百十話 王都動乱中③ (ゴーレム)
「ナンダ、自ズト自衛ヲシテイルデハナイカ」
メネアの要請で屋敷に来たファントムは影から屋敷の様子を覗く。
タイタンとその部下になったメイドがゴーレムを動かし、ライドウは一人で大剣を持ち出して暴れている。そのサポートを忍者メイドが担っている。摩耶たちはここにはいないのか。
「ナラ、我ハ影ナガラ応援スルトシヨウ」
ふふふ、今のは裏方と我の影をかけているのだ。
ただの魔物程度ならばあの者たちでも蹴散らせるだろうが、指揮官はこちらで潰しておこう。指揮官の魔族はあの者らには手に余るだろう。
影に手を突っ込み愛用の大鎌を使う。
エチゴヤで鍛錬を相手取っている従業員にプレゼントされた。これを持っていると死神感というものが強くなるらしい。我が神と呼ばれるなど恐れ多い。教え子からのプレゼントでもあるこの鎌は我としては良い手加減になるからいつも使っている。
「オヤ」
ファントムが逃げ遅れたであろう青年と子供を見つける。
青年たちは自分たちに向くファントムの威容に怯え、後ろに迫る魔物を忘れて死期を悟ったように絶望する。
「スマンナ。不必要ニ怖ガラセテシモウタカ」
自分の姿を再認識したファントムは落ち込んだ様子で頭を下げる。
すると、子供がファントムに手を伸ばす。
「フフ。我ヲ恐レヌカ。将来ガ楽シミヨナ。モウ少シ待ッテオレ」
子供の頭を撫で、魔物に立ち返る。
ファントムは大鎌に魔刃を灯し、魔物の波に立ち向かう。
「神ノ威光ニ照ラサレヌ悲哀ナル愚者ドモヨ。我トコノ鎌ヲ恐レヌナラバカカッテクルガイイ」
魔物たちを挑発して自分の存在を示し、強制的にターゲットを自分に変えるスキルをファントムは使用する。元々こんなスキルは亡霊の魔物の我には不必要だったが、教え子たちのために取っておいて功を奏したわい。
挑発の中には威圧スキルが含まれ、ファントムの死のオーラに魔物の大半が発狂死していってしまう。
ファントムより断然大きい蟻の魔物が砲弾のような頭突きで襲いかかった。
ファントムは揺らがない。
薙ぎ払いから始まる振り回し。ヒューマン族でも出来そうなものだが、その速さが異常だ。この速さに誰もついてこれない。
速過ぎて見えないファントムの骨が微か見える度に魔物が細切れになっていく。
「すげぇー」
「ああ、本当にすごい。魔物が目の前で散っていく」
無邪気な子供の声と呆然と目の前を見る青年の声が重なる。
奇襲に回り込んできた魔物がファントムの背後を取る。
「あんた!」
青年がファントムに魔物の存在を教える。魔物の吐く炎が数発被弾する。
「安心ナサレイ」
何の能力か、鎌が鞭のように伸びた。それにより鎌であった時より広範囲に刃の嵐ができた。
最後の魔物を狩る時には鎌は元通りの大きさに戻っていた。
「おじちゃん? ありがと」
「ソウカ。我ハえちごやノアル方ニ仕エテイル。何カアレバ来ルガイイ」
「エチゴヤ!?」
アンデッドからエチゴヤの名前が出ると思わなかったのか、あのエチゴヤにはアンデッドも働いていることにびっくりしたのか、青年は聞き返した。
ファントムは不安気にしていた青年と子供を途中までエチゴヤに護衛することとなった。
・・・
「なんだんだ。魔物どもがどんどん死んでいってるじゃないか!」
「使えない魔物を回しやがったな。物量に誤魔化されたな。クソ」
居住区に魔物の襲撃を企んだ楽園の使徒の攪乱部隊が撤退を決め、居住区から出ようとしていた。
「ぐあ」
前を走っていた同志が壁に当たったように地面に倒れる。
目の前に立ちふさがっているのは青銅製のゴーレム? あの振る舞いは何かのサインか?
