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百三十六話 報告と知見

 帝国に占拠されていた砦は取り戻された。

 幸運にも生き残った帝国兵は生気を濁らせた眼でありつつも問題なく捕虜となった。脱出などの打開策を考える頭はもう無いだろう。楽なことだ。

 本来なら彼らの処分は王国に報告が必要だが、英雄と共に帝国に返還する玩具ゆえ、シオンは黙ることにしている。

 砦からの帰りはシオンの転移で一度峡谷の城で置いてきた人員を回収して男爵領に戻る。

 尚、砦と城のそれぞれにゴーレムはとりあえず置いてきたので防衛はしっかりしている。


 もうだいぶ夜も深いというのにその男爵領では祝勝会が行われている。

 乱雑に机や椅子が大量に並べられ、料理や酒が放出されている。

 俺たちが居ない間に商人や旅人が来ていたらしくエルが対応して定住を求めているらしい。

 生き残ったことや勝ったことに涙を流す者はおらず、そんな奴らも今日は巻き込んで飲み交わしたりしている。この調子だと朝まで徹夜飲みだろう。


 程々に切り上げたシオンは英雄や捕虜を人目の付かないようにしまっている空間に訪れる。

「さてさて、どんな仕掛けをしたら面白いことになることやら」


 捕虜たちの身体に一通り仕込んだシオンは別空間から出る。

「折角の祝勝会だ。何か褒美でもやるとするかね」

 辺りはすでに日が明け、地面には人と瓶が転がっている。


「おい、起きろ。早速仕事をしてもらうぞ」

 一緒になって酒瓶を抱えて寝ている龍を足蹴に起こす。

 ベルセリオンには王都に帝国侵攻からの防衛とヴェール砦奪還の報告をさせる。

 寝ぼけてまだ酒が飲みたいと宣って行きたがらなかったが、また殺気を浴びせて無理矢理意識を目覚めさせた。

 報告書を持たせ、慌てて王都へ飛び立つ龍を見やる。



 ・・・



 時刻はお昼時になろうとした頃、王都はいつもと変わらない賑わいを見せていた。食事処や屋台を中心に人が集まっている。

 王都防衛第一陣である物見の塔には呆けて空を見上げる兵がいた。

 別に職務怠慢という訳ではないが、こうも何もない日が続くとのんびりとする。

 だが、日常が一変、非日常になる予感がした。

 かなり遠くの空に黒い点が見える。

 確認しようと遠視のスキルで点を視た見張りの顔色が徐々に青ざめていく。


「ま、まさかな。……ワイバーンだ。はは……くそっ!」

 何かの間違いと二度見する見張りは乾いた笑いから素早く緊急事態の警鐘を王都に響かせる。

 この警鐘に迅速に反応して兵士は民間人の避難誘導、騎士団はワイバーンの発見された塔周辺に集まる。


「あれか。ワイバーンにしてはデカくないか?」

「見せてみろ。なるほど。竜を見慣れない兵士がワイバーンと見間違えても仕方ないな。――王城へ連絡! 飛来するのは氷竜だ!」

「俺たちで止められますかね」

「王国十二聖典の方々にも出て来て貰う必要があるかもしれん」


 上司の言葉にあの竜の存在がどれほどに恐ろしいものなのか理解して息を吞む。

 外壁の内側で騎士団の緊急会議が開かれ、氷竜の対策として火属性の付与や支援で応戦することが決まる。


「まもなく来ます」

「火属性重心で攻める。バリスタもすぐ撃てるよう準備しておけ」

 物見の塔から竜の接近の知らされ、外壁の前に陣取り、号令が出される。


「覚悟を決めろ! 俺たちはここを守るために訓練してきた。今こそ発揮する時だ! ……行くぞー!!」

 気合十分。竜との接敵かに思われたが、その竜は騎士団を無視して上を過ぎ去り、王城を目指す。

 スルッと通り抜かれた騎士団は唖然としてその場に立ち止まった。


「陛下! 緊急です。失礼します」

 部屋の扉がすごい勢いで開けられ、廊下から一人の騎士が入ってくる。


「王都内に竜が一頭侵入。外壁と騎士団を突破したそうです」

「何だと!? 聖典の内から何人か出せ。私が許す。今はどうしている」

「はっ。現在、竜は破壊するでもなく王都上空を旋回しています。何が目的なのかはわかっていません」


 王城に戦力は集まり、やがて竜も下降して王城に乗り込もうとする。

 竜に暴れるような様子は見られず、ただ王城の広場に着陸しようとしている風に見える。

 はためく竜の翼が起こす風圧が顔に当たって顰めたり、勢いに負けてよろめいたりと騎士たちは必死に耐え抜く。


「陛下、危険です」

「いや、何か知性のようなものがある気がするのだ。こちらの言葉を理解するかもしれん」

 メビウスは騎士の言葉も聞かず言語が通じるかもわからない竜に近づく。

「竜よ、何用で我らの領域に参られた!」


「貴方が王様っすか?」

 竜の礼儀はなっていなかった。しかし、それを止めようとする騎士はいない。いや、剣や槍を常に向けて警戒しているが、竜が意にも介していない。

 竜は多数の騎士に動じず、多くのヒューマンが居る所を王城と判断して降りてきたのだった。


