百三十四話 撤退と帰還
「ん? 前線で強力な奴がいる? わかった、俺たちが行こう」
もう一人の英雄が戦場に出ることとなった。
リュースはレオンを思い出す。
帝国で最も憧れられる英雄という職業。けれど、その人気を集める英雄の部署でも彼への誹謗中傷は止まなかった。むしろより疎まれていた気がする。
自分たちが欲しがっているものを他人が持っているのが羨ましいんだろうね。
それで帝国の英雄たちが同列に見られるのは可能性であってもならないことだ。何より俺が許せない。
だからこそ、彼にはしっかりしてもらいたかったんだけど。
彼は死んじゃったのかな。獲物を残してくれたのは褒められることだね。
英雄を倒す。
ま、それぐらいでないと俺の踏み台にふさわしくないし。
いつも通り手柄挙げて帝国に幸せを届けてあげようかね。
これから対する相手を夢想していつもの通り勝利する自分を確信する。
・・・
「俺にはわからんことだ」
打ちひしがれる彼を観察していると火魔術が帝国軍後方から飛んでくる。
「【火精霊魔術 火球】! 応援に来たぞ! 無事かい、レオンくん」
速度強化をしているであろう三つの人影がレオンの後方から現れ、魔術で目くらましをする。
シオンは近くに落ちていた帝国兵を掴んで盾にする。
「お前は?」
「ふっ、もう一人の英雄さ。俺の名は、リュース。帝国の最強の切り札だ。お前を倒すべくこうして出てきたってわけだよ。お前を滅ぼす者の名をよく覚えてあの世へ行くといい」
目の前の彼と奥のアレを見比べて『?』を浮かばせるシオンの手から黒墨になった帝国兵が離れる。
「しかし、……なんて卑怯な」
「ふむ。違うな。そもそも今のこいつが死んだ原因はなんだ? お前が攻撃しなければ死なずに転がされていただけだったはずだ」
「お前が身代わりにしたからだ!」
「こいつは味方であるはずの英雄に殺されたぞ! さらにはそれを正当化させようとしている! なんて卑劣な奴だ!」
彼の後ろに立つ女性二人に問いかけ、手始めに言葉で揺さぶる。
恰好からして恐らく一人はガントレットを着用しているモンク。それと白の軽鎧に剣を持つ神官。
「リュースは精霊に愛される存在なの。リュースは選ばれたのよ。だから、その行いは正しいの。あんたが盾になんかにしなければそいつは死ななかった。それだけ」
この周囲の感じ、あの勇者と似ているな。自分に似ている者が世界に三人はいるというが……。こうも近くにいるか。
「気を付けろよ。あいつは強い」
「ふん。警告のつもり? 余計なお世話。自分が負けて悔しいからって敵を強いってことしても意味ないわよ」
情報の受け渡しを拒否。戦闘は情報戦でもあるにも関わらず? 彼らは味方同士ではないのか?
「根暗は下がってな。こんな奴、私一人で十分!」
英雄の仲間が一人で突っ込む。
レオンはこのメンツでも目の前の化け物に勝てるかどうかわからない。
正直な彼らの印象は仲間を才能と顔で選んだガキばかり。わがままや文句は常。ただ持っている物は自分と同じように一級品。
「ふふ。この速さ、知らないだろ。彼女は上級職のモンクだからね。君じゃ足元にも及ばないかな。職業が彼女を勝利に導いてくれるそうだよ」
ふむ。先天的に持つ者か。わからないのは、モンクを上級職と言っている点。確かに拳闘士の職業では二番目の職になっている。そういう意味では拳闘士よりは上と言ってもいいのだろう……?
