家と女子(おなご)~其の拾壱~
花絵そして幸助の死を通して『夫婦の体温』とは何かと想いを寄せる子ども達です。
花絵が幸太郎に話した通りに、幸助が台湾から帰国する前に花絵は息を引き取りました。
花絵の最期を看取ったのは、花絵から依頼されて弁護士の片桐が雇った医師と看護婦でした。
いつも花を活けられていた花絵の部屋には何も無くなっていました。
家具も、何もかも…。
花絵の遺言通りに幸太郎が焼却処分したのです。
子ども達は別れが、花絵からの「いってらっしゃい。」という一言だけだったこと…。
そして、見舞いに行くことさえも許されなかったことが辛く、「遺言でも会いに行けばよかった。」と思っていました。
花絵は子ども達だけではなく、実家を継いだ兄にも、弟にも別荘への見舞いを断り続けることを最期まで貫いたのです。
そして、ひっそりと荼毘に付されました。
雪絵の時には葬儀を行ったのに、花絵の時は一切何も行われなかったのです。
それは花絵の遺言を子ども達、そして花絵の兄弟が、花絵の意思を何よりも尊重したからでした。
それらの全てを采配したのは幸太郎と片桐でした。
台湾から帰国した幸助は激怒しました。
「どうして知らせなかった!」
「……お母さんから『知らせないよう』にと…。」
「……例え、花絵が言っても守らずに知らせるべきだった!」
「……そう…ですよね。」
「会えたかも知れなかったのに…。
会えたはずだ!
会えたのだ!」
「……。」
「聞いていたら、直ぐに帰国していた!」
「…申し訳ありませんでした。」
花絵の部屋に入った幸助は、何も無くなった部屋を見て呆然自失で、しばらくの間立ち尽くしていました。
やっと口を開いた時には静かな口調でした。
「何故、何も無いのだ?」
「お母さんの遺言で…
全て焼却処分しました。」
「全てか…?!」
「…はい。」
「何も残ってないのか?」
「…はい。何一つ残さないようにとのお母さんの遺言でした。
形見の品さえもありません。」
「……そうか…何も無くなったのか…。」
「僕も明子姉さんも…五郎も…皆、何か残したかったです。
でも、お母さんの言葉を無下には出来ませんでした。」
「……分かった。
一人にしてくれ。」
「お父さん……。」
「出ていけ!」
そっと襖を閉めて出て行った幸太郎と片桐の耳に声を殺しながら泣いている幸助の姿が目に浮かびました。
その日から幸助は忘れるために仕事をしているように子ども達には見えました。
「変だわ…ね。
あんなに常に妾がいて、
お父さんの心の中にお母さんは存在していないように私には見えていたのに…。」
「…うん。そうだね…。」
「あの若い妾の所へは行ってないの?」
「そうなんだ。お母さんが亡くなってからのお父さんは仕事だけなんだ。
台湾にも連れて行ったのに…ね。」
「……それで、会社を休み日も少なくなったのね。」
「うん。お父さんの身体が心配なんだ。
休むように言っても聞いてくれないのだよ。」
「……それで、休んだ日は…
ああやって過ごしているの?」
「うん。お母さんの部屋で一日…ね。」
そう話しながら、明子と幸太郎は花絵の部屋の縁側を見つめていました。
そこには、ぼんやりと庭を眺めている父・幸助の姿がありました。
この後の幸助は囲っていた妾を嫁がせたり、店を持たせたりして関係を絶ちました。
囲っていた妾が住んでいた家も処分しました。
そして、会社を長男の幸太郎に委ねました。
時代は明治から大正になり第一次世界大戦が勃発した頃、幸助はこの世を去りました。
盛大な葬儀が行われて、それは花絵の時とは大違いでした。
幸助が亡くなってから世界恐慌が始まりました。
幸太郎や五郎の奮闘も甲斐なく、幸助が残した会社の大多数が倒産しました。
少しでも社員に退職金を渡したいと思い、幸太郎は育った屋敷、別荘を売りました。
屋敷や別荘を売る前に兄弟が全て集まって、最後のお別れをしました。
「もう最後なんだね。」
「そうね。」
「寂しいな。」
「ここでお母さんが息を引き取った…。」
「…もうお父さん、お母さんとの思い出の場所は僕たちの物じゃ無くなるのだね。」
「もう、ここへ来ても入れないのね…。」
「お父さん、私たちを産んだ妾よりも本当はお母さんが一番だったのよね。」
「明子姉さんもそう思う?! 私も同じよ。」
「私もそう思うわ。」
「僕も!」
「皆、同じ想いじゃないのかな。
産んでくれた人を『母』と思えなくて、『母』はお母さん一人…。
そう思っている僕たちと同じで…
お父さんの『妻』は、お母さん一人だった。」
「お父さんとお母さんの『夫婦の体温』は私たちには分からないわ。
それは、お父さんとお母さんにしか…。」
「そうだね。」
「今、あっちでどんな話をしているのかなぁ…。」
「お父さんの我儘にお母さんは微笑みながら付き合っているよ。
こっちと同じで…。」
「でもね。私はお父さんに妾を持って欲しくなかった。
だって、お母さんは泣いていたもの…。
……それから、私はお母さんから生まれたかった。」
結婚が家のためで、個人の想いなど全く考慮されず、そのことが当たり前と育てられた花絵にとって、幸助との結婚が幸せだったかどうかは誰にも分かりません。
ただ、そういう夫婦が居て、その『夫婦の体温』は誰にも分かりません。
それが、『夫婦の体温』なのだと子ども達は思ったのです。
これで、家と女子は終わります。
この話は以前テレビで見た「明治時代の西日本の実業家で姉妹を妻と妾にした人」と俳優の早川雪舟の最初の妻との話を取り入れました。