「うっす。自分シオンさんの舎弟ペットをしてるっす。これを渡すようにここへ来たっす」

 新たに判明したこの竜の正体や龍の口から出たシオンの名で時が止まったように空気が静まる。

 龍は人の姿になり、シオンから渡すように言われていた報告書を放心状態の国王に渡す。


「自分これからシオンさんの所で配達業するんで良かったら注文してくださいっすよ。じゃ、帰るっす」

 再び龍の姿に戻り、男爵領のある方向に飛んで王都から去っていく。


「帰ってくれた……のか?」

 想定した敵より脅威であった龍の後ろ姿にその場で座り込む騎士。

 時間が経った頃、緊張は解けて集まっていた王城広場から解散して警鐘が鳴らされる前にやっていた元の業務になんとか戻ろうとする。


 メビウスはというとそんな龍の熱が冷めやらぬ中、シオンの齎した報告書で会議が開かれていた。

「馬鹿な! すでにヴェール砦を落としただと!」

「さらには、すでに制圧下に置かれている、か」

 ヴェール砦奪還作戦において味方の死傷者は0名。負傷者はいても聖女の力で治されている。掛けた日数は侵攻の防衛に半日と砦奪還に一日。どんな御伽噺だと耳を疑う話だった。


 過去の戦を紐解いてみても、砦を巡る戦いにおいて死傷者が一桁出ずに済んだ話など訊いたことがない。

 それが僅か一日であの砦を落とすなどと誰が考えていただろうか。これには騎士団長をも背筋が冷えるのを感じさせた。

 おまけにあの龍。あれは紙一枚の配達だけに使えるものなのか。


「──話は良くわかった。ノヴァウラヌス男爵に警戒は常に怠るなと伝えておけ」

「早くて一週間。往復で二週間て所ですかね。恐ろしいものです」

 あの龍で空を飛べば、王都まで半日で着くことと馬を比べる。


「行け」

 シオンは男爵領から帝国に向けて英雄や捕虜となっていた者たちを送り出す。


「シオンさん。渡してきたっす」

「ご苦労だったな。宴会はまだ続いているらしい。参加してくると良い」

「わーいっす」



 ・・・



 これですべてが終わり、与えられた一週間の内二日で帝国軍を帰らせた。

 残りの日にちを領地強化に充てることにした。

 捕虜を鑑定して得た情報は共有済みだ。宴会の後で覚えているかはわからないが。

 完全に忘れていた楽園の使徒と交戦したらしいゴーレムから渡された戦利品。この中に銃が一丁混じっていた。そして、峡谷戦で帝国軍も銃を使っていた。


 可能性は三つ。

 帝国から銃が一部の組織に流れている。その逆もまた然り。

 もしくは、帝国と楽園の使徒が組んでいる。

 どちらにしても外部の者がどちらかの組織に居て、銃の知識を渡していることになる。

 そして、彼らの装備だ。

 時代に合った金属鎧ではなく、動きやすさを選んだ軽装。

 魔術は魔道具で。遠距離攻撃には魔術師隊で対応。近接は各々の鍛錬のみというようなことが窺える武装だ。


 ただどうにも妙で銃器の中身が空っぽだった。細かな内部の技巧が無く、まるで外側しか知らない、といった風に。

 解体した銃器を戻すとまた使えるようになっていた。

 少し古い話を思い出すが、学園都市で銃を向けた連中は教会側ではなく楽園の使徒であったのだと今更ながらに判明した。聖法国も絡んでいなければだが。


 それとは別に捕虜から抜き取れた情報は多い。

 彼らの中で将の地位を持っている者には共通して何らかの中位以上スキルがあった。

 英雄と呼ばれている英雄②には特殊スキル、英雄①は魔眼と通常スキルより強力なものを備えていた。

 推察される帝国軍とは、先天性スキルを基本とした集団ということ。

 偉いからなのではなく強いから上にいる感じだろうか。そこが王国軍との違いか。

 しかし、――二人の英雄を比べる。


 彼の魔眼は特殊スキルより上位、固有スキルと同列に扱われるものだ。

 そして、あの英雄の先天性スキルは精霊親和という特殊スキルだった。


 俺が好意を示すなら魔眼を持つ彼の方だと思うのだが、何故帝国の民や王はあの英雄を支持していたのだろう。

 もしかすると恐れているのかもしれない。帝国にとっての最大の敵は敵国ではなく、有能過ぎる兵士。良く斬れ過ぎる刃は嫌われるということか。

 皮肉にも先天性スキルを重要視する帝国で固有スキルが生まれてしまった。その力の強さが彼を孤立させている。

 大変だな、彼は。こちらに来れば良かったのに。


「さて、ただ降りてきたわけじゃなさそうだな」

「その通りでございます。これもまだ仕事の最中にございまして、降りるならばと主様の下へ」

 スヴァルトが再び下界に降りてきた理由を聞き出す。

 子爵級の悪魔が冥界から反旗を翻して逃亡。逃げた先は俺のいる現世。

 その反逆者を滅ぼすという数ある仕事の内の一つで再びスヴァルトが下界へ来たそうだ。














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