、やがて兜から出ていた妖しい紫の光は抜け落ちていった。
『―――ぃじょ様』
「え?」
俺に聞こえないほどに小さな声で全身鎧が呟いたかと思うと、ややあって体にひびが入りびしっと音を立てて崩れ落ちていく。
そのまま瞬く間に粉々になると、地面に残されたのは魔石だけになった。
「―――ふぅ」
『終わったわね。お疲れ様』
大きく息をつくと、リナから労いの言葉がかかる。
四年前、無敵とすら思えた化け物を倒せた達成感からか、体が興奮で震えていた。
魔石を拾い上げ、太陽の光に透かして見る。
「でっか!?」
あの全身鎧の魔石はモグラもどきなんかとは比較にもならず、拳大ほどの大きさがあった。
これは売ったら相当高い値が付くだろう。
俺は魔石をしまい、手を合わせる。そして、そこからくるっと背を向けると、
「んじゃ、帰ろうか」
『……そうね』
あっさりとした様子で、元の帰り道へと歩き出した。
帰り道には、あの全身鎧たちが姿を現すことは二度となかった。




