八十五話 創造神、観察する
学園都市出発から王都までの道の半分程度の距離で街に立ち寄る。
「この街で十分間の休憩だ」
検問をくぐり抜けて少しの間、この街で休憩を挟む。
「ほう、この街には虎人がいるのか。種族差別を学園で見てしまったので、こちらの方面にはあまり期待していなかったが」
彼らは獣人族の中でも身体能力に優れている種族だ。しかし、その分に人狼族ように完全なヒューマン種に化けられない。
獣人族は獣化という特殊スキルを持っている。そのスキルを使わない常時であるなら、人の身体に動物の耳や尻尾がついている。しかし、虎人族は獣人形態・ヒューマン種形態・獣化形態と変化できる。
今の彼らはヒューマン種形態だが、何故だろうか。差別が行われていないのであるなら、化ける必要など無いはずだが?
俺も馬車を降りようとした時、街の警鐘が鳴った。
「なんだなんだ?」
オーランドも騒ぎを聞いたようだ。
「おい、何があった?」
「外壁の外に魔物がいるらしいのよ。それも大量に。まぁ、外壁の門はすぐに閉じたから問題ないと思うよ。それに衛兵さんだっているしね」
「なんだ。魔物かよ」
魔物より恐ろしいものを越後屋の訓練で見てきた様子のオーランドたちには脅威に見えない。
ん? 笛の音? オーランドたちには聞こえていない。つまりは、犬笛か。何かの合図? メルクーアとメネアは各自で反応している。
猫なのに犬笛。もしかしたら、猫笛というのが実はあったりするんじゃないか?
虎人か! さっきの虎人は? もういない。
【固有スキル マップ探査】で探知。
「いやぁぁぁ」
「街の中にもいるぞ。虎の――魔族だー!!」
この付近にもいるらしい。各自要所を確保しているみたいだ。すべてに囮・攪乱の役割を持たせながらもそのすべてが重要な攻撃。良い指揮官がいるようだな。
「俺たちは魔族じゃねぇ。虎人だ!」
ここもその一つらしい。虎人族の一人が来た。大体が二人組で行動している中の一人での活動。それだけの強者か突っ走った弱者か。
「オーランドとアルマ、ルウにルーファスはメネアとここに居ろ」
「えぇ、俺たちも戦いたいぜ」
「目の前のコイツと倒した時の増援が来るさ。それで満足しろ」
「おう」
「では、私もここに残ろう。万が一の保険と思ってくれて良い」
メルクーアも馬車の防衛に加わった。
「摩耶たちは好きに暴れろ。ただし、二人組で行動しろ。相手も二人組が基本だ。散開!」
「「「了解」」」
俺の掛け声と同時に瞬時にばらけて姿が見えなくなる。
各々メネアの訓練の成果を試したいご様子で。
さてさて、指揮官の顔でも拝んでこようかな。
転移で街一番に高い場所に移動する。
しっかし、さっきの広場で見かけた銅像。なんかムカつく顔してたなぁ。誰が題材だよ。
もう一体、一人で動いている奴がいる。屋根の上を渡って交戦を控えている。おそらく指揮官はこいつだろう。貴族の屋敷に向かっている。一番の重要拠点を静かに悟らせずに叩くつもりかな。
高台から彼の貴族屋敷の制圧劇を眺める。
そこから見える広場には指揮官らしき虎人に屋敷を守っていた衛兵が小衝かれて飛ばされていく。
次第に衛兵も集まってき、重装兵がさらに加わり、防御陣を築く。その後ろを魔術使いが配置される。
「撃てぇぇぇ!」
衛兵の放つ矢の雨が虎人に降り注いだ。
だが、矢は彼の身体に直撃するも刺さることなく地面落下してしまう。
「こんなものか? 少しチクチクするだけだな。非力にも程がある」
後ろから弓兵が矢を掛けつつ槍兵で突きかかっては虎人の餌食になっている。
「ひ、怯むなぁぁ! 我らには神がついておられる。魔族なんぞに敗北はない! ◆◆【神聖魔術 御旗】。◆ ◆◆【神聖魔術 ヒール】」
む、信仰が見える。神官も混じっているのか。
戦意の低下に放そうとしていた武器を神聖魔術の効果で平常を取り戻す。慌てて構えて迎え撃たんとするも、巨体が繰り出す怒涛のごとき突進を前には、彼らの覚悟も神官の信仰もまるで成す術がなかった。
あの虎人、明らかに手加減をしている。
積極的に攻め込まずに攻撃してきた衛兵を捕まえては投げ飛ばして楽しんでいるようにも見える。
彼の目的は蹂躙では無いということか。そもそも虎人が何故襲撃をする。
次々に倒せれて行く衛兵を観察しながら思考する。
屋敷の中に入っていったな。俺もこっそりと正門から入ろう。
「俺は魔王軍虎人部隊団長メビウスだ。スーリア領太守ユーノ・スーリアだな」
「え、ええ、その通りです」
おっと居たよ。
シオンは声を聴き、廊下の角に背中を張り付かせて止まる。
屋敷の通路に侵入した虎人と少年が体面で向き合っていた。少年の後ろには短剣を携えたメイド。真横に剣を抜き身にしたまま待機している騎士がいる。
少年の方は真っ青な顔色で身体が震えていた。
あの少年がここを治めているのか。若くして大変だな。それでも、トップが怯えては周りが不安になってしまう。こういう時は堂々としてないと。
