十七話 創造神、貴族の子供たちの趣味を発見する
「えー、召喚魔術の授業をしたいところなんですが、これから二人の決闘を行いたいと思います」
気だるげにフレイヤ先生は言うが、周りの生徒たちは楽しそうである。王子であるルーファスもそれに含まれている。
「ふん、俺がスライムなんかを連れた平民に負けるわけがないんだよ」
「そうですよ、シャナークさんはエイビス家の天才なんですから」
遠方で取り巻きの子供達がこちらに憐憫の目を向けてくる。そんな中、シャナークが牙を剥くように笑う。
シャナークのまるで哀れな生け贄を見るような目。完全に、こちらを見下している目だ。しかも、ルーファスもそれに含まれている。
「では、決闘を始めてください」
先生が試合の合図をする。
「さて、そんじゃ――とっとと死ねや」
右の掌をこちらに向けてくる。
瞬間、シャナークが詠唱し、頭上から小規模な風撃が飛んだ。
風属性の下級攻撃魔法、【風魔術 エアショット】。
口にした言葉に反して、相手もまずは様子見といったところか。
シオンは同じ魔術の同じ威力で相殺する。
「シャ、シャナークの奴、【風魔術 旋風衝撃】をあんな短い詠唱で……!」
「シオン君も負けてないわ! 同じ【風魔術 旋風衝撃】を無詠唱で相殺したもの!」
「もうこの時点でついていけねぇよ……! 二人ともレベルが違いすぎる……!」
いや、ちょっと待て。なんだ、この反応は? なぜ無詠唱ができるだけでこうも驚く?
というか、【旋風衝撃】? なぜ誰も彼もが先刻の魔法を中級魔法と勘違いしているのだ?
「ふん。余裕こいてんじゃねぇぞ。さっきのが俺の本気だと思ったら大間違いだぞ」
「そうでしょうね。あの程度の魔法、貴方にとっては小手調べですらないでしょう」
「――言ってくれるじゃねぇかっ!」
怒気を孕ませた顔で、シャナークは再度攻撃魔法を放つ。今度は火属性の下級魔術、【火魔術 ファイア】であった。
威勢のいい台詞に反して、まだ様子見を続けるのか。
「ほう。オレの【爆裂火弾】を受けて、まだ立っていられるとはな」
は? 【爆裂炎弾】……何を言ってるんだ、こいつは?
【火魔術 爆裂炎弾】は中級下位の攻撃魔法だぞ? さっきの下級の【火魔術 火撃】とは桁違いの威力を持つ魔法だ。
「くくく、嬉しいねぇ。本気を出せる相手は久々だぜ!」
「そうか。俺はがっかりだ。この程度が天才と呼ばれるようになったのだからな」
「あぁ? なに言ってやがんだ、てめぇ!」
「もうお前とやりあうのが面倒なんだ。お前のような偽りを相手するのは無意味でしかない。そんな無意味に時間を使ったところでなんの得もない」
「どうやらどうしても死にてぇみたいだな! だったら、俺の最強のコンボを使わせてもらうぜ」
シャナークの周囲には【ファイア】が出現する。ただの【ファイア】の多重発動だ。
それだけでも同年代の子供たちからしたら、凄いことなのか。
さらに、召喚系の魔道具でフォレストウルフを4匹召喚し、四方を囲む。さっき呼び出したフォレストウルフではなく、素早く召喚できるように魔道具に召喚陣が秘められていたらしい。
どうやら襲わせて躱せば【ファイア】、【ファイア】に対抗すれば物理で襲わせるつもりのようだ。
「はぁ、児戯だな。もういいぞ、お前には何も期待などしていない」
シオンの足元にいたネーヴァがシオンをドーム状に囲み、放たれた魔術もフォレストウルフも喰う。
「えっ、どうなってるの?!」
「魔術が消えた?」
周りの生徒たちも突然の出来事に動揺しているようだ。
シオンは魔術を大量に使った反動で魔力不足になり、丸腰のシャナークに【火魔術 火の矢】を放とうとした瞬間、フレイヤ先生が止めに入る。
「そこまでだ、シオンくん」
おそらくフレイヤは訓練場でシオンがやらかしたことを思い出し、止めに入ったようだ。
