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百三十話 対峙と自由

「王国王都の密偵から通信です。この先の峡谷で最近男爵位を受けた子供が陣を構えているらしいです。なんでもSランク冒険者のようです」

 山を飛んで超えるのは山の魔物の妨害があるから悪手だ。時間がかかり、警戒に精神を使う。

 何もない道があるのだから両脇を山に挟まれた谷に入る。


「そいつが住みついた住人を退けてくれたのかもな」

「まさか。冗談が過ぎますよ。どうせその貴族のクソガキで金で買ったんでしょ。帝国でもそんなん沢山見てきたでしょうに。そんなの無視ですよ無視」

「どこでも権力っての持つとそうなっちまうもんだなぁ」


 王国に更なる侵入が出来なかった訳。

 隷属の首輪で縛っているにも拘らず飛竜も地竜もあの竜を恐れて言うことを聞かなくなり、王国に飛ぼうとしなかった。

 だが、それも待機させていたワイバーンや馬の反応を見て竜が居なくなったことを悟り、侵攻が再び動いた。


「竜が住みついて王国に攻めることが出来なかったが、どうやら王国の犬が我らのために道を開けてくれたようだ」

「疲弊している今がチャンスということですよね」

「その通りだ。竜と交戦し、弱っている今が好機。王国に攻め入る」

「密偵の報にあった男爵領。領地ということは略奪しても?」

「一向に構わんよ。むしろ人質として捉えれば無駄な消耗もしないだろ。供物を用意してくれてるのだから利用させてもらおう」

「ははは、可哀そうにな。案外俺たち(竜騎兵)を見てよ。泣け叫んで王国を簡単に売って呆気なく終わるんじゃねぇか?」

「そんなのつまんねぇよ。でも、偶にはそんなのも見てみてぇな。あの根暗の英雄殿を楽させてやるか」

「なんだよ、いつもは英雄なんてって嫌ってるじゃねぇか。今更媚び売ってるのか」

「嫌味だよ。わかれや」


 声の弾む部下たちの会話をよそに部隊を預かる者は呆けていた。

 俺に敵う奴がいればやる気が出るんだがな。

 敵の援軍に剣聖の爺とか氷姫とかいると面白くなるんだが。いっそ、英雄殿が俺たちを裏切らないもんかなぁ。存分に殺してやるのによぉ。

 ワイバーン共が怖気づく竜も魔王も残ってくれりゃぁ俺たちで狩ってやったのに。


 先頭の成竜に乗るこの男、一種の病――戦闘狂である。

 己の最大の欲求、強き者と戦う為に自己を高めることに奮闘していたことで意図せずして周囲から尊敬と畏敬の念を一身に集めることとなった。部下も付き従い、精強になっていった。

 これを続けたことで今は軍の先陣を切る竜騎兵の団長に皇帝より任命されている。


 けれども、一つだけ気に食わないことがあった。

 自分の乗るワイバーンの色は黒。

 赤なら赤竜、青なら青竜と目されるワイバーン。その中でも色付きの黒は最も強い。

 それは問題ない。

 むしろ、俺の騎乗する竜に合っている。今までのでは満足いかなかった。


 不服なのは、こいつの首にある隷属の首輪。

 付ける前は荒かったが、付けられた後は幾分か大人しくなった。

 これのお陰で乗れるようになった。

 俺は乗った。

 黒竜に乗らされている気分だ。今も縛られているのは、こいつの方だ。

 なのに、——クソッ……。


 首輪の制限で今の速度は最高スピードとは言えない。

 もちろん、元のステータスの高さから縛られても他よりも速い。

 もっと自由に速く飛びたい。

 首輪なんかに頼る俺自身が情けねぇ。こいつに俺を認めさせてやりたかった。

 この戦争が終わったら勝負でも挑むか。

 こんなものに頼っている俺では受けてくれるかも謎だな。

 

