閑話 貴族、選抜戦の陰で蠢く
「閣下! 侯爵閣下!!」
「なんだ騒がしい」
書類が山のように積み上がる書斎で、シャナークの父親であるガルガルド・エイビス侯爵が不機嫌そうな声をあげた。
部屋に飛び込んできたのは、汗を垂らせて息切れしたデモンゴ・シャルータ男爵だ。
「今日はいったいなんなのだ。こっちは仕事中なのだ」
「アレス・ミルダにこれ以上人口が捕られれば、税金が納められなくなります。やはりあの計画をこのまま進めた方が良さそうですな」
「あの憎たらしいミルダめ……。アヴァントヘルム学園都市で潰れてくれればよかったものを……」
アドニス王兄殿下派閥の貴族達が屋敷に集まり、人口が減った領主はエイビス侯爵に懇願する。
派閥の貴族たちは退出していくと、ガルガルドはテーブルに肘をつきニヤリと笑みを浮かべる。
「もう少しでアレがあったな。おい、いるか。シャルータ男爵の所のテイマーにあの計画をこのまま進めるように伝えてくれ」
「ええ。わかっておりますよ。我が息子もエイビス候爵からもらったあの薬のおかげで学園での名が広まっているようです」
「それはよかった。あの薬は聖者を発掘するための薬らしいからな。君の息子もシャナークも聖者だったということだ。これで私たちの天下も夢ではないな。しかし、まずはあいつを貶めることだ。待っていろよ、アレス・ミルダめ。クソッ」
一人だけ残った執務室で候爵は呟いた。
エイビス候爵や派閥の貴族たちはアレスによって王都の闇ギルドが壊滅し人身売買での儲けがなくなった。
さらに、アレスのいるアヴァントヘルム学園都市に学生はともかく人口の流出が出ている。
よって、街からあがる納税も減り、エイビス候爵らの懐に入る金も実質的に減っていた。
・・・
「旦那様、以前ギルドに届けていた強力な魔道具を保有するある冒険者に対する抗議が返ってきました」
「で、アレス・ミルダはなんと?」
「その冒険者をこちらに向かわせるそうです」
「おお、そうか。たまには役に立つな。あの魔道具が手に入れば、あの計画もより確実になる。ふははは、ミルダのやつ、その魔道具が使われればどれだけの被害を出せるか。あいつの悔しがる顔が目に浮かぶな」
……細工は流々。
これでアレス・ミルダを襲撃する従魔共の手配は済ませた。
軍部に潜入させた者によって、外壁の警備兵たちには演習だと欺瞞情報を流して邪魔をさせないようにしておいた。
「お前の持っている魔道具を儂に譲れ」
それがエイビス候爵の屋敷に行ったシオンと初めて出会ったガルガルドの要求だった。
ギルドでアレスに言われた通りに仕方なく行ってはみて、それから少ししてようやく面会の用意が整ってシオンはガルガルドの部屋へとやってきたのだが……。
そんな中、部屋に入ってきたシオンを見るや否やガルガルドが口に出したのがその要求だった。
「……何?」
「聞こえなかったのか? お前の持っている魔道具を寄越せと言っているんだ」
自分が呼び出した客であるシオンを座らせもせずに立たせたままで、自分だけが椅子へと腰を下ろしているのだ。その容姿に関して言えば、既に老人と言ってもいいだろう。ただし通常の老人ではなく、未だ権力や財力といったものを貪欲に求め続けている類の老人だ。
言わば老害な訳だな。
ん? こいつの名前はあの洞窟の書類に書かれていたものと同じだな。そうか、こいつがこの都市に攻撃を仕掛けようとしていた奴か。俺がこいつに魔道具を渡すと、それを使って攻撃をしようとしているのか。
まぁ、そんな魔道具はないんだがな。
「よし、決めた」
「おおっ、それが複数のゴーレムを大量召喚したという魔道具か。確かにこうして見ただけでも分かるほどの逸品だ!」
魔道具と見せかけて出した大きく丸っこいただの石を見たガルガルドが感嘆の声を上げる。
それは、あまりにシオン――シオンたちのことを知らなかった故の一言だった。この街の中でも冒険者たちの間では、ある意味不可侵の相手として認識されつつあるシオンたち。
そんなシオンが魔道具に偽装した石を大きく振りかぶり……
「ん? それは何の真似だ?」
……投げる。
「ごふっ!」
ガルガルドの顔面に思い切りあたり石も壊れる。ガルガルドの座っていたソファーの後ろの壁もろとも破壊される。
「あーあ、せっかく渡したのに壊しちゃダメでしょ。これ欲しかったんでしょ。でも、まぁ、取りあえず今回だけはこれだけで見逃す。これ以降俺たちに余計なちょっかいを出さないのなら何もしないと約束しよう」
ガルガルドの側にずっといた護衛たちはシオンの威圧に一歩も動けずに主人を守れずにいた。
そのままシオンが帰るのをただ見ていることしかできなかった。
・・・
「ふざけるな!」
部屋の中に、包帯を巻いた男の怒声が響き渡る。
ガルガルド邸の一室。そこは昼間にシオンが暴れた部屋ではない。
だが、現状の部屋の有様は昼にシオンが暴れた部屋と大して変わらない程に荒れ果てている。ほんの数時間前まではきちんと整理されており、掃除も行き届いていた部屋だったのだが……屋敷の主人であるガルガルドの手により椅子は壊され、カーテンは引き千切られ、壁に掛かっていた絵画は踏みにじられ、花を飾っていた壺は砕かれていた。そして……
「この儂が! あんな若造に! 舐められて、黙っていろと!」
「候爵、エイビス侯爵。大変です、私の部下のテイマーと連絡が取れなくなったため例の洞窟に行ったのですが、ゴブリンどもがいなくなりテイマーの死体が奥にありました」
「なんだと!! まさか……我々の計画が気付かれている!?」
そうとしか考えられない。
あと少しで実行できるほど進めてきたこの私の、私たちの計画が何者かによって察知され、今まさに妨害されているのだ!