見ればゴーレムは二体、三体と増え出てきた。ゴーレムの一体が自分にぶつかった加害者を見て、自分が壁になって倒れたことに認識して思いついたようにパントマイムで壁があるような真似をしている。
「なんでこんなところにゴーレム?」
「所詮はゴーレム。魔術で突破する。司教様と合流だ」
「偽りの神に天災あれ!」
「正義は我々に有り」
抵抗の意思を感じ取ったゴーレムたちは自分たちの中から三機を教徒に向かって走り出させた。
壁のように並んでいた教徒たちはまるで道端の小石のように弾き飛ばされていく。
あり得ない光景に魔術師たちは一瞬で余裕を失い、魔術を発動させた。
人一人飲み込むほどの巨大な炎と地の槍が放たれた矢のようにこちらに向かってくる。
突破を計らい複数の魔術がゴーレムに被弾する。
だが、そんな魔術もシオンのゴーレムの一撃で消え去った。走りながら行われた腕の一振りで炎は四散し、岩は粉々に砕ける。
「ば、馬鹿な!」
教徒たちが目を見開いて叫ぶが、もう遅い。もはや逃げることも出来ないほどの距離にゴーレムは歩き迫っている。
これらの光景に教徒たちは驚きと共に硬直し、ゴーレムたちが暴れる様を呆然と眺めている。
「ゴーレムだろ。なぜこれでも倒れない」
「まさか! 穏健派のゴーレム!? なるほど我々を止めに来たか」
相手がゴーレム。それも魔術がまったく効かないことから記憶を遡って正解を導き出そうと頭を回転させる。
「もう完成していたのか!」
穏健派が楽園を目指すためのゴーレム。魔神が残したとされる楽園への幻想の導き手。
その伝承を手に入れたはいいが、魔術の構築に見当が付いていない様子だった。
大地からの祝福により際限なく魔力が供給され続け、大地を楽園に塗り替えていく。そのゴーレムの楽園において傷がつくものは存在しないという理屈からどんな生物以上の再生力を持つと言われている。
【地魔術 ゴーレム生成】の魔術によってできた簡易のものとは違い、細部まで創りこまれたゴーレムを捉えて注視する。
聞いた話ではその大きさは伝説の巨人種に引けを取らないほどの巨大な体躯だったはず。
如何な、目の前のが敵には変わりない。
「これでは我々に勝ち目がないか」
ここで死ぬことを悟った指揮官が一つの命令を下す。ここで何もせずに死んでは自分に意味がなかったと証明することになる。魔神様のためにも無意味に死ぬことはあってはならない。
「あれを使って構わない! こいつらをここで沈め、同志たちの成功させる未来を勝ち取るぞ!」
楽園の使徒たちは指示に従い取り出した丸薬を飲み込む。そこに信徒の躊躇いはなかった。
かつての同志たちが私たちに未来を残していったように今度はそれが私の番だ。私は未来をつなぐ。心残りは神々の蛮行を世界に知らしめた後の世界が見れないことか。
丸薬は学園都市でも使われた人を異形に変貌させてしまう禁忌の薬物、その完成形だ。協力者の魔族に渡した実験と検証に大分日にちを取られてしまった。
しかし、すべてが完成品というわけではなかった。一部の信徒が異形へと進化した。薬物に適合できなかったのか確率に愛されなかったのか。
信徒にとって味方が目的の果たしてくれるのならこれは変貌ではなく進化と言える。ここで自分は終わる。しかし、目の前の強敵と相打ちになって同じ思いを持つ士の助けとなることを思いはせて選んだ。
楽園の使徒たちの変化は収束し、姿は先の同志たちとは違い、姿変わらず人の一歩先に生まれ変わった。
数十名いた信徒から成ったものはたったの六名。だが、指揮官はこの結果に満足していた。異形へ進化した信徒は成った傍から獣のようにゴーレムに攻撃をしに行った。
六人。だが、天恵を授かった六人だ。楽園の導き手が相手だろうと負ける気がしない。
自身も彼らに続き、天恵を受ける。
異形になっても役目を全うしようとする同志の後を追い、ゴーレムの排除をする。
進化した恵みか魔術も身体能力も強化されているはずだ。
なのに、ゴーレムは盾を構え、微動だにしない。
回避されるなら広範囲に効果を与える魔術を使うと考えつくが、何を撃ち込んでも平然と耐えられる防御力をもつゴーレムにどう攻めたらいいのかまるで見当が付かなくなってしまった。異形の死を顧みない特攻とも思える物理攻撃でも傷がつくことすらなかった。
楽園の使徒はその場で呆然とし、思考が停止する。
ゴーレムが目の前まで接近する。攻撃が歯が立たず防御も意味をなさないのではないか?
