金木犀の香り~その1~
特攻隊員との最後の日々を知る男の戦後の生きてきた道。
あの日のことは忘れられない。
出撃して目標に爆撃し帰艦の最中、敵機と遭遇した。
応戦し、機銃を受け我が機は被弾した。
同乗の戦友は腹に被弾した。
俺は足と目に被弾した。
目が解けたように落ちた。
空母に帰艦した時には、戦友は死んでいた。
俺は片目を失い、片足も不自由になった。
あの日から俺は爆撃機に乗れなくなった。
乗れなくなった俺は、兵役を終えて国に帰った。
国に帰った俺を妻が迎えてくれた。
農家の三男の俺にとって、親の家と言えども居場所はなかった。
働かねばならないけれども、足が十分に動かなかった。
「ただ飯食らいのままなんて…
働かねば…。」
そう思っている俺に再び召集令状が届いた。
地方都市でも空襲があるようになって、日本の防空権はもうなかった。
妻は前日の夜、泣き声を殺しながら涙を流していた。
「もう、行かないと思っていたのに…。」
泣いている妻がやっと言った言葉だった。
出征する朝、送り出してくれる人達を前にして…
「俺のような者がまたお国のために働けるのは
大変光栄です。」
そう言って俺は出征した。
妻の顔は泣きはらした跡が残っていた。
父は無言だった。
母は懸命に姿勢を正すよう努めていた。
俺は内地での勤務だった。
知覧での勤務だった。
特攻機の乗組員たちが飛び立つのを見送り、その最期の瞬間を聞き取るのが俺の勤務内容だった。
辛かった。
自分が特攻機の乗って行きたかった。
「つーーーーっ」という音が途絶えた瞬間…。
特攻機は敵空母、敵戦艦に体当たりしたか、若しくはその前に撃墜されたか…。
毎日、それを聞かねばならなかった。
特攻の乗組員たちは若くて、これからの日本を担う者たちだ。
その若者が片道切符の機に乗って逝ってしまう。
俺は悔しかった。
特攻の乗組員の中に見慣れた顔があった。
「かっちゃん。…かっちゃんだろう。」
「まさ…?」
「嘘だろう。お前、どうしてここに…。」
「かっちゃんこそ、特攻に志願したのか…。」
「大きな声では言えないが、違う。」
かっちゃんは同郷の友達だ。
幼い頃に遊んだ竹馬の友なのだ。
かっちゃんの家は豪農で俺とは立場が違ったが、なんとなく気が合った。
かっちゃんが高等教育を受けた頃に俺は海軍に入隊した。
あれから、全く会うことはなかったけれど、お互いのことは家族への手紙を通して知っていた。
かっちゃんは歴戦の強者ではなく、今まで食料の調達や上官の秘書のような仕事をしていた。
特攻機に乗るなど思わなかった。
それほどに兵力は激減したのかもしれないと思った。
送り出すのが、その日が来るのが、怖かった。
かっちゃんは家族の反対を押し切って結婚の約束をした女性が居ることを、その女性が知覧に来た日に知った。
その女性のお腹にはかっちゃんの血を受け継いだ子がいるということも今井に教えてもらった。
かっちゃんは、その女性が無事に出産することが「今、一番望むこと」だと言った。
妻に迎えたい女性のことを俺に託した。
「まさのことを頼るように言ってある。
すまん。頼られた時には力になってあげて欲しい。」
「そんなこと…頼まれなくともするよ。」
「ありがとう。…ありがとう…まさ。」
俺は知覧で特攻機の見送りを今まで何度も行った。が…。
かっちゃんの機を見送る時が今までで一番辛かった。