「くっ、一体何者の仕業だ!?」
私は計画を察知したのが何者であるかを考える。
アレス・ミルダのギルドの冒険者たちか? それとも王家直属の諜報部隊に気付かれたか?
「いえ、それはわかりません。しかし、今考えるべきは計画が丸ごと瓦解したということです」
「くそっ、あれに頼るしかないのか」
「例の協力者である魔族ですね。こうして計画が崩された以上頼るしかないのでは……」
デモンゴは汗をハンカチで拭き、焦った様子で言う。
「そうだな。あの薬も効果はよさそうだしな。よし、あの魔族に連絡を取れ。それと、アレス・ミルダへの襲撃ともう一つにシオンという小僧も陥れる」
「それは名案ですな。実のところ私からもお願いしたかったのですよ。この前の選抜戦の前夜祭がありましてな」
「おお、知っているぞ。使えそうな人材はいたか?」
「それが、シオンというガキはなんとも礼儀知らずな者でして……」
デモンゴはシオンの不愉快な態度の話をガルガルドにもした。
「なるほど。なら、ここで消してしまうとしよう。我々に歯向かったのが運の尽きだな」
「ええ、全くもって」
・・・
「クソクソクソクソォォォォ」
何なんだ、あいつは。
ルーファスと対等に話し、この俺が苦難した迷宮を飄々として余裕そうに出てきた平民。
この俺をどの才能でもあいつには敵わなかった。むしろ、手加減されているという感覚を味わわされている。
シオンを殺すべく送り込んだ密偵からはその後の連絡も返ってこない。
認められるはずがなかった。
「俺が! この俺が!! あんなやつに情けをかけられているだと!! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ!!」
――少しずつ、無意識に彼の、シャナークの感情はコントロールを失ってゆく。
それはゆっくりと、しかし、止まることなく静かに進む。
部屋に帰った後の彼の奇妙な行動も噂になって広まっている。
室内に響く調度品の破壊音、そして、喚き散らす耳障りな声。それが外にまで聞こえていた。
幸い、彼の部屋は広く、外に聞こえる音も微かな音しか聞こえていないので、取り巻きたちを失ってはいない。
ひとしきり暴れたシャナークはベッドに腰かけ、突如怒鳴りだす。
「おい、出ろ! いるんだろ! 出て来い!」
シャナークは部屋の隅に目線を向ける。
「………ごめんなさい、手が離せなかったもので。シャナーク様、どうされましたか? お薬がなくなりそうですか?」
応じたのは、陰から出てきた落ち着いた女の声を話す猫。
召喚された魔物だ。この猫の魔物を通して経過の報告を召喚者である薬の開発者と連絡を取っていた。
「違う! あの薬を使っていながら平民に劣るとはどういうことだ!! あの平民も父上のあの計画の一部だというのか!」
「………落ち着いてください、シャナーク様」
「落ち着いていられるか!! この俺があんなやつ、俺の言うことも聞かないような奴に情けをかけられているんだぞ!」
――彼は猫を通じてシャナークの平静を崩していた。
――彼はシャナークが負の感情に傾くように誘導していた。
「わかりました。シャナーク様の無念、よく伝わりました。もう少し慣らしてから次の薬を、と思っていたのですが、シャナーク様の……」
「っ!? 次の薬があるのか! そんなものがあるならさっさとそれを出せ!」
シャナークは猫の言葉を遮って薬を要求する。
「しかし、これには多少の副作用がございまして……」
「構わん! そのくらい耐えられる。この俺を馬鹿にしているのか!!」
「申し訳ございません。出過ぎた真似をしました。そのお詫びと言っては何ですが、こちらからシャナーク様に贈り物です。一緒にお渡しいたしますのでお使いください。邪魔にはならないかと」
「ふん。その程度の貢ぎ物で償えると思うなよ」
「もちろんです。今後も一層の協力を惜しみませんのでご容赦を」
「その言葉忘れるなよ!」
・・・
「あの猫の魔族と連絡を取ることができましたぞ、エイビス候爵」
「そうか。で、なんと?」
「こちらに増援として魔物を送り込んでくれるそうです。それと、騎士たちを強化するための薬も渡すそうです」
「よし、これで計画が問題なく進められそうだ」
