逆転したらスカッとするかと思ったけど、動揺して楽しめない異世界転移
内容が…下品といいますか、女性蔑視の表現が出てきます。
ご気分を害する方もいらっしゃるかも知れません。
よくご判断いただき、不安な場合は先に進まないようお願いいたします。
なんでこうなったんだ?
がっしりと後ろから胸の下に腕を回されて身動きが取れない。女の子みたいな腕は思った以上に力が強かった。スキンシップが激しいのは初対面からだが。
「もう絶対離れないからね、僕は君のモノだよ」
ちゅっとリップ音を立てながら耳や髪に口づけを降らせているこの人から早く離れなくては。
そう思って身を捩るがびくともしないし、なにが楽しいのかクスクス笑っている。なんかちょっと質が悪そうというか、なんとなくこの人はヤバイ気がする。どう表現すればいいのか…ああ、あれか。ヤンデレ気質なんじゃないかなって気がする。そんで多分こういう時の勘は当たってる。
「生体反応なんて最初は誤作動かと思ったけど、見に行ってよかった。貴女を見つけられたのが僕だなんて本当にツイてる。大事にしてね僕の女神様」
「セクハラ!離れて!そんで心のソーシャルディスタンスも遠目で!!!」
イケメンなら何しても許されると思うなよ!ん?大事にする、ならわかるけどなんだ?大事にしてねって…。この時の私は本当に何も知らないし、わかっていなかったのだ。
ある感染症の大流行により、緊急事態宣言が出るという今まで前例がないほどの災禍に見舞われたのは日本だけではなかった。休業や解雇を余儀なくされる人、逆に目が回るでは済まないほどに人手が足りず忙しくなる人あり。私はありがたくも後者だった、自分自身のメンテすらできないほどの超過勤務でボロボロではあるものの、生活の心配がないのは本当にありがたいことだと思っている。この状態がいつまで続くのか、努力の甲斐なく感染は拡大し、収束する気配がない。日常のありとあらゆる当たり前だと思っていた事が、どれほど贅沢で恵まれていたのかを痛感することにもなった。
寝不足と過労でふらふらになりながらシャワーで疲労を流すつもりでさっぱりした後、ベッドに倒れこむように横になる。髪を乾かす事で最後に残っていたHPを使い切った、そんな感じだった。シャワー浴びないで寝たら絶対疲労が抜けないのは分かっている。
「感染しないように気を付けているとはいえ、これだけ疲れてたら免疫力落ちてヤバイ…」
ちょっと横になってから、郵便物に目を通してメールチェックして…洗濯もしなきゃ…でもすんごい眠い…。そのまま気を失うように眠ってしまった。一人暮らしというのは全方向自分でやんないと誰もやってくれなくて困るのは自分なのに。明日の私、ほんとごめん。
そうして泥に沈むように部屋のベッドで眠っていたはずの私が、何故かどう考えても寝る場所ではないところで寝ていたようです。お酒も飲んでないのになんでだ!?見慣れない場所なのは徘徊でもして全く知らない街にでも来たせいだろうか。徒歩でそんな街の景観が見たこともないような場所に意識もなく来れるだろうか。
私の目の前には今、荒れ果てた街の残骸にしか見えない建造物があるだけだ。心細くなり人影を探すが、野良猫すらいない。五感のセンサーをフルに研ぎ澄まして分かった事は鳥の声さえ聞こえないということだった。生き物がいないというのは世界がこんなにも静かなのか。
静かすぎて恐ろしくなってきた。何かに縋りたくて壁に背中をつけて蹲った。どうしようそればかりが頭の中をぐるぐるするが答えなんて出やしない。しばらくそうしていたら、エンジン音というかモーター音のようなものが近づいてきて、私は冒頭の羽交い絞め男と出会ったのだった。
保護してくれた彼に詳しい説明を求めたらあっさりと説明してくれたが、私はその現実を受け入れられなかった。まずここは私のいた世界ではなさそうだということ。人類はとても数が減っていて私が最初に起きた場所のように放棄された街が大半であること。それでも日常生活は不自由ないほどのレベルが維持されているらしいこと。私の身柄は発見した彼に預けられる事などだった。
「いい加減ジャンルとしては下火だろうに、まさか自分が異世界転移をするとは思わなかった…」
