百十五話 非難と勝手
根拠のない言葉、シオンにはどうにも響かない。それなら、今のままでもいいじゃないか、と結果づける。
これから神を否定し始めていつかはステータスやスキルからの人の解放。
道は途轍もなく長い。
だが、その結果は魔王か魔神に統括された未来を思い描いているであろう。なら、今の神に支配されているという君たちと変わらない。
大体そんなのが今までにどれだけの数いたと思っているのか。
神々は視てきた。数千年、数億年、数兆年。その思想を我らは黙認していた。そう進むことで世界に与える影響を知りたかったからである。
それでも変わらなかった。何も変えられなかった。
結論としてお前ら人如きが数瞬何かを感じ、神に対して変革をもたらそうとしても世界が変化することは無い。だから、我ら神々が導いてやっているというのに。
人はいつまでも愚かしく変革を求め続ける。
「そんなの正義じゃないぞ!!」
それで止まらないのがこの勇者のすごいところ。自分の言い分とそれに連なる者以外は耳に入らない。常人にはとても反応できない初速で迫る。
面倒ばかりを引き起こすこいつとて称号は勇者だ。幹部は自分の役割の達成を胸に誇らしげに笑う。
これから自分は勇者によって死ぬ。
だが、未来への礎となれるなら私はあの方へこの魂を捧げよう。
しかし、まだ勇者の剣が幹部の男の胸に突き刺さることはなかった。
喚問の隻眼魔族が何もないところから突然現れた。
「おお、来てくださったのですか。まだ私には役目があるということですか!」
自分のピンチに魔王がここに魔族を駆けつけさせたものと解釈した幹部は輝きを取り戻した瞳で喚問の隻眼魔族に平伏し、両手を広げ、涙を流す。
「出たな、魔王め」
勇者は【楽園の使徒】幹部から喚問の隻眼魔族に剣の矛先を変える。
「我は魔王様に非ず。その配下、喚問の上級魔族デスネ」
「なに! では、上級魔族か! 上級魔族が出たということは魔王もいるに違いない。魔王は僕にしか倒せない。ここは君たちに任せる。僕は僕にしかできないことを成してくるよ」
要は押し付けである。
散々、お前たちは間違いだなんだと楽園の使徒に囀っていたが、その場は摩耶たちに勝手に任せ、目の前の敵に背を向けてどこかへ行ってしまった。
「人とは愚かな生物の別称デスネ」
視界は唐突に変わり、広場に降り立ちつつ状況をすぐに理解する。目の前で人が集まり、何かを述べている。しかし、その内容を聞き、喚問の隻眼魔族の人を見る目はひどく見下げ果てた様子の眼であった。
「それは勇者であっても何ら変わることは無いのデスネ」
喚問の隻眼には視えているのだ。摩耶にも勇者の称号を持っていることに。
「お前の格好から察するに国から逃げ出した勇者デスネ」
国に支援された勇者であるなら華美な鎧を纏っていることが多い。だが、摩耶の装備は冒険者に近い服装だ。
「その顔、当たりデスネ」
「共に召喚された者を裏切って今を楽しんでいる気分はどうデスネ?」
喚問の隻眼魔族は倉庫にいたアリアを思い浮かべる。あの小娘は目の前にいる勇者と共に召喚されたのだろう。でなければ、勇者が二人もいるこの現状が説明できない。
「私は裏切ってなんかいない。捨てられたんだ、王様によって!」
「それはどうデスネ? 自分の目的のために他の勇者を囮に使って自分は捨てられたかのように見せて自由を謳歌していたんデスネ」
「違う!」
「そう自分に言い聞かせておいて実際はそいつらを捨てたんデスネ。それらから目を背き、してきたことを忘れようとしているだけなんデスネ」
幻術を使える魔物を自分の陰に呼び出し、如何にも魔族の言うことが正しいと思うように誘導する。
「捨てた奴らをお前は恨んでいるんデスネ。でも、実際は逆デスネ。こいつらもそうなのだろうデスネ。結局、お前は利用できる者とそうでないものを選んで接しているだけデスネ。差別しているんデスネ」
「そうやって来たからお前たちはヒューマンと交流を図ろうとしていた魔族さえも殺しつくしたのデスネ。あいつらには家族がいたのデスネ!」
