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DESPEDIA  作者: 黒葉
3/9

DESPEDIA-3

 鏡に神様が宿るなら。私の願いを叶えて頂戴。

 鏡に悪霊が宿るなら。私の願いを叶えて頂戴。

 何時も何時も貴方を覗く、私の姉さんを×して頂戴。

 何時も何時も貴方に映る、私の姉さんを×して頂戴。

 いいじゃない、どうせ姉さんは病気なの。

 いいじゃない、どうせ姉さんは治らない。

 


 ずいぶんと埃っぽい空気だ。何年掃除をしなかったら、これほど埃がたまるのだろうか。

「姉は血を吐き涙を流す、

 ひとり地獄に落ちゆく姉よ、

 地獄くらやみ花も無き。

 鞭で叩くは妹か、

 鞭の朱総が気にかかる。

 叩けや叩きやれ叩かずとても、

 無間地獄はひとつみち。

 暗い地獄へ案内をたのむ、

 金の羊に、鶯に」

 近くで声が聞こえる。渚の声によく似ているが、金属質のような、冷たい音がノイズのように混じっている。

「皮の嚢にやいくらほど入れよ、

 無間地獄の旅支度。

 春が来て候林に谿に、

 暗い地獄谷七曲り。

 籠にや鶯、車にや羊、

 可愛い姉の眼にや涙。

 啼けよ、鶯、林の雨に

 妹恋しと声かぎり。

 啼けば反響が地獄にひびき、

 狐牡丹の花がさく」

 何とも物騒な歌だ。立ち上がろうと腕に力を入れると、鈍く痛みが走った。

「地獄七山七谿めぐる、

 可愛い姉のひとり旅。

 地獄ござらばもて来てたもれ、

 針の御山の留針を。

 赤い留針だてにはささぬ、

 可愛い姉のめじるしに」

 歌は続く。俺は痛みを押し切り、立ち上がった。

「あら、起きたの」

 半分残骸のような椅子に座ってこちらを見ていたのは渚だった。けれども、普段の渚とは違い、冷たい眼と、暗い雰囲気を持っていた。

 あたりは、さっきまで居たごく普通の教室ではなく、廃墟だと確信を持って言えるほど、ぼろぼろで、埃っぽくて、机や椅子の残骸、砕けたガラスや植木鉢、腐った床板、朽ちた土、カビだらけの壁、極め付けに、窓の内側に無数に打ち付けられた板と御札。

 紛れもなく廃墟だった。

 割れた黒板や、作りから察するに、学校だったかもしれない。

「いちのたに、ゆうなぎ。でいいのから。わたしもこんなことは初めてでね」

 渚(?)はゆらりと立ち上がった。

 紺の制服は着ておらず、代わりに鮮やかな朱色の着物を着ていた。

 この、暗く汚れた廃墟で、朱色の着物は異様なまでに眼に入る。一種誘蛾灯のようだった。

「渚?」

 俺は訝しげに彼女を呼んだ。今の状況と相まって、俺の頭は混乱し切っている様だった。

「違うわ。わたしは上月よ。渚じゃないわ、ゆうなぎ」

「こうづき?渚じゃない、のか。ここはどこだ?何なんだ?お前は誰だ?」

 上月と名乗った女性は、どう見ても渚にしか見えなかったが、目つきや雰囲気、声の質は違っていた。

 まるで、何者かが乗り移っているようだ。

「ふふふ、混乱しているわね、ゆうなぎ。これは夢よ。一時のまどろみに現れる泡沫の世界。何も心配はないわ。落ち着きなさい」

 上月と名乗った渚はくすくすと笑いながら言った。

 このリアルさは夢とは思えないが、ひとまず俺は上月の言うことに従うことにする。

 本当に、わけが分からない。目の前だけを見つめよう。

 上月を信じるなら、これは夢なのだから。

「とりあえず、ここから出たらどうかしら。ここから出る頃には、あなたの夢も終わるんじゃないかしら」

「言われなくても、こんな廃墟からは、一刻も早く出たい」

 上月は相変わらず、くすくす笑いながら「そうね」と同意した。

 とりあえず、この部屋を出る。

 元はスライド式の木の扉は、腐食して半分に割れ、半ば床にめり込んでいた。

 廊下も大体教室と同じような感じだった。やっぱり窓の内側に板が打ち付けられ、外は見えない。おまけに御札が何枚も、乱雑に貼り付けてあった。不気味だ。

「何かをここに封印でもしているのか?」

 御札を一枚はがして見てみると、達筆な字で「急々如律令」と書いてあった。なんと読むのだろう。俺の知識にはなかった。

「さあ?」

 上月は気のない声で答えた。

 一番端の部屋から出てきたので、廊下が続く方に歩く。

 途中の部屋も覗いて行ったが、特にこれと言って変わったことはない。どこも変わらずぼろぼろだった。

 時折砕ける床板に気をつけながら探索していく。なかなか長い廊下だ。目測三十メートルは歩いたが、まだ先二十メートルほどある。

「長いな」

「そう?」

 上月は、意味のない会話には乗ってこないようだった。なんとも淡白な女だ。

 結果、ぎしぎしと床板がきしむ音だけが響く。

 こういう無機質な音でも、場の雰囲気と合わせると、なんとなく怖くなってくる。それを会話で紛らわせようとしたのだが、上月が乗ってこなければそれも出来ない。一人でべらべら喋るマネは出来ないし、馬鹿みたいだ。

「やっと端ね」

 端まで来たが、突き当たりに部屋があるくらいで、特に何もない。俺は御札をはがして、紙飛行機にして飛ばして気を紛らわせた。

「この部屋、理科室みたいよ」

 上月が指差した入口上部に木の札がある。朽ちかけているが、墨で書かれた字は読めた。

「入る?」

 上月が楽しそうな声で俺に聞く。こいつは本当、なに考えているのかさっぱりだ。

 目線で答えて、俺と上月は理科室に入る。

 理科室は、他と比べるとまだ原形を保っていた。それでも、アルコールランプや、人体模型の破片が散らばっている。

「気をつけろよ」

 思わず声が出た。上月はぽかんとした後、不自然なほどにこやかに笑った。

「ありがとう、ゆうなぎくん」

「嫌がらせか、上月」

 渚そっくりだった。こいつは性格が悪すぎる。見た目は渚なので、精神に大ダメージだ。

 思わずくらりときた。こうかはばつぐんだ!と言ったところ。

「嫌がらせだなんて、ゆうなぎくんひどい」

「お前のほうがひどいわ」

 急激に疲れを感じて、俺は幾分マシな状態を保っている机に座り、ため息をついた。

「疲れたの?」

「誰かのせいでね」

 上月はごそごそと物音を立てながら、理科室中を漁っていた。

 俺はその様子をただなんとなく眺めていた。

「何もないわ」

「何があるって言うんだ」

 確かに、何を求めて理科室に入ったのだろう。

 理科室を出る。

「階段も、梯子も降りるための物は何もわね」

「降りようがないな。」

 廃墟から出るとはいったものの、もう壁にぶち当たってしまった。やりきれない。

「とりあえず、隈なく探してみたら?」

「何も変わらないだろ」

 上月はむっと顔を歪め、次の瞬間にさっきと同じ嫌な笑みを浮かべた。

「お願い、ゆうなぎくん。もう一回しっかり探してみようよ」

 渚そっくり。

 上月はこういうやつだった。

 それで動く俺も俺だった


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