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百三十二話 集団と英雄

 人は醜い。

 そう思うようになったのはいつからだろう。


 例えば、これは僕が視たことのある一つだ。その人は路地裏でゴミのように転がっていた。子供の興味本位だった。その人の心からその人の歴史を読み取ってしまった。

 ある人物が良く思わない人物の噂を吹聴した。

 その噂の内容は、良くないものだ。そして、真実なのか定かではなく本人たちにしかわからない。噂の人物の中では偽りだったとしか。

 そして、吹聴した正体は犯罪者だった。

 噂は徐々に広まり、多くの人の耳に届くこととなる。

 すると、その多くの人は関係のなかった噂の人物を憎むようになった。

 やがて、噂は事実になった。

 噂の人物が否定しても変わりようがない程のものになっていた。

 多くの人が噂を信じたことで世間は噂を事実として塗り替えたのだ。


 何故疑わない。何故真実を見つけようとしない。噂を流したある人物というものをどうして信じられる。

 それはそう信じることで噂の人物を自分が傷つくことなく攻撃できるからなのかもしれない。

 それはもう事実と扱われているものを手に入れたからなのかもしれない。

 それは楽だから、都合がいいからなのだろうか。


 僕は人を醜いと思う。

 どうしてそんなにも他人を傷つけられる。

 どうしてそんなにも他人を慮れない。


 でも、それが人だ。

 こういう風になってしまったんだ。

 噂だけじゃない。僕はこんなものをたくさん実際に視てきたのだ。

 放っておけばいいのに、考えないようにすればいいのに。

 僕はそれができないような性格だったらしい。

 それゆえに決めたんだ。


 僕も人だ。僕自身もきっと他人から見れば醜いのだろう。

 だから、僕も人のように勝手な思い込みで人を憎む。


 ……神さまがいるならどうして人なんかを創ったのか聞いてみたいよ……。



 ・・・



 帝国側本陣。

 撤退した英雄と逃げ帰ってきた鬼に怯える兵士。

「どうした、何を見たんだ!」

「っ! う、うわぁぁぁ」

壁の側で縮こまっている同僚の肩を揺さぶっても答える様子は無い。

その同僚は忘れたいと思っていた情景が鮮麗に頭に流れる。

「お、……に。と剣が…」

 戦場を呼び覚まし、恐怖を繰り返す同僚。


「戦場には何がいたのだ」

 少しずつ少しずつ恐怖は伝播する。持ち帰った情報から同僚の異様な慄きや居様に不信感を覚え、自身にも何かが募る。

 その様子を傍らから見て、英雄と呼ばれる少年――レオンは密かに笑う。


 人は噂を広げ、踊らされ、時に敢えて悪く捉え、他者をこよなく嫌う。

 それが人の特性。

 帝国の土地を愛していても人に不満が無い訳ではない。

 そのしてきた側の手前勝手な人種がこうして苦しむ様は彼には愉快なことなのだ。

 人々が、第三者と思っていたお前たちが苦しめられる側に回るのはどんな気分なんだろうか。


「そんなに揺すっちゃダメだよ。彼はそっとしておこう」

心配する兵士をもう一人の英雄が落ち着かせている。

「はい。すみません」

「でも、一つだけ俺から君に言うことがあるかな。君が戻ってきたことで味方は倒れるんだ。帰ってくるんじゃなくて戦うべきだったと俺は思うな」

 心配したような行動を取っている割には厳しいような言葉だった。


 急襲が失敗、竜騎兵団長死亡の報を受けて参謀司令部慌てる。

「何故あれだけの兵力で城を崩せん!」

 ワイバーン400匹に騎乗した竜騎士。うち4匹は入念に育て上げたA+ランク相当のワイバーン。国を相手にしたって互角かそれ以上だ。

 加えて、当初では、

「アレも出そう。いくらSランクが居たとてあの兵器は想定外だろう。何しろこの世界には無かったものだからな。隊の者に持たせていけ。いいか、奪われるようなことがあってはならん。今度こそ敵をすべて殺してこい。ここから時代が変わるのだ!」