今までの勇者の知識と勇者にしてきた実験から摩耶を責め立てる。こいつらは殺すことに否定的で差別にも敏感だ。それを自身がやったとなれば、大方の勇者が自壊する。
「お前が戦場に押し出したんデスネ。お前が我らの安寧を奪ったんデスネ。我らはお前たちとの共存を模索したのデスネ! だが、お前たちはそれを拒み、我らの家族を、配下を、居場所を奪ったデスネ!! その配下の生き残りがこいつらデスネ」
召喚している魔物を前面に出して勇者の心情に訴える。
勇者の最前線の殺し合いと家族や偏見で殺しているという情報は道徳感を幼い頃より埋め込まれている地球人の摩耶には酷なものだった。
自分を本気で殺そうとしてくる魔物。
生きた意思がそこにはあった。
ゲームのプログラムなんかとは違う、考えて行動する意思が。
私は魔物と戦う、もっと言えば、生物と戦うということを甘く見ていた。
魔物は殺して当たり前。
魔族は敵だから殺して当たり前。
まるで作業のように命を奪っていく。
ゲームの画面とは違う、そこには本当の死があった。
己の未熟さに絶望しろ、悲痛を叫べ。
喚問の隻眼魔族の話す言葉にシオンは疑問に思った。魔族は人との共存の道を選ぼうとしたことは一回たりともない。中には交流しようとしていた魔族もいた。そいつらは勇者に殺されたことも無事交流を深めたことも両方ともにあった。
つまりはこの魔族の言うことに事実も嘘もあるということ。
だが、現実は常に弱肉強食だ。自分の我を通したくば、邪魔をするやつは口論でも暴力でも薙ぎ倒さなければならない。ならば、まともに聞くだけこちらが損をする。
摩耶は術中に嵌ってしまったようだがな。地球人には無理か。
肌の色をはじめ、自分と違う特徴を持っている者、または、自分と同じ特質が欠けている者に対してそれだけでその者の見る目を変えるのは良くないこと、という優しい教えを受けているからだ。
魔族のことも勉強させるべきか。魔族は基本的に力の信奉者で家族関係も薄い。人が居場所が取ったように魔族はそれ以上の土地を奪っていたりする。
「そうだ。お前たちが殺した」
「お前がいなければ、助かる命はあった。静かに生きていた」
「殺した。お前が殺したのだ」
「殺したんだ。殺した。殺した──全部お前の所為だ」
召喚した魔物の幻術で他者の声を摩耶の頭の中に響かせる。
繰り返される非難の冷たい声が摩耶を責め立てて心を殺していく。
「ああ! ああ、あぁ! あぁぁぁぁぁぁ!!」
差別というワードもまた道徳感から自分がそれをしたことで精神が揺さぶられる。
小さな揺れからスキルを使って罪悪感を肥大化させ、摩耶自身がそれをやったと誘導していく。
奴らは基本平和主義者とやらだからな。言葉の意味はわからんが、何もない安寧を好んでいるということなのだろうよ。
「それの何が悪いのです。それが人というものでしょう」
「然り。ゼノビア殿の述べることに同意でござる」
魔族と摩耶の言い合いに割って入ったのは、ゼノビアとテスタロッサ。
「え?」
摩耶の壊れかかった精神が踏み止まる。
「摩耶は変なところで堅いのよ。人なんて勝手な生き物なんだからそんなこと一々考えなくてもいいの」
「それもまた然り。そんなのは摩耶殿だけではござらぬ。某も勝手でござるよ」
「……ゼノビアちゃん、テスタちゃん」
隣に立つ二人を涙目で見る。
「それにこの世界に無意味な人などいません!! ってシオン様なら言いますわ」
「……ふふ、確かに。見た目子供なのに知ったような口をするっていうか神様みたいっていうのか、ね」
「そうだぞー」
どこからかシオンの声が聞こえる。これはシオン様が肯定してくれているという安心感を得るための幻聴なのだと思った。
「ここだ、ここ」
少し離れた死体の下にシオンがいた。五人全員が「何故!?」と揃った。
木を隠すなら森の中、人を隠すには人の中。さらに、動くつもりのない人を隠すなら死体の中。こんな混戦で一々死体に突き立てて生死を確認するほど暇な者はいないという算段で隠れているシオンだった。
ちゃんとした理由はあって隠れている。ちょっと本当に見つからないのか試しにやってみたかったとかではないのでご注意を。
