百二十一話 神威と報復
この姿どうしようか。
思いのほかあっさりと倒せてしまった。もっとこの身体の性能を試したかったのに。龍の手からビームとか出せるんだぞ。
「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」
謎の正義感の塊たる勇者が黙っているはずがなく、静寂の満ちる空間に勇者の声が響いた。
「彼女は確かに魔王だ。けど、同じ人間じゃないか!」
勇者には魔王の本質を見抜けずヒューマン族だと思っているらしい。勇者以外にもライオスや勇者のお付きなどの普通の人々には同じように魔王の内の化生が視えていなかったようだ。
ただライオスは相手が魔王ということをちゃんと認識していたため勇者のようにヒステリックに叫ぶことも無く俺が勇者にどのように動くか様子を見ている。
「あれは敵だ。敵は殺すのみ」なーんて言えたならどんなに楽か。言ったら余計に話が長くなるでしょ。どうしようかねぇ。
…………俺、神なんだから神らしくでいいか。
「彼女は人だったんだ。あんたなら救えたはずだなぜ殺した! そもそも神様なんだろ、なんで人を殺す!?」
はっはーん。さては、こいつ何か勘違いしているな。
「神である我の行いは全てにおいて是。囀るな、騒ぐな、口を開くな。木っ端。
――平伏せ」
使徒から放出された高密度魔力に当てられ、意思とは関係なしに圧倒の重力に跪かされる。
存在としての格が違うのだと震撼させられる。
「敵は殺す。悪性は除去する。それの何が悪い?」
「なっ!? 何がって、人殺しだぞ! 悪いに決まってるだろ! どんな人にだって更生の機会はあるべきだ」
「それは人の枠組みだろう」
勇者はまだこの世界に慣れ親しんでいないようだ。
勇者は生物として劣っていると見える。
生物の強みは慣れることだ。
彼の居た世界の日本とは違い、命の価値が薄いこの世界で殺しを躊躇えば自分が死ぬ。
召喚で突然まったく価値観の違う場に呼び出されたとしてもそこに慣れなければならない。
それこそ生物たちが生きていける証なのだから。
「拝聴せよ!
我は絶対である。
我は理である。
我は世界である。
すなわち――神は我である。人があるから神があるのではない。神があるからすべてが在れるのだ。それゆえに神は何にも左右されることはない」
勇者が俺に反論しようとすると、自分の服が引っ張られるのを感じた。
「や、やめて……ください」
地面に平伏している王女が服の端を持って震えていた。
「勇者様、もう…そのような口は」
彼女は神聖魔術が使える。
つまり神聖魔術を神からの恩恵として自らの所で管理している教会の信者だ。
そんな彼女は神の名を騙ることがどれだけ罪深いことか知っていた。
それでも神の使徒を名乗りながらも自分を神と騙る目の前のものの威光が彼女に本物の神に連なるものだと受け入れずとも頭にその現実が叩きつけられる。
どこの無能神だか知らないが曲がりなりにも神。一応神の加護を得ていることで神の威圧を勇者が受け流しているようだ。加護を取ってやってもいいが、今はそういうことでもないから特に何もしない。
「エスパーダ、メイリーン様? どうして、君たちが怯えているんだ? それに地面に膝なんて付いてどうしたんだ?」
そういや、彼の仲間にもう一人いた気がする。
いる。建物の物陰に隠れていた。遠巻きにこちらを見ている。あの呪術師の少女は人形を操作して索敵の後方要員のようだ。
「この……方は降臨……為された神。この方には逆らってはなりません」
勇者に言っているように額を地面に俯かせる。拝謁を赦されていないのだ。頭を上げようものなら自分に関わる縁すべてに地獄が繰り広げられるとブルブルと震える自分に言い聞かせている。
勇者が俺に煩く言う度に圧力を強めていっている。誰もが勇者にもう喋るな、と思っていた。
そうだ。弱者は強者に首を垂れるしかないのだ。この光景こそ世界の在り方。
それが嫌なら強者側になればいい。
