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プロローグ

初投稿になります。よろしくお願いします。

 誰だっていつかは非現実に浸りたいときもある。


 あまりに疲れ切ってしまったときや、このクソみたいな世の中に絶望したときなんかがそうだ。


 好きな音楽を聴いたり、ちょっと遠いところに旅行に行ってみたり。いわゆる現実逃避をして、鬱屈な日々から一時的にグッバイすることを、この世では気分転換と言ったりする。


 そして、俺が気分転換によくやっているのが、ギャルゲー巡り。


 いわゆる男が主人公の恋愛ゲーム。ここ最近では、様々な人の性癖に沿った作品が星の数ほどもあるギャルゲーである。


 そんな様々なジャンルのギャルゲーを遊ぶことを俺はギャルゲー巡りと呼び、気分転換によく遊んでいた。


 今日も地獄の20連勤を何とか終え、休日のド深夜から新作のギャルゲーを死んだ目でプレイしている。


 「はぁ……なにやってんだ、俺」


 液晶の画面越しに見えるのは、攻略対象である美形の女性たち。


 しかもギャルゲーらしく体はエロい。


 大体のキャラは胸はデカいしスレンダーな体形をしている。


 その女性たちが主人公とイチャイチャする過程を、俺はこれからなぞっていかなくてはならないわけだ。


『べっ、別にあんたなんか、なんとも思ってないし……!』

『……でも、助けてくれたことには感謝してあげるっ』


 出てきた選択肢をそれっぽく選んでいくと、予想通りのストーリー展開とともに2D表示のキャラがポーズや表情を変えていく。

 赤い髪のツインテールが、自分の髪をくるくるしながら頬を赤く染めていた。


「へいへい、テンプレツンデレキャラの1デレいただきました。……ここから急にチョロくなるんだろ?」


 相手は公爵令嬢―――攻略対象となるキャラの一人で、高飛車でツンデレな性格をしている。


 主人公は最初は険悪な関係だったこのツンデレを、危機的状況から助けたあとのシーンになっている。


 ちなみに助けられなかった場合、このツンデレは直接的に描かれはしないものの、モンスターからの凌辱ルートに一直線だ。


 そのルートは既に経験済みである。


「ファンタジーってのは悪くないんだがなぁ」


 業界でもそこそこ有名な企業の作ったギャルゲー。


 人気声優が声を当て、同じく人気イラストレーターたちが描いたキャラたちが登場する。


 登場するキャラたちは非常にグラマラスかつ魅力的な性格をしており、さすが有名企業が制作したギャルゲーと言えるだろう。


 問題は力を入れすぎたせいか、ギャルゲーにあるまじき、凄まじい難易度のRPG要素が組み込まれていることだ。


 ゲームの舞台は剣と魔法のファンタジー。


 ゲームのジャケットには、ヒロインたちと物語のキーとなる巨大な樹木、『聖樹』が描かれている。


 この世界では、人と魔物それぞれが住む二つの土地に大陸が分かれており、対立状態にある。


 人類側は王や貴族によって統治されており、平民と貴族の格差はかなり大きい世界だ。


 そして、主人公が通うのはエルルファード王国という国の、名門の貴族たちの入学する学園。


 主人公は平民であるが、類稀なる才能を持っており、学園に通うことになった。


 もちろん起こる王侯貴族との対立やいじめ、トラブル。


 そんな日々の中、主人公は様々なヒロインたちと出会い、人生を大きく変えていく……といったゲーム。


「ストーリーはまあいい……いいんだけど」


 画面に向き合いながらポチポチとコントローラを操作する。


 画面に映っているのは洞窟の中で、モンスターがズラリと並んでいる。


 このゲームのバトルはターン制で、主人公や仲間の行動を選んで様々な攻撃を行うのだが……。


「うっ、くそ、また死んだ……」


 とにかく、敵が強い。というより、ゲーム性がかなり難しい。


 主人公たちのレベルはやたらと上がりにくいのに、モンスターのレベルはストーリーが進むにつれポンポン上がるため、かなりの時間のレベリングを要する。


 そのうえ、属性の相性がやたらと多く設定されているため、とても分かりやすいゲームバランスとは言い難かった。


 一応、救済措置としてバトルスキップ機能があるものの、それを使ってはこのゲームはヒロインたちの可愛いシーンや、エッチなCGアニメーションを流し見るだけの、ただのアルバムと化してしまう。


