DESPEDIA-9
この階の階段は封鎖されていなかったが、降りた先の扉が閉まっており、南京錠が掛かっていた。
その鍵を探すべく、また階段を上って、戻ってきていた。
「ここの構造、ある程度は知っているだろ」
「ええ。この階には職員室があるわね」
上月はなんでもないように答えた。知っているなら最初から言えよ。
上月の案内で、職員室へとたどり着く。
「鍵がある場所も知っているわ。取ってくるわね」
上月は職員室の奥へと駆けていく。
取り残される俺。何とはなしに、窓際に向かう。ここも、外に板が打ちつけてあった。
「一ノ谷、上月。禅樹、竜胆。一ノ谷、夕凪。禅樹、渚」
こんな珍しい苗字、そんなにない。だったら、竜胆は、渚の…
「ん?何だ?」
窓際に、キラリと光るものを見つけた。漆塗りの朱色のそれは手鏡だった。
傷だらけだが、鏡は無事だ。俺の顔が映っている。
「ゆうなぎ、取ってきたわ」
「ああ、じゃあ、行くか」
何の気もなく、それをポケットに入れて、上月と一緒に職員室を出て、下に降りる。
「ちなみに、ここ一階よ」
上月が錠を外しながら言った。
一階もやはりぼろぼろだった。もう探索はせず、廊下の真ん中あたりにあるという玄関を目指す。
「真ん中あたりにホールがあって、その先に下駄箱。変わった作りよ、ここは」
ホールまでの距離、上月がそう言った。
そして、ホールにたどり着く。
「逃がさないわ。私の顔」
そこには、竜胆が待ち構えていた。
「姉さん」
上月が短く声を出した。
そして、息を吸って、言った。
「姉さん。人の顔は人のものよ。姉さんの顔は、それなの」
「わたしの顔は、半分ない!だから、貰うだけだ!」
「姉さん。無理を言っては、ダメ。しっかりと、自分を見て。どんな姿をしていても。人と違っていても、自分は自分。教えてくれたのは、姉さんよ」
上月の姿がぶれる。気づくと、そこにはどこまでも病的に真っ白で、髪もさえも真っ白な、女が立っていた。
「上月?」
「そうよ」
俺の声で振り向いた上月の目は真紅だった。
「本当に最初、夕凪はこの姿を見ているはずだけどね」
先天性色素欠乏。俗に言うアルビノ。上月はそれだった。
「姉さん。これを、あげるから。自分を、しっかり見て」
上月は、俺のポケットから鏡を抜き取り、竜胆に渡した。
そして、竜胆は鏡で自分を見る。
「これが、私なのね」
「そうよ、姉さん」
竜胆は薄く笑った。
「鏡に映った自分は現実。でも私は、理想しか見ていなかった。鏡を見るたび壊れて。上月ちゃんに教えられて助けられて。姉さん失格ね」
「そんなことないわ。姉さんは、何時でも私の姉さんだった」
上月はゆっくりと竜胆の元に歩いて行った。
「つらかったよね。これからは、私が姉さんを楽させてあげる」
そして、上月は竜胆の横に立ち。
その胸に刃を突き立てた。
「死んで」
「上月!?」
俺はあわてて駆け寄ろうとしたが、足が縫い付けられたように動かない。
「そこにいなさい、夕凪」
上月の声は冷え切っていた。
竜胆は無言で崩れ落ちる。
「姉さん。わたしは本当にあなたが嫌いだった。
私が望むもの全てを持っていて。完全だった。どれだけあなたを怨んだか。どれだけこの瞬間を待ちわびたか」
言いながら、刃を突き立て続ける。白の髪が、返り血で染まる。
「あなたがここに封じられたとき、わたしもここに潜んでいてね。殺そうとしたけど返り討ち。四階の亡霊となったわ。
でも。優秀な子孫がわたしを助けた。四階の亡霊は、一階の悪魔を殺しに降りてこられた」
べったりと、血に染まった竜胆に、上月は続けた。
「あなたの、禅樹の家はわたしを養女にして、親と引き離してくれたわね。あなたの遊び係として一ノ谷からわたしを奪った。初めて会ったときからあなたが大嫌いだったわ。禅樹上月と名乗るのは虫唾が走った。成人して、すぐ家を出たのはそのせい。わたしは、一ノ谷上月よ」
上月の声には、狂気がにじんでいた。
「わたしは、夕凪の先祖。一ノ谷上月。この朽ちた身の先祖でも助けてくれるなんて、いい子孫を持ったわ」
くるり。上月が振り返り、血に濡れた顔をさらす。
壮絶な、黒い笑みだった。
「夕凪。あなたの夢も終わり。最期に、禅樹の娘と付き合うのは止めなさい。これは忠告よ」
「それは、無理だ」
俺は譲れないとばかりに拒絶した。
上月は暗く笑って、「そう」と言った。
「まあ、いいわ。じゃあね、夕凪。あなたとわたしには、同じ血が流れているわ」