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百三十三話 獣と竜、領主と魔眼

 敵は守りを固めつつ前進しては魔術で攻撃という隊列を組んでいる。

 対する俺たちは隊列もあったものではない自由スタイル。

 その場でシオンが崩れた石壁をランダムに地魔術で再配置して建て直す。


 シオンのこれを知らない帝国兵たちは作られた石壁の量に目線を向けざるを得ない。

 これをうち(帝国)の魔術師たちでできる者がいるだろうか。

「あんなのはまやかしだ。張りぼてだ。帝国魔術師でも滅多に見られないことが王国に出来るはずがない。我々の勢いを削ごうとしているのだ」

 叩いてみれば脆いと士気を下げないその一心で主張する。


 兵士たちを安心させる言葉なのだろうが、滅多にというよりはあれと同じものは見たことがない。

 本当に張りぼてなら指揮官の言うことが正しい。

 わかっている。考えたくはないだけだ。

 けれど、もしも、もしもあの壁が頑丈でないなら……と。


「見ろ、敵のあの練度の低さを。奴らの中に強い者がいるのは確かだ。だが、どうも軍事には不慣れのようだ。必死に隠そうとしているのが目に浮かぶ」

「帝国の敵は悪。見た目に誤魔化されちゃいけない。王国もその子供も帝国に仇名すなら俺たちの敵だ。俺たちで世界を正してやるんだ」

 徐々に狭まる距離。

「遠路遥々ようこそ、皆さん」

 その区域に入って聞こえてくる声。

「私が今回の総大将、男爵着任直後に帝国侵攻の悲運な領主様だ」

「早速で申し訳ないが、我らの糧となれ」

 帝国魔術師の攻撃が届かないこちらの攻撃範囲に入った時、戦場は再燃する。

 燃やす種火はもちろん自分たちの命を消費して。


「来たぞ。魔術攻撃。奴ら、あの城に引き籠るつもりのようだ」

「こちらは予定通り守りながら進む。帝国の魔術師の格の違いを見せつけてやれ」

 盾となる騎士たちにバフを付与して属性耐性を作る。

 城があった時は驚きはした。でも、力はあっても指揮官の頭は弱いみたいだな。

 戦場は一本道の渓谷。お互いに正面戦闘だ。

 城を利用しての防衛と想定した帝国軍は足元から一つずつ壊していくように守りと上の警戒を高めてゆっくり進む。後ろでは魔術師が攻撃魔術を準備する他索敵の魔術で下を警戒している。


「じゃ、出るぞ」

 城の麓の陰や岩陰の裏に潜んでいたシオンたちも動き出す。

「いざや、殺し合い。どうなることやら。楽しんでいこう」

「先行します。即刻、主に道を開けなさい」

 メネアの力の前に先頭で盾を組んでいた騎士らが転倒させられる。

 凄まじいに尽きる。

 一人一人が物も言わずまるで特攻のように突っ込んできた。

 殺した相手の首級も誇らず、一途に本陣を目指す様子は、気が触れた集団としか見えなかった。


 戦争は敵の首を多く挙げ、大将首を挙げることによって相応の土地や金額、名誉を与えられる。

 それらを誰にも奪わせないために挙げた首を誇り、勝鬨を上げる。

 彼らの常識では考えられない戦いぶりだった。

 帝国人の絶滅を望んでいるかのように見える程。


「第一陣騎士部隊突破されました。敵はダークエルフを先頭に続いてきております」

「ええい。何故気づけなかった。無能共が。敵はまたも子供だろう。戦争というのを教えてやれ!」


「准将様。ここで魔術での絨毯爆撃を行いましょう」

 馬に乗る貴族の指揮官の横で作戦を進めようとする取り巻き。

 その取り巻きに伝令の兵士が待ったをかける。

「それでは今も先頭で闘っている者たちが巻き添えになってしまいます!」

「うるさいぞ、無能。お前たちなど我々の道具になって然るべきなのだ」

「そうだな。お前の意見を採用しよう。魔術の準備をさせろ」

「しかし!」

「それともお前は自分たちの無能を棚に上げて別の策でもあるのか?」


 シオン側の兵たちはメネアの訓練を受けているのでそこらの兵士に見つかるような隠密はしない。生物は一様に魔力を持っていることから対生物になら最適の魔術による索敵の対策も済ませている。