「俺たち虎人軍はこの領を掌握した。これ以上の争いは無意味だ。さぁ、降伏を」
「この領はヒューマンの街。魔王の支配下などになりません!」
自分の死が目の前にあるというのに責任感の強いことだ。
「そうか。ならば、死ぬが良い」
あぁ、あぁ、怯えて立ち竦んじゃって。一応は防具を装備しているようでも虎人なら切裂くだろう。
「ふむ。せめてお前の名誉のために一騎打ちで果てる機会を与えてやろう。剣を取れ」
優しいねぇ。あの虎人、本当に殺す気があるのか? しかし、そう言われても少年は恐怖で震えて腰の剣をうまく握れていない。
「わ、私は、スーリア領子爵……ユーノ・スーリア……」
わーお、一騎打ち受けるんだ。
混乱しているのか、一騎討ちの名乗りをもうあげようとしている。確か一騎打ちは抜刀してからの名乗りだったはずだ。
虎人の彼は牙を剥き出し、軽く吠えてみせた。
途端に少年は悲鳴をあげ、剣を落としてしまった。そして、尻餅をついてしまう。
「ひっ……」
えー。もうこれは格が違うな。勝負にもならない。
「そろそろ出てきたらどうだ。聞き耳を立てているヒーロー君」
俺かな? とりあえず出てみるか。
「バレてしまいました」
「虎人は鼻が利くからな。君は衛兵志望の住民かな?」
「いやいや、俺はただ立ち寄ってだけだ」
俺が姿を現したことで味方が増え、少し勇気が戻ったのか、少年が床に落ちた剣を拾い上げてその鋭い切っ先を虎人に向けた。
「そんな剣と腕で虎人を倒せるものか。俺を倒したところでもうこの街を救うことはできんぞ。諦めろ」
今度は期待を込めた瞳で俺を見てくる。
「俺はこの領のために何かをするつもりは無いぞ」
「なんだ、救いに来たんじゃないのか?」
「予めの潜入、攪乱と制圧。この作戦の指揮官に興味があって来ただけだ」
少年も虎人も俺の言葉に硬直している。
ただ虎人は俺の一挙一動に警戒して目が細まる。
「それでその少年を殺すのかい?」
「はー、いつもそうだ。俺たちが毎度毎度殺すと思うなよ。すでにこの街は俺たちが占領しているんだ。そんな必要も無いだろう」
「それなんだが、叶いそうに無いんだ。それにね、元とはいえ俺の国を荒らされては困る」
そう、壊すなら作った俺が盛大に破壊する。他の誰にも譲らん。それもまた面白い経験になるだろうよ。
そこから先は話は進んだ。
少年が怯える侍女たちを呼び集め、命令を発する。
「伝令を呼びなさい。衛兵に交戦中止の命令を」
彼の一言でとりあえずは落ち着いた。
「ちょっと遠吠えをするぞ。怖がらなくていい、仲間への連絡だ」
「グォォォン!」
びりびりと窓ガラスが震え、侍女たちが悲鳴をあげて尻餅をつく。
すぐさま、あちこちから虎人たちの遠吠えが聞こえてくる。
メルクーアやメネアが居ながらも仕留められなかったか。強者がいた場合の指示も送っていたのか。
『こちら、シオン。虎人は沈黙。交戦の必要無し。馬車に戻り、休んでよし。お疲れ』
全員に【空間魔術 遠話】を繋げて通達する。もう慣れたものだ。
「中々に楽しかったぜ」
灰色の虎人がメビウスに笑いかける。
俺の実力に疑問を持つ連中が、さっそく文句を言い始めた。
「なあ、メビウスよぉ。こんなヌルい方法でいいのかよ?」
大柄な赤毛の虎人が、どうにも納得できないという顔をしている。
「ヒューマン共のせいで、俺たちの先祖がどれだけ狩られたか忘れたのか? 皆殺しにしてやりゃいいじゃねえか」
率直に不満をぶつけている。こんなところで仲間割れかよ。統制はしっかりやっておけ。
しかし、最もな意見なのだろうな。そして、彼らは魔王軍によって参加を強要されたのではなく、自分たちのヒューマン族への意思で入ったと理解した。
メビウスは赤毛の虎人を睨みつける。
「指揮官は俺だ。不満があれば、俺を倒してから言え」
それが彼らのルールなのだ。だから、――
「あんまり余計なことはしない方が良いぞ」
停戦命令が出たにも関わらず虎人の隙を伺っている衛兵に忠告。
「止めさせてください! 味方同士なんでしょう!」
少年は付近にいた年配の虎人に抗議する。
「お優しいことで。ヒューマンにとっては好都合の状況なのじゃがな」
話は聞いてもらえず、少年は止めるべく剣を抜こうとする。
分からないものだな。自分の自衛のために恐怖で剣が抜けず、他者、それも敵が勝手に争っている時は何も考えずに剣が抜ける。ふふふ。これだから人というものは。
「止めときな。あんたが行ったところで何も変わりはしない」
「なら、あなた! あの人たちを止めてください」
今度は、俺か。
「何故お前の言葉を聞かねばならない。俺はお前の部下ではない。だから、お前の意思など関係ない。尊重もしない。意味すら感じない。これは彼らの問題だ。大人しく見ていれば良い」
虎人同士の格付けのための闘いが目の前で始まる。
部下の統制は事前に行っているのが軍隊だろう。敵地で仲間割れなど。まぁ、それだけヒューマンが相手にされていないということなのだろう。嘆かわしい。