けれど、――。
強き者になろうという気概を持つ者はいないか。
誰もが平伏し、我の圧力に震えるのみ。
「我は実に慈悲深い。平伏せぬ者にも生を与え続けている。……それでは話しづらかろう。顔をあげよ」
「あ、ありがとうございます」
自分たちの一挙一動に己の命がかかっている。平伏を解くのは許されていない。両膝をつきながら顔を上げる。
「此度の魔王はやや人の手に余るため我が介入した。これで起こっていた災害もこれで収まるであろう。しかし、本来ならば世俗に関わるものではないと理解せよ」
「神の威容を知れたこと、多いに感謝いたします」
「そうか。では、このような気まぐれが二度と起きよう事がないことも承知しているな」
「はい。私たちはあなた様の慈悲と恣意によって生かされたものと」
「よろしい」
ちゃんと理解できているようで安心。神が助けてくれると慢心しては人はより堕落する。
腐ったものは周りまで腐らせる。
そうなるとまとめて処分またはリセットしなくてはならない。
物分かりが良いのは良いことだ。
俺ももう少しやることがあるし、この辺で退散しておくか。
神の使徒は瞬間姿を消した。
・・・
もう夜だ。長い一日がもうじき終わる。
元のシオンの姿を取り戻し、今はメイドたちとある一件の屋敷を隠密に潜入している忍者の報告を待ちながら陰で監視している。
魔王の一件で薄れているが、馬鹿がしたことのけじめを果たさせる。
参加者は、ゴーレムとメイドの混成忍者部隊、俺。俺は万が一の保護者として同伴するだけで基本的には彼女たちに任せるつもりだ。
メルクーアは興味無さそうだったから誘っていない。エルは一時的に魔王の手に自分が渡っていたことを怒っていたのでそっとしておくことにした。
メネアは越後屋が忙しいようだ。従業員たちを掌握して被害のあったところに助けを入れている。摩耶たちは魔族との一戦で撃退したらしく疲れて眠っている。
起きた後に大変になる予定が詰まっている。
「中には囚われている者たちがいるようです」
ゴーレムの目に仕込んだ熱源感知によるセンサーに魔力感知、忍者部隊の数人が取得した透視の疑似魔眼で抜け目なく事前調査がされている。
捕まっているのは地下。捕まえてきた非合法なものにシェルターを作るわけもない。
「となると、まとめて爆破ってのはできません。それらと共に脱出後に爆破を行う。十分で済ませなさい」
「承知」
ゴーレムはもしもの増援対策として門前に隠れさせる。
「それでは始めます。散」
魔術と特殊な歩法術の併用で音を消し、屋敷の裏手の柵は軽々飛び越えて侵入、疾走する。潜入していた忍者が侵入ルート上にいる邪魔な見張りを針に付着させた麻痺毒を首に刺して無力化。
忍者たちがハンドサインでこの先に障害がないことを知らせてくれる。
たまにいる例外も先頭が静かに薙ぎ倒し、追随する後ろが例外を追撃。
事前に邸内を把握してあり、指定していた壁や天井に魔符を張りつけながら廊下を走る。すぐに爆破するので隠す必要がない。そのため、他の魔術を入れなくて済み、爆破にすべてを振れる。お陰で爆破の効力がより増す。
扉の前で先行していたメイドが左右に分かれて屈み、魔符を張る。
「結界で包みます」
扉の前に着くなりメイドの一人が両手を合わせて扉を覆う結界を作る。
包んだと認識した瞬間、魔符を起動して爆破する。鍵の掛かっていた扉は壊され、音もなく強引に開かされる。
この訓練の様子から摩耶には「特殊部隊っぽい」との評価を受けた。それに呼応してメイドたちが何かかっこいいと盛り上がった。
「! 何者だ!」
ドアが開いたと同時に内部へ入り込み、以前科学を教えたメイドが目に付く敵に触れて雷魔術で黙らせていく。
「クリア」
他にもいたようだが、素早く処理された。
「ここが地下への入り口か」
「はい。進みます」
その他の部屋でも侵入したメイドたちによって制圧と設置が行われている。
・・・
下が騒がしい。私を守る兵士共が煩くしているな。