「ふざけんな、俺はまだ負けてねぇ!」
「いいや、君の負けだよ。シオンくんは魔術の相殺という普通ではできないはずの離れ業をしただけでなく、君の攻撃を完封して見せた」
それを聞いてシャナークは勝負をあきらめたようだ。
対して、シオンは他の子供たちから怖がられると感じた。
しかし、子供たちはシオンに近づき魔術の使い方やネーヴァのことを聞いてくる。
ずっと陰からこの戦いをのぞいていた先生方もシオンに魔術のことを相談する。
シオンが詠唱から使う術を読み取り、無詠唱で相殺したことでシオンの使う技術が自分たちのレベル
と違うことに気が付いたのだろう。
……教師が生徒に聞きに来ちゃまずいだろ。
・・・
「ちょっと来て」
その後の授業を滞りなく終えた俺に待っていたのは、生徒会の査問の呼び出しだった。
シャナークとの決闘騒ぎのことで何か言われるのだろう。
バカの後始末をやらされるとは、今度挑んできたら瀕死になるまでやってやろう。
俺、エインリオ、スヴァルトとともに、生徒会会議室に向かう。
待っていたのは、冷たい氷のような瞳を持つ女生徒。魔眼ではなさそう。
そしてその周りには生徒会の主要メンバーのようだ。
他にも会計や幾人かの執行官が並んでいた。
「連れてきました、会長」
「おぉ、ついにアルマが男を連れて来る日が来るとは! やるな!」
「冷やかさないでください、会長。そんなつもりはありません」
「さて、弄りもここまでにしよう。ようこそ、生徒会へ。シオン君、君を生徒会に歓迎しよう」
「まさか歓迎されるとはな。俺はてっきり怖い生徒会長さまに絞られるのだとばかり思っていたのだ
が――」
「シオン! お前、リリス会長に対して、その物言いは無礼であろう」
「良い、アリオット。私が他の生徒に恐れられているのは、事実だしな」
「そんなことは決してありません。俺は…」
アリオットと呼ばれた少年は、リリスのいいところを説明しようとしたが、本人によって止められた。
「それで、いつ俺の査問はいつ始まるんですか?」
「ん? 査問? 何故? ああ、授業での決闘騒ぎのことを気にしているのか。あれはもういい」
「ほぅ、それはなぜだ?」
「お前っ!」
アリオットは食って掛かってくるが、気にせずにリリス会長が理由を言う。
「あれはしっかりとした決闘でフレイヤ先生の判断も的確だった。それでも抗議してきた場合は私たちの方で処理するから安心してくれ」
「しかし、お前を自治会議室に呼んだのは、ちゃんと理由がある」
すると、リリスは肘をテーブルに起き、組んだ指の上に、綺麗な形の顎を載せる。
そして薄く笑いながら、こういった。
「シオン君、生徒会に入らないか?」
会議室が一瞬にして静まり返った。
氷属性魔術を放たれたかのように、皆の表情が固まる。
生徒会のメンバーすらも驚いていた。
おそらく彼らにとっても、会長の勧誘は意外の事だったのだろう。
俺が生徒会にか。面倒だな。
生徒会というのだから、騒ぎを起こす有象無象の輩を、捕まえたりするのだろうから、当然自分の時
間が取れなくなるだろう。また何かしら絡まれるのか。
「理由を聞いても?」
「君は強い。だが、平民だ。だから、トラブルを呼び込んでしまう。ここには貴族が多い。そのほと
んどが権威主義に凝り固まった者たちだ。そういった輩にとって、お前やその周りの人間は、絶好の
標的になるのだ。今朝もさっそく貴族の馬鹿者に突っかかられたそうじゃないか」
「そんなあなたも貴族だと思いますが?」
「そうだ。だが、私が威張り散らす馬鹿者かどうかは、君が見て判断すればいい」
ふむ、この者はしっかり者のようだな。まぁ、他がひどすぎたというだけかもしれないが。
「生徒会の話、何か俺にメリットがあるのですか?」
「いい加減にしろ! 会長、俺はこんな奴を入れるのは反対です」
