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百三十一話 戦争のような実習

「あれが王国の切り札かな。彼はどうなんだろう」

 遠目からシオンを視る者が一人。

「英雄殿、前線から救援要請の通信が魔道具に来ました」

「却下。手柄を立てようとしたんだから最後まで張り切ってどうぞ、とお伝えください。あと僕は勝手に徴兵された平民です。英雄ではありません」

「しかしっ、彼らは貴重な竜騎兵の部隊ですよ」

「そんなこと知りません。精鋭なんですよね。僕たちは本陣に戻ります。僕の考えは退いて立て直しです」

 命令する権利も無いからただ僕の考えを伝える。


「前線の今戦っているあいつらを見捨てろと言うのですか!」

「違います。彼らは死に急いだ人たちです。勝手な解釈はやめてください。だから、僕は人が嫌いなんですよ」


 救いたいと思うなら行けば良い。彼らは僕を起点としているけど、僕の隊でもない。止めるつもりもない。それでも行かない理由は自分が死にたくないから。誰かの命令の所為にしたいから。僕の力を目当てにここに居るのもその証拠。

 所詮彼の言葉は責任を僕に擦り付けて自分の正義とやらを全うして自己満足を得たいだけのもの。

 やっぱり人は醜い。


 英雄と呼ばれるようになった彼の持つ力は、魔眼。

 老王の緋眼(ゲーラスエリュトロン)と名付けられている緋色の眼だ。

 その眼には相手の心の内が視えてしまう。

 一種類の力しか持たない疑似魔眼などとは違ってその他にも能力はあるが、際立っているのが魔眼に付属されている【スキル 読心】であった。

 嫉妬、私欲、欺瞞、見栄、偏向。

 言葉で隠していても視えてしまう悍ましい声たち。

 レオンは隊を戻し、もう一人の英雄が陣を張っている御守りの本陣に退いていく。英雄たちの錘でもあることに心の中でほくそ笑む。


「空は気にしないでいいからね」

 ゼノビアの狙撃とシオンの攻撃で与えた混乱で竜騎兵は数を圧倒的に減らし、今はメネアがベルセリオンに乗って対応している。


「ちっ、数が大分減らされたな。だが、何故向こうに銃器が…」

「まだまだ行けますよ、あれぐらい。団長と私たちさえいれば十分に逆転は可能です」

「ここで敵側にも大きな傷跡残してもらうぞ! 放て!」

 団長が声高々にワイバーンの竜息(ブレス)の合図を叫ぶ。許しを得たワイバーンの口が輝き出す。放たれる光の集束砲は城上段のすべてを飲み込まんと進撃する。


「団長たちに続け!」

 後方に控えていた竜騎兵たちも各々でブレス攻撃を開始する。

 放射と共に鳴る竜の轟音は地上にいる王国の兵士に絶望を与える。


「その程度じゃここは突破できませんよ」

 光と轟音に包まれた峡谷から視界が晴れ、大地そのものが揺れる。

 真っ先に確認される城の損傷は見えず、あるのは城とワイバーンの間に立ち、拳を振り下ろしていたダークエルフ。


「ば、馬鹿な! 最強の種である竜の一斉放射だぞ!? いや、あり得ない。あり得るはずがない」

 拳一つで竜族最大の一撃が振り払われた。

 目の前の状況から考えられるのは、あまりに飛躍しすぎて入るが、あのダークエルフが何らかのスキルか魔道具で成竜であるワイバーン四騎のブレスをたった一人で防いだということのみ。


「我々が相手しているのは人なのか?」

「貴様、一体何の魔道具を使用したというのだ。貴様は何者だ!」

 それに応える者などいないだろうが、あまりに現実を直視できない乗り手の一人が聞く。


「無知な貴方に慈悲を与えましょう。きっと主様もそうなさることでしょう。私は偉大なる御方に仕えるメイドです。ただ前半の質問はよくわかりません。私がしたのはこの拳のみです。スキルも魔道具も魔術も何一つとして頼ってはいませんでしたよ」