とにかく、職業の公開と装備で大体のステータスもスキルを予測できるな。余計な警戒は必要ないということだな。
ダッシュで接近するモンクのスピードに合わせて間合いを計り、拳を相手の顎目掛けて横方向から撃ち付ける。
「な、なに――!?」
シオンの早業に気づけることなく沈む。
語ってくれた情報通りなら戦闘不能をトリガーに何かを起こすこと(スキル)もできないだろう。
「ウェンさん! ◆◆ ◆……【神聖魔術 聖光】」
低位アンデッドを消滅に導く光がシオンに飛ぶ。
? このモンクと神官も仲間じゃなかったのか? 転がしたモンクと俺の距離は近い。巻き添えも止む無しってことか。
シオンは剣を作り、射線上の少し前に放り投げて剣に着弾させる。
「やった。これで私がリュース様の隣に相応しいですわ。今、治癒して差し上げますからね」
着弾で舞う煙の向こう側から神官が走ってくる。
俺に当たったと勘違いして止めを刺しに来たかと思いきや彼女の表情は笑顔だ。武器も降ろして不用意に近づく。
さっきのは当たっても治癒すれば問題なし、という考え方か?
中々に狂気的な思考だな。回避にもガードにも重きを置かずに回復重視か。
「【神聖魔術 聖光】」
シオンから神官剣士と同じ下級魔術が放たれる。
「きゃっ」
咄嗟に盾を構えて直撃は防いだけれども威力に押し返される。
「何やってんだか。ほれ」
足元で転がっているモンクをリュースに放る。
しかし、キャッチするそぶりも見せずに剣をこちらに構えたまま睨んでいる。
「どうした?」
「俺の視線を彼女に誘導させておいて隙を狙うつもりだったんだろうがそうはいかないぞ。ナティラ、彼女に治癒を」
「ええ」
これでよくもまぁパーティが回っているものだ。
治癒を受けたモンクは気絶から立ち直り、バフも受けている。
「よし! これで復活だ。相手はそれなりに強い。皆で行くぞ!! チームワークの力、見せつけてやろう」
英雄②はどうやら後衛職のようだ。チャンスができたら前に並ぶみたいだが。
掛け声に反応してそれぞれで配置につき、モンクを前に神官と後ろに立つ。だが、神官も英雄②も剣を装備している。
さっきまでのやり取りでチーム力があるかは疑わしいことだ。英雄①の子が言っていたことをもう一度言っている。
「皆、俺に力を貸してくれ!!」
英雄の周りに様々な色の光が集まる。
「む。精霊か」
「知っていたか。……光!!」
シオンの目の前で光精霊が輝く。浴びせられたシオンの視力を奪われてしまう。
「加えて、風と水の精霊魔術の融合さ」
シオンの足を氷が留める。さらに二つの氷柱がシオンを囲み、腕ごとその氷柱の中に縛る。
精霊に詠唱は必要ない。精霊はそこにいるだけで力を行使できる。間の術式や魔術基盤はない。
見事にシオンの手足を封じたが、リュースは周囲の空をキョロキョロとする。
「おかしい。下位精霊しかいない。上位精霊は今の俺じゃ無理でも、中位精霊なら今までは来ていたはずだ」
ふむ。俺の存在があれの弱体になっていそうだな。
中位にも成れない下位精霊は明確に自我を発揮せず本能で世界に存在している。
少なからず意思を持つ中位以上はシオンを感知し、意思を以って敵対することに拒否を示す。
結果、シオンの前ではリュースには下位精霊しか手札に無い。
シオンを留めている氷の術の効果を上げているのは、純粋にリュース自身の魔力から引かれている。
「これは動けないか?」
脆い氷でもシオンは動かないで彼らを観察する。
「これで終わりよ!」
モンクの接近が声で感じる。
それに隠れて英雄②と神官剣士も来るのを感知する。
「歪め」
シオンに当たる寸前で空間が広範囲に曲がり、攻撃が外される。歪みは止まらず、シオンを通過して氷を砕く。
「まだ出せるものはあるだろう」
「くっ。雷を!」
「私も」
複数の雷球が精霊を介して降る。
指先一本を立てるモーションで地面が盛り上がり、強固な壁が生まれる。
モンクの拳も雷球同様に防がれる。
