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閑話 学生、疎む②

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 痛みから逃れようと何度も体をよじった。それでも身体は動かない。


 アスカロンには、何が聞こえているだろうか。様々な人の痛み、苦しみ、妬み、憎しみ、渇望、嫌悪、恐怖、恨み、怒り、絶望、苛立ち、がアスカロンに伝わる。


 それはアスカロンの精神を汚染してゆく。そうして口から胃液が吐き出される。


 その人らしき何かは一人一本ずつの剣を携え、グサグサとアスカロンを刺しながら笑っている。

『キャキャキャ、すぐには殺さないよ。ゆっくり、じっくり、殺して殺して殺してあげるからね。たくさん遊ぼうね』

 人らしき何かが途端に喋り出す。次にアスカロンの腕を刎ね飛ばす。

 人らしき何かの正体は、シオンの使用した水魔術自身がした召喚によるもの。

 対象者の血から過去から現在に至るまでに記録されたアスカロンによって苦しめられてきた者たちの怨念だった。世界にはありとあらゆる情報が記録されている。それには怨恨などの悪感情や憧れ・称賛などの好感情も含まれている。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!』


『おっと、そろそろ時間みたいだね。また遊ぼうね』

 人らしき何かの声はアスカロンに聞こえていない。


「さて、あなたの実力のほどは分かりました。親善試合に出場する他校の選手がどれほどのものかは知りません。しかし、少なくともあなた程度では、あまりに未熟でしょう。ここで敗れるのが貴方の為です。では、お返しです、【火魔術 紅焔光輪】」


 シオンの声にハッと目を覚まし、腕があること、さっきまで強烈な痛みがあったこと、あの思い出しても吐き気を催すような邪悪なものを自分の身体の至る所を触り、確認して安堵する。


「あ、あ、あぁぁ……」


 そして、自分が発動させた豪炎の数倍の大きさの豪火球が幾つも目の前に迫っていることに気づく。


「早めに降伏する事をお勧めしますよ。俺としてもルイン家の御子息が本番でもない選抜大会予選会の最中に不慮の事故、というのは事態を起こしたくはないですしね」

 聞こえてきた声は、シオンの声。


 僕が負ける? 負けるのか? そんなことあったいいことなのか? そんなわけがない!

「そ、そうだ。僕はルイン家の子息だ。僕に傷をつけて試合が終わったらお前とお前の大切なものを潰してやる!!」


 ははは、そうだ。お前の大事な物を奪ってやる。僕にはそれができる。ほら、怖気付け! 怖がれよぉぉぉぉ!!


「はぁー。あのさ、俺は別にここでお前を殺してもいいんだよ。今のだいたいのこの国の戦力は見て取れた。この程度なら俺の力でもなんとかなる。そもそも俺が少しでも力を入れていたらすぐに終わっていたんだよ。それを君の見せ場を作ってあげようとちゃんと考えて手加減してあげたんだからさ。感謝してほしいよ。

 で、俺が与えた選択は二つ。事故として消されるか慈悲を乞うかだけがお前に許される行動だ」


「ひっ!」

 な、何を言っているんだ! こいつは貴族に従わないのか!? どうして攻撃を止めないんだよぉ!

 クソォ、クソォ!! 僕が、この僕がに頭を下げろというのか、平民に、たかが平民なんかにぃぃ!!


 アスカロンは泣きじゃくりながらも選択を迫られる。

「さ、そろそろ自らの未来を選択してくださいね」


「う、うぅぅ、わかった。ぼ、僕の負けだ。降参するから! だから、早くこの魔術を消してくれえぇぇーー!!」


「早いなー。もうちょっと粘ってくれれば面白くなりそうなのに。でも、騒がずとも聞こえている、お前の情けない声が」


 こいつは異常だ。おかしい、こんな奴いるからいけないんだ。


 最後に降参を言ってアスカロンは気絶した。


『クヒヒヒヒ、もう少しだ。もう少しで俺は出れる。こんなところに閉じ込めたヒューマン共を殺しまくって俺を封じたことを後悔させて絶望させてやるぜ。準備は万端。ガルガルドにも薬は渡した。これで俺に集まる悪意が増える。到頭こんなせまっ苦しいところから抜け出せるぜ』