 けれど、襲撃に気づけなかったのは事実であるため伝令は黙った。

 そして、決定が下され、帝国側から味方を度外視した魔術の雨が降る。


「はっはっは。走れ! 当たりたくなければあれらよりも速く走れ!」

「積み重ねてきた鍛錬は裏切らない。死ぬ気で走ればどうにでもなります」

 ゼノビアは城から偉そうにしてる者を部隊長だと予想して撃ち抜く。

 今回から本格的に銃器を使用。

 ただし、相手が通常の歩兵や騎乗兵の時のみとしている。効かない相手にまで手の内をひけらかすことはしなくていい。


「シオン様、地竜です」

「ゴーレム部隊、三機一組で確実に相手しろ」

「私も残させてもらいますよ」

 頭上に振る魔術の雨を通り過ぎながらライドウ、ゴーレム隊は突進する地竜に接敵する。地竜諸共だった魔術たちはゼノビアの援護に阻まれた。


 ゼノビアはいつも通りの狙撃だが、その隣で武芸百般の固有スキルを発動させている摩耶は違った。

 手には弓が握られている。

 名をミストルティン。

 シオンから貸し出された世界樹製の弓だ。武具そのものに【標的爆散】という固有スキルが付けられている滅多に見られない代物だ。

 固有のみならず通常スキルも幾つか入っている。ステータスにも恩恵が与えられ、全数値が+10000される。


「うぅぅぅ。この弓危ない。使いたくないけど……。あ、胃が急に苦しく……」

 対象を魔術として弦を弾けば、魔術が爆散されてその周囲を飛んでいた魔術も一緒に爆裂させた。

 シオンも以前使い、盗賊やらトロールやらを爆殺していたものだ。


「ふはは。こんなこと、しようと思ったことも無いな!」

 戦場に高揚したライドウが地竜の進路上に立ちふさがり、両手を広げる。

「そんな無茶苦茶な」

 見ていた一般メイドがこれから予想される出来事に呆れる。

 ゴーレムも近くですぐ対応できるように少し距離を取って見守る。

 ゴーレムの先頭に立つライドウの目の先向こうには闘牛のようにいきり立つ地竜の姿。

 そこいらの城壁を突進だけで軽々と貫通させるだろう。全身がゴツゴツとした岩の鎧で覆われ、巨体を支える両足も屈強なものだ。

 地鳴りと衝撃が襲い掛かる。ライドウと地竜が衝突したのだ。


「ぐっ……!」

 その身に衝撃を受けた地竜は耐え、自分の突進の勢いが止められたその原因の姿を目に焼き付ける。

 そこには到底自分たち竜種に敵うはずもない人種。いくら獣人種だからといっても限度がある。

 人の身で竜をどうにかできるわけがない。

 そう思っていた。


「止めた。止めたぞ!」

 その目は自分の力を確信する狂気染みた強い眼。狩る側になった獣人に受け止められた地竜は恐怖が宿り、寒気が過る。

「ば、馬鹿な……。竜だぞ。地竜の一撃を食い止めたのか……」

 必死に距離を取ろうと身体を捻らせて暴れる。


「止まれ」

 勢いを失った地竜を片手で抑え付けてもう片方の腕を上げ、顔に叩き込まれた拳に地竜が呻く。

 手を離し、ライドウが一歩近づけば地竜が一歩下がる。


「ほ、咆哮だ。ひと時でも硬直させればなんてことはない」

 脆弱な人種の命令を煩わしく思いながらも首輪の効果があって咆哮を全体に響かせる。

 地竜もわかっていた。この獣人は自分よりも上なのだと。強者に弱者の遠吠えなぞ意味がないと。


「効いていないのか……。今度はブレスを放て!」

「それは流石に他が迷惑になる。止めさせてもらおうか」

 竜息は直線に広範囲の技だ。一対一の状況を作ってもらっておいて迷惑はかけられない。