「私も裏稼業のできる上級の冒険者を雇いましたので準備は整っています」
「決行は選抜戦の最終日、先王も来るという情報が入っている。護衛はそっちに取られるだろう。魔物の討伐に時間がかかるだろう。そこに上級の冒険者を混乱に紛れさせてアレスを殺し、あの無礼なガキも殺す」
・・・
一件だけ来てみたが、一つ一つがこんな貴族や商人たちなら面倒だな。さっき決めていた通りに潰そう。
どうせ魔道具や金を払ってもまた払わされるだけ。だったら、言い出す商会や貴族そのものを消してしまえばいい。
商人はでもあらゆる力を使って自分の利益を生むだろう。時には暴力も。なら、これから俺が行うことは商人たちにとって絶対にあらがえない暴力が迫るだけのこと。これも一種の商談ということだ。一つ学んだな、商人たちよ。
俺は【固有スキル マップ探索】に金を要求してきた商会の本店や貴族の本家を検索して狙いをつけ、魔術を発動させる。絶対に決めるため他の魔術で補佐もする。
「【付与魔術 魔攻上昇】【付与魔術 貫通力上昇】【付与魔術 範囲強化】【付与魔術 減速】【付与魔術 防御弱体化】。じゃあ、いくぞ。【空間魔術 流星群】」
魔術の効果範囲を上げて逃げないよう特定の人物だけを【固有スキル マップ探査】でマーキングをつけ、動きを遅くさせ、より抵抗されないために防御値の低下を付与する。
魔術の攻撃力・抵抗を突破する貫通を自分に付与する。
仕留めるからには一撃で確実に。何回も攻撃をして所撃が防がれでもしたらそこから対策を取られ、効きづらくなる可能性がある。
空から岩――巨大な隕石が各地に無数に降る。
星が落ちる。
星が堕ちる。
星が墜ちる。
空間魔術は座標さえ設定すれば、そこだけを狙えるから使いやすい。効果で周囲にちょっとは被害が出るかもしれないが、それも所詮はその者たちに運がなかっただけのことだ。
今は夜だが、そんなに遅い時間でもないから、街の人はこれを見ちゃうかもだけど俺がやったとは思わないから大丈夫。
≪レベルアップしました…≫
対象にした商会の周囲にいたヒューマンが巻き添えで死んだようだ。
あ、なんか騒いでる。「魔族の攻撃だ」やら「これは天罰だ」やら。今は混乱してるからこんな荒唐無稽なことを言ってるが、落ち着いたら天災かなんかだと思ってくれるだろ。
まぁ、天罰は間違いでもないかもしれないな。
どう思われても構わない。恐怖こそが人々を成長させるという考え方もある。なら、この衰退しまくった時代をこの実験で変えてみようじゃないか。
失った者は、二度と失わないように強くなるのか、それともそこで諦めてしまうのか。
この実験でどうなるのか、楽しみだ。
俺から搾取しようとしたことが間違いだったのだし、こういうことを今回したということは他にもこんなことをしているだろう。自業自得ってことで。
そう言っても俺を非難する者はいるかもしれない。だが、私怨で結構。この世は所詮、弱肉強食だ。
運が良ければ、死ぬことはないんじゃないかな。
さぁ、楽しみだ。人々はどんな反応をするんだろう。
この日、世界中各地の大商店や貴族の屋敷が天から降り注いだ一つの魔術によって破壊された。
だが、術者を知る者はほとんどいない。
彼らは自分の周囲にできそうな者がいるのを知っているかもしれない。だが、それに証拠はない。
・・・
「なんだか、外が騒がしいな。何かあったのか?」
「ガルガルド様、ガルガルド様。ご覧になられましたか、あれを!」
「ああ、もう見ているが、あれは何なのだ?」
「わかりません。すでに遠視の魔術で確認したのですが、巨大な隕石らしいです。それが各地に落ちてきているようで。周囲にも被害が出るかと、なのでデモンゴ男爵様もガルガルド様とご一緒にお逃げください。あれは魔族の攻撃かもしれません」
部屋に入ってきた執事の魔族という言葉に少しドキッとする二人。そして、心当たりがある二人。
まさか、協力者であるあの魔族が……、我々を貶めるために……、と。
しかし、そんなことを考えるのは、一瞬だった。この騒動に紛れて計画を行うことで自分たちではなく、魔族共に罪を着せることができる。
外で騒ぐ奴らは魔族の襲撃だなんだと騒いでいる。それを利用しない手はない。




