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夫婦の体温  作者: yukko
13/23

たった4か月の妻~その1~

太平洋戦争の時の夫婦の姿です。

冬の朝、ラジオのニュースで大きな戦果を告げていた時、私は母と作った朝食を食卓に運んでいた。

昭和16年12月8日だった。

真珠湾を日本海軍が攻撃したのだ。

大きな戦果を告げる大本営発表で、日本中、喜びに沸き立った。

ラジオの前で、父が「万歳!」を三唱すれば、幼い弟も真似をして万歳三唱していた。

母と私は手を取り合って喜んだ。

このニュースを聞いた人々は喜びで興奮を隠せなかった。

日本の兵隊さんがアメリカと闘ってくださっている―ということが幼い弟にとっても誇りに思っているようだった。



春になり、薫風薫る季節になった時、私に縁談話を叔母が持ってきてくれた。


「日本海軍のパイロットさんなのよ。

 あの真珠湾攻撃に参加されてたそうなのよ。」

「そんな方との縁談……うちの娘で本当に良いのか?」

「良いに決まってるわ。

 お忙しいからね。

 お見合いの日に結婚式を挙げるという話にまでなってるのよ。」


「海軍のパイロット…。」


私の心臓が早鐘を打った。


「そんな方の元に嫁げるの…。」


まだお会いしていないのに私の頬は熱くなった。

熱い頬を隠すように俯いている私を叔母も両親も微笑みながら見つめていた。

その日を叔母も、両親も心待ちにしていた。

勿論、私も…。



お見合いの日は結婚式の日でもあるので、私の花嫁衣装も用意された。

黒の引き振袖…。

日も差し迫っているので呉服屋に注文して整えられず、質屋の貸衣装で整えた。



待ち望んだお見合いの日、結婚式を挙げるために、長い髪を文金高島田に結い上げて、花嫁衣裳を身に着けた。


「似合ってるわ。」

「本当に可愛いお嫁さんだ…。」

「綺麗よ…。」

「お姉ちゃんじゃないみたいだ!」


花嫁になった私の姿を見た家族が口々に喜ぶ様を見て、私は天にも昇る気持ちだった。

この日までに夫になる人の写真を見ることもなく迎えたこの日…。

両家の家族、親族が一堂に会したその場で私は俯いた顔を上げられなかった。


「どんな方なのだろう…。」

「私のことを気に入ってくださっただろうか…。」

「気に入られなかったら……どうしよう…。」


不安でいっぱいになりながら、時は過ぎて…。

結婚式を挙げた後で初めて夫になった人と二人きりになった。


「顔を上げてくれませんか。」

「…あ…はい。」

「私は勤務でほとんど家に居ないと思います。

 出撃したら戻ってこれないかもしれません。

 その時は私の両親をお願いします。

 私は長男ですから…。」

「はい。」

「頼みます。」


その時に初めて夫がどんな勤務をしているのかを知った。

海軍のパイロットだと知っていても、何故だか私は「死」を近くには感じていなかった。

夫との新居は広島の呉市だ。

実家からはとても遠い所で私は友人もいない生活を始めた。

初めは呉の方の言葉で分からないことも多かった。

それでも、ご近所の主婦の方々と少しずつ仲良くなれた。

夫は毎日同じ時間に帰ってきてくれた。

舅や姑の訪問があり、数日泊まって行かれた。


「孝雄のことを頼みますね。」

「はい。」

「早く孫を産んでくれ。

 儂は待ち遠しい。」

「………。」

「お父さん、こればっかりは授かりものですから…。」

「若いから、すぐに出来ますよ。」

「だから、お母さんもこればっかりは…。」

「分かっていますよ。授かりものよね。」



一緒に暮らせたのは何日なのだろうか…。

夫に出撃命令が出て、夫は船上の人になる日が「あすの朝」…。

その晩に夫は言った。


「新聞ではこちらが失った戦闘機の数は100機だが…

 実際は500機。

 大変な戦いだということを頭の中に入れてくれ。

