エピローグ 後
結局、ゆーくんの家に着いたのは14時を過ぎた頃だった。
約束の時間に少し遅れちゃったかな? でも、お昼ごろって言ったはずだから大体セーフだよね。もう! これも全部先輩の所為だ。一緒にお風呂に入ってる時、いきなり興奮したとか言って迫ってくるから。
ちゃんと拒まなかったのも悪いけど、昨日あんなに凄い事されちゃったら断れるわけないよ。凄く気持ちよかったけど、時間を確認し忘れたのが痛い。
その後は念入りに洗ったけど、大丈夫だよね? 先輩の匂いとかしてなきゃいいけど。いくらゆーくんが浮気したと言っても、それでも好きなことに変わりない。だって私は、ゆーくんの彼女だもん。そろそろ先輩の事は一旦忘れよう。
深呼吸した後に、玄関の扉をノックする。
すると、ゆーくんがすぐに扉を開けて私を出迎えてくれた。
出迎えの早さに思わず身体が震えてしまった。ひょっとして、ずっと待っててくれたの? だとしたら、凄く嬉しいなぁ。例え浮気してても、まだ私を好きでいてくれてるのかも知れない。
「ご、ごめんね、ゆーくん。ちょっと友達と話が盛り上がっちゃって。急いで戻って来たんだけど、待たせちゃった……よね?」
「いや、そんなの全然構わないって。ただ遅くなるなら連絡の一つくらいはくれると嬉しいな……めっちゃ心配するからさ」
「あはは……大げさだよ、ゆーくん」
「加奈は時間をキッチリ守る奴だって知ってるからさ。余計に心配するんだよ。普段の行いの良さを、もっと自覚してくれ」
そんな事ないんだけどね。きっちり守るのは、ゆーくんとのデートの時間だけ。私は……そんなに真面目な子じゃないんだよ? それに、今ゆーくんと話す少し前までは先輩と――
「加奈? 具合悪そうだけど、本当に大丈夫か?」
「へっ!? あっ、う、うん! 全然平気だよ!」
なに考えてるの私。ゆーくんの目の前で考えるような事じゃないでしょ。
それに、あれは仕返しなんだから……罪悪感なんて感じる必要ないのよ。
チクチクと心を何かが突き始めるような感覚。私は悪い事なんて、してないはずなのに。なんで……こんなに心が痛いんだろう。
「今日はいきなり呼んで悪かったな」
「そんなことないけど……そういえば、渡したい物って?」
「あー……それは、部屋でのお楽しみって事で……!」
そう言って鼻の頭を指で掻きながら、ゆーくんは照れたように私の手を取ると、そのまま部屋まで一緒に歩いて行く。ゆーくんの手……あったかいなぁ。
やっぱり、ゆーくんから触ってもらうのが一番好き。
この暖かさを、他の女にもあげたのだと思うと凄く悲しくなった。
***
部屋に入った後、慌てた様子で彼はすぐに戻ると言ってどこかに行ってしまう。
……もう。部屋でのお楽しみとか言っておいて、それはどうなのよ。
それにしても、ゆーくんの部屋ってこんな綺麗だったかな。
普段は雑に置かれてる漫画本とかもしっかり本棚に収まっていた。
綺麗になった彼の部屋をしばらく物色してると、ゆーくんが戻ってきた。彼の方を見ると、その手には二つのケーキがあった。
「待たせてわりぃな。悪くなると思って冷蔵庫に仕舞ってたのを忘れてたわ……。はぁ、締まらねぇ登場の仕方になっちまった」
「えっ!? ゆーくん、そのケーキどうしたの?」
「ほら、苺のショートケーキ。確か加奈が好きだった奴だよな」
「う、うん。そうなんだけど……今日って何かあったっけ?」
「ほら、あれだ……来週の火曜って、俺達が付き合って一周年になるわけじゃん? だけど、平日に祝うのって結構しんどいと思ってさ。代わりに休みの今日祝えたらなって……」
「ゆーくん……おぼえてて、くれてたの?」
「当たり前だろ。加奈との大事な思い出を忘れるかよ」
そっぽを向いて、ケーキを私の目の前に置いてくれる。
そんなゆーくんを見て、凄く嬉しくなった。
覚えてなんかいないと、思ってた。記念日も近いのに他の女の子とデートするくらいだから、もう忘れちゃってたのかと……思ったのに。
嬉しいけど、同時に怒りも湧いてくる。
そこまで知っていて――なんであんなことしたの?