 不思議そうにメネアは笑顔でそう返すけれど竜騎兵の心は晴れるどころか恐怖で暗雲が渦巻く。


「では、そろそろ主様を見下ろすこの翼は邪魔ですから排除しますね」

 不意に視線が下がる。油断していたわけじゃない。むしろ、少女の言葉から警戒は高まっていた。

「これは素材になります。有効活用させてもらいますのでご安心を」

 どこまでも丁寧な対応。メイドであり武人の彼女の価値観は敵にも敬意を払う。主へ自分の恥を見せるようなことが無ければ。

 メネアの手には二対四種のワイバーンの翼が握られ、飛んでいたワイバーンの翼にはすでにもう無くなっている。


「ワイバーンを下敷きにして受け身を取れ!」

 地面に不時着するも団長の指示のおかげで軽傷で済む。

「団長、無事ですか?」

「ごふっ」

 着地目掛けてメネアは急接近していた。それを感じ取った竜騎兵団長が剣を抜き、対処する。

 しかし、メネアによって剣を振るう前の両手を掴まれ、身体を引き入れさせられて腹に膝蹴りを喰らう。

 あまりの痛みと衝撃に口から唾液が零れ、身体の力が抜ける。


 攻撃は止まらず、両手を掴んだまま持ち上げ、痛みで下がった頭へ下から蹴りあげる。防御できるはずもなく、再度ダウンする団長の頬に今度は拳で吹き飛ばす。

 娘ほどのこの少女に私たちは翻弄されていた。

 獣人の素早さどころの話ではない。竜の感知能力をも置き去りにし、翼を捥ぎ取り、刹那の間に大隊長は無力化されたのだ。


 副団長の名を呼んでも応答がない。

「摩耶、あとはあなたたちでも対処できます。やってみなさい」

「はーい」

 私たちは何と戦っているんだ。


 地上はメネアの代わりにゴーレムがライドウと共に殲滅しにかかる。

 摩耶は抜けてきた敵を新兵に相手させて経験の向上を促す。

 陣形を組み、補助に私がついて安全な殺し。


「うはぁ、盛り上がってるなぁ」

 遠くで巻き上がる土に驚嘆する。摩耶がこの平和ではない世界に馴染んできている証拠である。

「一団の将とお見受けする」

「熱血が現れた」

 竜の乗ってた人ではなさそう。歩兵かな。それも階級の高い。

 この人は私がやった方が良さそうだね。


「いざ尋常に勝負せよ」

「せいっ」

 開口一番持っていた剣を投げつける。


「くっ! 貴様、私を愚弄するか!! ぐは」

 剣を弾いたはいいが投げられた剣の威力に腕は後ろに反れ、身体のバランスが崩れて次に間に合わない。

 摩耶の地魔術で斜めに作られた壁が空いた腹にボディブローを浴びせ、後ろへたたらを踏ませて膝をつかせる。

 突然の驚きと痛みに膝を地面に落として数秒思考が現状を理解しようと身体を硬直させる。

 理解は戦いにおいてもとても重要なことだ。

 しかし、その少しがいずれ来る死を早めた。

 作り出した斜めの壁を台にして飛び、真上から剣で切り裂いた。

「ふぅ、いっちょ上がり」

 あっという間の一連だった。


 摩耶のお手伝いであるテスタロッサは敵兵を実験相手に自身の力を見つめ直していた。

 何度やっても魔王の時のあの集中力が出てこない。

 けれども、すでにテスタの周りは血の海となって誰も近寄ろうとしない。

 魔王の時の【スキル 超集中】ではなく下位互換の【スキル 集中】が働いて集中状態になっているため周りが入ってきていない。

 それらの様子を上からスコープ越しにゼノビアが見ていた。援護として死角になりそうな敵を狙っていたのだ。しかし、その敵らもテスタが全部葬っていた。


「あー、暇ですね」

 城の中でリンは足をブラブラ揺らしている。

 張り切り過ぎて負傷した兵士は精々が軽傷ですぐ治せるものだった。

 当然この程度の相手にシオンやメネアは怪我を負うことなど無いし、そのメネアの訓練の一期生である摩耶たちも雑兵なんか容易くあしらえる。

 それゆえ、神聖魔術の使える者で組まれたリンや一部のメイドたち救護班は城の一階に来る仕事(負傷者)を待ち構えている。


 それぞれの活躍をしている中、ウルはひたすら楽しそうに殴っていた。

 一発ごとにちゃんと急所に当たり、一撃でノックアウトをどれだけ連続でできるか試していた。

