中編
「なに言ってるの……? 私、ゆーくんの彼女なんですよ? そんなこと、出来るわけっ――」
「浮気されるって事はさ、加奈ちゃんは優斗君にとって軽い存在って事なんだよ」
「そんなことないッ! ゆーくんと私は、お互いを大切に想い合ってるんだから!」
「へー、じゃあなんで、加奈ちゃんに嘘ついてまで優斗君は他の女性と隠れて遊んでいるのかな?」
反論しようとしても、結局ゆーくんに浮気された私の言葉なんて何の力もなかった。だって、先輩の言う通りだから。
もしホントに、お互いを大切に想い合っていたなら浮気なんてしようと思えるはずがない。悲しい気持ちと同時に、ゆーくんを繋ぎ止める事が出来なかった自分自身に嫌気が差してしまう
「私って……そんなに魅力ないのかな。ゆーくんの優しさに甘えて、ダメな女になってたのは確かだけど……だけどゆーくんも、そんな私が好きだって言ってくれたのにっ……!」
ダメだ、涙が止まらない。
目を閉じても、ゆーくんの笑顔しか出てこなかった。
あの笑顔が、今別の女性に向けられていると思うだけで身体が震えてしまう。
ゆーくん、ゆーくん……こんなに、愛してるのに。
どうして、私じゃダメだったのかな。
なんで、浮気なんかされちゃったのかな。
「加奈ちゃんはとても魅力的だよ」
「先輩に言われても……嬉しくないです」
ゆーくんに振り向いてもらえなきゃ、そんなお世辞何の意味もない。
訳の分からない怒りが湧き上がり、八つ当たり気味に冷たく先輩に言ってしまう。けれど先輩は笑顔を崩すことなく、私を慰め続けてくれた。
「浮気しないか」なんて言われた時は、真面目に軽蔑しちゃったけど……こうして話してみると、ゆーくんの言う通り良い人なんだよね。気配り上手と言うか、何だか悲しい気持ちが少し安らいだ気がする。
***
帰り道、私は先輩と一緒に居た。
そろそろ帰りますと言ったら、心配だから付いて行くと言った隼人先輩が部活を早退してまで付き添ってくれたのだ。優しいと思う反面、部活を邪魔してしまった申し訳なさに襲われる。
「部活……良かったんですか?」
「今の加奈ちゃんを一人にしておく方が心配だからね。こんなんじゃ、どの道部活に身なんか入らないよ」
「……ごめんなさい」
「君は悪くない。気分がふさぎ込んでいる時は、誰かと一緒に居る方が安心するものだ。だから、僕で良かったら加奈ちゃんの力になるよ」
朗らかな笑顔で見つめてくる先輩を見ると安心感が湧いてくる。
心配してくれる彼が、とても逞しく見えた。おかしいな……胸が少しドキドキしてる。こんな気持ちになるのはゆーくんだけだと思っていたのに。
「加奈ちゃん、ちょっとだけ街で遊んで行かないか?」
「いや、そんな気分じゃないんですけど……」
「暗い気分で居たら、どんどん暗くなるばかりだ! そういう時こそ、思い切り遊んで気持ちを発散しないと! 丁度明日は休みなんだし、少しくらい良いじゃないか」
そう言われると、そんな気がしてくるから不思議なものだ。
確かに、このまま家に帰ってもずっとゆーくんの事を考え続けて気が滅入っちゃいそうだし、遊ぶのも悪くないのかな。
「わかりました。思い切り暴れますから覚悟してくださいね」
「そうこなくっちゃ。加奈ちゃんとデートが出来て、嬉しいよ」
「変な事言わないでください。デートじゃないです。ストレス発散のためですから」
「それでも嬉しいよ。加奈ちゃんみたいな可愛い子と一緒に遊べるんだから。優斗君は、自分が幸せだという事をもっと自覚すべきだよね」
「今は……ゆーくんの話は、やめて」
ゆーくん以外の男性と二人きりで遊ぶなんて、本当なら考えられない事だった。
でも、先輩はゆーくんも信頼してるような良い人だし大丈夫のはず。
それに、他の女性と浮気してるゆーくんに対するあてつけのような気持ちもあったと思う。ゆーくんも楽しんでるなら、私だってこのくらいはしちゃうんだから!