「……嬉しいな。でもさ、ゆーくん。昨日、女の子と一緒に街を歩いてたよね?」
照れくさそうな笑顔の彼を見たら、我慢できなくなってしまった。
素知らぬ顔で、浮気したのを誤魔化そうとする彼を許せない。
こんな嬉しい事をされたら、余計に許せないよ。
なんで? 記念日だって分かっていて他の女なんかと……っ。
「か、加奈? もしかして」
「うん……私に部活とか嘘ついて、女の子とデートしてるの。見ちゃった」
「……そっか」
「そっか? それだけ? ゆーくんは浮気したんだよ!?」
淡白な返事が怒りに火を点ける。
私はこんなに怒ってるのに、ゆーくんにとっては大したことじゃなかったみたいでイラッとした。ゆーくんの行動で、どれだけ私が傷ついたのかを分かってもらいたかった。
「ま、待てよ! 違うんだ加奈」
「そういう言い訳なんか聞きたくない! 何で浮気したのか聞いてるの!」
誤魔化されるのは、もう沢山。
嘘を付かれるのも、言い訳も……。これ以上、私を騙そうとしないで。
「高山さんと一緒に居たのは――加奈のためなんだよ!」
「えっ?」
追及するつもりだったけど、唐突に私のためとか言い出すゆーくんに面食らってしまう。浮気するのが、どうして私のためになるの?
「……一緒に歩いてたのは、同じクラスの高山陽菜さんだ」
「ゆーくんは、クラスメイトの女の子とデートしてたの?」
「だから! デートじゃないんだって! あの時、高山さんと一緒に居たのは――コレのためなんだ」
そう言ってゆーくんは丁寧にリボンで結ばれたプレゼント箱を私に差し出してきた。その表面には、一周年おめでとうの文字が刻まれていた。
「……えっ?」
「せっかくの一周年記念だから……加奈が喜ぶものを、プレゼントしたかった。でも俺って、女の子が喜ぶものとか全然わかんねぇからさ。相談したら高山さんが協力してくれる事になったんだ」
「う、うそ……」
「サプライズのつもりだったけど、ごめんな。こんな風に不安にさせちまって。加奈に喜んでもらいたかったけど、加奈の気持ちをまるで考えてなかった……。嘘を付いてまで、隠す必要もなかったよな」
「ゆ、ゆーくん……あの」
「本当にごめんッ! 今後はああいう事は二度としないようにするから、許してくれ!」
ゆーくんが、私に謝ってくる。
必死に頭を下げて、何度も何度も。
誤解させてごめんって、本当に何もなかったって。
私だけを愛してるって、浮気なんて絶対にしないって。
――――誤解、だった。
ゆーくんは、浮気なんてしてなかった。
ただ、私のためにプレゼント選びを相談して貰ってただけだった。
それなのに、私は勘違いして……。
勘違いして――何を、したの?
あ、ああああああああ……! わ、わたしっ!
そんな……じゃあ、私は……私の、した事は。
「プレゼント……開けてみてくれ」
「え……? あっ、うん」
箱を開けてみると、出て来たのは綺麗なネックレス。
ペンダントトップにはパズルの様な飾りが付いていて何か文字が刻まれていたけど、途中で途切れているようだった。
「ゆーくん、これ……」
「実はそれってペアネックレスでさ、ほら、俺も同じの付けてるんだ」
ゆーくんが首に下げてるネックレスを見ると、確かに同じような種類の物だった。私のために用意してくれた、おそろいのプレゼント。
「付けてみてくれないか、加奈」
ゆーくんに言われ私がネックレスを付けると、彼は先端に付いているパズル部分を手に取り、自分のネックレスに付いている部分と合わせるように嵌めこんだ。
二人分のパズルが重なり、途切れていた文字がピッタリと繋がる。
そこにはこう、書かれていた。
――love is always between us and forever.
(愛はいつも2人のそばにあり、永遠である)
「ちょっと、重いかなって思ったんだけどよ。これくらいの方が、気持ちが伝わるって言われたんで……これに決めたんだ」
……馬鹿だ、私。
ゆーくんが浮気なんてするような人じゃないって知ってたはずなのに。
彼を疑って、勝手に絶望して――先輩なんかに、身を委ねて。
ごめんなさい、ゆーくん。
本当に、ごめんなさい。
「ゆーくんっ……疑ってごめんなさい……」
「お、おい、泣くなよ! それに悪いのは俺なんだからさ、加奈は何も悪くねーよ。寂しい想いをさせて、悪かったな」
「ゆーくんっ! ゆーくん!」
彼の胸に抱き付き、ひたすら泣き続ける。
ゆーくんは、いつまでも優しく私の頭を撫で続けてくれた。
「ごめんなさい、許してください……っ!」
「だから謝るのは俺で……あー、ホントに隠し事なんかするもんじゃないな」
「好きです‼ 愛してます‼ 私もゆーくんだけだからッ!」
「……俺もだ。愛してるよ、加奈」
熱い言葉を聞いた私は、我慢できなくなり彼と唇を重ねた。
ゆーくんとのキスは、こんなに気持ちが満たされて、幸せなのに。
なのに、私は。
ゆーくんは私の事を大切に想い、ひたむきな愛を向け続けてくれていた。
最愛の幼馴染は、私の事を裏切ってなんかいなかった。
そう、裏切ったのは……。
――――裏切ったのは。
入り口物語完結です。
本編やるとしたら、ノクターンになりそうです。
彼女の裏切りを知らぬ優斗が事実を知った時が、終わりの始まりとなるでしょう。