 アスカロンの指輪の中で密かに悪意が動き出そうとする。


「勝者はシオン!!」

 勝者宣言が競技場に響き渡り、一拍の間を置いてからどっと観客席の生徒や教師たちから轟くような歓声が上がる。


 その歓声の中、シオンは気絶したアスカロンに近づく。


『何だ、こいつ? そういや、アスカロンの悪意の中にこいつがいたなぁ。……変だな? こいつ、俺が見てるのか。ありえない、今の俺は外からは絶対に感知できていないはず』

 シオンはアスカロンの手にある指輪をじっと見る。


『俺が出たら、お前も殺してやるよ。クハハハハ………うっ!? この拘束はいったい? これも魔術なのか!? こんなの俺も知らないぞ! くそ、出れねぇ。意識が……遠…く……な………』


「これでよし。周囲から瘴気がここに集まっていたのは、封印されていた魔族がやっていたことだったか」

 あっさりと長年力を溜めて外へと絶望を与えようと飛び出さんとしていた魔族は封印され、残ったのは魔族がばら撒いた薬物のみとなった。


 瘴気というのは、確かに魔力を多く含んでいる物質。人はそれを自然と瘴気を吸収しないように出来ている。それだけ瘴気は人にとっては危険な代物なのだ。瘴気の多く淀んだ地では草木は濁り、水は濁る。人や単なる動物では気が触れる。

 唯一吸収しても平気なのは、悪魔種や魔物、魔族。そして世界樹。世界樹は瘴気と魔力、魔素の安定を行っている。瘴気を吸っていても世界樹は穢れない。その姿は美しく保たれている。


 その後、シャナークの暴走によって心が折れたアスカロンは取り巻きたちに支えられてシェルターに逃げていく。

 そして、化け物たちの襲撃はエチゴヤ商会という新参の商会とその商会と関りを持つシオンの活躍により襲撃は終幕になった。


 アスカロンは後夜祭のパーティーには参加せずに自室に閉じこもり、取り巻きたちはアスカロンの部屋を訪ねている。しかし、その取り巻きの多くは、アスカロンが試合に負けたことで離れていった。

 ちなみにルーファスの兄であるアドニスも後夜祭には参加していない。自分の派閥の者がああなってしまったので、一応は落ち込んでいる。


「アスカロン様、どうか……どうか、イザベラにお顔を見せてください。一日中お部屋に閉じこもられては、心が荒んでしまいますわよ」

 部屋の前でのイザベラの訴えの返事はない。


 そのイザベラの姿を何も知らない者が見れば、何と健気で上の深い少女だとでも感心しただろうが、行ってきた事を知っている者からすれば、自業自得などと嘲笑うだろう。

 イザベラも他の取り巻き同様に下心ありきで近づいた一人であったが、それなりの時間を共にしてきたためにアスカロンやシャナークに対して情を抱くようになっていた。

 そうでなければ、他の取り巻きたちと同じように別の有力貴族の子弟にすり寄って新たな居場所作りに奮闘していただろう。


 諦めかけて部屋のドアから離れようとすると、中からごそごそと音がする。

「アスカロン様!」

 一度は伏せた顔を上げ、イザベラは使用人からもらった鍵で扉を開ける。

 しかし、扉を開けたイザベラには彼女が望んでいたものとは、違った。


「うるさい!」

 拒絶の言葉と共にイザベラの足元に何かが投げられ、割れる音が響く。


「キャッ!?」


「うるさいんだよ、何度も何度も! 僕を笑いに来たのか! イザベラ! あれだけ大口を叩いておきながら無様に敗北した僕を!」


「そ、そのようなことは……。私はアスカロン様の容態を案じて……」


「ふん! どうだかな、僕の周りにいた貴族の子弟たちは大勢がこの大会で僕が負けた途端に手のひらを返していなくなったんだ! あいつら、僕がいなければ何もできない連中がぁ! お前だってもう僕の側にいたって利益なんてないだろう! 他に考えつくのは無様な敗者である僕を笑いに来たこと以外お前が来る理由などないだろう! そうだ、そうに決まっている!」