 と、意気込んでいた。剣と魔術世界にそれだけの衝撃を帝国では与えていた物だった。


 なのに、――

「此度の戦、勝ち戦ではなかったのか!」

「何故、敵が銃を持っている!? あれは帝国軍部の秘中の秘であったのだぞ!」

「まさか、帝国に王国と内通してい……」

 参謀司令部とは名ばかりの帝国貴族たち。

 今回の戦の将には、絶望的な報告が多数寄せられていた。


 状況は既に絶望的で今回の侵攻作戦の失敗は明らかであった。付け加えるのなら、失敗どころか敵は猛進してくる。

 それ以上にこの場から生きて撤退出来るかどうかも定かではない。状況はそこまで差し迫ったものとなっていたのである。

 絶望的な未来をループする頭を必死に正常に戻そうとしては何度も失敗し、この絶望的な戦況を眺めて挙げられてきた情報をかき集め、希望を得られるような作戦を模索する。


「もう撤退するべきなのでは」

 呟く兵士を司令部の貴族は殴り飛ばした。

「撤退だと?! ふざけたことを抜かすな。帝国の軍隊が王国の学生如きに撤退を選ばされたと嘲笑の渦になるつもりか!」


 プライドばかりのこれらとは違って将軍は彼を罵ろうともしないが、彼を擁護しようともしない。

 その選択はもう無いのだ。

 もう今更引き返せはしない。

 こんな状態で逃げ帰っても、国元から借りてきた重要な竜騎兵団をただで失ったと知れれば私たちに明日はない。

 せめて敵の大将でも討ち取らねば……。


 状況は急速に動き始いている。

 戦場に現れた恐怖を体現する存在。

 圧倒的な勢いを持ち、兵士たちを蹂躙する。

 比較してもこちらの十分の一にも満たない部隊に一方的に兵士がやられていく。

 その戦いぶりもまた苛烈であった。

 希望を見出すべく攻撃の届かない後方で仕組む儀式魔術さえどこからか無効化される始末。


「奴らの攻撃は宮廷魔術師の大魔術などではなく、剣やただの魔術だ。それなのに何故圧される!?」

 まだ大規模魔術が放たれたのならこの多大な被害も理解できる。それを可能にするものだから。

 けれど、悪魔共は何もしていないではないか!

 こうしている間にも味方が殺されていく。

 挽回の目途が立たず、自暴自棄になろうとする考えを捨てた所で期待できる戦力が来た。



 ・・・



 レオンは峡谷の入り口前に設立された参謀部に足を運ぶ。峡谷手前にある王国の砦から奪った物資を広げ、陣地を作っている。

 あの戦場を見て撤退を選んだレオンは参謀本部に詰めており、上官からありがたいお言葉をもらっていた。

「何故逃げ帰ってきた!」

「死なないためです」

 別に生に執着はないが、その他を巻き込むのは違う。僕の意思で少を助けて大を失うのは傲慢だ。たとえ陰口を叩かれようとも目の前で見殺しにするのは気分が悪い。


「敵に背を向けるは帝国の恥だぞ! 貴様、それでも英雄なのか!」

「そうだ! お前の自分勝手な行動が全体を乱したのだ。その時戦っていた仲間たちをお前は捨てたのだ!」

 別に英雄なんて僕は自ら名乗ったことも無い。

 僕が普通に暮らしていたのを強制的に徴兵したんじゃないか。それで帝国の誇りを持つなんて不可能だよ。あんたらが考えていることを僕に強要しないでほしい。

 ただ生まれてから住んでいたのが帝国だっただけなんだし。

 でも、反論したら余計に長引くし面倒だから聞き流す。

 こういうのは自分が上だというマウントを取りたいのだろう。それが貴族として民を導いていると思っていての行動なのだから。

 あぁ、すべてがどうでもいいように感じる。


「まぁま、皆さん。そう怒らずに。彼だって反省していますよ。今度からは仲間は救っていこうな」

 彼は僕に笑顔でウインクしてくれる。僕への集中砲火を庇ってくれた。

「皆さんも不安でしょう。でも、ここには俺がいる。安心してくれ!」

 リュース。彼は僕とは違って英雄と呼ばれることを自他共に認めている。

 ここ数十年、類を見ない精霊の所持者。人の心を読む僕とは正反対に皆から望まれる英雄。

 帝国貴族からも仲間からも好かれているが、どうも僕は不安を感じる。言葉は間違っていないはずなのに、嫌悪感が僕のうちに湧く。


 逃げてきた兵士が見た戦場で起こっていた情報を伝えて参謀本部から出て、ため息を吐く。

 貴族も怯える兵士の話の内容も僕には疲れる。

 今頃帝都の貴族たちはまだ勝っても無いのに勝利を確信してパーティを開いている。

 だが、彼らが団として最も優秀だった竜騎兵団の大半、しかもその団長まだ討ち死にしたと知ったらどうなるだろう。

 浮かれる気持ちもわからないではない。僕も少々竜騎兵が先陣を務めることで前線の状態を期待していた。


 竜騎兵団はSランク冒険者程ではないが、B~C、中にはAも。その精鋭騎士たちが何年もかけて竜と対話し、騎乗して闘う。ワイバーンと人の組み合わせで団長らはSランクに届いているとまで言われ、帝国最強の兵団と呼ばれていた。


 多くの者が期待をしていた最強の兵団が敵に大きな傷を与えることも無くただ散っていった。

 竜騎兵は大部分の400を失った。歩兵も騎兵も1000ずつ地竜も500居なくなった。かなり痛い状況だ。

 残る兵は竜騎兵100、歩兵4000、馬3000、地竜2000、英雄2。それでも勝つ要因はまだまだある。ワイバーンに乗ることでAやSランクに届いた竜騎兵たちとは違って僕たち英雄は単独でSランクに並ぶと言われていた。


