DESPEDIA-5
「どうしようもないな」
おそらく階段があるであろう場所は、板によって封鎖されていた。
隈なく探した結果、理科室脇の壁が他の腐った木の壁と比べて、不自然に形を保っているということに気づいた。
叩いてみて、どうやら向こう側があることが分かった。まではよかったのだが。
どうやっても壊せない。何枚かの板を重ね合わせているみたいだ。
「この封鎖を、どうにかしないといけないわね」
上月は、こちらをちらちら見ながら言った。
「もうやらんぞ」
痛む肩、足をさすりながら俺は返した。
さっきまでタックルさせられていたので、体が痛い。
椅子をぶつけたりもしたのだが、残骸をぶつけても意味がない。活路はあれども、通れず。
「なんとかしないとな」
また理科室に入る。
「何もないんじゃないの?」
上月は自分が部外者のような感じで言った。
「理科室なら、マッチ位はあるだろ。焼く」
「へえ、焼死がお望み?」
上月はそう言いながらも、探すのに協力してくれた。
「大丈夫。いざとなったら、体で消す。それに、そこまで一気に燃えるものでもないだろ」
正直、自分でもどうだか、と思っているのだが、上月は特に反論せずうなずいた。
しばらく探していると、マッチの小箱を見つけた。
「あったぞ」
「こっちもいいもの見つけたわ」
上月が持っていたのは、瓶入りのアルコールだった。
「少しは燃えやすくなると思うわ」
準備は出来た。
不安がないわけじゃない。むしろ不安しかないが、板の前に立つ。失敗したら大惨事。焼死コース。成功したら、下に。
それにしても、上手く周囲の壁に偽装してある。
ここは、どんな所だったんだろうか。封鎖された窓。御札。朽ちた椅子や机も、時間が壊す前に人が壊した後があった。植木鉢も投げ込まれたものだろうし、極め付けに降りられないよう、封鎖された階段。
どこからどう見ても、怪しい建物だ。
「早く、やってみましょ?」
上月は、瓶の中のアルコールを、全て板にかけてしまっていた。
「マッチを貸して?擦りたいわ」
言う通りに上月にマッチを渡す。
十本程度のマッチが入った小箱を持って、上月がマッチを擦る。
「あ。折れちゃったわ」
どうやら、脆くなっているらしい。大丈夫か?
「……もう。ゆうなぎが擦って」
三本ほど折って、上月は俺にマッチを返した。
一本擦ってみるが、あっさりと折れた。
「相当脆いな」
「でしょ?」
上月はなぜか嬉しそうだった。
次々と折ってしまって、後一本。
「マッチを擦るのが、こんなに難しいと感じたのは初めてだ」
擦る。
何とか成功した。小さな火が、指先で輝いた。
俺はそのまま、マッチをアルコールで濡れた壁に押し当てる。
「っ!」
火が、炎となる。
瞬く間に火が燃え広がり、一瞬にして、封鎖していた板のみ燃える。
嘘の様な光景だった。
正確無比に、一瞬で、板のみが燃え尽きる。
灰も、残骸も残らず。
思わず、呆然となる。
「ゆうなぎ?」
上月に呼ばれて、ようやく我に返る。
今のは、一体何なんだ?何から何まで、怪しく、妖しい建物だ。
板が燃えた後には、確かに階段の手すりが見えていた。
が。
「壊されているわね」
木造だったろう階段は、手すりのみを残して、完全に壊されてしまっていた。
これでは、降りることなんて出来ない。手すりだって、ぼろぼろだ。
ためしに握ってみると、あっさり砕けた。
「一難去って、また一難」
思わずつぶやいた。下に飛び降りるのは、この廃墟では危ない。
床板が崩れるから。
「また探索ね」
「いや、確かカーテンがあっただろ。あれを繋げて降りる」
言ってから思う。中々いいアイデアだ。
口をついて出てきた言葉だが、悪くはない。
マッチの空箱を放る。さっき、御札で作った紙飛行機の近くに落ち、転がっていった。
早速カーテンを集めに行く。
どこの部屋のカーテンも汚かったが、逆に言えば汚いだけだ。
最初の部屋まで戻り、カーテンを集める。
「これだけあれば十分ね」
上月と俺の両手は、カーテンで一杯になっていた。
「え?」
部屋から出たとき。
階段のあたりに、人影が見えた。
「どうしたの、ゆうなぎ」
「そこに・・・」
消えた。どれだけ眼を凝らしてもいない。飛び降りた?音は?
「なんでもない」
なんだったんだろう。
幽霊?見間違い?
カーテンを抱えて、階段まで戻る。そこで、見つけた。
踏まれた、紙飛行機。
マッチを放ったときには踏まれていなかった。
カーテンを集めに行くときも、俺も、上月も踏まなかった。
じゃあ。
誰が。
踏んだ?