百二十話 魔王と神
私は生まれた時から魔王だった。
だから、他の違ったかもしれない一生に憧れた。
生き生きとしている者を見て自分もそんな風に生きれたら、と思ってしまった。
人の一生はその人の性格や選択で構成されたその人にしか選べない尊い道だ。
それでも、ただ羨んだ、ただ憧れただけ……なのに。
いつしかその夢想は憧れと生涯を侮辱する力になっていた。
「――――【強奪】!!」
直後、シオンは全身から力が抜き取られるような感覚に襲われ、脱力して地面に膝をつき目を見開く。
「【固有スキル 強奪】。他者のステータスを奪って自分のものにする力か」
シオンのステータスは丸ごと魔王のものへと変わった。同時に姿もシオンのものとなった。
しかし、魔王の新たなステータスには幾つか抜けている点があった。
ステータス
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[名前] シオン
[年齢] 10
[レベル] 99
[種族] 魔族
[職業] 魔術師 剣士
[HP] 24692
[MP] 29640
[力] 30241
[器用] 23822
[敏捷] 28769
[スキル]【剣術LV.8】up! 【体術LV.7】up! 【回避LV.5】【威圧LV.6】up!
【鑑定LV.4】【隠密LV.7】up! 【魔力感知LV.5】【縮地LV.5】
【隠蔽LV.10】【偽装LV.5】up! 【無詠唱LV.5】up! 【料理LV.8】up!
【気配察知LV.3】【全魔術LV.10】【思考加速LV.7】up!
【防具作成LV.7】【鍛冶LV.10】【裁縫LV.10】【弁明LV.10】
【詐術LV.10】【魔力刃LV.5】【限定LV.10】【錬成LV.4】
【契約LV.7】up! 【値切りLV.6】up! 【交渉LV.6】up!
【会計LV.5】【武具取引LV.6】up! 【雑貨取引LV.5】
[特殊スキル]【能力贈与LV.5】
[固有スキル]【成長促進LV.10】
【再生LV.10】
【ステータス異常成長LV.10】
【黙示録LV.10】
【形態変化:刃身LV.10】
【強奪LV.9】
【魔王】
[耐性]【痛覚無効LV.10】
【即死耐性LV.5】
【雷耐性LV.5】
【火耐性LV.5】
【水耐性LV.5】
【神聖耐性LV.5】
【土耐性LV.5】
【風耐性LV.5】
【氷耐性LV.5】
【闇耐性LV.5】
【精神耐性LV.5】
【状態異常無効LV.5】
【魔術耐性LV.5】
【物理耐性LV.5】
【恐怖耐性LV.5】
[称号]【仙人】【賢者】【竜殺し[下級]】【学生】【悪魔の主】【天使の主】
【Sランク冒険者】【魔王】【開拓者】【強奪者】【ヒューマン殺し】
【同族殺し】
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ステータスの所持者がシオンから魔王に変わったことで使用中にしていたスキルが解除される。
使っていた【スキル 隠蔽】と【スキル 偽装】で覆っていたものが取れて本当のステータスが現れる。
幸い、この場にレベル差の問題で魔王を鑑定することができる人物はいない。
特殊スキルでメネアに渡していたスキルも戻ってきていることだろう。
となると、エルの意識も戻ってきていることになる。まぁ、エルは意識を持ったスキル。魔王の意思には空気を読んでさえいれば背くはずだ。
シオンのステータスの種族は神から魔王に。レベルも魔王のものに変わる。
シオンという存在自体が神である要因であるため魔王がシオンのステータスを奪っても神の称号を得ることはできないのだ。得るには昇神。神に上り詰めることただ一つ。
故に神の力である職業も権能も称号も消える。
その他にも称号が消えているのがある。
さらには加護も当然消えている。加護とは神がその者に与えたもうた証。与えられた加護は魂に根付き、他者へ離れることはない。