「あっ、また死んだ……なんだよこのクソゲー」


 たぶん4回目くらいの『Game Over』の文字を見て、思わずコントローラを放り出す。


 しばらくベッドに突っ伏した後、スマホから通知音が鳴った。


「誰からだ……ああ、マッコからか」


 ネットのギャルゲー仲間からのメッセージを見ると、彼――おそらく――も同じゲームをプレイしているらしい。


 バトルパートのあまりの難しさに、彼はバトルをほぼすべてスキップしてクリアしてしまったようだ。


「俺も全部飛ばしちゃおうかな……いや、でもなんか負けた気もするし……」


 ベッドでぶつぶつ言った10分後、結局俺はギャルゲーの画面に向き合っていた。


 ボス前の雑魚モンスターを狩り、ひたすらレベリングをする。


 端から見たらとてもギャルゲーをしている様子には見えないだろう。


「さすがにそろそろいけるか? ……いや、どうせこの後もレベルは足りなくなるし、もう少し上げても……」


 貴重な休日の時間がギャルゲーのレベリングで減っていく。


 真っ暗だった窓の外が明るくなるころにはそこそこ戦える程度にはレベルは上がった。


 だが、それもすぐに敵に追いつけなくなり、再びレベリングの時間が来る。


 そんなことをしているとあっという間に時間が過ぎ、昼過ぎにようやくノーマルエンド―――魔物たちを倒し、一人のヒロインと結ばれるエンドに到達した。


「ふぅ~……これでやっと一つのエンド回収か……」


 エンディング画面を見ながら、ため息をつく。


 ここから他のエンドを回収していくとなると、かなりの時間がかかることは必至だが……。


「……ん? 転生ボーナス?」


 どうやら、主人公の最終的なレベルに応じて、新しくゲームを始める際にポイントがもらえるようだ。


 ポイントと交換できるのは獲得経験値の上昇や強い武器、また、主人公やヒロインの新衣装などもある。


 スキップ機能を使っては主人公のレベルは上がらないので、これはきちんとバトル要素もやり遂げたプレイヤーへのご褒美みたいなものだろう。


 新しい衣装も魅力的だが、今はできるだけ早くシナリオをコンプリートするためにもとにかくバトルパートで有用な特典が欲しい。


「……やっぱりオーソドックスなのは獲得経験値の上昇か? いやでも、結局強い武器の方がレベリングもしやすくなるかもしれないし……」


 幸い、できるだけサブクエストなどもクリアするようにしていたため、転生ボーナスのポイントはかなり多い。


「……これは」


 この中で一番ポイントを使うのは『専用使い魔』だった。


 使い魔とはそのキャラの補助的なことをする役割のモンスターや精霊のことで、主のステータスを上げたり、また追加で攻撃をしてくれたりする。


 一週目は敵側に使い魔を使役するキャラなどはいたものの、味方サイドにそういったキャラはおらず、そのせいでやたら手古摺らされた場面もあった。


「使い魔っていうか、これ剣じゃね?」


 強力なモンスターや神々しい精霊なんかをイメージしていたが、使い魔の姿を見ると剣そのものだった。


 やたらと凝った装飾で、呪われた魔剣といった感じの風貌の剣で、使い魔の姿としてこそ歪だが、今持っているポイントのほとんどを使うだけあり、持っているスキルやステータスの補正なども申し分ない性能である。


 また、普通に剣としても扱えるらしく、さすがに別の特典で得られる強武器には劣るものの、序盤の武器よりは遥かに良い性能だった。


 文句もないので、ポイントと交換しておく。


「とにかく、今日か明日中にはクリアしておかないとな」


 こうゆったりとゲームができる休みの日がまたいつ来るかもわからない。


 使い魔である剣を片手に、俺は黙々とシナリオを埋めていった。


 使い魔の剣としての性能は序盤では圧倒的であり、また、中盤以降はほかの剣には性能で劣るものの使い魔としての性能は変わらず有用であったため、夜を過ぎるころにはシナリオやイベントCGのコンプリート率は九割を超えた。


