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夫婦の体温  作者: yukko
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家と女子(おなご)~其の参~

幸助の妻・花絵は身ごもれず…。

妾の雪絵は身ごもりました。

そして、雪絵の出産の時を迎えました。

雪絵の懐妊から幸助が花絵の部屋へ訪れることが減りました。

娘の明子に会いには来ていましたが、褥を共にすることはなくなってしまいました。

花絵は寂しい夜を過ごし枕を涙で濡らす日が続きました。

「覚悟はしていたのに…。雪絵ちゃんを迎えると聞いた時から覚悟していたのに…。」

明子を寝かし続けながら、その想いに取りつかれてしまうのです。

自らの下女が夫の側女になっても意に介さないのが妻の務めと教えられていたのに、妹だからか…。

花絵は一人涙を落とすのでした。

そして、夫・幸助をいつの間にか慕っている自分に気づいたのです。



雪絵自身も身ごもってから何とはなしに花絵との距離が開いてしまっていました。

心の奥底に「お姉様。申し訳ありません…。」という想いがあったからです。

その気持ちと相反して「お姉様の代わりに私が跡継ぎを産まねばならない。」と思い詰めていた雪絵の心を花絵は気づかずに…。



家中が雪絵の無事出産だけを祈り、それ一色になっていました。

明子の存在よりも大きな家族の想いが幸絵のお腹の中の子に注がれていました。



花絵の存在など夫の幸助には消え去ったのではないかと思うようになったある日。

家族全員がいる時のことでした。

 

「花絵。いつまでも着物だけでは…な。

 僕は洋装が気に入ったから、

 花絵も洋装にすることにした。

 決めたからな。

 今度、一緒に洋装の店に行って作ろう…いいな。」


驚いて返事が遅れた花絵でしたが、嬉しさを隠せないままに「はい。」と返事をしました。



雪絵には洋装の話はなく、幸助が言ったことは…


「雪絵。花絵は君の姉だが、この家の奥様だ。

 花絵と二人だけの時でも『お姉さま』と呼ぶのは良くない。

 『奥様』と呼ぶように! …いいな。」

「申し訳ありませんでした。今この時から『奥様』と呼ばせていただきます。」


雪絵は己の立場を改めて思い知ったのです。

この日から、雪絵は姉のことをその命を終える日まで『奥様』と呼び続けたのです。



夏の暑い日に雪絵が産気づきました。

この時代の出産は母子ともに危険なことが少なくありませんでした。

出産は命がけです。

産婆を呼んでも、なかなかお産は進みませんでした。

雪絵はどんな痛みに耐えるのが当たり前だと教えられていました。

陣痛に耐えるのは当たり前で、声を出すことなど「はしたない。」と咎められる時代だったのです。

隣の部屋で待つ舅、姑、夫、そして花絵…。


「まだか…。」

男子おのこをどうか!!」


そう落ち着かない様子で部屋をうろついていた幸助を姑は、「男子に違いない。落ち着いて待ってなさい。」そのように窘めていました。

舅は腕を組み目を瞑って、身動き一つせずに座っていました。

その大人たちの間を明子はニコニコしながら「わたし、おねえちゃん?!」と嬉しそうに…。

花絵もまた雪絵の身体のことが気がかりで「どうか、無事に出産を終えますように…。」と何度も繰り返し祈っていました。


「おぎゃぁー…。」


襖の向こうから産声が聞こえた瞬間、幸助も、花絵も…。

その一瞬は時が止まったようでした。

ほんの一瞬だけ、時が止まったようで息もできなかったのです。

その不思議な時間は直ぐに終わり、襖が開き「おめでとうございます。元気な男の赤ちゃんです。」と産婆から声を掛けられた幸助は何故か「万歳!!」と叫んでいました。

明治天皇への言葉なのに…。

産婆の「どうぞ。」という声を聞いた幸助は直ぐに雪絵と生まれたばかりの息子がいる部屋に入りました。

「でかした! ようやった!!」という幸助の声が聞こえてきました。

堰を切ったように舅と姑が続きました。

「跡取りをよう産んでくれた。」と舅と姑の声も聞こえてきました。

明子の手を引いて花絵が部屋に入った時には、幸助は雪絵が生んだ男の子を抱いていました。

明子は繋いでいた花絵の手を放して幸助の所へ行きました。

「あかちゃん、わたし、おねえちゃん!」と嬉しそうに満面の笑顔で言うと、「うんうん。お姉ちゃんだなぁ…。」と舅は涙で応え、姑は涙を着物の袖で隠していました。

花絵は一人、雪絵の傍に行き、「雪絵さん、お疲れさまでした。本当にありがとうございました。」と言うと、雪絵は「奥様、私こそ様々に配慮してくださり本当にありがとうございました。」と応えました。



雪絵はこの後、二人子どもを産みました。

全て男子でした。

ただ、そのうちの一人(次男)は生後3か月で逝ってしまいました。

そして、雪絵が生んだ子どもたちは全て正妻である花絵の子どもとして育てられたのです。

雪絵が男子を出産した時に、幸助が「万歳」と叫びましたが、この当時は「万歳」という言葉は「皇族」への言葉でした。

明治憲法発布の際に明治政府が「明治天皇万歳!」という言葉を通浦々まで浸透させました。

のちに一般にも使われるようになりました。

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