百十一話 王都動乱中④(兵士と学生)
「陛下、今夜の魔物の発生報告が七箇所を超えました」
宰相が伝令からの報告を国王に伝える。
「そうか……」
一時の静穏の沈黙を経て国王が決断を告げる。
「騎士団に出撃命令を出す。地図を出せ」
騎士から地図を受け取り、広げる。
伝令から伝えられた情報の下に騎士団の派遣場所を指定していく。
「これを団長位に就く者に渡せ。我に誤りがあればそちらで判断せよ、と伝えてくれ」
「はっ」
メビウスは【隠者】のキールに地図と伝令を命じる。おそらく闘技場の外にも魔物がいる最も速く伝えられるのは騎士ではなく彼だと思考する。
「騎士団は団長の別命あるまで待機を徹底させ、決して功を焦って勝手な出撃をさせぬように」
「御意に」
今日は冒険者のほとんどが闘技場に集まっている。それは自分たちのトップが増える一大行事なのだから興味を誘う。
だが、街の方にも冒険者はいる。そのほとんどもバラバラとなってこの日を楽しんでいた。だから、魔物の出現した今、武器は宿屋、仲間はどこか遠く。今も個々人で魔物と交戦状態に入っていることだろう。
頼りにはできない。
その冒険者たちだが、現在越後屋の避難者の中に混ざっているため戦力には数えられない。良くて越後屋の防衛に利用されるだけだ。国王の希望は当たらず、頼りにならないことは当たった。
救いはここにSランクの冒険者が三名いるということ。シオンはいつの間にかどこかへと言ってしまったようだが、ここの勝利は確実だ。ここの占領の後、Sランク冒険者には各持ち場に行ってもらい、この闘技場を避難場所として確保できる。
正直に言えば、シオンだけであってもこの場にいてもらいたかった。昨日今日と見せたシオンの能力は鮮烈だった。それにその配下たちもだ。ウルという少女、あのシオンの足元に手が届きうる者であることは確実。
あの商会は商人とはかけ離れた力を持つ者が多い。そのどれもが冒険者や騎士などで容易く戦功をあげられる。名誉も金も思いのまま。しかし、従業員はいずれもこちらの誘いには乗ってこなかった。その全員が戦力を劣勢から勝利に傾けることが出来てしまう力を持ちながらシオンと言う少年とヘルメスという青年に従っている。
「ここにいる者だけでここは抑える。ここは奴らにとってもう用済みだ。そこまで強力な魔物をここには配備してこないはず。任せたぞ」
「「「了解しました!!」」」
メビウスは下で魔物を抑えているオーランドたちや警護にいた騎士を見る。
そこには息子であるルーファスも参加しており、万が一ともなれば自分も参加する腹積もりでいる。この性分は先代たちから受け継いだ困った精神だ。
「ふふん。こんなんで俺に挑むとは。甘いぞ。……うおっ」
王族と一緒に観覧していたオーランドはようやく緊張感から解放され、楽な状態となり魔物を倒していく。
「ごめん。ごめん。そっちに行っちゃった」
かっこ良く決まったと思ったオーランドだったが、倒した魔物を一か所に集めて山にしているルウの天辺に投げた魔物の死骸がオーランドの側に転げ落ちる
「陛下、ルーファス殿下も魔物に立ち向かわれましたが、止めなくてよろしいのでしょうか?」
「良い。あれはあちらに居た方が輝いて見える。それにここには王国十一聖典の三人がいる。そのうちの一人にはルーファスの供回りを任せている」
国王陛下に控えていた文官は後ろで警護に当たっている【剛毅 アーク】を見る。
ルーファス殿下の側には【女帝 マリオン】がいてくれている。彼女の魔術は対人にも優れているが、対大群でも十分すぎるほどに発揮する。
しかし、彼女は仕事することなく、ルーファスが手を借りる前に自分で魔物を斬る。シオンからもらった短剣は十分にそのその役割をシオンの考えとは違う方向で役立っていた。
メビウスにはここに強大な魔物が来ることはないと自信をもっていた。騒ぎを起こさせていた魔術師はここから何かを支援する役割をしていた。でなければ、騒ぎを最も手っ取り早く大きくできる攻撃魔術を使うはずだ。
民衆のあの騒乱は回りくどい。
そして、魔術師は残ってはいるが、その役割は果たされている。増援に来たのは魔物。ならば、適当に騒ぎを起こさせて貴族の防衛に人員を割かせる。そのため、魔物もそこまで強くはないと見た。
ここは敵にとってもう用済みなのだから騎士団をここに集める必要もない。国民は王城のロビーを避難場所に使わせている。ここから収まっていくものだと予測した。
「貴殿、盾の使い方が上手いな。試しにこの盾を使ってみんか?」
「そうですか。じゃ、じゃあ、試しても」
負傷兵の盾を拾っていたが、同じく魔物と戦っていた騎士から自分の身長より少し小さいくらいのタワーシールドを借り受ける。褒められて照れるオーランドは盾を受け取り、魔物と戦っている仲間たちに戻る。
「うーん。シオンのあの動きみたいにはならないかぁ」