***
街のゲームセンターで先輩と一緒に遊んだおかげか、気分も前向きなモノに変わりつつあった。色んな対戦ゲームをしたけど、先輩はどれも上手くて結局全然勝てなかったのが悔しい。
「もう、先輩‼ ストレス発散に来た私をボコボコにするなんて、酷くないですか!?」
「手は抜かない主義でね。加奈ちゃんだって、手加減なんてされても面白くないんじゃないのか?」
「それは、そうですけど! うぅ、何か納得いかない!」
「……ようやく、普段の加奈ちゃんに戻って来たみたいだね」
「……え?」
先輩の言葉で、私はいつの間にか普段ゆーくんと話すような態度になっていた事に気付いた。もしかして、先輩は私の緊張をほぐす為に……?
「いつも優斗君と一緒に居る加奈ちゃんは、とても明るい子だったから。やっぱり、素の方が素敵だよ」
「そっ、そんな恥ずかしい事言って……‼ 先輩って、悪い男ですよね」
「加奈ちゃんは、僕の事嫌い?」
「嫌い、ではないです。ゆーくんも、先輩の事良い人だっていうし」
「優斗君が良い人って言うから、僕の事が嫌いじゃないの?」
「あっ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……今は、大分印象も変わったって言うか……先輩は、その、とっても優しくて良い人だと思います」
何となく気恥ずかしくなってしまった私達は少しの間、無言で街を歩きまわる。
先輩の気遣いのおかげで、鬱々とした気分も大分マシになってきた。
そんな中歩いていると――――出会ってしまった。
それは、多分偶然だったんだと思う。
実際に見るまでは、信じたくなかった。
だけど……それは間違いなく彼で。
両想いの筈の、幼馴染。
私の最愛の彼氏……それが今、隣にいるセミロングの黒髪をした可愛い人と楽しそうに会話をしながら――街を歩いていたのだ。
「加奈ちゃん。言っただろ、事実だって」
「う、そ。ゆーくん……」
ゆーくんの素敵な笑顔、それが私ではなく他の女性に向けられている。
聞くのと実際に見るのでは、全然衝撃が違う。
立っていられなくなり、倒れそうになる私を先輩が優しく抱き留めてくれた。
「大丈夫?」
私の顔を至近距離で覗き込む先輩の表情は、とても心配してくれているのが分かる。その気持ちは、私にだけ向けられているのを凄く感じた。
「本当に酷いよね。加奈ちゃんの気持ちを考えると、やりきれない思いだ」
「先輩……」
「ねぇ、加奈ちゃんはこれでも優斗君を許せるのか? 君を蔑ろにして、他の女性と楽しむ彼を……許せるの?」
「それは……っ」
許せる、はずがない。
ゆーくんは、私を裏切ったんだ。愛してるって言ってくれたのに!
好きだって、私だけを見てるってっ……言ったのに!!
酷いよゆーくん。ゆーくんの、嘘つき。
どす黒い気持ちはどんどんと大きくなり、やがて抑えられないほどに激しい気持ちが湧き上がった。
――ゆーくんがそういうことするなら。
――ゆーくんが私を裏切るなら、私だって……!
目の前で浮気していたゆーくんを見てしまったからか、そんな熱に浮かされた私は……取り返しの付かない決意を固めた。
「先輩」
「ん? 加奈ちゃん?」
「私、先輩と……浮気します」
辺りを見ると、既にゆーくんとあの女の姿はどこにもなかった。
楽しい会話に夢中で、私の存在にも気が付かないんだね?
……もうわかったよ、ゆーくん。
そういうことするなら……ホントにしちゃうからね?
私を愛してるなら、早く止めてよ。そうじゃないと。
「決意したんだね、加奈ちゃん。近くにホテルがあるから、そこでいいかな?」
そうじゃないと、私。
「もう、どうでもいいです……ゆーくんの事なんか、忘れさせてください」
取り返しの付かない事、しちゃうから……。