同時に称号が引き継がれている。魔王は勿論のこと開拓者、強奪者、人殺し、同族殺しと。何を切り拓いてきたのか何があったのかはわからないが奪ってきたことと大量のヒューマンと同族を殺してきたことは読み取れる。
そして、スキルからも変化が見られる。
固有スキルは奪われる直前、一部ヘルメスのステータスに移し替えた。
この二つのスキルだけは死守させてもらった。
しかし、魔王の使ったあのスキル。
奪われた張本人が常人であったなら魂が引き抜かれたような現象に見舞われて抜け殻の状態になるのだろうな。気を付けなければ。
奪うだけで敵を無力化、いや、即死のようなものだ。これなら奪う側には何かしらの重い条件が課せられていることだろう。つまり、乱発で使用できるわけでなく連続発動もできない。今のスキルだけで蹂躙されることはないか。
しかし、さっきの違和感はこれだったのか。
俺のステータスを奪う前のものも他者から奪ったものだから慣れていない感じだったんだな。俺は抵抗してそこまでさせはしなかったが、まさか外見までも奪うことができるとは。前に奪われた者がどうなったか興味深い。
儀式も必要とせず単独で魂に根付くものを奪い、ある意味で人の魂を弄ぶ。魔王らしいな。
だが、変化はステータスのみに留まらなかった。
シオンのステータスを奪った魔王の様子が変わった。先ほどまでの攻勢をやめて立ち止まる。
突如、魔王の身体からは剣が飛び出てくる。
シオンのステータスに肉体が伴わず、合わせた身体を作ろうと自身では抑えられない力によって肥大化していく。
「ガアァァァァァ!!」
最終的な末路は肥大化による肉体限界での破裂。しかし、俺の固有スキルがそれをさせない。【固有スキル 再生】で限界が来る度に強制的に限界が訪れる前に戻す。
しかし、絶えず【固有スキル 成長促進】が一度訪れた成長をさらに加速させる。そして、また限界が来る。その繰り返しが魔王に幾度となく襲い掛かる。その肉体・精神ともに負担は計り知れない。
暴走により【固有スキル 形態変化:刃身】が身体の内から魔王に生やされる。
その姿、あまりに醜悪。すでに魔王の意識は薄れつつあり、頭を抑えて蹲っていた。初めからあった闘争心が暴れだす。
これは流石に人の手には負えなくなってきたか。俺が手を出すとしよう。
奪われたら仕方ないよなぁ。お前の積み上げてきたすべてを俺も奪おう。
む。些か視線を感じるな。
ふむ。少し目立ち過ぎたのかもしれない。
お、面白いものを思いついた。
これなら俺だとは絶対にわからないようなやつを。
守った二つのスキル【固有スキル 宝物殿】【固有スキル 情報改変】をヘルメスのステータスに移植する。スキルに頼らない移し替え。シオンは世界のルールから外れている神の力を行使する。
ステータスはヘルメスで意識はシオン。
だが、身体は青年だったヘルメスではなく、頭には悪魔の一本角と天使の天輪。
胴体は巨人や鬼の身体を凝縮させたようなものになり、焔纏う。知る人ぞ知る巨人王スルトの人間版の再現をしたのだ。
背中には天使の翼と龍の尾、炎の日輪を背負う。
腕は龍で、脚は悪魔。こちらも異形の姿で空中に制止。
一応身バレはあれだから仮面付けておこう。
何がいいかな。目を覆う感じでいいか。全部だと息苦しいし、蒸れる、声が籠る。
ま、これだけでも大丈夫でしょ。
ふふん、こんな機会でもなければこんなことしないものな。かっちょいいな。初めてにしては詰め込み過ぎたか? 今度から何かあった時はこの姿にしよう。
気にすることでもないな。さて、――
魔王よ、どれほどの犠牲を払ってお前は今そこにいる。
悲しい。虚しい。
その魔王を哀れに思いながらも人の注目浴びる堂々たる様、――
強者を上からねじ伏せるような存在の圧、――
天上天下唯我独尊。
背後から上級魔術の気配を感じる。この感覚は街中で使っていいようなものではなさそうだ。
今は余計なことに意識を取られたくない。
神の使徒は空から勇者の姫の背後に回る。どうやら詠唱ではなくアイテムに封じられている上級魔術を使おうとしていたようだ。効きはしないが煩わされたくない。