 王国のシオン陣営も帝国の英雄陣営も互いに一片の敗北を疑わない。

「団長、くれぐれも飛び出し過ぎないでくださいよ」

「なんでだよ、先制攻撃するためだろ。良いじゃねぇか」

 心の中のしこりはおくびにも出さない。

「ついていく側の身にもなってください。団長のサポートよりもついていくことに気を使うんですから」

「おいおい、さっきから早く戦功を上げるって意気込んでたんじゃないのか」

「見えてきました。何っ――」

 遠視のスキルでシオンの陣を見た直後、官制していた竜騎兵が落ちた。


「おいおい、どうしたんだよ」

 突如一騎隊列から離脱した。

 落ちている者をおちょくるように言っても返事がない。落ちたとしてもワイバーンが拾うから問題ないが、笑われて弄られるのだ。


 けれど、そのワイバーンも自分の竜騎兵に続いて落ちた。

「どうした! おい、返事しろ」

 不審に思った隊の竜騎兵が急いで迎えに行く。


「なんだ、ありゃ」

 遠目に壁に棘が生えている。それだけじゃない。峡谷下には所々に壁。さらに奥には城が建っている。

「なぁ、ロウガン(副団長)。お前もあれ見えてるよな」

「あんなのここにはなかったはずですよ」

「やっぱそうだよな。俺の目がおかしくなったのかと思ったぜ」

 以前来た時とのあまりの落差に度肝を抜かれて少々混乱する。


「団長! こいつが死んでま――」

 落ちる竜騎兵に近寄った別の竜騎兵も頭を撃ち抜かれる。


「敵の攻撃だ! 散開!」

 ゼノビアの狙撃が四発目にして回避される。


「うわぁ」

 躱したワイバーンと竜騎兵は気づけていなかった側面に生える岩製の棘に引っかかる。場合によっては身体に刺さり、致命傷で脱出できずに死亡した。

 流石に精鋭の先頭を飛んでいた部隊は棘に当たることは無かった。それ以外も多数残った。早速出た被害は軽微だが、これからって時に余計な負傷者だった。

 地上の歩兵や騎乗兵たちも戦場に到着して厭らしく配置されている壁に目を見開く。

 その付近に開始早々にワイバーンが落ちてくる。

 上を見上げれば壁に棘があり、そこに人や竜が刺さっている。


 しかし、これで士気が下がるほど帝国軍の練度は低くない。戦場で人が死ぬのは当たり前。状況に一刻も早く慣れて場を判断する。

 一部の将校が一団を引き連れ、横一列に並ぶ。

 構えるのはアサルトライフル。

 シオンたちが銃弾の雨に晒される。


 しかし、誰も倒れない。

 シオンが伸ばした左手を開く。パラパラと金属片が地面に転がる。

 この世界、他世界の道具よりも自身の肉体がものを言う。

 その肉体への対抗策が魔術であり、魔力なのだ。


 鉄塊じゃダメなんだ。ただ真っ直ぐ飛んでくるものに何の意味がある。

 触れたらアカン系の効果を乗せられない。曲げることも出来ない。

 飛来する銃弾は悉くが止められた。

 壁でも良かったが、より力の差、他世界の産物が絶対でないことを強い印象で示したかった。


「嘘だろ。弾を掴んだのか」

「ふざけてんのかよ!」

「素手で弾を掴めるはずがない。スキルか魔術……のはず」


「何を不思議がるのだ。銃口から射線を読めば難しくはない」


 秘密兵器が効かないという現状に一刻も早く理解しなければならないが、これまでの銃器の利便性を見てきた兵士には銃の可能性を捨て去ることなど出来なかった。

 だから、効かないと知っていても徐々に近づくシオンたちに恐怖で発砲を繰り返す。


 恐怖状態を与えるつもりが、現実逃避してしまった。

 もっとわかりやすい恐怖が必要だな。


 もう掴むアクションもいらないと腕を降ろす。

 服の防御力でもシオンの肉体の強度でもどちらでもいい。

 未だに放たれる銃弾だが、シオンに貫通させる銃弾は一つもなかった。

 兵士らはパニックを起こす。

 ボルトストップが作動し、弾切れをしているにも拘らず、銃口をシオンに向けたままトリガーを何度も引く。

 メネアもゴーレム団も銃弾は気にせず走る。


 銃撃は止み、歩兵が前を空けて地竜を先頭に壁を粉砕しながら進む陣形を取る。

 空は城からの迎撃を回避しながら少しずつ進む。味方の数が少なくなった分、自由に飛べる。

竜息(ブレス)来るぞ!」

 地上にいる兵士の一掃を狙った攻撃だ。


 ライドウの声に空を見上げ、即座に範囲から出る行動を取る。竜息を狙撃班が攻撃でキャンセルさせようと狙うが間に合わない。狙わずに勘で当たっても鱗に弾かれる。

「やっぱり銃器はあくまで弱者かつヒューマン種のみだな」


 戦場の中心から大きく跳躍し、ワイバーンと睥睨できる高度まで到達する勢いで直下から接近する。

 シオンは吐こうとするワイバーンの口を顎を下からアッパーの要領で押し込んで塞ぐ。

 顎に一発喰らって頭を伸し上げられたワイバーンは竜息をキャンセルさせられた。

 それでも目の前の敵に反撃しようと目線を下にしてシオンを視界に捉える。


 敵はまだ自分の顎を掴んでいた。自分に乗る兵士がうるさい。

 爪で引き剥がしに掛かる。

 しかし、爪を振れない。


 ワイバーンの身体はシオンの勢いに押されて空中で180度ひっくり返った。

 重力に従って降りるシオンがそのままワイバーンを道連れに喉首を捕える。

 暴れてシオンの拘束を解こうとするが自分を握る手はまったくビクともしない。

 やがて、高高度を飛んでいた一匹のワイバーンと一人の騎乗兵は地を走っていた兵士たちを巻き込んで背中から地面に叩き落され、死に絶える。


 ワイバーンたちが降りた場所は歩兵の中心部。

「次!」

 標的を見つけて落とした竜の胴から一直線に飛ぶ。

 一瞬で接近を許した歩兵は反応できずに自分の腹の内側から背中に大量の剣を貫通させられる。

 シオンはそのまま針鼠になった兵士を密集している兵士たちに投げつける。

 そのうちの少数に剣が手足に刺さったりはするが、命に別状はない。


 だが、――

 剣から剣が増え続ける。

 強引ではあるが、シオンは身体が剣に、剣が身体になるならと至った剣も自身の一部という考え。

 魔力を与えた分だけではあるものの剣が剣に変えることに成功した。


 やがて密集地帯すべてに剣が魔力続く限りに増殖して行き渡る。

 死んだ奴、ギリギリで助かった奴、死にはしなかったけど致命傷になった奴。

 重さに耐えきれず棘共々落ちていたワイバーンが瓦礫の中に潜んでいた。生き残りのワイバーンがシオンに向かって走っていく。


 ワイバーンはシオンに近づいた瞬間、勝手に吹っ飛んでいた。

 ワイバーンの奇襲に希望を見出した兵士たちはそうとしか見えなかった。

 シオンは素手のままでワイバーンの横っ面を殴っていた。

 吹き飛んだドラゴンはピクリとも動かなくなっている。


「さて、戻るか」

 状況も妨害も関係なく自由に戦場を飛ぶ。










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