 残りはトゥルーエンド―――いわゆる真のエンディングだけだが、このエンドの条件だけがどうにもわからない。


 攻略キャラそれぞれのルートのノーマルエンドもすべてクリアした。すべてのヒロインと結ばれるハーレムルートも見た。


 また、隠しキャラのルートすらクリアしたが、それでもトゥルーエンドにはたどり着けなかった。


 クリアにかかった時間やキャラの好感度を様々な値に調整したうえでクリアしても、既出のエンドにたどり着くだけ。


「何かもっと決定的な要素があるのか……?」


 そう考えながらプレイを続けたが、結局時間切れまで条件を見つけることはできなかった。


 時計は朝の8時を指している。


「明日も仕事だし、さすがに寝ないと間に合わねえ……」


 それに仕事で徹夜に慣れているとはいえ、そろそろ眠気が限界だ。


 残りの休みは寝て過ごすことにしよう。


 ゲームの電源を切り、ベッドに突っ伏す。


 トゥルーエンドの条件について調べようとスマホを取り出したが、生憎電池切れだった。


「あ……、そういや充電するの忘れてたな……」


 ついでにお腹も空いている。そういえば、仕事から帰ってきて何も食べていないんだったか。おそらく水すら飲んでいなかった気がする。


「あれ……ちから、はいん、ねぇ……」


 空腹やのどの渇きもそうだが、やたらと眠い。何か買いにコンビニでも行こうかと思ったが、一眠りしてからでも遅くはないだろう。


 視界が途絶え、ふわっと体が軽くなる。


 薄れゆく意識の中、脳裏に走馬灯のような景色が流れたと思えば、最後に見たこともないような景色が流れ込んできた。


 爽やかな風の吹き荒れる広大な草原。


 夜空に散りばめられた宝石のように輝く星々。


 最後に黒髪の少女に手を引かれている少年の姿が見えて―――そこで、意識は遠のいた。



     ◇



 質の悪いゴワゴワとした布は、相変わらず、驚くほどに最悪な寝心地だった。


 見慣れたはずの木造のボロボロの天井も、初めて目にしたかのような感覚を覚える。


 そんな部屋で目覚め、起き上がった俺―――『エドワード・A・アレクサンダー』は、形容しがたい違和感に襲われていた。


 気味の悪い汗が頬を伝う。


 先ほどまでうなされていたはずの熱は既に引いているのに、汗が止まらなかった。


「そう……俺は、エドワード、A、あれく、さん……」


 年相応の、少し幼い声。


 自分の声が少し若いような気がする、そんな違和感を覚えつつ、自意識を確認するように、自分の名前を反芻する。


 しかし同時に、自分はどこかで生きていた別の誰かだという感覚もあった。


 随分と強い風が吹いたのか、風圧で窓が勢いよく開く。


 窓の外には、いつものように蜥蜴の竜(リザード)が御車を引いている。


 近所のしがない商人が、物を売りに町へ繰り出しているのだ。


 そんな普段見慣れた光景も、今だけは驚きを隠せないでいた。


「いつもと変わらない、はず、いつもの景色、なのに、なんで―――」


 まるで初めて見たかのような感覚から感覚を逸らすように、自分の両手を見つめる。


 小さく、少し細い腕。


 間違いなく自分の体であるはずなのに、まるで他人の体を借りているかのような、不思議な感覚だった。


 二人の人間が、俺という一人の人間の意識を共有しているような―――。


 妙な胸騒ぎがして、ベッドから飛び出す。


 両腕と同じように、体は妙に小さかった。


 部屋を出て、これも初めて見るような長い廊下を抜け、玄関にたどり着く。


 少し高い位置にあるドアノブを回し、外へ出た。


 走って家から距離を取り、振り返ると、そこから見えたのはいつもの光景だった。


「聖樹……」


 青々とした草原に、青空と白い雲。


 そして、―――遠い山の向こうに、青く輝く巨大な樹が聳え立っている。


 あの樹を、俺は知っている。


 エドワードという少年の記憶ではない、日本で生きている、もしくは生きていた俺の記憶があの樹を知っていた。


 両手で頭を押さえる。奇妙な頭痛が巡り、悪寒が全身を走り抜けた。


 今も鮮明に覚えているのは、日本という国に住んでいた男の一生。赤ん坊から成人まで成長し、意識を失ったまでの男の記憶。


 幸せだったとも言えないが、かといって後悔ばかりの人生ではない。


 これまでの六年の人生―――六歳の自分の過ごしてきた時間をはるかに超えた期間の記憶を、夢の中で追体験し、思い出したような感覚。


 目の前に聳え立つ巨大な樹と、男の記憶の最後に見えたゲームのジャケットが重なった。


 頭がフラフラして、力なくその場に座り込む。


「ここ、あのギャルゲーの世界だ……」


 なんとなしに呟いたその言葉を、俺はいまだに理解できなかった。

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