「速っ!」
【固有スキル 情報改変】を使用。魔術陣を無害なものに改変する。
行き場を失った魔力は周囲に衝撃を与えて霧散する。
「きゃっ」
「何をするんだ!!」
強制中断で起きた衝撃で倒れる姫に勇者が駆け寄りながらこちらに抗議してくるが、無視する。
「我、神の使徒なれば」
適当に短く正体を告げる。
「我が敵、魔王ただ一つ。これより我の許しがあるまで行動を禁ずる」
使徒の圧が生物の本能に訴えかける。
それでも、一歩進む者がいた。
「神様ならわかるだろ。僕はあなたたちに選ばれた勇者だ! 僕に力をくれ。僕が魔王を倒してみせる!」
「浅ましく悍ましい者よ。貴様の具申は許可していない」
再び神の使徒は魔王を広く見下ろせる空に戻る。
「貴様には抗う権利があろうて。抵抗を許す。存分に、――死ね」
そう告げる神の使徒の手には幻想の書ラーグリフが開かれていた。
ラーグリフに記録されている聖と魔の武具が本の中から出現し、使徒の周りを浮遊して侍る。
出したのは槍と杖が基本ベースその他にも多種類の武具が。
単なる槍や矢で真なる龍や異世界を統べる悪魔を打倒すのには力不足だ。数を増やしたところで削り殺せはしないだろう。
槍で矢でダメなら剣。斧。鎌。刀。棍。盾。槌。鎖。杭なんてのもある。
それらが俺の意思の下、高速で宙を舞う。
ふむ。天羽々斬を使う必要はないようだな。こんな汚物に使用するのは憚られるんだ。
すべての杖からは何本もの光が発せられる。天より降り注がれる【神聖魔術 光束】の乱舞が下級魔術にも拘わらず魔王を容赦なく焼き斬り貫通しては地面までも熱線の雨で溶ける。
暴走していてもこれだけの脅威なら理解するのかこれまで戦いを繰り広げていた勇者たちを見向きもせず逆方向に旋回して移動をしようとする。
さらに得た防御魔術を併用して各属性使う。
しかし、神の前にまるで意味を為さず飛来する槍が魔王の身体を貫通して地面に縫いとめる。剣が踊る。斧が鎌が武具たちが躍る舞う。
「……これ……は……夢だ……御伽噺だ……」
ライオスが武器の群雄割拠する空を見て幼い頃に母親から語られた物語の風景を思い出す。まさしく今のシオンの振る舞いは空想の中に語られる人の枠より外れた光。
これだけの物量と魔術。魔力を大きく喰ってすぐに底が尽きそうなものだが、これも【情報改変】で使徒自身のステータスを一時的に一定に設定して減っては元に戻るようにしている。
使っては戻している魔力は大気から吸収したものを使っている。ここら一帯から魔力が薄くなったとしてもこれも【情報改変】で空気を魔力に変換すれば良い。これだからこのスキルの運用は怖い。
これらより使徒の現在の魔力は半永久的になっている。
ただとんでもないほどの情報量だ。興味と勢いだけでやったが、今回限りでこれはやりたくないと思わせるほどだ。他にもやることがあるってのに。早く終わらせよう。
「なんという……」
恐るべきレベルの戦闘力を前に、ライオスは呆然とただ笑うことしか出来なかった。
逃げていた人々も遠く空に浮かぶものに気付く。
「あれは、人か?」
「俺は見てたぞ。あの人が怪物を倒してくれるのを!」
「人なんかじゃない」
「おお、神よ」
「なんてことだ……」
自称使徒に変身したシオンの闘いを見て、市民が神の降臨を確信して崇め始める。
ライオスはまるで天上におわす神が下々の民を救う瞬間のような、人類史にとって決定的な瞬間のように見えた。
各地で今も尚戦いを繰り広げる騎士団も冒険者も逃げる民も、ライオスと同じ感情を抱いたらしい。
神の威容に地上の生物が自然と顔を上げる。
『あれが神様だ』とでも言うように、皆が笑顔を浮かべていた。
背中に見える小さな太陽は意識しなければ傅かしづいてしまうほどの畏怖を感じさせる光だった。
戦闘中だというのに、その仕草にライオスは思わず見入ってしまった。
魔王は新しく得た大量の耐性を持っているが、やはりこれも【固有スキル 情報改変】の前には無力だった。
