家と女子(おなご)~其の弐~
士族の花絵は商家の幸助のもとへ16歳で嫁ぎました。
舅や姑から「産まず女」と言われる日を過ごして2年。
夫・幸助のもとへ妹の雪絵が妾としてやってきました。
雪絵も自ら望んだことではなく…
同じ家に一人の男性の姉が妻、妹が妾になってしまったのです。
辛くても日は過ぎていき、ついに…
一つ屋根の下に姉妹が正妻と妾として暮らしていることは世間にも雪絵が来る前から知れていて、良く言わない人も少なくありませんでした。
市井の人と違って一代で財を築いた人、また代々裕福な人は正妻以外に妾を持つことは許容されていました。
多くの妾に子を沢山産ませた実業家もいました。
それは家同士の縁組を受け入れるという教育を家庭で行われていたからです。
丁稚奉公から大店の主人になった父親を継いだ二代目が幸助でした。
幸助は商売に長けていて父親から継いだ店を大きくするために知恵を絞っていました。
「花絵。僕はこの店を父さんから受け継いだ時よりも大きくする。必ず!!」と花絵が嫁いだ日、その新枕で幸助は言ったのです。
そして、「花絵。お前が来てくれるのを僕は待ってた。」と優しく頬を撫でてくれたのです。
姉の花絵は子宝に恵まれず、幸助の内縁の妻だったヨシが残した娘・明子を育てていました。
ヨシは花絵と幸助の縁談が決まる少し前に亡くなっていました。
難産でした。
その時に亡くなったのです。
明子はヨシが命がけで産んだ子です。
乳飲みだった明子も3歳になっていました。
まだ幼くて「お母様。」と言えず「あーちゃま。」と呼んでくれる明子が花絵は可愛くて仕方ありませんでした。
「石女」と舅や姑に言われるたびに、明子の「あーちゃま。」と呼ぶ声に救われていました。
特に姑の花絵と幸絵に対する言動は二人の心を傷つけたのです。
姑の激しい言葉は花絵により多く向けられました。
「妹のお産がもうすぐだねぇ。
あんたの代わりに産んでくれる『いい妹』だねぇ。
和歌だとか読めても何の役にも立ちゃしない。
石女は要らん女子。
せめて明子をちゃんと育ることで役に立たんとねぇ。嫁とは呼べんなぁ。」
「お姑様、申し訳ありません。…。」
花絵は謝罪の言葉を嚙み締める唇から絞り出すように言うしかありません。
雪絵の懐妊を知った幸助の喜びは驚くほど大きく…。
「そうか… でかした!! 雪絵!」
舅、姑も大喜びで…
「男子が生まれたら、安泰。もう安堵してお迎えがいつ来ても…。なぁ…。」と二人して泪するのでした。
幸助はまだ23歳。
若い幸助には、まだ子宝に恵まれる可能性が高いが、年を重ねてから授かった一人息子故に、舅も姑も雪絵の懐妊を待ち焦がれていたのです。
幸助と雪絵は仲睦まじく安産のお守りを授けてもらうために神社に詣でたり、雪絵の実家に行き懐妊の報を二人で行ったのです。
雪絵の父母は喜びながらも、もう一人の娘の心を立場を思い、心の奥深くに出来ていた一点の曇りが少し広がったのです。
雪絵を妾に…と望まれた時から出来ていた一点の曇りが…。
幸助は中肉中背で、決して「美丈夫」ではありませんでしたが、家業が上手くいっていることからくる自信に溢れていて、少し強引な所さえも「男らしさ」と雪絵は思い慕うようになっていました。
幸助のもとに来た時の雪絵は、奇しくも幸助のもとに嫁いだ花絵と同じ16歳でした。
幸助18歳の時に花絵が16歳で嫁ぎ、幸助20歳の時に16歳で雪絵が来たのです。
雪絵の懐妊は、雪絵の口からではなく幸助の口から告げられました。
襖を勢いよく開けて部屋に入ってきた幸助は大きな声で言ったのです。
「花絵。喜べ! 雪絵が身ごもった! これで男の子なら我が家は安泰じゃ。」
「雪絵さんが…。そうでございますか…。それは旦那様おめでとうございます…。」
「うん。めでたい! 明子。お前はお姉ちゃんになるんだぞ。嬉しいか! 嬉だろう!!」
幸助は明子を抱き上げて満面の笑みでした。
幼い明子は「おねえちゃん…?」と言って、「そうじゃ。お姉ちゃんじゃ。」と喜ぶ幸助が御輿を上げる用に抱き続けると「おねえちゃん! おねえちゃん!!」と一緒に楽しそうに声を上げていました。
その様子を見ながら花絵の「雪絵ちゃんの口から聞きたかった…。」と呟きを幸助は聞こえませんでした。
微笑みが顔に張り付いたような…。
その笑みに心が伴わない花絵の耳に幸助の言葉が入ってきました。
「明子は明治から取った。次の子はどうするかな。今から頭が痛い。花絵。お前も考えてくれ!」
「はい。心を込めて考えさせていただきます。」
張り付いた笑みのまま花絵は、夫にそう応えました。




