金木犀の香り~その9~
夫婦について長い年月を経て俺は思った。
人生の終わりが近づくにつれて、今までのことを思い出すことが多くなったように思われる。
今は物に溢れ、物を簡単に捨てられるようになった。
捨てるのを躊躇しなくなった。
否、躊躇ぜずとも良くなったのだ。
兄夫婦もこの世を去り、まさと俺もどちらが先かは分からないが、お迎えがやってくるのにさほど時間は必要ないと思う。
あれは……いつだったのか……。
村から大阪へ集団就職で行き、そこで出会った女性と結婚した人が居た。
集団就職だったので、結婚式を挙げるお金がなかったために結婚式を挙げることなど無理だった。
その人が諦めていた結婚が挙げられると喜んでいた。
大阪市が集団結婚式を挙げてくれたそうだ。
「これで親孝行ができた。」と喜んでいた。
結婚写真には何組もの新郎新婦が一緒に写っていた。
花嫁衣装は洋装で、俺が生まれて初めて見たウエディングドレスだった。
夫婦というものは結婚式など挙げなくても、集団での結婚式でも、初めてあった日が結婚式でも、「なんも関係ないわな。」と思う。
いつまでも夫婦の体温をお互いが感じられれば、それは肌を合わせることだけの意味ではなく……
傍に寄り添うだけでも感じられる体温があれば、夫婦は最期の時まで共に暮らせるのだと隣に座っているまさの横顔を見ていて俺は思った。
⦅まさ……
お前は俺の体温を感じているか……。
俺は結婚してから、ずっと感じてきたぞ。
お前と一緒になれて本当に良かった……そう思うよ。⦆
夫婦の体温は、実在の人物をモデルに書きました。
夫婦の数だけ「夫婦の体温」があり、それぞれに違うのです。
多くの夫婦がお互いの体温を感じながら長い時を共に暮らされることを祈っています。