 魔符に封じ込められていた大剣を取り出す。

 便利なものを作ったものだ。あの方の下に就けたことで一生の運は使い切ったような気がする。

 両手に持ち、力を振り絞り、繰り返し斬撃を行う。

 地竜と竜騎兵の姿は見るも無残にバラバラにされていた。


「実践でようやく力のコントロールが出来るようになったか。私もまだまだのようだ。精進せねば」

 後ろでこれからうちの領地で飼われることになるであろう制圧済みの地竜を引きずって持ち帰っているゴーレムたちを見たらそう思う。

 地竜の岩のような肌の所々に焼跡がある。戦闘中に聞こえていた爆発音はゴーレムの手に仕込まれている魔符だったか。

 そして、人相手なら口や腕の仕込みから毒針を射出。きっちり制圧されている。


「各自で好き勝手に暴れている感じか。私ももう少し遊ばせてもらおう」

 ライドウは一言ゴーレムに言ってからゴーレム隊から離脱する。


 魔術師を守っていた第一陣の騎士たちの所ではウルが闘っている。

「くそっ、見えな……」

「首を一撃……。どこだ? どこだ! 敵はどこにいる!」

「姿を見せないとは卑怯だぞ。堂々とたたか――ゲハッ」

 先の闘いと同様、いや、今回はより鮮烈に自由にやっている気がする。


 翻弄される騎士たちを壁の上で日を背に睥睨する。獲物を決めたら集団の中に飛び込む。

 ウルがやっているのは簡単。

 地魔術の魔符を使って壁を無作為に無数に建てて壁から壁に飛び移り、壁からできた影に潜り込んだりで常に意表を突くように攪乱している。

 その間も騎士たちに傷を作り、ヒット&アウェイを繰り返している。

 そのまた先にではシオンとメネアが魔術師を守る騎士の群に割って入っていた。


「良い。混沌としている」

 隠れているかもしれない強者を探す意味を兼ねて雑兵をシオンが殺していく。

 人が懸命に生きようとし、そのために敵を殺そうと躍起になる。

 そして、それを互いに強要し合う。

 なんて素晴らしい。

 今この時こそ彼らは生きている実感を得ていることだろう。


 多勢相手には一々剣で倒していくのは時間がかかりすぎる。

 シオンから一定距離までの範囲内に魔力が放出される。

 高濃度の魔力に慣れていない者では耐えきれないほどに。


 魔術に幾らか素養があるなら耐えられるようには調整している。

 しかし、大量の魔力を浴びるということ自体が無縁な騎士も魔術師も等しく…。

 行く先々で色の無い魔力が吹き荒れる。ここら一帯の魔力濃度が高められ、とても人が人らしく動ける環境では無くなっていく。

 国から離れられない騎士ならいざ知らず、こういう経験は冒険者ならではだろう。

 だから、魔力を大量放出する一手は騎士によく効く。


 手を動かさずともシオンがそこにいるだけで効果範囲内ではシオンの魔力に抵抗できない雑兵は死んでいく。

 それでも腕に覚えのあるのか数名は根気強く勇敢に立ち向かった。


 「これ以上の横暴が許されてなるものか」

 帝国軍に入ったばかりだが、その実力から昇格も近いと噂される程だった。

 この戦争で戦功を得て、将来には取り立てられるよう箔をつけるために上官に良い位置に配置してもらった。

 竜騎兵は落ちて魔術で味方も減っていっている。

 こんなの思い描いていた戦争じゃない。

 この戦争で戦功を得て、将来には取り立てられるよう箔をつけるために上官に良い位置に配置してもらった。

 俺の物語はここから始まっていくんだ!


