八十一話 創造神、自分だけは参加しない
「さて、勇者。何か言うことは無いか?」
先日伝えたように勇者が一人で越後屋商会に来た。煩いお供がいなくていいね。
「無い。僕は確かにお前に負けはしたが、やっていることは正しい。僕たちのやることは変わらない、奴隷の開放だ」
頭は治癒系統の魔術でも治らない。これは、あれだ。馬鹿は死んでも治らない、というやつだ。彼の前の世界での周囲の人間は大変であっただろうな。
「その話だが、誤解があるようだ。我々越後屋には奴隷はいない」
ここにはいない。
「ゼノビアさんたちはまだ奴隷じゃないか!」
「彼女たちは越後屋に協力してくれている者の使いだ。それを越後屋が勝手にすることは禁じ手だ」
「じゃあ、そのゼノビアさんたちの主人の名前を教えて欲しい」
「ダメだ。個人情報だからな。迷惑がかかる」
これには納得してくれる勇者。ちぐはぐだ。
迷惑と言う言葉には眉をひそめてはいたが。
彼のいた国での個人情報の漏洩は厳しく取り扱われる文化となっていることが彼の中で関係しているのだな。
「だが、命令権限は預かっている。今、呼び出すから待っていろ」
摩耶たちを呼び出して四人に命令した。
「摩耶、ゼノビア、ウル、テスタロッサ、命令だ。俺がお前たちに過去何の命令をされたか話せ。そして、奴隷解放を望むならこの勇者にそう言え。越後屋から出ていっていいぞ」
これらも戦力としてはこれから必要になってくるだろうが現状迷惑を背負うまで抱え込もうとは思わない。
これで彼の知りたがっている答えが聞ける。
「みんな、命令されたことはありませんわ。第一にこの私が命令などに屈服するものですか」
代表してゼノビアが言った。
「で、くっ殺宣言しちゃうパターンでしょ」
摩耶、茶化すな。
「それと、あなた勇者なのですね。でも、勝手に勘違いして私の居場所を奪わないでくださる。気遣いは時に迷惑になりますの、お分かり?」
「そ、そんな! では、あなた方は奴隷のままでいいと?」
「繰返し、長い、鬱陶しい」
ウルはこの会話にもう飽きたようだ。摩耶と一画で〇×ゲームをしている。
「やる気になって話しかけてきてくれた所悪いが、こういう結果だ。お前がやったのは迷惑行為と強奪未遂。犯罪だ。でも、我々もあの伝説上の勇者が犯罪者に成り果てることを良しとはしない。だから、勇者よ、越後屋に入らないかい?」
「え……?」
「お前のやってきた犯罪を無かったことにしてやろうというのだ。結構な好待遇だと思うが」
「それでも僕は……」
ちっ、勇者を引き入れて奴を召喚した国に賠償を請求して、ついでに人質としても活用したら、と考えていたのに。
「わかりました。では、あなたを犯罪者として突き出します。お仲間も仲良く共犯者ということで」
「待ってほしい! ここに入る以外で交渉はできないだろうか?」
交渉という言葉を知っていたのか!?
「お前に何の対価が支払えるんだ?」
「お金で」
「金額は?」
「金貨10枚」
「安いな。もっと無いとなぁ」
もう金は溜まっていってんだよ。けど、それで良いと思っている相手にもっと要求するのが楽しくもある。
「何だと! 分からないかもしれないが、これは10億円に匹敵する額なんだぞ」
知ってる。が、なぜその表現で言った? 金の価値ぐらいわかっとるわ。
「被害を受けたのはこっちなんだ。お前が裁定することでは無いだろう」
欲しいがあるわけではないから、この問題は難しい。
「仕方ないか、その金額で。二度と人様に迷惑かけんじゃねぇぞ」
今回の賠償の内容は、罪のでっち上げ・殺人未遂・業務妨害・誘拐未遂?・脅迫罪。その他諸々。
出ちゃった罪。
俺も人の目には気を付けておこう。殺してもバレなければ問題はない。
幸い、襲ってきてくれているから正当防衛で片づけられる。越後屋の信頼性も加わることだろう。
・・・
「えー、はい。では、今日も鍛錬を開始します。その前にこの講習に参加を希望して許可された者が新たに加わります」
越後屋商会はそれぞれどの店でも商会とは別に訓練用の土地も裏手に用意している。
学園都市でも同様に。
俺は参加せずに横で見ているだけだが、ここにすでに整列していた越後屋の従業員たちはこれから参加するオーランドたちに悲哀の目を向けていた。
「じゃあ、さっそく走ってください」
「あのメネアさん」
「質問ですか」
「自己紹介とかは……?」
