金木犀の香り~その2~
終戦を迎える。
幼馴染のかっちゃんの大切な女性を俺は一度だけ見かけた。
面会に来ていた綺麗な女性を…。
それが二人の最後の逢瀬だった。
かっちゃんは俺へその女性のことを頼んだ時に言った。
「籍を入れたんだ。
親に『どこの馬の骨…』とか言われて…
反対されてたけど…
籍だけでも入れておきたかった。
彼女も望んでくれていたし…
妻なら…妻なら僕が死んでも…
死んだ後に何か残せると思ったのだよ。」
「……そうか…良かったんじゃないか。」
「うん、ありがとう。」
どんな気持ちで最後の逢瀬を過ごしたのか…と、かっちゃんの気持ち、相手の女性の気持ちを思うと心は千々に乱れた。
その朝は晴天で飛行するのに全く問題なかった。
「問題があれば今日は飛ばない。
だが、それは先送りにすることだと分かっている。」
そんなことを特攻の見送りの際に何度も思ってきたが、その日はその想いが強かった。
かっちゃんの乗った特攻機に向かって、俺は千切れんばかりに手を振った。
最後の俺に向けてくれたかっちゃんの微笑みを忘れない。
俺は妻への手紙にかっちゃんのことを書いた。
・特攻機に乗って逝ったこと
・大切な奥様がいること
・残されたかっちゃんの奥様のことを頼まれたこと
妻には「かっちゃんの奥様の様子を見に行って欲しい。」と書いた。
それは俺の我儘だった。
妻からの手紙には「お義父さん、お義母さんに頼んでみます。」と書いてくれて、次の手紙には「訪問する。」と書いてくれてた。
父や母に俺からの手紙を見せて、父母の許しを得たと書いてあった。
妻は出向いてくれて、「仲良くなりました。」と、その後に届いた手紙に書いてあった。
驚いたことに父や母の許しを得て、かっちゃんの奥様を俺の家に一緒に住んでいるそうだ。
俺の家は父や母、そして兄嫁とその子ども達、俺の妻、そしてかっちゃんの奥様で暮らすようになった。
俺には子どもがいなかったから、かっちゃんの子どもが生まれたら、賑やかになるだろう。
きっと甥と姪は遊び相手が増えて喜ぶだろう。
そう思った。
暑い夏になって、農作業が忙しく、男手が父一人なので、母も兄嫁も妻も大変だろうと思った。
沖縄は地上戦で、我が海軍の象徴・戦艦大和も撃沈し、夏になってからは広島、長崎に新型爆弾が投下された。
そして、8月15日に天皇陛下の「玉音放送」があり、戦争が終わった。
その時、知覧に居た俺は思った。
「かっちゃんは沖縄に向かって行ったんだなぁ…。
何人もの若者が行ったんだなぁ…。
片道切符の戦闘機に乗って…。
あれは、なんだったんだろう…。
何のため…。」
泣き出してしまった。
天皇陛下の「玉音放送」は意味があまり分からなかった。
ただ、戦争が終わって、負けてしまったのだということだけは分かった。
あの…「つーーーーっ」という音、そして、その音が途絶える瞬間を思い出していた。
俺の耳には今も「つーーーーっ」という音が悲しく空しく聞こえる時がある。