 誰だって夢に溺れたい。主人公でいたい。

 そんなとき、目の前に化け物が現れた。

 自分ならもしかしたら、と希望を思っていたかもしれない。

 輝かしい未来がここから始まるものと。


 尽く死んでいく仲間たちを背に最早逃げることも叶わないと見做して、諦めから剣を構えていたのだと全てを知っていたなら気づけたかもしれない。

「やぁぁ!」

 高らかに咆え、勇気を持って挑みかかる。


 咆哮に反応して化け物の視線が向き、見据えられるも次の瞬間にはもう目線を外していた。

 シオンにとってそれが彼の評価。


「戦争は地獄と良く例えられるな。だから、少しは地獄らしくしてみようか」

 激痛が走った。透明な何かは炎に置き換えられた。

 死に際に目に映る化け物から悟る。

 化け物は帝国兵の死体(ゴミ)を消すために炎を纏っていたのだと。


 こんなものだったのか。自分などそこらに転がる死体と変わらなかった。

 何のためにこれまでの自分があったのか。

 逃げればよかったと後悔と共に流れる無力を嘆く涙も燃える。


 仲間を燃やしていくシオンを見た兵士が次々方向転換して逃げる。後ろがつっかえ暴動のようなものになり、逃げ遅れた者から焼かれる。

 これでも別に弱者を蹂躙することに何の高揚感もない。

 この魔術自体は周囲に多少の炎のダメージを与えるもの。抵抗しようとすれば数秒は耐えられるように調整している。

 本来絶望を与えたりする魔術ではないのだ。

 有利に整えるエリア効果の魔術。

 雑魚に対してはただの処理。


 なのに、帝国を失意の底に落としているのはそんなちんけな術だった。

 ついでに諦めかけたシオンが絨毯爆撃を阻止しようと魔術師に迫った折り、隊列ももう無く敵に背を向けてバラバラとなった兵士たちの中から一人出てくる。


「お前が英雄というやつか」

 応えは無い。

 その代わりに殺しそびれがあったのか後ろから銃弾が飛んで来る。


「これか」

 正面の英雄でも後ろの死体でもない三方向目からの本物の銃弾を一歩反らすのみで回避する。

「避けるか、あれを」

「なるほど。こいつは囮か。面白い」

 最初に顔を出した者の服装は英雄と誤認させるためのもののようだ。

 幻術と組み合わせてよく作戦を取っている。

 正面から偽装兵、右から幻の銃弾、死角であろう左後ろから自分も銃弾も姿を消した一発。


「……?」

 英雄は俺を見て首をかしげる。

「僕は人を醜いものと考えている」

「そうか」

「その理由は僕には他人の心の内を読み解く力があってね。けど、君の中は視れない」

 スキルではなく力と言ったか。魔術でもない様子だな。


「幻術もその力の一端と」

「正解です。それももう遅いですがね」

 シオンは剣を英雄に投擲し、貫通する。しかし、英雄は塵となって消えた。

「手応えがないでしょう。あなたは僕の術中にあります。始まって早々ですが、これで勝負ありのようですね」


「おい、動かなくなったぞ」

 英雄の側に控える兵士がシオンの変化に警戒する。

「彼は僕の術に嵌りました」

 目は閉じられ、身体も動かない。

「よし! 後は私がやる」

 馬上から降りた指揮官は何も手柄ばかりを考えているのではなかった。死んでいった部下たちの仇を思っての行動ゆえに英雄も心の内では不満はあっても一歩下がる。


「手は出すなよ! そして、喰らえ! これが部下たちの痛みだ!」

 シオンに刃が届く瞬間、やはりシオンに傷はつけられない。

 さながら針鼠の風体で身体から無数の剣を発生させて突貫した指揮官をボロボロにする。


 幻術など意にも介さず眼を開く。

「これでお前も部下たちに再会できるな。感謝してもいいぞ」

 シオンは剣を戻し、無手になる。


 指揮官の死亡に焦った兵士たちからシオンに飛び出し、斬り伏されていく。

「動いている。幻術が甘かったのか? いや、ちゃんとかけた」

 不用意な接近は危険か。幻術だけが僕の能力じゃない。とっておきも使う準備だ。

 兵士たちを相手にして背中を向けているシオンに剣を持ち出し、強化魔術も使う。


「【老王の魔眼(ゲーラスエリュトロン):過重】」

 眼の力の一つである過重で重圧をかけて動きに制限を掛ける。

「やっぱり魔眼だったな。読心、過重とくれば緋色か」

「?! ……分かっていても僕が君を倒す」

 シオンの剣も英雄の剣も互いに躱す。


「なるほど。読心での先読みか」

「加えて幻術もですね」

「親切なことだ」

「ふっ、初めて言われた。そんな(くだらない)こと」

 心を覗ける相手に俺の行動を教え、それに付いてくる英雄。

 静止からの瞬間急加速で鍔迫り合いになってもシオンに引けを取っていない。


「良いぞ。もっとだ」

 シオンは剣を上へ弾き、空いた胴に前蹴りを入れる。

 テンションの上がるシオンは読心の効果を抵抗(レジスト)せずにわざわざ視せていた次の行動を教えることを忘れて蹴とばした英雄に接近する。