 けれど今後の中の未だ勝利を疑わない帝国貴族共の作戦に不安を憶える。

「それよりもさぁ、リュースと私たちが行ってきちゃった方が兵士の人たちも死ななくていいし、いいんじゃない?」

 突然リュースの仲間である女が名案とばかりに口にする。


「論外。敵の情報は圧倒的驚異が二人ということだけ。他が集めきれずにまだ正確な所までは未知数。そんな中に帝国の切り札は投入しない方が身のためだ」

「そういってあんた(レオン)はただ怖いだけなんじゃないの?」

 くすくすと笑うリュースの女二人。

 他の帝国貴族はそんな彼女たちに乗り、リュースを押して僕を非難する。

 彼らは戦場で傷つきたくないのだ。ただ戦場に出てその戦争が勝ったという名目があればそれでいい。そのためなら部下たちが死のうが一切戸惑わない。


「こらこら。喧嘩はやめやめ。俺は皆が笑顔になって欲しいだけなんだ。これで喧嘩両成敗さ」

 止めに入ったリュースは何故か僕の頭だけを剣の鍔で叩く。

 その前に行った彼の言葉。僕はただ意見を言っただけのはずだ。にもかかわらず彼は僕を責めた。


「ちょっと待って欲しい。僕はただ――」

「うんうん。わかるよ。でも、今は皆の意見を聞こう。我儘は良くないぞ。それに最初から無理って言うのは良くないんじゃないかな。やれることからやっていこうよ」

 そうして話はレオンの我儘を聞きつつもリュースがまとめる形になり、次の作戦は決まった。

 作戦の内容は魔術で絨毯爆撃。

 前に騎士や亜竜を配備。後衛から魔術師の一斉射撃で先制を取る。

 敵は修羅と呼ばれる少女やSランクに選ばれた少年のエースを起点で組まれている。

 司令部はその二人を倒してしまえば後は雑兵と考えた。竜騎兵団もその二人がやったものと話が進んでいた。

 実際に竜騎兵の一騎を少年が地面に叩きつけているのをこの魔眼で視れた。


 けれど、僕にはもっと別に何かがある気がしてならないが、その二人の印象がとても強かったためにそう判断された。

 そして、その二人に共通して剣や拳の近接で闘っていたということ。

 そこから作戦は編まれ、遠距離からの爆撃になった。

 備えとして僕とリュースの英雄二人がそれぞれ隊を持ち、敵のエース二人が突出してきた場合に抑える、または、倒す役目を持った。

「ふん。そんな子供、リュース様の敵じゃないわ!」

「そうですね。誰でもお調子に乗ることはありますが現実を見せて上げるのも優しさですから」

 この二人はリュースのパーティに所属している。

 こういうのはどこにでもいるみたいだ。帝都外に遠征に行った時も勇者を名乗る子供がこんな感じの三人の少女を連れまわしていたのを見たことがある。


 英雄と呼ばれる彼もあの子供のようなものなのだろうか。

 違う所があるとすれば女を囲う自称勇者君とは異なり、彼は鈍感で人を惹き付けるところと口だけの正義じゃないってところじゃないか?

 でも、彼は直情で正義に生き過ぎていることに不安なところがある。


「そうだね。現実は酷だからな。相手が子供でもちゃんと戦わないと失礼になる。可哀そうだけどしっかり殺してあげないとね。そうすればきっとその子もわかってくれる。人は皆分かり合えるんだから」

 (レベル)が同列か近いのか、どう思ってるのかこの眼でも視えない。

 でも、彼女たちを言い含めるものと思っていた。


「君は不安かい? 大丈夫、僕たちは力がある。非力な君の力でも俺の役には立つし、人は殺せるさ。一緒に頑張ろうぜ」

 言葉の端々に感じられる上から目線とでも言えばいいのか、弱者側の気持ちをわかっていないようなフォロー。


「大丈夫。俺は君の活躍を遠くから応援してるよ。俺の分まで前線で頑張ってくれ」

 彼女たちの気持ちにも鈍感な彼のことだ。他人の些細な気持ちにもただ鈍感なんだろう。

 ウルが帝国軍の逃げた兵士の一人の影に潜んだことで作戦の内容はわかった。

 帝国軍に夜襲の気は無さそうだ。今はワインを片手に戦争後のことを話しているそうだ。


 こちらの取る行動は二つほどぱっと思いつくが悩む。

 一つは前線に迎え撃って接近戦に持ち込む。これをやる方は面白い。感覚がひり付く。

 もう一つは城に籠って魔術や狙撃を浴びせ続ける。敵はこちらの陣営に味方の死体と瓦礫の障害物が落ちまくっている地面を歩かなければならなく、高所からの遠距離攻撃を帝国魔術師たちの魔術の射程距離になるまで前衛はずっと耐える。

 こっちは勝利は固く統率者としては正しい選択なのかもしれないが、つまらない。

 つまり、明日やるのは突貫。作戦なんて呼べるものでも無いただの暴力。

 参加者は新兵である領民と警備隊を除いたメネアから指導を受けた十分に戦闘能力のあるメイドたちとシオンら。

 これらを全体に通達する。

 新兵はこの作戦を無茶なものと驚いているのだが、摩耶たち使用人連中はもうこの振り回され方も慣れたものだ。


 前哨戦はここまで。強者共(つわものども)よ、俺を楽しませてくれよ。












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