「いりません。それぞれの名前などその内に覚えていきます。質問がないようなので、いつも通り50周」
「えっ、五十!?」
ルウたちの悲鳴を余所に従業員たちは慣れたものだ。
「「「はい!」」」
何をするにしてもまずは体力ってわけか。で、ちゃんと技術が身についた頃合いにレベル上げをさせると。
「あなたたちが来てくれて今日は助かったわ。共に苦悩を分かち合いましょう」
「いつも五十周とかハードなんですか?」
まだランニングは序盤。喋る気力がある。
「今日はマシね。普段通りなら各々装備を整えた状態で錘を入れた袋を背負ってのランニングだからね。しかも、ペナルティ付きで」
「明日からはその予定です。それと次の周からは余興を混ぜようと思います」
後ろを追走していたメネアが会話に交じる。その一言を言って追い抜かしていく。
その言葉で一同を謎に包んだ答えが降りかかる。
「…………えっ」
訓練生の走るギリギリに岩石が落ちてきた。
派手な破砕音が生じて衝撃で割れた欠片が散弾のように訓練生に襲い掛かる。慣れた手つきで従業員は捌いていくのだが、アルマたちは唖然としていた。
「あの教官殿。これは!?」
なんとか武器で防いではいた従業員も咄嗟に防いだようで状況についていけていない。
「どうしました?」
「今のは?」
「ですから、余興です。ただ走っても楽しくないでしょう。なので、緊張感を持たせるための演出を」
そう言いながらもメネアは【格納庫】から岩石を取り出しては、岩にめり込むほどの力で掴んでは投げている。
止まってしまった訓練生は再び降りかかってくる岩石を意味も分からずに見上げたままフリーズしている。
段々と現実に戻っては止めていた脚を動かして降る岩石から逃げる。
先程まで最後尾がいた地点に岩石が落ちた。
「ひぃいぃ!?」
「止まらないで! 走って! 死んじゃう! わぁぁぁ」
一瞬にして戦場へと化した訓練場で訓練生が悲鳴を上げる。
「教官殿! あれを喰らっては死んでしまいます。 到底耐えられるようなものではないと思います」
「大丈夫です。各自で防御系の魔術やスキルを使えば、死ぬことは無いでしょう。それにしっかりと細心の注意を払って確実に当てないようにはしています。呼吸を乱さずに注意深く走っていれば無傷で済むはずです」
まだ慣れていない訓練生は思う。
『当たって死ぬかもしれない攻撃に晒されながら、呼吸を乱すな? 無理無理無理』
「今日を噛みしめて訓練に臨みましょうね」
訓練が始まった。
走り込みも終わり、従業員勢は立てているが、オーランドたちは地面に満身創痍になって寝転がっている。
「初日ですし今日の準備運動はこれだけでいいでしょう」
「わ、私たちちょっと休憩を――」
「大丈夫です。それは理性の限界です。身体の限界はさらにまだ先にあるので」
訓練に参加している従業員からオーランドたちに優しい目線が向けられているように見受けられる。
「私も最初はそんなこと言ってたなぁ」
「商会に結局は戻ってくるから捕まるけど、訓練からの脱出とか考えたね」
懐かしむ従業員たちと疲弊しているオーランドたちを見守った。
「次は対集団戦をしましょう」
メネアが魔道具に魔力を流す。
「種類はマッドゴーレム辺りが妥当でしょうか」
越後屋の警備を担っているゴーレムとは別に訓練にもゴーレムを使っている。最近では俺がゴーレムを出していって無限湧きの状態を作っていた。
多くのゴーレムがいるわけだが、その中の数体のみ指揮官がいる。さらに一体俺が密かに操作している。
全員で数人規模のパーティを作ってそれぞれで挑む形をとっている。
「これから訓練を開始します。このゴーレムは弱くはありますが、数が多くなっていきます。気を抜いていたら怪我しますので十分に注意してください」
最初の一体が出てきて戦闘が始まる。オーランドたちからやるようだ。
役割分担は、アルマが治癒担当、ルウが攻撃担当、ルーファスが魔術担当、オーランドが盾担当を務めるみたいだ。
彼らの精霊がそれらをアシストしている。
今は数も増えて囲まれている。
背後から迫ってくるゴーレムを事前に察知したルウが攻撃を避けながら、後方に突きを放つ。十分な手ごたえ。突きを繰り出した動作そのまま、逆手に握った剣を引き抜いく。ルーファスの援護で刺していたゴーレムが爆ぜる。
正面のゴーレムを吹き飛ばし、風車のように回転。左右から迫ってきたゴーレムの頭部を、一方は剣を打ち下ろして切り、もう一方は今度はアルマが魔術で吹き飛ばす。