 ただの前蹴りが重い。

 転がりながらも受け身を取り、立て直す。

 しかし、一回蹴られただけの英雄の呼吸は乏しくなり、もう身体を動かせそうにもない様子。

 走るのをやめて中腰の英雄を見下ろす。

「なんだよ。面白味のない。始めは良かったのだがな」

「ぐっ。ここで君だけは止める!」

 作戦を果たすために英雄はシオンの足止めのために他を忘れる。


 短くも長く感じさせる見つめ合いが終わり、動いたのは英雄。

「◆◆ ◆【火魔術 追炎鳥】」

 追尾型の火魔術を空に撃ちだされる。弧を描いて当てるつもりのようだ。

 強化魔術を再度自分にかけてシオンに走る。

 後のことを考えないようにして魔力を使う。ジャンプして上段から両手で振り絞った剣はガードされるが、シオンは剣が重く反撃に移れない。


「過重!」

 英雄の狙った視点に重力が圧し掛かる。それは自分とシオンのいる一帯にしたものだ。狙ったのは視界いっぱいの空間全体。

 英雄の意識で操作されている追炎鳥が英雄の重力圏に入り、影響を受けて落ちる速度が増す。


「させるかっ」

 一瞬の攻防に未だ剣をシオンに押し込み、空中に滞在する英雄は読心にも魔力を使い、次の行動をしようとしたシオンの片手を蹴り上げる。

 バランスを崩し、後ろへ落ちつつももう片方の足でシオンを蹴る。

 けれど、今度はしっかり腕で防御される。


 英雄の身体が頭から落ちると同時に自分で塞がれていたルートを通って追炎鳥がシオンに迫る。

 炎の鳥を引き付けた頃合いに、後ろへステップして回避される。


 これも想定! まだ僕の攻撃は終わらない!

「とっておきだ。炎焼!」

 過重と同じく英雄の狙う視点で空間が燃え上がる。

 身体もステップで浮き、ノーガードとなったシオンに炎が浴びせかかったところで英雄は両手をバネのように使って受け身を取る。

 魔力を大量に消耗した。眼には痛みが走る。今は肩で息をしている。

「ふぅ。これで倒せた……かな」

 完全に英雄の魔力が尽きるとシオンに纏う炎も消える。


「中々よかったんじゃないか?」

「はは」

 後ろから燃えていたはずのシオンの声が。

 呼吸を何とか整え、あり得ないと思っていながら声に反応して剣を後ろへ振るう。


「おっと」

 声の正体は相手にしていたシオンと同じもの。

「なんだ」

 もう自分に闘う気力は無い。魔力も体力も底を突きかけている。

 自分の眼から逃れた方法を問う。

「? ああ、分身だ。善戦していたな。決死の攻撃の数々。俺の求めていた者でもある」

 英雄はシオンから目が離せない。事態に頭が対応できないでいる。


「なぁ、帝国での暮らしは楽しいか?」

「僕を帝国から鞍替えさせたいということですか、その問いは?」

 英雄は遠回しな言葉を望まないらしい。


「その通りだな。言い直そう。こちらに来ないか? 給金や生活は帝国以上を保証するぞ」

「それは自分でなんともできる。僕が望んでいるのは違うこと」

「お前が手に入るのだ。大抵のことは約束できるが」

「じゃあ聞くが、僕がお前の場所に行っても大丈夫なのか?」

「眼のことだな」

 英雄は頷く。


 彼の緋眼で最もスキルレベルが高いのは読心の効果。これが及ぼす日常生活や人の輪への影響は緋眼保有者には良くある話だ。

 戦場に使われる彼はまだ良く、権力者に眼を奪われたり在らぬ罪の魔女裁判で火炙りにかけられることもざらにある。戦場に強制的に出して際限なく眼を使わせて潰すことだってある。

 眼について知っているということと領地のことを話す。


「では、来るか?」

「いや、それでもできない」

「帝国からの報復。裏切り者と詰られ口封じされることを恐れているのか?」

「違うね。僕が帝国でどんな扱いをされようと、あそこは(魔眼保有者)を受け入れてくれた両親がいる場所で僕が育った場所なんだ」

「だから、離れられないと?」

 再度英雄は頷く。


「残念だ」

「力づくで連れていきます? 出来るでしょ」

「それではつまらないではないか。どうせ手に入れても今の五割も力を発揮しないだろう?」

「無理矢理になったらそうかもですね」

 それでは引き込む意味がない。


「愛されているな、帝国は」

 例え、彼の思いが帝国にあれど帝国から返されるものは無い。

 そう理解していながら親を愛し、生まれ育った土地を愛している。

 また、そんな彼の両親を作った帝国を愛されていると評さず何とする。


「それだけの思いがあるなら諦めよう。全くこんな兵を持っているとは。羨ましいことだ」

「ありがとうございます」

 今まで抑えてきたものは決壊したのだろう。英雄の魔眼から涙が零れる。


「俺にはわからんことだ」












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