まったく金を払っているのは私だというのに。その主の屋敷で馬鹿騒ぎするのか。下自民はこれだから……。
「ラプティオ様! プロムスです! 至急お知らせしたいことがあります、何卒お時間を!」
普段は余り物事に動じない青白い神経質そうな顔が、今夜は焦りの為か僅かに紅潮した顔に汗をしているのが見える。
「騒がしいぞ、プロムス。奴らの管理はお前の仕事のはずだ! まったく、こんな時間に何用だ? 入れ」
執政官の焦りの声に不審を抱いたラプティオは、扉の奥からくぐもった声で入室を許可する。
扉が内側から開けられると「失礼」と一言だけ言って室内に転がり込んでいく。
「して用件は何だ?」
「それが警備たちが次々と倒れていっています。何者かが侵入しているようでして――」
「何! 敵襲か! 何者かとは誰だ! 言え!」
「それは……わかりません」
「クソ! 警備は何をしていた! 何のために雇ってやっていると思っているのだ。役立たず共めが」
部下のあまりにも間抜けな発言にラプティオは怒気を露わに声を荒げる。
「で、どこに襲撃を受けている」
「おそらく一階はもう……」
「なら、外のをかき集めろ!」
「どうやら遮音の結界が張られているようで。外に出ようにも敵が……」
誰がどういう意図でここに襲撃を仕掛けたのか。
それらを疑問に思っていると再びドアが開く。
「何者と言われましてもこんな者ですが」
声のした方にラプティオが振り向くも誰もいない。キョロキョロと部屋中を探すがやはりいない。
とにかく書斎に飾っている剣に走り、手を伸ばす。
が、手は剣に触れられずに太った身体が膝から床に崩れる。
手が足が動かせない。
身体に走った痛みの原因を見ると、数本の針が自分に刺さっていた。
「これでもう動けませんから。麻痺毒に点穴のおまけ付きです」
「メイド?」
自分と使用人しかいなかったこの部屋にいつの間にかメイドがいた。
そのメイドは落ち着いた様子で二人を見下ろす。
もうこの部屋に誰もいないことはわかっている。感知スキルで入念に調べてから部屋に入っていた。確実に最後まで油断なく安全に。メネアから学んだことだ。
「毒! わしを殺す気か!」
「何を当たり前のことを。主はお怒りです。うちに手を出せばこうなる。その見本になっていただきます。懺悔しながら死んでください」
「違う、違う、違う。わ、私はそいつに命じられていただけです。嫌でも逆らえなかったのです」
「知りませんよ、そんなことは。あなた方に裏があろうと例え善行をしていようと私たちはあなた方などどうでもいい。もう既に裁決は下されたのです。それとその毒で簡単には殺しませんよ。ここもまとめて壊さなければなりませんから」
メイドは魔符を取り出して使用人と太った貴族に貼り付ける。
爆破で徹底的に破壊することが決まったことにより凄惨に破壊しなくてはならないチャレンジ要素があるのだ。
「それでは」
それだけしてメイドは書斎から出た。
「なんなのだ。クソ。わからんが、後悔させてやるわい。覚えておれよ、この借りは何倍にして! 復讐してやる!!」
メイドが貼った魔符は屋敷中に貼ったものとは違い、わずかに時間差があるように作られている。
目の前で巻き起こっている爆裂が一瞬後の未来には自分が起点となって爆発する。
彼の感情はどんなものだろう。
・・・
地下には事前の情報通り子供と大人の女十人が牢の中に捕えられていた。全員、既に奴隷の首輪が付けられてしまっている。中には獣人も紛れていた。
そこかしこに獣人差別が蔓延っているようだ。嘆かわしい。
「……誰?」
突然女子供が入ってきて驚いているのだろう。十人の中で最年長と思われる女がこちらを見て恐る恐る声をかけて来た。
「私たちはエチゴヤ。あなた方を助けに来ました!」
「嘘っ! エチゴヤって今言いましたよ!?」
「本当に!? 怪しい」
女たちが顔を見合わせる。そりゃ信じられないよなー。自分たちよりも年下の少女たちが貴族子飼いの屈強な騎士たちを倒したって言ってるんだから。