「アスカロン様、そのようなことを仰らないでください。私は違います。私は本当にアスカロン様のことが心配で……。それにシオンに負けたことが何ですか、だったらあいつの大切な物を奪ってやれば――」


「あいつのことは言うな!!」


「ひっ!? ア、アスカロン様??」


「クソッ、クソッ、クソッ!! どうして皆シオンの話をするんだ! シオン、シオン、シオン! あいつがあんな化け物だなんて誰が分かるっていうんだ! あの化け物を倒したのだってシオンじゃないか!! ぽっと出の平民のくせにぃぃぃ!!」

 アスカロンの言葉が滅茶苦茶になりながらもシオンのシャナークだった化け物に似た別の化け物との戦いの様子を思い出す。


「どうか、どうか冷静に!」


「僕は冷静だ!! あぁ、あぁ、クソ。そもそもだ、僕が負けたのはお前たちが原因じゃないのか! お前たちがもっと僕に力を渡していれば良かったんじゃないのか!!」

 アスカロンは敗北の理由を自分たちの責任とした今の言葉には、イザベラの理解が及ず、思考を狂わせるほどのものだった。


「アスカロン様、そ、それは、いったい、どうして私たちの責任になるのでしょうか?」

 イザベラは自身の言葉に何の感情が乗っているのか、全くわからずに声を震わせてアスカロンに問う。


「ははは、そうだ、そうだ、そうだよ! お前たちの力を僕に集めてあいつと闘ったんだ。なのに、僕は負けた。つまりはお前たちの力が足りなかったからだ。お前たちがもっと力を寄越していたら勝っていたんだ。この僕が忌々しいあいつに勝って、親善大会の選抜選手になって称賛を浴びていたんだ。……そうだ、悪いのは、お前たちなんだ。全て、僕が肘目な思いをしているのも全て、お前たちがいけないんだ!」

 イザベラの中に残っているアスカロンへの情のようなものは、アスカロンの部屋に入ったがために打ち砕かれた。


「あいつが悪いのよ。アスカロン様も私も何も悪くないわ。悪いのは、全部、シオンのせいなんだから」

 イザベラの頭には、いつもシオンの隣にいたメネアの姿が思い浮かんだ。


「そうよ、全てあいつが悪いんだから」

 すぐさまイザベラは自分の家の騎士たちを集める。彼女を止められる者はいない。彼女の隣には誰もいない。


 そして、兵を集め終わり、外に出たイザベラの視界に映ったのは、メネアと喋るシオンの姿だった。

 イザベラは自身の運がいいことに嗤う。


「お久しぶりですね、シオン。ちょっと私に付き合ってくれないかしら」

 シオンは喋るのを止め、イザベラの後ろで武器を持ち始める騎士たちを見やる。


「はぁー、大会で大方の力の差は見せつけたと思ったんだがな。もはや成長する知能さえも失っているのか。こんなものでも多少なりとも成長の可能性を考えて何もせずにいたのに」


「仰る通りです。このゴミや以前から主様に対立しようとするゴミは主様の世界に生きる価値はないかと」

 イザベラはシオンと同じく自分とアスカロンを馬鹿にするメネアに怒りをあらわにする。


「さて、イザベラ。この人たちは何かな?」


「ふふふ、自分たちの状況が分かっていないようね。どんなズルをしたのかは分からないけど。この状況ならあんたは予測できていなかったでしょう」

 イザベラが言いたいのは、俺が卑怯な行いでアスカロンに勝ち、それが道具であると踏んでその道具を用意してないであろう今に襲撃をしているということだ。


「どうしてこんなことを?」


「どうしてですって? そうね。あんたは私たちもアスカロン様も眼中に無かったということでしょうね。私もそうだったわ……あんたがアスカロン様に勝ってしまうまでは! アスカロン様は心を閉ざしてしまわれたわ。本当なら親善大会の代表になって来賓の方々に称賛されるはずだったのに……」