「気にすることなんかないぞ、摩耶。俺なんか国王に友達宣言されたが、俺は友人って思ってないから」
「ええ!!」
「よく思うだろ。自分は友達だと思っていてもそれは自分の中だけでその友人はそんなに好いてもなく知人程度にしか思っていないのではないか、とか。それだ」
「えぇー。だって、相手は国の王なんだよ!」
少しずつだが摩耶の冷たくなった心が明るく照らされていく。
「そうだ。良いこと言ったぞ」
「?」
「相手が国王。だから、友達になっておいた方がいい。それもまた、選んでいるのだ」
「っ!?」
魔族に言われたことを思い出し俯く摩耶。
その横で話が長く、虚ろ目で揺蕩うウル。話に付いてい来ていないようだ。この子は戦いにしか興味がなかったかな? 越後屋で学習プログラムはしているのだがなぁ。始めは文字もすぐに覚えたし、計算は大の得意。今では魔術にも熱心でちょっとした宮廷魔術師並みになっているのに、本人は魔術よりも暗殺で闘うのを好んでいる。
「それでいいのだ。利用して何が悪い? その自分勝手こそが人が人である証であり、欲だ。欲のない人はいるか?」
「いるんじゃないかな。ヒーローとか」
敵の甘言にも惑わられることなく弱きを助ける姿を想像してシオンの問いに答える。
「はずれだ。何のヒーローかは知らんが、ヒーローも欲深い。誰かを助けるという欲があるではないか。もっと簡単に言ってしまえば、食欲や睡眠欲、物欲に顕示欲。それらが人の本質」
「それじゃあ、私はあの魔族が言った通りなの?」
「何を聞いていたのだ? その通りだ。神々はそういう風に人を作ったのだ」
「神様は人が嫌いなの?」
「何故?」
「だって、そんなのただ醜いだけじゃない!」
「確かに醜い。――が、面白いではないか。それでこそ一つの生命の物語が愉快になる。誰ともかかわらない何も起きない話など駄作だ」
「……」
「それに勝手に生きて何が悪い? それも醜いのか?」
摩耶は頷く。さっきのシオンの面白い発言は納得できなかったか。
「なら、お前は何故生きている?」
「え?」
「お前たちはこの世界に断わりもなく勝手に生きているではないか」
俺は前例を見ているからこうして話す。人は自分のために他者を蹴落としてでも生き延びたいと願う生物なのだ。ふふふ、あの時の聖女の顔ときたら今でも笑みがこぼれてしまう。
「え? え?」
「深く考えなくていい。死にたくないから生きたいから生きる。理由はなんだっていい。世界は何と言ったんだ? お前の生に不許可を出したか? そもそもが間違いなのだ。世界に許可を求める必要もない。神々はすべてを肯定する」
そう、俺たちは許す。人を殺そうとも人を生かそうとも世界を破滅させようとも。それがその世界の選択と運命ならば。
ようやく終わったシオンの言葉に摩耶の心はすとんと憑き物が取れたように晴れ渡った。
「じゃ、じゃあ、さ、例えば、この魔族も倒しちゃっていいんだよね」
「ああ、それもまた勝手だ。俺の許可などいらん。自由にやれ。それともなんだ。感情面で言ってほしいか? 俺は好まないが、それで力が出せるなら言おう。お前の心の支えに俺がなってやろう。俺のために戦え」
「ふふ。そこは『俺を信じろ』とかかっこよく決めてくれるとかじゃないの?」
「そんな悍ましい言葉言えるか。感情に訴えるなんて気持ちの悪い。今のでも俺的にはかなり辛かったんだ」
「ムムム。話を勝手に進めないでほしいデスネ。あとちょっとだったのにデスネ。慰めとは健気で優しいのデスネ」
馬鹿にしたようなせせら笑いで茶化す魔族。
「寒いこと言わないでくれ。慰めじゃない。理解をさせただけだ。そうだ。俺は参加するつもりはないから安心しろ」
「舐めるなよ、ヒューマン如きがぁ゛!!!」
もっと残虐に美しく心を壊したかったです。
もっと楽しく心を折る方法を知っている方がいらっしゃればお教え願いたいと思います。
魔神
「私関係ないんですけど。勝手に巻き込まんといて」
「やんや言う所為で時折神界での風当たりが……」
「私何も言ってないじゃん!」