◆◆◆メリッサ・15歳・凍期間近 5
「おっかしいな~。たぶん、ここら辺だったよね~?」
杖の灯りは最弱にして慎重に壁を探る。
とにかく死に物狂いでやみくもに駆け抜けたダンジョン2階層。
探ってみたら男子寮か講師棟近くまで来ていた。
女子寮とまるっきり反対方向に来てしまったのは痛い。
男子寮は女人禁制。
女子寮は男子禁制。
学院での立地も、中央校舎棟を挟んで対角な寮。
お年頃の男女が集まるところだからこそトラブルに発展しないよう先生も職員も目を光らせているから、ふらふらと、用もないのにここらを歩いている女子は即、処罰確定だと思う。
でもね。たとえ先生に見つかったって帰りは安全ルートの地上を選びたい。
もう、地下はいやだ。怖い思いノーサンキューです。
って思って、壁のどこかに隠された秘密の出入り口を探っているわけなんだけど・・・。
おっかしいな~~~~?
出入り口が見当たりませ~ん。
ここらにあったと思うんだけど、どこいった?
魔力の源は精神力、苦い丸薬のおかげで体は元気になったけど心がバキバキに折れてへとへとだからかな?
いまいち集中探索できないし、ともしび能力も低下している。
実際、お腹も減ったし、散々な目にあったし、こんな怖いダンジョンなら火ネズミさん達だって避難しているだろうし、もう帰りたい。お風呂に入りたい。
ギルの話しによると、第一寮棟なら各個室には温水シャワーや魔石のトイレが完備されていて、高貴な方の部屋になればそれは優雅に過ごせる水回り設備や予備室なんかがあるそうだけど、わたしは第二寮の共同浴場で満足している。っていうか好き。
大きくて広い浴室にみんなで入るってなかなかいいものだよ。
なにより雪が大量にある凍期でもないのに、数夜に一回でもお湯につかれるなんて本当に贅沢だよね。
やっぱりそれって、水が豊かで各種魔法設備が整ったエルバイン学院ならではの贅沢だと思う。
普通の家ならエアーの精霊に髪と全身をさっぱりしてもらって、たまに身体を布で拭くぐらいだもん。
魔力のある子がまず初めに覚えさせられるのは不浄呪文。
汚さないぞ!っていう決意表明みたいなもの。
それを掛けるのと掛けないのじゃ、雲泥の差になる。
あ・・・下着はね、ちゃんと洗うよ?
いくら呪文かけてもね、肌着はやっぱり衛生面から洗濯が必要だよね。
でもさ、ちょっとした洗濯用の水と、浴槽いっぱいの水・・って比べるまでもないよね?
実家でも、お風呂準備は結構大変だったな~~~。
お父さんとお兄ちゃんが不在の時は、大仕事だった。
今日ほど、寮のお風呂日でよかったと思ったことはない。
制服には毎日必ず不浄魔法をかけているし、ダンジョン探索前に念入りにかけ直したけどさ。これだけ汗だくになるなんてなかなかない体験だよ?したくなかったけど。
浄化魔法掛けても、やっぱり気分的に着替えたいし、お風呂に入りたいってなるよね。
焦り気味で壁を探っていたら、指先が妙な物に触れた。
灰色の岩肌に溶け込むように埋め込まれた小指サイズの透明魔石。
それが点々と、まるで壁面を囲う様に配置され、よくよく見たら砂地の地面にすーーーーっとはしる白のライン。上部中央には1つだけ小石サイズの黒の魔石。
「え~~~~っと?あれ?この配置って、結界?だよね?ね?」
誰に問うわけでもない声が岩肌に反響して、一人でビクってなってしまった。
いやビビりすぎだって、わたし。
えーと、結界だよね。これ?。
そっと、囲われた部分の壁を押してみると見た目は岩なくせに、手の感覚は水面を押すような、スライムに触れたような、ぶわんとした感じだった。
魔石結界で正解だ!
つい最近座学講義で学んだばかりの魔石結界だったから気付けた。
うん、やっぱり勉強って大事だよ。
この感触はやっぱり魔石結界でしょう。
でも、いったい、誰が?
いったい、なんで?設置してるの?これ?
疑問の壁をしみじみ観察している時だった。
キッッシャアアアアァァァーーーー!!!!!!!
背後、ずっとずっとずっと遠く、たぶん4ブロックぐらい先でハーピーの雄たけび。
まだいたの!!!!
そう思うよりも先に本能が身体を動かしていた。
「あ・・・・・・・・・」
魔石結界、跨いじゃってます?よ?ね?
ビビッて飛び上がって、着地した右足、岩の中に消えてました。
って、なんで???????????
なんで?結界、またげるの???????
え?????????????
確か結界って、作った人しか通れないよね?
だからこその結界だよね?
先生?そう言ってたよね?
なんで?なんで?またげるの????結界じゃないの?これ?
半ばパニックになりながらも。慌てて足を引き抜こうとしたら、
―――――――――――――声が聞こえた。
懐かしい。
忘れるはずがない。
あの声。
「ジーク!!!!!」
名前を呼べば必ず傍に駆け寄ってくれた友達。
唯一の理解者であり、最愛のモフモフ。
誰よりも大切な。
誰よりも会いたい、わたしのわんこ!
心の底からこみ上げる愛しさと懐かしさと、なにより一目会いたいその想いに反応して、
シャーーーーーーーーン
杖が祝音を奏でる。
わたしの大事な杖。
祝福と祓いと浄化に特化した金の杖。
細いグリップの先に、鈴生りに連なる金の小鈴は、わたしの魔力に反応する。
それを無意識で鳴らしてしまうぐらい動揺してしまったわたしは、その感情のままに身体を前のめりに倒す。
ぐうっと、ゴムを伸ばすような、分厚いカーテンを押すような、そんな感触で岩壁が伸びって、気付けば全身結界の中に入れていた。
前にはゆるく左に曲がる洞窟の続き。
胸を掻き立てるような声は、あの一瞬だけで、今は、何の音もしない。
あれは一体何だったのだろうと思えるような儚い感覚だった。
冷静になれば、こんなところにジークがいるはずもないのに・・・・。
ばかだよね・・・・。
もう一度、聞きたいって願ってしまうんだから・・・・。
背後にはパーピー。でも遠い。
眼前には行き止まりらしき道。地上への出入り口があるかも?いや、ないか。
この魔石結界も、誰が配置したのかポンコツみたいだし。
さて、どうしたものか・・・・・。
父さんやお兄ちゃん達なら、きっとこんな胡散臭い結界はさっさと出て、パーピーに用心しつつ地上への道を探すようにって言うだろう。
ギルもその意見に賛成かな?
まずは不用心にダンジョンに入ったことで、めちゃくちゃ怒られる方が先か・・・。
母さんは?
母さんなら・・・きっと。
「行こう」
この先がたとえ行き止まりでも、何かがある。
声が届いた理由がきっとあるから。
ジーク。
ジークに会いたい。
理性ではバカだと思う。
一応、結界の張られた中なんだもん、危険な物が潜んでいるかもしれないのに。
それでも、知りたいから。
とにかく進んでみる。