百十六話 喚問と仲間
喚問の隻眼魔族が怒りに震え、魔力を外に解き放つ。あまりの魔力の量に民衆も楽園の使徒も気絶する。
これから闘う摩耶たちは守ってやろうとシオンは結界の魔術で摩耶たちを囲おうとしたが、堂々と耐えている摩耶たちを見て気が変わった。
ただ隻眼魔族と摩耶たちではレベル差が著しい。勝つのは不可能に近い。
摩耶の空間魔術に干渉し、中の武具をすべて見た目は同じ中身は別の物に入れ替える。他の皆は自分で所持しているのでこっそり変えるのは難しい。武具を強化する方向で。武具に合わせて身体も強化。身の丈に合わない武装をしても意味はないからな。
過保護なのかもしれないが、ここまで育てたものを失うのは痛い。ここまで上げれば、レベルが五倍以上の相手でもなんとか勝機が見えてくるだろう。
さ、物語にもある魔王への前哨戦、勇者とその一行vs周りに魔物を囲った上級魔族の戦いが始まる。
とその前に魔物の一部がシオンに迫る。
「シオン様!」
「こっちに来なくていい。本体からだ。受け取れ」
摩耶に投げた指輪と素早く走りこむ狼の魔物がすれ違う。
大きく腕を振り上げ、シオンの身体を爪が引き裂く。
「ああ、そういうこと」
地面に落ちる折られた剣を見てシオンが何かで分身をしていたことを理解して納得する。
これで妙な邪魔者はいなくなった。静かになった市街で雌雄を決する。
摩耶の指には誰の魔力にも親和するように変えられたドラウプニルがはめられている。
「主殿より馬鹿げた支援を受けておるゆえに某のは不要ですな」
シオンの付与魔術で全員のステータスが軒並み4~5倍になってる。レベル幾つ分の底上げになることか。
あまりのステータスに馴染めず何度も地を転がることが普通だが、シオンであるなら身体に合った超強化は造作もない。
「そうですわね。あれだけ強力すぎる支援をくださると他がかき消されてしまいそうですわ」
「うちのご主人様は過保護だねぇ。……さて、じゃあ、いくよ!!」
摩耶の号令で各々の役割に基づいた配置に移動する。
杖と剣の変則アタッカーの摩耶と純剣士のテスタロッサペアは接近して攻撃を避けながら気を引く。
今回の相手は上級の魔族。
盾で受けているとHPの消耗が早いと判断して杖に持ち替えた。普段から使っている武具を相手に合わせて入れ替えるなんて常人には考えられない芸当だが、摩耶には【固有スキル 武芸百般】がある。杖の補助で【空間魔術 空歩】を配置。
空歩は自分が空中を歩けるようにするのではなく、空中に床を用意する魔術だ。
つまり、テスタロッサも使えて剣を届かせられる。
テスタロッサのスタイルはずっと変わらず刀以外に何もしない。刀を強化する付与魔術のついでとして味方の強化をするぐらいのものだ。
「あ、ブレス来る。後ろに下がって」
摩耶の指示がテスタに届く。
見ると喚問の隻眼魔族の顔は爬虫類――ワイバーンのような顔に変わり、胸郭を膨らませていた。
大きく上体を上へ突き出してワイバーンの口から竜息が放たれる。
残念でした。漫画とかゲームとかでモンスターの攻撃予備動作は頭に入っているんだよね。
だいたいパターンは掴んできたかな。
「テスタ、そろそろもう少し前に出てもいいよ。攻撃は私が引き受ける」
「承知」
しかし、喚問の隻眼魔族が魔物を召喚してテスタを足止めさせる。
「ちっ。……そうだ。あれを試してみるとしよう」
思考を切り替え、刀を両手に握り、息を大きく吸う。吸いきったところで呼吸を止める。
「むぅぅぅ」
口を閉ざして魔物に切りかかる。
魔物とて上位手にもなれば狡猾になる。人を喰うのに慣れている個体たちであるなら如何にして人の剣を当たることなく殺すことが出来るのかを知っている。
テスタの剣を振りぬいた瞬間に間合いに飛び込む。それが認識していても間に合わないことを理解している魔物の動きだった。
ずっとやってみたかった。
主殿と戦った剣聖殿のあの攻撃は一人を追い詰めるのにも使えるが、多くを切り結ぶのにも使えるのではないかとずっと思案していた。
魔物は切り裂かれ、もうテスタの眼には映らなくなる。
その行動がテスタの頭に雑念をまっさらに消して集中状態にさせる。
まだ剣聖の瞬間三連撃に近づけずとも超速で振るわれる刀はさらに加速されていく。
そして、剣が魔物を斬るたびにテスタロッサの集中力は上がる。
魔物をすべて倒し切るとテスタロッサは立ち止まって息を吸い、熱くなった頭と身体を冷やす。
標的を喚問の隻眼魔族に変え、一度解いて脱力感に囚われているはずのテスタはもう一度あの集中力を取り戻していき、魔族に駆け込む。摩耶が刀だけでなくテスタ自身も加速して走っている姿を認識して【空間魔術 空歩】をテスタの前に配置する。
テスタは前しか見ておらず空歩の存在に気づくことなく空歩に超スピードで足をかける。雑念を振り払っている所為か空中を走っていることにも意識を向けない。
剣の嵐が喚問の隻眼魔族を刻む。
