◆◆◆メリッサ・15歳・凍期間近 7
「ふ・・・・は、ははははははっ・・・」
美貌の殺人鬼先輩は、鈴の音が鳴り響く中、立ち上がったままの姿勢で、しばらく目を見開いてわたしを見つめた後、声を上げて笑われた。
もともと耳に届いていたのは、容姿通りの美声だったけれど、驚くぐらい張りのある笑い声がダンジョン内にこだまして、まるで天井から降り注ぐみたいだった。
一触即発の殺伐とした空気が中和され、ご本人はといえば目の端ににじんだ涙のおかげか人殺しの雰囲気が緩和されている。
・・・・・えっと、その、命はつながったんでしょうか?
「殺さないでか・・・そんな《本願》は、初めて聞いたぞ?とりあえず杖は置け。眩しい」
「あ。は、はい。ご、ごめんなさい?」
「なぜ疑問系なんだ?」
にやりと、幾分人間味のある笑い方で指摘されたことはすこぶる正論だったので、すぐ手の届く範囲の壁に杖を立て掛ける。
いつまでも人に光源を向けるのって、失礼だよね?たとえその人が殺人鬼でも。
いや、まぁ、いまの笑いで殺人鬼の雰囲気はなくなりましたけど、不機嫌そうだし、不審者だし、警戒は解きませんよ?
灯火魔法はまだ有効なので、追加しなくても大丈夫そうかな?
ついでに護身用のナイフも携帯ポーチに収納して、はい丸腰アピール。
こちらに戦う意思なんて全然ありませんからね~~。
とにかくこの美貌の先輩の前からさっさと退散したいってのが本音です。
だって、この人、怖いもの。
「え・・・っと、エルフ族か・・・も、もしかしてハーフですか?先輩?」
「お前こそ、ヒューマン種か?名前は?」
「え・・・っと。ド、ドワーフじゃないですよ?・・ちち・・ちんちくりんですが一応ヒューマン種ですよ?」
「だから何故疑問形なんだ?ドワーフって・・・本当に斬新な返しでくるな、お前。女のくせに、変な臭いもしない、ゴテゴテもしていない。清浄は無意識か?姫巫女候補か?お前?」
なんか意味不明な言葉の羅列に戸惑っていたら、最後にとんでもない問いかけがきやがった!!!姫巫女候補って、ありえないでしょ!!!
「ん、なわけあるかぁ・・あわわ・・・わけないでしょ!違います!」
ぐわっと真っ赤になってぶんぶんと首を振る。
ありえないわ、その間違い。
外見だけで判断するのやめてほしい!
って、初対面の殺人鬼に言えないけど。
「やっと疑問形じゃなくなったな・・・違うと言うなら誰なんだ、お前は?」
・・・・・・名乗らなかったなら、殺すって眼差し。
やめてください。
ほんとう、怖いから。
マジ、泣きそうだから。
・・・・・変な人に本名教えるの・・・嫌なんだけどな~~~~~。
「名前は?」
「・・・・・・メ、メリッサ・クロウ・・・・」
「・・・・どうやら本名みたいだな」
目を眇めた先輩は、なんだかとっても満足気に頷かれる。
あ、れ?殺人光線解除されて、人の視線になったよ。
「それで、メリッサ・クロウが、なぜここに来た?願いがないならなぜ入れた?目的はなんだ?何よりどうやってこの場所を知った?」
何、この人????
ダンジョンの監視員かなんかなの?
矢継ぎ早に繰り出される質問に、どれも満足には答えられない。
真実をちょこっとだけ織り交ぜて希望を話す。
その間に、ぐっと足に力を貯める。
「ぐ、ぐうぜんです・・・・ほんとう、たまたま、・・・・ひょ、ひょっこりここまで来てしまって、・・・・で、できればこのまま・・・・・し、失礼して帰りたいです・・・・だ、誰にもしゃべりませんから・・・・見逃してください」
噛みかみになる返事を、ふん・・・と、あごに手を当てて、考えこむようにこちらの言葉を吟味する先輩。
完全に弛緩したその眼差しは、さっきの凍結ではなく、まるで暖期始まりのような温かさで。
殺人者モードは解除されて、もしかしてそれほど怖い人ではないのかも・・・なんて錯覚しそうになる。美形って得だわ。
そう思いつつも、ぐぐぐっと、足のバネを引き絞る。
でもね、先輩。
どんなに美形でも、もう二度と接見したくないんです。
トラブルはもうたくさん。ごちそうさまです。
・・・・・・杖は・・・・あきらめよう。
「そ、そういうわけですのでそろそろ退散しますねさようなら」
そう一息で言った瞬間。
くるりと振り返り脱兎のごとく逃げ出す。
どんな敵でも翻弄させる瞬発力。だったはず。
でも。
レベル30オーバーのハーピーより、この先輩の方が俊敏だった。
ありえないでしょ!!!!!!