彼が準備してくれた個室は中から鍵も掛けられる部屋で、ちゃんと配慮してくれているのがわかる。
さっき家の中を案内してもらったが、この部屋が一番日当たりが良く広い個室だったのでお世話になる身としては辞退したかったのだが話し合いに疲れてしまった。
異世界なのに、所々で元の世界に似た印象を受けるのは完全に異世界ではなく平行世界なのかな。考えても仕方ないので、今後の自分の事を考えようと思った。
自立をしようにも私にできるような給金を得る仕事はなさそうだった。コンビニバイトでもと思ったが基本的には人がいないので店舗は基本的に無人だ。労働力はロボットである。ここでは人間はほとんど労働などしないという。もちろん中には趣味で働くことを選択する人間もいるらしいが稀であるとのこと。行き交う人のほとんどが働かなくてなんで経済活動できるのか納得がいかないがここは私の元いた世界とは違う理があるのかもしれない。でも少し人が少ないながらも街の様子は元の世界とあまり変わらない。ちょうど自粛中の元の世界のようだ。
彼は私の身元引受人となって今後も面倒を見てくれるらしいが、私はこの街で戸籍のようなものを取得でき、しかも国?からお金が支給されるというのだ。うまい話には裏があるんじゃないのかと勘繰ったがその後も何も起らなかった。ただなんというかやることがない生活というのはすぐに飽きた。
そして生活して色んな事を体験していくうちに、この世界の常識が私の知る常識とは少しずれているのがわかってきた。なんと表現していいのか、男女の感覚が逆なのだ。私の知る世界では言い方は悪いが女性はモノ扱いだった。一応男女同権などと言ってはいるが、そこかしこに根深い差別がそこにはあった。女は若ければ若いほど価値がある、などというのが今だ蔓延っていたし、なにより労働者であり母であり妻であり、何足ものわらじを履き、休む暇もなく働く女性に「女は楽でいいよな、いやになったら仕事辞めればいいんだから」と言い放った同僚の男を異星人を見るような目で見てしまったのは仕方ないと思う。これが世の中の大多数の男性が口にしないが思っている事だ。男性は女性より理論的だという口で、その男性がとても理論的とは言えない超理論を展開するような世の中だった。女性は物理的にも経済的にも性的にも巧妙に搾取されていた。
常々思ってたけど、そこまで下等と蔑む女性から産まれるのは屈辱じゃないのか?都合がいいものだ。自分の娘が自分と同じ年のおっさんに性的搾取されて弄ばれるのは嫌だが、他人の娘なら何やってもいいという気持ちがわからない。おっと話が逸れた。
で、この世界はそんな男女の考え方というか感覚が逆転していた。特に性的な事に関して。
なんと肉食系女子が普通の感覚なんだと、恋愛にしても女性が主導なのだった、この世界では。女性に求められるのが男性のステータスなのだとか。だから「大事にしてね」だったのだ。私を保護した彼は私のモノになりたがっているらしい…度し難い。なんでこうなってるかというと女性の数が圧倒的に少ないという理由もあるようだ。
「僕、絶対に君を満足させるよ!一生懸命頑張るから…わっ!」
「もういいから黙れぇぇぇ!セクハラ!」
手近にあったソファのクッションを彼の顔に投げつける。
「僕は好みじゃない?どういう男が好き?髪型は?服は何系が好み?君の好みの男になりたい」
「そーゆーのやめて」
最近は世俗を勉強するためにドラマや映画などを見ている。この世界にもこういうものはあるらしい。完全に男女が逆転している話ばかりだ。そして女性雑誌が何故か元の世界の男性向け雑誌のような感じに…。性に開放的で少子化対策なのか…でも人口が増えるなら何よりですね…。刺激強すぎ。
構って〜と言わんばかりにくっついて来て、無理やり私とソファの背もたれの間に入り込み自分の腕の中に私を閉じ込めて、満足そうに肩口に頭をぐりぐりと押し付けてくる彼から逃れようとしながら、あの世界では生きづらかったからここに来て良かったのかもとちょっと思わなくもない。まだ私の異世界生活は始まったばかりだ。
「もう絶対離れないからね、僕は君のモノだよ」
読んでいただきありがとうございました。