「ナティラ!」
「わかったわ」
英雄②の声に応じて神官剣士が壁に走る。
簡単には越えられそうにもない壁が崩れる音を立てる。
壁は瓦礫となって吹き飛ぶ。
「マジかよ」
シオンは自身の壁が一撃で崩れされることを予期できず驚くもその原因を見破る。
あの神官の持つ剣、強化の光か。どうやらあの英雄②が神官の剣を強化したようだ。
「俺と同じこと考えてたか」
腕を真っ直ぐ伸ばしきり、壁を貫通したばかりの神官剣士。崩された壁の下を潜り抜け、隙を露わにする神官剣士をアッパー気味に殴る。
シオンもまた壁を破壊して最短の不意打ちを狙っていた。
シオンの拳に飛ばされそうになるも後追いでシオンに服を掴まれ、追い打ちの掌底でダウンする。
「ウェンは前を頼む」
「うん」
英雄②が神官剣士のフォローに入り、治癒をする。その間にモンクが俺を足止めするようだ。
シオンはそれに付き合い、治癒している間は躱すだけにする。
「クソっ。躱すっ――な!」
「なら、当ててみろ」
「……逃げるな!」
モンクが振るう拳を悉く体捌きだけで避け続けていた。
「に、逃げる、な!」
つまらないと趣向を変えて五十手ちょうどで終わりにするゲームをしていた。
残りニ十一手。
それでも回避だけは飽きてくる。時に身体を前に出して間合いを詰める。面白いようにモンクが戸惑う。
壮絶な拳の連打もシオンは手で何度も払う。時に背中を押してやるとバランスを崩す。あしらって距離を離してはモンクが舌打ちする。
「ほれほれ。まだいけるだろう。攻撃の間隔が遅れてきてるぞ?」
モンクにも飽き、拳を腕で逸らしつつ脇でモンクの腕を挟むように内側へ手を回して殴る。
シオンの目の前に倒れるモンク。
「人質か。でも、そんな卑怯な手に屈する俺じゃないぞ」
俺は人質なんかしていないはずなんだがな。
「地精霊!」
地面からゴーレムが作り出される。
「邪魔だな。俺はそこそこ楽しんでいた」
地精霊が乗り移ったゴーレムを破壊し、一瞬で英雄②とその仲間を分断する土壁を建てる。今度は壁で仲間が見えず支援が出来ない。壁も壊せない。
「リュース! どうするの!?」
「落ち着け、二人とも! 俺が皆を守る!」
彼女たちは自然と英雄②の方に目を向け、指示を仰いだ。
根拠も内容もない言葉。希望という効果を与える意味ならいいかもしれないが、場面を間違えているぞ。この戦場は帝国の慟哭に咽んでいる。
騎行の楽曲も良かったが、帝国の慟哭とゴーレムたちのアップテンポな音楽がそれぞれ奏で合い、戦場を楽しませる。
「再開だ」
合図に火球を放つが、躱される。足に強化の魔術を集中させているようだ。
だが、それも織り込んで一連を作っている。
火球に目を取られ、視界から俺が外れた一瞬に真ん前まで距離を詰める。それに反応してみせたリュースに再度縮地で詰め、顔を横からの膝蹴りで壁に叩きつける。
「がっ」
壁からバウンドしてきたリュースの頭を空中で掴み、足を後頭部に合わせて真下の地面へ思いっきり押し付ける。
「まだ行けるだろ」
首を掴み上げ、建てた壁に押し付ける。
あまりの力に壁が崩れる。
「リュース様に何をしたぁ!!」
英雄の姿の目の当たりにした彼の仲間が怒りの表情で構えを取りながら走る。
シオンは崩れた壁からできた石を蹴る。石は神官剣士に当たり、距離を離される。
「仲間のピンチだ。起きろ。ここで逆転してこその英雄だろう」
……ここまでだな。色々時間を与えたりもしたが、面白そうなものは出なかった。奥の手とも考えられるがここまでされても隠したままというのは考えにくい。
固有スキルは無し。これも先天性のものだな。特殊スキルに精霊親和というものがある。効果の内容は、精霊に愛され、恩恵が得られるようだ。
中位精霊が来ない、と言っていたのは俺の方に中位精霊が付いたからか。
「起きろ。強いのだろう?」
シオンはリュースの首を片手で掴み、撫でる。
絞めていく。痛みで気絶が解ける。