こっちが1歩も踏み出さないうちに、背中からがっちりと腕に絡み取られ抱きすくめられるなんて!
銀の髪がさらりと肩口からこぼれて頬をかすめる。
背中全体で触れる先輩の体は、彫刻を彷彿とさせる冷たさだった。
「逃げられるとでも思ったか?」
面白がるような声が後頭部に響く。
「はーなーせー。おーろーせー。ちょマジはーなーせー!」
宙に浮いた足をバタつかせる。
マジ、ありえない。
この人。わたしが回転して駆け出したその瞬間に抱き留めていたんですけど?
あの瞬間に?ありえない。
強制的に捕らわれて、駆け出す足が宙を蹴るなんて、いまだかつて経験したことないんですけど?
え?もしかして、お兄ちゃんよりも俊敏なの?この人?
って、思ったら、身体全体に拘束の呪文がかかっていた。
いつのまに詠唱されていました?
ってか杖はどうした!なしか?なしでできるのか?
ガッチガチに動かなくなる身体。
それを抱きしめる力。
どちらも怖くて、がたがたと震えだす。
「お前が話すまで離さない」
「ちょ、話したでしょ?ちゃんと話しました~。あれが~全部ですってっば。だから~、はーなーせー!!!!」
「いやだ」
何わけのわからんこと嬉しそうに言ってるんですか?
顔が見えないけど、口調が笑いを含んでますって、先輩?
く、首元に顔を近づけるな。くすぐったい。
こういう無理やり拘束をしても美形だと犯罪ちっくに見えないんだろうな。
と、どうでもいい客観視が入る。
いや、無理やりは立派な犯罪です。
いいかげんはなせって。こいつ。
「はなせ、変態!!」
「大丈夫だ、お前では欲情しない。純然たる身柄確保だ」
「何、失礼なことをさらってほざくかな、この人は!!悪かったですね。貧乳で!!ちんちくりんのお子様体形で!!」
「・・・・・・・俺は、そこまで言ってないぞ?」
抱きすくめる腕と体がプルプル震え語尾が躍るから、先輩が笑っていることなんてお見通し。
かかえこまれた手首を返して、ばしばし腕を叩くけど、拘束呪文かけられつつの不自然態勢で反撃しても、猫パンチ程度の攻撃力。爪がある分猫の方が上か?
くぬうううううううう・・・・・
どうやって抜け出そうと心の中でやみくもに足掻いていたら、抱き上げられたままくるりとひっくり返されて前から顔ごと後頭部を抱え込まれ、胸元に押し付けられる。
ぎゅっと胸元収納、前抱っこ状態ってやつですか?
ぐわ~~~~~~~、恥ずかしい!!!!!。
これは恋愛経験値ゼロのわたしを爆死させるぐらい威力がある!爆ぜるってば!
大音響でぎゃーっと悲鳴を上げようとしたことで、白ジャケットから香るフレグランスを思いっきり吸い込んで、ぴたりと動きが止まる。
香りに記憶が呼び覚まされる。
――――――故郷の山脈、聳え立つ糸杉の香り。
凍てつくような季節の中でもリンとしたその姿。
エアーの精霊が好む、清浄な緑の香。
それと共に、かすかに香るのは、雪月花の香り。
ブリザードの中で開花する幻の花の芳香。
どちらの香りもこよなく愛して、その身に移らせていたのは、最愛の友。
「・・・・・ジーク・・・・・・」
思わずつぶやいた名前に、壁に立てかけた杖が涼やかな音色を響かせた。
「・・・姫巫女の福音か・・・・・・」
擦れた声が耳元でした。