情報改変で一時的に耐性という情報を限りなく零に近い状態に変えてから攻撃を加える。ダメージを減らすはずの耐性は無効化された。
特殊スキル以下はスキル序列によって固有スキルである情報改変の対象になる。しかし、問題は同じ固有スキル。
固有同士の場合、スキルレベルで差をつける。変化が終わったことで成長促進はもう意味がない。ステータス異常成長は魔物を倒すような場面ではないから元から意味がない。黙示録も魔王には拒否をしているため効果なしと見て良い。
戦闘で今も使われているのが再生と形態変化:刃身。刃身は使えているとは言えにくい。
わからないのはスキル間の序列の例外である強奪。
確か強者の中の強者を倒すのがコンセプトだった気がする。だから、レベルが対象より低くとも発動が可能。成功確率が下がるなどのデメリットがレベル差に応じて当然あったりするわけだが。
その強奪を使ってくる様子がない。意識が薄れているとはいえ、いや、だからこそ乱発しそうなものだが。
そして、魔王特有の固有スキル、魔王。レベル表記はなく、様々なスキルが複合されたものだ。これも問題はない。
厄介なのは再生だけ。
だが、その対応も済む。さっきまでの鎖で効果が立証された再生の低下。
それでも働き者の再生能力。もう再生は要らないな。取り戻した暁には消すとしよう。
さて、再生を封殺するには、っと。
こうするのが手っ取り早いな。
翳した指の先の空中に巨大な魔術陣が描き出され、それが徐々に紅く揺らめくように光り始めると、周囲に眩い光を放ち始めた。
【召喚魔術 精霊:炎精霊 紅蓮兵】。
炎の精霊王の配下である巨人の姿をした炎精霊が光の中から現れる。王自体を呼ぶと色々と煩くなるからその配下を選ぶ。
炎の吹き荒れる山が神の使徒の命令を厳粛に拝聴する。
「逃がさないように抑えていてくれ。ついでに傷を炎で燃やして再生を止めていろ」
命令通り紅蓮兵は焼却する。再生も負けじと回復してくる。
「他にも……あれは何だ……? ……炎の巨人」
突如として現れたのが炎を纏った三体の小巨人。
「生き残りもいるようだな。紅蓮兵一体で十分だろう」
炎の小巨人が魔王を抑えていた手を離して模倣の隻眼魔族を捉える。
身体から放出されている炎が伸び、手に収束されて剣の形になる。一振りすれば人々の視界が一瞬にして真っ赤に染まる。まるでこの世を燃やし尽くしたかと錯覚してしまう程の劫火が模倣の隻眼魔族を飲み込んでいく。
「す、すごいな……」
凄まじい烈火と共に魔族は炭化して崩れ去った。
自分たちには到底敵わなかったあれにたったの振り下ろし一撃で消し去る強さに圧倒された。
「これが、神というものなのか」
人では辿り着くことのない力をまざまざと魅せられては引き寄せられる。
今も暴れる魔王は鎖や巨人、槍によって動こうにも動けなくなっていた。
このまま殺せば俺から奪ったステータスは魔王と共に無くなる。
神の使徒は武具や巨人たちに組み伏せられている魔王の正面に移動して手をかざす。
魔王から取れそうな素材は無さそうだ。ステータスと一緒にデータも回収しよう。
それだけで神の使徒にシオンのステータスが戻り、魔王は抜け殻のようになる。ただ散々自身の固有スキルを使ってきたことで固定されたのか称号だけは消えず、今でも魔王であった。
開拓者は移動可能だ。領地のことで使えそうだな。貰っておこう。その他は面倒事にしかならない。
ステータスをシオンに抜き取られた魔王がシオンより前の奪った対象の姿になっていく。
役目を果たした紅蓮兵は送還し、鎖は自らシオンに戻る。
「神の手で滅ぶことを光栄に思え」
縮んだことで引き抜かれた槍たちはシオンの脇に浮かび、シオンの言葉と共に白く光る。
そして、シオンの慈悲によって聖槍は真っ直ぐに魔王を串刺しにする。
天にまで届きそうな太い光の柱が王都にそびえ立ち、一瞬昼間のように照らし出した。
魔王は灰燼に帰して消滅する。
──終わったのだ。
魔王と神の戦いが。