ただ一人叫んでいるのは、アリオットだ。
他の生徒会の人たちは、会長のことだから考えがあると思い、賛成側に回っていた。
この発言で静かに怒りの炎を燃やす者が二人、エインリオとスヴァルトだ。
「シオン様、こういった者はやはり消さなければ増殖して増々つけあがるのです。なので、ここでの
戦闘を命じてください。即刻、殺します」
「そうだよ、シオン様。バカは一度身の程を教えてあげなきゃわかんないんだから」
「なんだと! 付き人風情が何をぬかす!」
あー、こいつら似てるなー。
そこへリリス会長が割り込む。
「理由を聞こうか、アリオット副会長。無論、生半可な理由ではないだろうな」
「はっきり申し上げます、会長。俺はまだこの男を信用していません」
「それはどういう類いの信用だ? 身分的なものか? それとも実力的なものか?」
「両方です。この男は平民でありながらに魔術を得意としている模様、さらには貴族に臆せず物を言
う態度です。こいつは怪しすぎる」
そういわれてもなぁ、平民で魔術が得意な者もいるだろうに。
「わかった。では、アリオットよ。どうすれば、彼を認めるのだ?」
「決闘をさせてください」
また決闘だよ。この時代の子供たちは絡むことが好きなのか? まさかのこれが趣味なのか?
「もし、俺に勝つことが出来れば、彼の生徒会入会を認めましょう。ですが、俺が勝てばシオン、お前には退学してもらう。お前の存在は危険すぎる」
「その条件は少々不公平のように感じるが?」
「ならば、俺が負ければ、俺も学校を退学することにします。そして会長、いえ、リリス様。あなたの従者であることも辞めさせていただきます」
なんか勝手に決まっていく。
「私の一存で決めることはできないが、いいだろう」
「で、メリットは何ですか?」
「なんだと?!」
「だからぁ、俺が生徒会に入るメリット、俺が決闘を受けるメリットだよ。なんで何の意味もないのにこんな奴と闘わなきゃいけないんだよ」
「お前という奴は!! まず、リリス様にお声をかけてもらったことに感謝しろ」
「ふむ、生徒会には、学園にある迷宮の見回りを日の出ているうちは、任されている。ということは?」
「迷宮で戦える」
「そういうことだ。後はだなー」
「いいですよ、それで。では、あなたは何を目論んでいるので?」
「目論むとは、人聞きの悪い」
「自分の引き入れたい人材を理由もなく、手元に置きたいとは思わないだろう? それに自分の最終的に求める目標も話さぬ者を信用できるとは思えないのだが?」
「貴様!」
「一々噛みつくな、番犬。いい加減鬱陶しいぞ!」
おっと。つい本性が。
「アリオット! 私は構わんのだ!」
リリスがアリオットを窘める。
「おそらく会長は、シオンの魔術を高く評価しているのよ。それにあなたは平民でしょう。そんな人でも生徒会に入り、活動していくことは、生徒会の一つのアピールになるでしょう。私も貴族だけど、他の貴族のように平民だからと馬鹿にすることは好きじゃないの! そのおかげで私はこうして生徒会に入れたのだけれどね」
書記であるアルマが会長の代弁をしてくれる。
「そう! その通りだよ、アルマ。私はそれが言いたかったのだ。君は平民だ。だから、貴族関係のトラブルを呼び込んでしまうだろう。ここには貴族が多い。そのほとんどが権威主義の馬鹿共だ。そういった輩にとって、お前とその周りの人間は、絶好の標的になる。その駆除を私はしたいんだ!」
ふむ、そういった者を、排除できれば俺としても都合がいい。権威主義、そういった愚鈍な思考そのものがいけない。その考え方自体が世界を衰退させている原因かもしれない。ここは一つ、改心させて強くなるための心を教えてやらねばな。
それに話の最初に合った迷宮。迷宮であれば色々起こせるな。
こうしてシオンは生徒会を利用すべくアリオットとの決闘が決められた。