「知ったこっちゃない。本当なら? もう結果は出ているではないか。アスカロンは無様に負け、こうして配下の者に惨めに思われ、その配下がさらに能無しのゴミ。アスカロンは恵まれなかったようだ。ああ、残念だったねぇ、可哀想だったねぇ。だが、俺には関係のない事だ。奴は敗者、結局は勝者が正しい、敗者は間違い。この世界はそうなっている」

 シオンは哀れみの眼でイザベラを見る。


「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ! あんたみたいな化け物なんかに私たちの何が分かんのよ! 屈辱を味わわせてやる! ◆◆◆ ◆ ◆」

 イザベラは詠唱をはじめ、周りの騎士たちは剣を俺に向け、振りかかる。


「主様、ここは私がやりますので」

 後ろに控えていたメネアがシオンの前に出て言う。


「そうか? 任せる。なるべく殺すなよ、後片付けが面倒だ」


「了解です。では、瀕死程度に」

 メネアはそういって騎士たちを一撃で潰していく。騎士たちの腕や足を蹴り、殴り、剣を持てないように身体を壊す。


「あんたたちは一体何なのよ! くらえ、【風魔術 旋風撃(ワールショック)】」

 小さな竜巻が動かない俺に向けて放たれる。


 しかし、シオンは何もしない。元々レベル差が大きいので何もせずとも少しHPが削れる程度でしかない。

 騎士たちを動けなくしたメネアが迫る竜巻よりも速くシオンの目の前に駆けつけ、魔力で覆った小さな拳で【風魔術 旋風撃】を粉砕する。


「もうわかっただろう。お前は何も変えることができない。お前は誰かを救うことはできない。お前は苦しむことしかできない。この件は無かったことにしてやるよ。ただこれ以上は、お前たちを消すことになるだろう。精々足掻くことだ、無力なゴミ」

 シオンはそれだけをイザベラの耳元で囁き、動けなくなった騎士たちや泣きじゃくるイザベラを放置して寮に戻る。



 その後、イザベラたちはシオンたちを睨み続け、シオンの姿が消え、気配が消え、多少時間が経過した後、イザベラたちはようやく警戒を解くことができた。臨戦の緊張から解放されたイザベラたちが大きく息を吐く。

 戦ってすらいないイザベラや即メネアに潰された騎士たちは、大きく疲労している。下手な戦闘後よりも精神の摩耗が激しい。


「イザベラ様、もう彼と争うのはもう止めてください! 次に何かあるようであっても我々は出ませんので!!」

 騎士たちは仕事の中で多くの戦闘経験を積んでいたが、誰かからここまで激しく敵意と殺意をぶつけられたことはなかった。こんなことは二度と御免といった具合だった。



 ・・・



「ふざけるな! 役立たず共が!!」

 シルファリオン王国、第一王子アドニスは怒りに震えていた。


 国の王になるために貴族子息を取り纏めて配下にしてきた。欲しいものは手に入れてきた。王の座も当然手に入れられる。


 そんな時、弟のルーファスの下に強力な駒がいた。

 その駒もアドニスは手に入れようとしたが、その駒は王族の配下という手を払った。訳が分からなかった。


 そして、それは段々とその駒に対する憤りになっていった。だから、身の程を教えるために騎士との決闘を持ちかけた。


 結果は騎士の圧倒される形での負け。


 しかも、その騒ぎでお爺様に叱られ、俺の評価は低下した。

「なぜだ! 僕は王族であいつは平民。それなのに怒られるのは、なんで僕なんだ!!」

 悪いのは、自分ではない。アイツの方だ。僕に逆らうからいけないんだ。


「クソッ! 僕のことを持ち上げて平民の相手など容易いと豪語しておきながら学園の代表選抜大会で惨めな敗北を晒しよって!! さらには、変な薬に手を付け、騒動を起こす者が出てくる始末……。これは裏切りの行為だ。俺に不都合を働いたのだから当然の報いだ。即刻罰を与えねば。そして、奴にはお礼参りと行くか。待っていろ、シオン。この僕の手を払ったことを後悔させてやる」


 行動すべてが肯定ばかりされてきた男の憎しみの炎が肥大化していく。
















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