こういった超集中には要因が必要なのだが、剣聖とシオンの剣技を見て闘志が燃え盛り、カフェでカフェオレを飲んでいたことで糖分とカフェインを摂取していたのがテスタにこの集中力をもたらしたのかもしれない。
なんて冗談はさて置き、テスタのボルテージが上昇していく。
狼を乗りこなしてここから離れるリンとゼノビアの役目はデリバリーヒーラーと移動式固定砲台。
越後屋に通っているうちにシオンの屋敷にも訪れるようになった。そして、いつの間にかフェンリルのリルと仮契約を結び、今は後ろにゼノビアを乗せて移動神官をしている。
ゼノビアもエルフとは思えないほどに変化している。
弓を使って百発百中なのは数百年生きた熟練の氏族トップである長老にもできるからそこまでの変わった様子はないが、魔族の意識から外れて狙撃ポイントに着いたゼノビアは超電磁砲を構える。
シオンが知らないだけで本人は試し打ちなどを請け負うので当然、制作者であるタイタンや立案者の摩耶、越後屋の開発部も関わっている。作り手側の本人たちはシオンも承知のことと思っているので誰も止めれずにどんどんと種類の数を増やしていっている。
普通の拳銃・狙撃銃・機関銃。尚、武器は摩耶の発案だが、どこまで作っているのかは不明である。越後屋開発部も今までにない発想から刺激を受けて協力的なのだ。
しかし、使っている本人はうるさいという代償を払っているのに魔物相手には大したダメージにならないからと死蔵している。
シオンのそれらをちらっと見た感想は「まったく未来兵器に現代武器か。エルの協力だな。まぁ、――いいんじゃね」
確実に怒られ何かしらの清算がされると思っていた開発者一同は適当なシオンに呆然と口を開いた。結局のところ、シオンはこの世界に化学兵器やらなんやらが広まったとしてもどうでもいいのが本音だ。
だが、外に出すなとだけ命令を下し、スキルによる契約を結ばせた。
学園都市でどこかの宗教団体が拳銃を発砲した。それが別の場所で銃に人が殺され、同時期に越後屋から武器として販売されていたなら、結び付けが出来てしまい立場が悪い。メネアの拾ってきた信用できる働き手なのはわかっているが、絶対の信頼はしない。
ともかく、超電磁砲は並行に置かれた2本のレールとなる電極棒の上に弾体となる金属片を乗せて電流を流し、電磁力により金属片を駆動し射出するというものだ。
超電磁砲が完成品だということそれを作るためのこの辺の知識からこれはエルもかかわっているのだと想像がつく。
とある世界の西暦5000年代兵器、荷電粒子砲。
摩耶の少年みたいな夢と製作法を知っていた黙示録の合作。
ただ部品事態の作成を時の流れが邪魔をする。
まだその技術体系に全く至っていないのだ。
だから、出来たのは一発オンリーの完成品。
加えて、最終完成形までに乗り越えなければならない課題のオンパレード。
一応出来たことで製作計画は一時保留で封印案件、今あるものを完成品とした。
「照準固定、完了」
杭が両脇から地面に刺さり、固定する。物理的なものだけでは不十分なのか魔術の補助もこれからは感じられる。
「砲身の延長機能を展開。空間魔術による仮想銃口セット。……完了」
魔術陣が超電磁砲の銃口の前に何層にも現れ、砲身をより長くする。
「加速開始。加速上限の解除をメネア、エルの両名から認定」
なんに使用するかなんて言わなくてもわかるよね、とシオンに魔力を溜めてもらった魔石が電力の代わりに魔石から吸い取る魔力で二本のレールを加速させる。
砲身の中には加速の陣が膜のように張られており、通過すると加速する仕組みになっている。
「初弾でうまく当たるものですわね」
実は超電磁砲を初めて撃ったのだった。作られてはいたものの王都のどこにも試し打ちができるようなところはなく、大きな脅威もいなかったのだ。
砲門を始めにボロボロを崩れていく。
これが仕様と説明を受けていたことで慌てることなく、次を持ち出す。
「初弾命中。誤差下5左7。私、いらなかったみたいね」
一撃必殺の頭を狙うのではなく当てやすい胴を狙ったゼノビアだったが、僅かにズレて腕に命中した。しかし、初弾は照準弾の役割もあるため狙撃手のゼノビアなら次で補正できる。
リンは支援職で後ろにいることがほとんどのためゼノビアの射撃補佐を任されている。
銃はこの世界ではあまり役には立たない。シオンは学園都市でそう言った。
しかし、それは使うのが銃の素人だからだ。
脳や心臓を相手よりも早く回避されないタイミングの一発で仕留め切らねば次のアクションで返り討ちに会う。ゼノビアは元から弓士でありレベルが上がり狙撃手としての格も上がったことでリンの補佐なしに急所に当てることができるようになっている。銃も小さな穴を開けるだけの拳銃ではなく、掠っても致命傷になる超電磁砲だ。
超電磁砲から放たれた徹甲弾は光となり、あまりの光量に魔族に防御の魔術を張られる。
そんなのは鼻から承知、防御なんかお構いなしに光は貫き、喚問の隻眼魔族の身体を抉り、腕に大穴が空かせて腕と身体を切り離される。
衝撃は収まらず魔族の身体の半身まで浸食する。