ルウはルウで魔物との戦闘に余裕ができ始めて色々と試す機会に変えた。ルーファスの友達枠で入った数段格の高い観覧席で見たシオンやSランク冒険者たちの動きを見様見真似で模倣しようと画策していた。
ルーファスとアルマはその支援に動いている。もし、本当に危なくなったら、【女帝 マリオン】の幻魔術で魔物の同士討ちをさせる手筈になっている。
「ルウ、大技は控えめにしなさい。他の人だっていつ崩れるとも限らないんだから。温存しておくべきよ」
「もぉ、アルマ堅実すぎ。ここはガツンとやって数を減らしちゃった方が良いって絶対」
「ちょっと、アルマもルウもお喋りは後で。また増援の魔物が来たよ」
「そーそー、俺が一番前にいるんだから、ちゃんと援護しろよー」
魔術より剣寄りの剣士一人・魔術も剣もいける万能手・攻撃メインの魔術師二人。アタッカー四人という編成よりも確実に良くなった。
剣士はタンクに、万能手はそのままで剣士寄りに、魔術師は一人がバファーになった。
「やるな。大人が負けてられない。来い!!」
騎士の一人が挑発スキルを使って魔物を集めている。続けて、騎士たちが【スキル 挑発】を使ってヘイトを稼ぐ。
そこへ魔術師の魔術弾幕。
それを戦闘中にも拘わらず見ていたのがルウである。
「ねぇ、あれこっちでもやってみよー」
「あの魔物が集まってくるのってスキルだろ。俺使えねぇぞ?」
そう。オーランドはさっき盾を使い始めたのでスキルは剣士系と多少の魔術スキルくらいしか使えない。アタッカーだったから守りの戦士系スキルは持ち合わせていない。
「そんなことないってぇ。やってみないとわかんないぞ」
そんなルウの言葉に乗せられてなんとなく真似てみる。
「手始めにあの盾の人がやってたあれ。オーランドやってよ」
「あれって……魔物の爪の攻撃が当たったと思ったら、吹き飛ばされたやつ? 大盾でなんかやって魔物がやられたのはわかるけどよ……」
ルウの標的にされたのがオーランド。騎士から受け取った盾で再現を要求する。
「全ては読みとタイミングよ。精進してやってみなさいよ。こういう場でしか試せないことはあるわ」
ルーファスたちでも魔物の交戦は問題なしとみて見学に徹していた【女帝】が騎士の盾の使い方に進言する。
まだ盾初心者のオーランドには難しいことだった。
騎士の動きを真摯に見極める。
「ただ盾を歩行しながら突き出しただけで人が魔物を結構な距離飛ばすことが出来るのか?」
先頭にいたはずの魔物が群の一番後ろまで巻き込んで吹き飛ばされていた。
「あれは【盾壁 ジェラール】っていう防御特化の騎士で王国十一聖典の一人だから無理に真似しようとしないように。あんなことができるあいつがおかしいだけだから」
それでもそんな人を真似出来ると思ったらオーランドは抑えられなかった。
頭で考えてもあれはどうなっているのかわからない。ならば、勘を頼りに模倣する。
なんとなくこんな感じだろうでやってみた盾の使い方だったが、しばらく魔物相手にやっていくうちオーランドは何かを掴み始めていた。そりゃ初めの方は失敗ばかり。そのたびに後方から支援が飛んでくる。
レベルが上がったような感覚を覚え、スキルの発現も感じ取れた気がした。
Sランク冒険者はというと群でも突出している魔物の相手をしていた。
剣聖にはカオスワイバーン。竜殺しにはマンティコア。どちらも狙ったように各々に張り付く。カオスワイバーンは竜殺しに全くと言っていいほどに近寄ろうとしない。剣聖の竜殺しに近づけさせる釣りにも引っかからず距離を取っている。
剣聖は問題ないが、空を飛ぶカオスワイバーンが相手ではどうにも時間がかかる。竜息でも吐かれようものなら騎士たちに毒の状態異常が付与されてしまう。
それを手助けしてくれるのが氷結の魔女。氷でカオスワイバーンまでの道を即座に作ってくれる。
それでも竜種の外皮は硬い。
「竜殺しの。ちと変わらんか?」
剣聖は分が悪いと判断してカオスワイバーンを諦め、ライオスに向かって走る。
Sランク冒険者としてのプライド? そんなので人死にが出たら元も子もないわ。それを英断できるのも冒険者の力量だ。
「こっちも困っていたところだ」
ライオスも剣聖に同意見だったようだ。
ネコ科特有の素早い動きとサソリのような毒針が無数に生えた節のある長い尾、コウモリのような皮膜の翼に翻弄されていた。
けれど、剣聖の高速斬撃なら容易く捉えられる。
ライオスも剣聖に向かって走り、すれ違う。互いの敵を交換する連携を図った。
ライオスはカオスワイバーン、剣聖はマンティコアに変わった。
カオスワイバーンの外皮を称号竜殺しの特攻が効き、墜落。落ちた竜を降りてきたライオスが上から貫く。
剣聖の剣がマンティコアの尻尾をぶった切り、マンティコアの攻撃手段を徐々に減らしていく。一流の剣士による解体ショーで為すすべなくマンティコアは死んだ。
増援の魔物もいつの間にか来なくなり、騒ぎを起こした者たちは一部が魔物に紛れて逃げたが、数人は捕まえて闘技場の安全を確保に成功した。