家と女子(おなご)~其の壱~
夫婦の物語。
最初の話は、明治維新後の士族の娘・花絵と商家の夫・幸助です。
庭に目をやると、しとしとと降り続く雨に打たれた紫陽花が色鮮やかに咲き誇っていました。
「ついにこの日を迎えた…。」
そう花絵は思いました。
庭の紫陽花を眺めていると、静かに襖が開きました。
襖の前には、部屋の前で床に額が触れるように頭を下げた妹・雪絵がいました。
花絵は雪絵にそっと近づき、妹を支えながら立ち上がらせて、「雪絵ちゃん、私の部屋に入りましょうね。」と妹を連れて部屋に入りました。
妹に座るよう座布団を差し出し、姉に言われたように座布団に座った妹へ「雪絵ちゃん、痛みが残っているでしょう。」と花絵が声を掛けると、「…お姉様…。」と言ったきり雪絵は項垂れたままでした。
今日は雪絵が初夜を迎えた朝でした。
花絵の夫・幸助との初夜を…。
明治維新の後、武士は士族と呼ばれるようになり、勤めもなくなりました。
生活に困窮する士族もいたのです。
花絵の家も同じでした。
花絵16歳の時に幼いころからの許嫁ではなく、商家に嫁ぐことが決まりました。
お金で買われた花嫁と言う人もいました。
夫の幸助には褥を共にする女性が居た上での婚儀でした。
その女性は花絵が嫁ぐことが決まった頃に、初めての出産で命を落としました。
産まれた子は女の子。
花絵は嫁いですぐに女の子の母になったのです。
あれから2年、花絵は子宝に恵まれず、家に居場所はないと感じていました。
託された夫の一粒種・明子を育てるだけがこの家での花絵の居場所でした。
「どうしても士族の女子が生んだ子が欲しい。」
「士族の女子は躾られてるし、教養もある。」
「花絵の妹なら良い母になるはず…。雪絵を貰うことにした。」
そう幸助が言ったのです。
花絵は幸助の言葉の裏に跡継ぎを欲している舅の想いがあるということを感じながら、幸助の言葉を呆然と聞いていました。
花絵がやっと口に出来た言葉は「正妻と妾が姉妹などと…」とでした。
「もう決まったことだからな。来る日も決まってる。」と幸助が言い放った時に無駄だと花絵は思い知ったのです。
結婚は家同士のものであり、花絵や雪絵の気持ちは一切関わりなく決められました。
雪絵にも許嫁がいましたが、花絵の時と同じで相手も士族。
生活に困窮している士族でした。
「そういえば皇族にも姉妹で同じ男性のもとへ嫁いだ皇女がいましたね。
天武天皇のもとへ嫁いだ大田皇女と鵜野讃良皇女がいましたね。
お二人のように私たちも嫁いだ限りは、この家だけです。
この家で生きていかねばなりません。
これから私は雪絵ちゃんのことを『雪絵さん』と呼びます。
雪絵ちゃんも今日からは私のことを『お姉さま』ではなく、
人前では『奥様』と呼んでね。
でも、二人だけの時は今までのように『お姉さま』と…。」
涙を拭きながら「はい。」と言った雪絵は顔を挙げて「奥様、今日からお世話になります。よろしくお願いいたします。」と手をついて頭を下げたのです。
この日から同じ屋根の下で姉妹が正妻と妾として暮らし始めました。。
この話は、随分前にテレビで西日本の明治時代の実業家で姉妹を正妻と妾にし、妾の数も事業の拡大につれて増え、子どもの数が大変多かった人がいたことを知りました。
実在の人物の名前も、どんな会社を持ち、何人子どもがいたのか等は覚えていません。
テレビで「姉妹を正妻と妾にした」ことに驚いて何十年経っても、それだけを覚えていました。
名前など全く分からないので、「姉妹が正妻と妾」以外は事実ではありません。
明治に居た「今ならあり得ない夫婦」の姿を想像したのです。




