家と女子(おなご)~其の捌~
花絵は幸助の妾・たきが産んだ子どもも育てます。
隣町の妾・たきの所へ行く話を聞いた翌々日に幸助から「今から行こう。」と言われて、花絵は嫁いで初めて隣町へ行きました。
「子ども達のことは心配しなくても良い。」と舅姑に言われて、幸助と二人で出掛けたのです。
「花絵、その服似合っているよ。
花絵が僕と一緒に洋装にしてくれて良かった。
これからは洋装だよ。
花絵には会社関係の方々にも今までよりも多く会ってもらう。
そのためにも洋装を着こなして欲しい。
そちらも今まで以上に頼む。」
「はい。承知しました。
高山家の嫁の役目でございますから…。」
「高井家の嫁の役目だけじゃないよ。
僕の妻の役目でもあるのだからね。」
「…旦那様の妻の役目…。
承知しました。
務めます。」
妻の役目と幸助に言われて花絵は頬を染めました。
喜びを隠せなかったのです。
幸助が立ち止まり、格子戸に手を掛けました。
「ここだよ。」
「はい。」
花絵に緊張が走りました。
「今来たよ。」と幸助が声を掛けると、奥から二人の女性が現れました。
一人は中年の女性で、たきの世話をしている女中のようでした。
そして、幼さが残るもう一人の女性…。
「…この方が、たきさん。」と思った瞬間、花絵の胸に痛みが走ったのです。
中年の女性は玄関で幸助に「旦那様、奥様。いらっしゃいませ。」と頭を下げながら幸助が脱いだ帽子を受け取り格子戸を閉めました。
「いらっしゃいませ。」と小さな声で三つ指ついて挨拶した可憐な女性を見て、幸助が花絵に声を掛けました。
「この子が、たきだよ。」
「…あっ…はい。」
「たきさん、今日は時間を作ってくださり、ありがとうございます。」
花絵が、たきに声を掛けると、たきは驚いてより一層頭を下げました。
「滅相もございません。
お越しくださり誠にありがとうございます。」
「ここでは何でございます。
どうか奥へ…」
女中の言葉で幸助も花絵も玄関から応接間へ行きました。
たきは幸助の言葉をしっかり聞いて何一つ嫌がりませんでした。
産まれた子を産んですぐに花絵に委ねることも…。
最初から聞いていたのかもしれませんが、お腹の子が育っていく間に「子どもを自分で育てたい。」「渡したくない。」という想いが湧いてこなかったのか、それとも、その想いを断ち切ったのか…。
花絵には分かりませんでした。
たきに会ったことで「たきは大人しくて愛らしい。そんなところに旦那様は惹かれたのでしょう…ね。」と思った花絵でした。
たきに会った一週間後、たきが女の子を産みました。
舅と姑の落胆は大きく、「次は男子を産んでもらわないと…な。」と言い、名前を付けることさえも興味が無いようでした。
幸助から頼まれていたように花絵は生まれた女の子を迎えに行きました。
「たきさん、今日から私の子として育てさせていただきます。
たきさんは身体を労わってください。
本当にお疲れ様でした。
ありがとうございました。」
「…よろしくお願いいたします。奥様。」
たきは涙声でした。
別れを惜しむように生まれた我が子の小さな手を優しく握って…。
「可愛がられますように…。
…さようなら…。」
その言葉の後は花絵が家を出るまで三つ指ついて頭を上げなかったたきでした。
幸助が生まれた女の子と初めて会ったのは、別宅ではなく本宅で花絵が連れて帰った時でした。
「旦那様、お名前は…?」
「花絵に決めて欲しい。」
「…えっ。私でございますか?」
「そうだ。花絵に決めて貰いたい。
花絵の名前から一字取って欲しいと思っている。」
「…良いのでございますか?」
「良いから頼んでいる。」
「…私の名前から…。
花か絵でございますね。」
「うん。」
「…では花を使って…『花子』では如何でしょう。」
「『花子』か…。
実は僕が考えていた名も『花子』だったんだよ。」
「えっ、そうでございましたか。」
「良かったよ。君が考えてくれて…。
あっ…、それから今日は本当にありがとう。
ご苦労様。」
「そんな…。勿体ないお言葉でございます。」
「ふふ…。
また、子どもが増えたから大変だと思うが、よろしく頼むよ。」
「はい。大切に育てさせていただきます。」
花絵にまた新しい命を委ねられた一か月後、産後の肥立ちが悪く床を離れられなかった雪絵が離れで息を引き取りました。
最期の時、花絵は幸太郎と治男を雪絵の病床に連れて行きました。
生まれてから実母に会うことなく育った兄弟を幸絵に会わせたかったのです。
最期に涙が一滴、雪絵の頬を伝い流れました。