「ほら、どうした? 足掻いて見せろ。自分で言ったことくらいは守って見せろ。強いんだろ?」
仲間の二人はすでに気絶して英雄②の助けにも入れない。
首を徐々に絞まっていき、シオンは絶望に染まるリュースを嘲笑う。
「もっとだ。苦痛に塗れ、人の限界を超えてみろ」
こういうタイプのは本当の脅威というものを知らず、一度徹底的に心をへし折ってやることで再起が不能にまで怯えることとなる。
だが、それでも立ち上がろうとする不屈の戦士もまた良い物だ。
「この俺がここで死ぬはずがないんだぁぁ!」
手放さずにいた剣を振り上げてシオンへ苦し紛れに降ろす。
奮起したはいいが、これはシオンの求めるものとは違った。
シオンは首から手を離して回避する。
「これくらい、このくらい、倒せなくちゃいけないんだっ!!」
瞬時に四色の光が眩く輝き、剣に纏う。火・水・風・地の四大精霊の力を込めた破邪の一撃。それぞれの属性が相反することなく保たれている。
それが帝国最強を名乗るリュースの持つ最強の奥の手だった。
中位悪魔にならダメージを与えられるだろうか? 感情の爆発でさっきまでの自分を超えてきたか。英雄的行動だな。基が低かったからハードルも低くてできたとも言えるが。
相当な恐怖をまだ心の内に残しているようで剣を振るのは速いが、猪のような突進。
シオンはステップで軽く下がりながら避けていく。
「ふぅぅむ。超えてきたことはいいのだが、こうも一方的になると冷めてくるな。頑張って入るんだろうけど一階も当たらないようじゃ。正直寒いというか」
それでもやはりシオンの評価に値しない。
まだ次があるんだ。そろそろこの戦場を終わらせないとな。
「まだまだぁ――がっ」
英雄②はまだ向かってくる様子だったが、上から突如何かに阻まれて砂塵の中で倒れていた。
「申し訳ございません。この崖の上で機を窺って居ましてこの下等生物の鳴き声が終わってからでもよかったのですが、何分長かったもので。こうして、区切らせていただきました。ご迷惑だったでしょうか?」
地面にめり込んだリュースの頭の上に畏まって立つのは、スヴァルト。
緊急の仕事があると言って冥界に一度戻った悪魔だ。
戦場の中心で帝国からも味方からも視線が集まっている中、スヴァルトはシオンに膝をつく。
「いや、それに対する興味はもう失せた。俺には必要ない。それでどうした? 仕事があったんじゃないのか」
「はい。その仕事ですが、どうもシオン様の行く先と関係していそうでして」
「……そうか。またこっちにいるんだな」
「よろしくお願いいたします」
下敷きになったこいつは再利用できそうだ。一旦持ち帰るか。面白いことが出来そうだ。
「他にも生きてる奴は捕らえて捕虜にする。注意しながら捕まえろ」
気絶した死んだ振りで逆転の希望を与えることをシオンは許さない。最後まで警戒を呼び掛ける。
英雄②は本当に帝国の一強だったようで帝国兵が青褪めて撤退を決めた。
「まるで調停者の振る舞いだな。お前の参戦で退くようだぞ」
「何を。私はあなたのようにはなれませんよ。しかし、敵が去っていくというのであれば追撃はどう致しますか」
「しなくていい。こっちも陣に戻る」
シオンの欲しがった彼は丁重に帝国軍へと帰した。
英雄②のモンクと神官剣士は必要ない。その場で転がっているのを放置。運が良ければ帝国兵に連れ帰ってもらえる。悪ければ魔物に食いつかれるかもな。
帰還した後に彼に待つのは審問かもしれないな。「人は醜い」などと言っていたくらいだ。帝国にも色々あるのだろう。
ふふ。矛盾しているとも言えるな。帝国という土地と親を愛していながら、帝国の人々と帝国自体にはいい感情を持たない。
自暴自棄になって彼の心が腐らないことを祈ろう。
また会えるなら価値が上がっていることを楽しみにしながら。
モンクの「職業が教えてくれる」の例
・摩耶の武芸百般。別の武具をメイン武具と同じように扱える。
・職業補正みたいな。チュートリアル的な。