閑話2:支配される者
山野樹に隷属魔法が効かなかった事で、茫然としていた俺はいつの間にかどこかの部屋へ連れてこられていた。
目の前には、召喚された時に偉そうに喋っていたオッサンが立っていた。
「マエジマ様、貴方は勇者という称号を持つ方です。勝手に行動されては困りますよ」
「俺はただスキルを持っていない彼女を守ろうと思っただけだ。心細そうな顔で無理に笑顔を作っていたんだぞ…!」
端から見ればあの時のイツキヤマノの表情は、前島の異常さを前にした引きつった作り笑いにしか見えなかっただろう。
しかし、前島の中では異世界の兵士に囲まれて、助けてと言えずにいたとしか映っていないのだ。
そして、自分の支配下に置き意のままにすることを、本気で守る事だと思っている。
「なぜ彼女だけ城の外に放り出したんだ!?か弱い女性だぞ!!」
宰相の胸倉をつかもうとした瞬間、周りに控えていた騎士の一人にあっという間に押さえつけられてしまった。
「くそっ!離せ!!」
拘束から逃れようと身をよじるが、騎士の腕はピクリとも動かない。
勇者の称号を持っているとはいえ彼はまだLv1だ。騎士たちは少なくともLv20にはなっている。
前島が簡単に振り払えるわけも無かった。
「マエジマ殿、あれは彼女が望んだ事です。スキルを確認したあと、本人が自分では役に立てないから街に降りると申し出てくださったのですよ」
宰相は、前島を柔らかい口調で諭す。
「どうせスキルが一つしか無かったから放り出したんだろう!!」
しかし、宰相の言葉を信じはしなかった。
己のスキルが失敗した事も含め、自分の物に出来なかった山野樹に対するすさまじいまでの歪んだ執着心だけで宰相を敵視している。
「はぁー…マエジマ殿、彼女の事は諦めてください。あなたにはこれから魔王討伐を目標にスキルを鍛えていかなければなりません。そして魔王を討伐した暁には、この国の姫の伴侶となりこの国の発展に貢献していただかなければならないのです」
宰相は、おとなしく魔王討伐に向かえばこの国の姫を娶れるのだぞと餌をちらつかせるが、そんなものは前島には効果が無かった。
「うるさい、王女を妻にするのは勇者なら当たり前だろ!!それよりも、城の外に逃げたあの女も俺の物にしなければならないんだ!!」
勇者である自分が姫を妻とする事は当然の事だ。
そんな当たり前の事を言われて、取り逃した女を諦めろと言われても納得が出来ない。
今から追いかければすぐにでも、あの女を捕まえられるのに。
捕まえた後になぜ自分の隷属魔法が効かなかったのかを調べ、隷属魔法をかけなおさなければならないのだ。
勇者の発言に、宰相の表情がすっと無くなった。
「…下らん。ただの好色の狂人か。あれを持ってこい」
騎士の一人が金の腕輪のような物を持ってきた。
宰相がそれを受け取ると、前島の右腕に取り付けた。
「何だ!!何を付けた!?やめろ外せ!!」
騎士が拘束を解くと、前島は自分に付けられた腕輪を外そうとするが外れない。
「クソっ!!何だこれ外れないぞ!!」
「あなたなら鑑定できるのではないかな?マエジマ殿」
宰相の言葉通りに鑑定スキルを使った前島は驚愕に目を見開いた。
「おい!!なんだこの支配の腕輪ってのは!?外せよ!!」
「はぁー…頭の悪い男だ。今から貴様は私の駒だ。我が命に従えヒデオミマエジマ」
「うがっ!?」
前島の頭の中に、何かがゾロリと侵入してきた。
何だこれは!
やめろ、俺の意識を縛るな!!
侵入してきた何かは、前島の思考を縛り付けていく。
やめろ!!やめてくれ!!
抵抗しようとしてもどうにもならない。
前島の意識は、どんどんと何か見えない檻に閉じ込められていく。
そして、世界が遠くなった。
その様子を見ていた宰相は鼻で笑った。
「やはりLv1の勇者は抵抗せんな。マエジマ、あの娘は自ら城を出た。他の者に何か聞かれてもそう答えよ」
「わかりました。宰相様…」
先ほどの剣幕が嘘のように、静かな声で答える勇者マエジマ。
その姿はうつろな人形の様だ。
「他の者がいる場では普段のように振舞え」
「はい。わかりました」
主人である宰相の命令に従わなければならない。それこそが最上の喜びだという思考が体全体を包んでいる。
「今後はいかがいたしますか?」
近くに居た騎士が、宰相に声をかけた。
「常に私が指示をするのも手間だな…マエジマ、お前は魔王討伐に向けて、スキルを鍛えよ。その際は騎士団長の指示に従え」
「わかりました。勇者として恥ずかしくないよう鍛錬いたします」
「では応接間へ戻るぞ」
こうして前島秀臣は、勇者マエジマとしてこの世界で生きてゆくことになるのだった。
この話からいくつか閑話が続きます。
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