 帰れる可能性は少ないかもしれない。」

「………。」

「また、戦地から手紙を書くから…

 お前も手紙をくれ。」

「この前、写真館でお前と撮った写真を持って行くよ。」

「……はい。」

「俺の所に嫁いでくれて…

 ありがとう!」

「……はい。」


私は涙を拭くことも出来ずに俯いていたら、身体を夫に包まれていた。

夫は無言で私を抱きしめ続けてくれた。

夫の温もりに包まれて私は眠った。

夫を送り出してから、私は夫の帰還をひたすらに待った。

夫の願い通りに夫の両親の元で待った。

農家の嫁として懸命に農作業を教わりながら行った。

都会育ちの私には初めてのことが多く、教える舅、姑は大変だったと思う。

夫に手紙を書いた。

夫から手紙が届くと「夫が生きている」証拠だと嬉しかった。

写真を見ることなく、初めてあった日に結婚した私たち夫婦だったが、少なくとも私は夫を愛している。

愛している夫の温もりを私は再び感じることが出来る日を待ち焦がれた。

愛する夫との今のたった一つの繋がりは手紙だった。

そんな日、私は吐き気をもよおした。


「子どもが出来た。孝雄さんの子が…。」


舅も姑も喜んでくれた。

私は夫に手紙を書いて妊娠を知らせた。

夫が妊娠を知って手紙を書いてくれる。

夫から手紙が届く。

その日をただ待ちわびていました。



ある日、訪問を受けた。

その人から受け取った紙を舅が一番先に読んだ。

舅は姑に読ませる前に家族全員を仏壇がある部屋に呼んだ。

勿論、私も呼ばれた。

私はどうして呼ばれたのか分からずに、農作業を中断して仏間に向かった。

仏間は襖が開いていたので、私は仏間に入らずに、廊下で座っていた。

私を認めた舅が口を開けた。


「…来たか…。

 そしたら、読むから…。」


聞いた瞬間、私は泣き崩れた。

後は何も耳に入らず…。

ただ、私の嗚咽だけが家中に響いた。

夫の死を知らせる紙だった。

たった一枚の紙で夫の死を知らせた。

何も無い。

夫の遺骨は無い。



夫の戦死を知らせる報の後に夫から私に手紙が届いた。

夫は生きている…。

そう思いたかった。

そう思いたかった時に届いた手紙だった。


「最愛の妻 寿子へ

 明日、出撃する。

 この出撃は戻って来れない出撃だから、

 これから書くことを出来れば守って欲しい。

 私の遺言だと思って欲しい。

 一つ 子どもを身籠っていたら家に残ること。

    残って正岡家の嫁として暮らして欲しい。

 二つ 子を授かってなかったら、実家に帰ること。

    他の人の元へ嫁いで欲しい。

    女の幸せをつかんで欲しい。

 短い間だったけれど、私は幸せだった。

 寿子を妻に迎えられて私は幸せだった。

 嫁いできてくれて本当にありがとう。

 あすは君の写真を胸に逝く。

         夫 孝雄より」



私は「最愛の妻」と最後の手紙に初めて書いてくれた夫の心を嬉しく…。

ただ、嬉しく…。

私は短い間だったけれども最愛の夫に「最愛に妻」と呼んでもらえるほど愛されていたのだということを知れて幸せだと思った。

夫は子宝に恵まれたことを知らずに逝ったのだ。

私は声を殺せなかった。

泣き声を殺せなかった。

嗚咽を殺せなかった。

垂れた頭を上げられなかった。


『孝雄さん……孝雄さん……

 子が産まれます。

 貴方の子が……産まれます。

 貴方の子が……』


どの位経ったのか分からないまま、私は姑に支えられて部屋で休んだ。

部屋で横になって「この子……(てて)無し子になってしまったのだ……。」という手紙を私は信じたくなかった。

夫に帰って来て欲しいと……祈っていた。



その日から、2日ほど後のことだった。

私は出血した。

お腹にいた夫の子を私は失った。

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