 これまで鍛錬を積んできた大人が抗って立ち向かって、なのにウルは続けられている。

 防御も反撃も上回るウルの膂力。剣で払おうとも斬れない魔力で覆われた強固な拳。

 子供は失敗や思い通りにいかなければ泣くと言われている。

 そして、逆のことも……。

 このいつまでも続く成功経験がウルをもっと加速させて楽しませる。

 その成功がまた闘い度に効率を学習していく。楽しいもの程より学習は深くなる。


 敵の手首を握りしめ、痛みで落とす剣をキャッチする。自分の身長よりは小さいが、子供のウルには扱いづらい大きさ。

 暗殺志望でこういった剣術をメネアからは教えられたことはないが、ウルは暗殺術で扱う短剣術の応用を更に拡張して一人で多数と戦う。

 ウルに上段から振り絞る。

 空中に奪った剣を放り、身体を横に反らして回避する。

 空いた手で振り下げてきた腕を握り、剣を持つ手から滑らかに奪い、向きを回転させて元の持ち手に刺す。


「あれ?」

 自分の剣に殺された兵士は何が起こったのかもわからず死ぬ。

 放っていた剣を再び持ち直し、突きを放つ寸前で構えてこちらに走る兵士。

 やられた兵士が身近な者だったのだろうか。


「冷静は重要」

 突きの剣で届く範囲に入った瞬間、下から飛び出る剣に対応できずに首をウルに刺される。

「どんな手を使ってもここで仕留めろ! こいつを他の隊に絶対に回すな!!」

「囲め! 囲め!!」

「たった一人だ。さっさと殺せ!」

 ウルに傷を与えるべく走り出す兵士たち。


 迎え撃つように一番飛び出している集団の中に入る。

 ウルのスピードについていける兵士はおらず、身をかがめて突進する一人目の背中に短刀を入れ、二人目は空いているもう片方の手で顎を横から殴られて膝から崩れ落ちる。

 続いて短刀を抜き、飛び蹴りで兵士の首を捻らせる。

 浮かぶ自分に射られた矢を掴み取り、近くの兵士に突き刺す。


「【地魔術 懺山牙喰(グランドリッパー)】」

 渓谷側面にあるのと同じ棘がウルに食い違う大地の牙のように襲う。

 すでに死んでいったお仲間たちの死体も宙に飛ぶ。

 これでやられることもなく、動物の牙のようになった大地の上に着地する。


「――鬼」

 敵の誰かがただ茫然と呟く。

 後ろから火魔術がアレに向かってちゃんと飛ぶも炎の中から無傷で生きている。

 魔物のオーガなんかよりも恐ろしい鬼。

 帝国兵の目には、人を殴っては命の奪い合いをする様は悪鬼羅刹に。敵を殺して闘いを学ぶ様は人を喰らっているかのように変換されている。

 学ぶことが人を喰らっているというのは知識を吸収するという意味であながち間違っちゃいなかった。

 兵士の恐怖は混乱甚だしく情報が錯綜して誤りでインプットされていく。


「鬼だ。うわぁあぁ。逃げろ!」

 呆けていた頭は恐怖に包まれ、敵兵はウルを見て全力で誰よりも後ろにと走る。

 その光景を見るウル。

 シオンは生き生きと殺しを謳歌しているようで何よりと好々爺のように見守っていたが、ウルの心中は、失敗だったと後悔している。


 これでまた私は一人。

 こんな姿じゃみんなが私を嫌う。拒む。

「そこまで。よくやったな。今日のMVPはウルだな」

 いつの間にかシオンがウルの隣に立っていた。

 気を抜いたつもりはない。人の気配は今も敏感に感じ取れている。


「その不安は要らないものだ。お前はまだ強者じゃない。早く俺を楽しませるぐらいの戦士になって驚かせてくれ」

 まさに隣のシオンがそうだ、とウルは笑う。

 自分より上は沢山いる。

 目で見えていても気配では辿れない。こんなことができるなんて知らない。今まで無かった。

 ウルもそうなりたい。


 彼らにとっての強敵は排除した。

 個々人を篩に掛けるつもりで軍略は開かなかった

 が、初戦でこうも勝ってしまうか。

 目立った功績、目立たないが勝ちに近づく功績。どんな功績・動きであってもすべてをシオンとネメアは見ていた。

「さて、次は何するかね」
















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