ルーファスはオーランドにバフを。盾のオーランドの回復が終わったアルマがカバーに入った。精霊もうまく活用している。
開始から十分。ゴーレムの形が崩れ、吹き飛ばされてはまた元通りになって、戦列に加わる。これの繰り返しだ。
まだうまく走り回っているのだが、ここからは指揮官と俺の操作するゴーレムが参加する。
疲れも溜まってきてやがて徐々に追い込まれていく。
総勢50体くらいのゴーレムが累積していた。
「くそっ! 俺の限界が来そうだ。戦線が崩れるぞ。どうすんだ、この状況!」
「ルウ、真っ先に敵陣に突っ込まないで。それも密集している場所に。回復系魔術が届かない」
「マッドゴーレムだからいけると思ったんだけどなぁ。結構硬いし、最初に比べて練度が高くなってる」
「動きは遅いです。この包囲網を抜けましょう」
「一撃が重い。マッドゴーレムの強さじゃないぞぉ!! ぬわぁぁ」
四人はマッドゴーレムに囲まれて一人ずつ倒されていき、終了した。
「これ、すごいキツイわね」
アルマは認識の甘さを実感していた。
「あのゴーレムたち私たちの未来を見てません? あの動作はどう見ても」
未来を見ることが出来るのは、特殊以上のスキル、もしくは。疑似魔眼という劣化させた魔術などではない真の魔眼のみ。
「ルウ、あれは未来を見ているのではないぞ。読んでいるんだ」
「でも、私たちよりも速く動き出して……」
ゴーレムにそんなことが可能なんてあり得ないと思うんですけどね。自分たちで考えてなきゃ……。
「お前たちが動き出した後からその数瞬だけ速くなって先回りしているだけだ」
倒しても湧いて出てくるゴーレムに対して周囲を囲まれて攻められていたらいずれ為す術が無くなる。
「あなたたちは少し休んでいなさい。少ししたら再開します」
この時間もただ休むのではなく、どうしたら生き残れたのか、などの作戦会議に使う時間だ。
「これもシオンに近づくために必要なこと。アルマ、腐っちゃダメよ」
辛い訓練を体験したアルマが仰向けに地面に転がり、空を眺めて自分の気持ちを保たせている。
「うっ……これがメネアさんの訓練、厳しいです。これが実戦形式というやつですか」
弱音を吐くルウ。
「この程度で実践と言って欲しくはないですが、まぁ、その通りですかね。死ぬ事の無い訓練がある事は喜ぶべき事です。何しろ、戦う前に準備ができるのですからね」
「俺はてっきり体力作りよりも技術を高めるもんだと」
「体力の伴わない小手先の技術では意味がありませんから」
まだ称号が定まっていない彼らにメネアが戦い方について話す。
「自分に合った戦い方を見つけるのも訓練です。色々試して失敗すると良いですよ? そこには様々な教訓が転がっていますから。ただ言われるがままに訓練するだけでは応用力がつかず、同時にそれしか出来ない中途半端な存在になりますのでね」
「はい」
「では、次に行きましょう。少し楽な訓練を挟むことにしていますので休憩もそこでしてください。オーランド様方はこの訓練はしなくてもいいですから」
次の訓練は街のチンピラ(前にシオンの捕まえた闇ギルドの人たち)が相手をしてくれる。
メネアはただのチンピラとしか紹介しなかったが、訓練に強制参加の元闇ギルド員らはこれからお友達になるチンピラの顔を見て蒼白にしている。
冒険者崩れとかもこの中にもいるだろうな。もしくは、現冒険者も。
冒険者は血の気が多くて夢見がち、おまけに自信過剰の馬鹿は掃いて捨てるほどいる、とギルドでライオスが言っていた。
「そう言う奴らからしたらシオンは鼻につく。『実物見たら大したことねえ、俺だって』こういう風に考えるバカの方がこの街には多い。見た目はまんま子供だしな」
お陰で従業員の鍛錬相手には事欠かない。絡まれる餌は俺なのは、遺憾だが。
「彼らは快くこの訓練に協力してもらっています。瀕死までなら問題ないと許可は貰っているので存分に頑張ってください」
段々と麻痺してきた訓練生たちは思わずラッキーと思ってしまった。
「明日も訓練はありますから今日はこの辺で終わってもいいですよ」
「そうさせてもらいます」
オーランドたちはメネアから初日ということで甘く見てもらい、今日は解散になった。
なお、越後屋の従業員たちの苦行は続く。
そして、逃げたいと思いながらも逃げることは死に等しいと理解している闇ギルド員は次々と瀕死にされていく。