「離れてください」
メイドが剣を振るい、檻をあっさり切断する。
「えぇー」
「嘘!?」
床に転がる鉄製の檻を見て、呆然とする女たち。どう反応していいのか分からないようだ。
「怪我してる?」
檻にいた一人の少女が足を怪我している様だ。このままにしておくのは良くないと判断して神聖魔術をメイドの一人が使った。
「――【神聖魔術 治癒】」
「うわ? 治った?」
「魔術師? 神官様?」
「すごい」
女たちが驚いている間にこちらはここにも魔符を張っていた。それとは別にシオンはメイドが神聖魔術を使う瞬間に首輪を壊す。
こちらも彼女たちに驚き、メイドも動揺していたが俺とアイコンタクトをして察したようだ。
「脱出します。もう怪我人はいませんね」
子供はメイドが抱え、大人は自力で走ってもらう。逃げ出すことに希望を見出し、障害も無ければ十分に走れる。越後屋でも普通に売られている魔道具も渡して装備させてステータスを上げる。
入ってきた出口に到着して麻痺で動けなくなっている警備に魔符を張って屋敷の中に仕舞えば完了だ。
これからを見せるわけにもいかないので女たちを魔術で眠らせる。
「時間です。切り上げましょう。すでに全員います」
幾人のメイドが隠し部屋を発見し、魔道具や高価そうな調度品・宝飾品、金貨に使われた形跡の無い特質級の剣を見つけたようだ。
最も価値がありそうなのが今の時代では滅多に見れない等級の剣だ。
隠し部屋ということは国にも知られていない財産。なら、こそっと持ち去っても不審な点はないだろう。
「良し。では、起爆」
「起爆します」
それと同時に一斉に起こる連続した火を噴く爆発と爆音。邸内の全てが吹き飛んで崩れ落ちて瓦礫に戻り、爆炎を上げて火災が屋敷中に広がる。
爆発によって起きた爆風で屋敷正面を守っていた表向きの警備らも外に誘導された使用人も吹き飛ぶ。
深い眠りから強制的に目を覚まさせるような轟く爆発音が王都に衝撃が走った。
「ふぅ。負傷者」
「零」
「邸内から逃亡者」
「零。作戦完了です。撤退しますか?」
これからどうするのか? と少し観察していると敷地の外から多数の馬蹄の音と馬車の音が聞こえてきた。
王都の警備隊が来たようだ。敷地前に停車してきた馬車から戦闘を見越して次々にローブと長杖を持った魔術師たちが降りてくる。彼らは燃え盛る邸宅前に整列し、隊長らしき男の声に合わせて詠唱を唱え始めた。
どうやら消火活動に来たようだ。次々と放たれる水属性の魔術が火の勢いを消していく。
消火に来た王都警備隊によって事情聴取と保護のため軽傷の使用人たちが連れられていく。元からラプティオには色々と黒い噂があったらしい。ラプティオの情報も勿論越後屋が収集していた。後で情報を回しておくとしよう。
ちゃんと証拠を見つけ、王城にでも報告しに行けば、正規で調べが入り、屋敷の主は法に裁かれることだっただろう。だが、それは時間がかかる上に面倒。ならば、手っ取り早くしてきたことを後悔させて惨たらしく殺した方が気分も晴れて一石二鳥。金品を取れると三鳥。部隊の実践訓練も入れると四鳥ぐらいにはなる。
敷地から出てくる悲痛な顔の使用人に紛れてシオンは事情を話して眠ったままの女たちを警備隊に引き渡した。
近頃一体幾つの貴族の屋敷を破壊したことか。あれらは楽園の使徒の所為にしておこう。今更余罪が一つくらい増えたところで変わらないだろ。
後日、ある貴族の死亡が報じられた。犯行は楽園の使徒の残党。邸宅の爆発、貴族および使用人の死因から火魔術を使用した模様。残党がまだ王都に波乱を生むために行った。不幸なことに邸内の者はすべて死亡。
後、たまたま近くにいたシオン・ノヴァウラヌス卿の活躍によって仇は取られた。しかし、その残党も爆発によって死亡との報告。
そして、王国に仇名す者だったと明かされたラプティオさえも反省の機会を与えるために救おうとした聖人としてシオンの名が何故か上がったことに本人は頭を抱えていた。