進化したことで得た希望は絶対に越えられない壁に絶望を与えられる。
進化を果たした同志の一人が【空間魔術 格納庫】から武具を散らばせる。
彼は空間魔術という希少スキルの先天性の持ち主。空間魔術を持っていれば、ある程度の実力とそのスキルだけで軍に雇用されるほどに便利なものだ。それを彼の両親が悪用しようと画策し、彼が虐待されていたことが彼の入団した理由だったな。
自分のような被害者を生まないためにと教団で熱心に動いてくれていた彼の死の間際にそんなことを思い出す。
彼から受け取った武具を装着するも虚しくゴーレムの一団から飛び出た一機のゴーレムに先頭に盾を構えた同志が死の鎌に刈り取られ吹き飛んだ。
受けた同志の頭部が潰れ、民家に突き破った。
まるで嵐が吹き荒れるようにゴーレムの一機が暴れ、数人の教徒たちは四方に弾き飛ばされた。勢い良く石の壁や床に叩きつけられたのだ。生死は定かではないが明らかに戦闘不能だろう。
見れば、エルフに似ているゴーレムは片脚を振り上げた状態で制止し、ゆっくり足を降ろした。ようやくわかることがあのゴーレムが横薙ぎに回し蹴りを放ったこと。それも盾の上から。
そのゴーレムは次々に同志たちを無慈悲に殺していった。天恵などなかったかのように。
最後にはゴーレムに囲まれ、諦めの付いた表情をする指揮官の身体に剣が貫き手が無数に貫通する。
もう他の信徒たちもゴーレムにやられている。
それだけを見て指揮官は地面に倒れ、終わろうとする。
ゴーレムはもう戦意のない兵を放置して主の元へ戻るかと思われた。しかし、残酷にもゴーレムは未だ息のある信徒たちに再度剣を突き立てた。不運にも再生力が安らかに死ぬことを許さなかった。
何だも何度も剣を押し刺し、楽園の使徒が苦痛に顔を歪ませても変わることなくHPを完全にゼロにするまで続ける。
シオンに創られたゴーレムは主やそれに連なる者の声は聞き取ろうとするゴーレムらしからぬものがあるが、信徒たちの命乞いには何の反応も示さない。
これが我らに与えられた神の罰か――。
・・・
騒動が起こる前のこと――
変化はいつもいつの間にかだ。
一体のゴーレムに髪の毛? が生えていた。いや、生えているというより乗っている。ゴーレムの頭部は兜で覆っているはずなのだが、取れている状態で乗っていた。顔は作成時に追加で彫っていたのでのっぺらぼうということは一応ない。
「その頭、どうした?」
作った時も言葉は理解しているようだったので今回も話しかけてみた。
すると、他のゴーレムたちも呼んで俺の前に並んだ。
「解説します」
「なんだ?」
一体の秘書風のゴーレムが一歩前に出てきた。こんなゴーレム作ってたか? しかも喋れているし。他ゴーレムのジェスチャーを翻訳するみたいだ。
「すみません。私は秘書ゴーレム。みんなからは『ひーちゃん』と呼ばれています」
「そうか」
冷静は保っているが、結構動揺する出来事だな。
「王よ、本題に戻らせていただきます。彼のアフロ、いえ、髪の毛についてですね」
そもそもなぜアフロになったのかという原因も知りたかったりするが端に置いておこう。
「我々、ゴーレム一同は皆、王のために仕事をしたいと常日頃から思っています。そして、我々は至ったのです」
「何に」
「王の命を待つのではなく、自分たちで行動するように思考を続けている内についには意思を獲得したのです」
「お、おぅ」
「意思が芽生えると個というものが生まれました。その結果がこれです」
アフロを指さして声高らかに胸を張って誇るひーちゃん。アフロの毛は木々から毟った葉でできているようだ。もっさりしてる。
「ああ、はいはい。次はこっちを見てやってください」
他ゴーレムに促され、アフロゴーレムだけではく俺たちも見てくれと催促される。
「こっちはマッチョゴーレムです。翻訳しますね。『王よ、見ていただけてますか! この筋肉!!』 だそうです。私に言わせないでください、こんな言葉」
筋肉って……。お前ゴーレムじゃん。金属じゃん。あ、でも、確かにあるな。
「これ、どうしたんだ?」
「彫りました」
「あっ、そう」
「これは彼女の趣味なので、外側から筋肉らしいものをそれっぽく作ったのです」
性別は女性なんだな。
「え、『これは本物の筋肉なんだ。そんな偽物みたいに言うな』ですか。知りませんよ」
内輪でなんか揉めてる。
「次に行きます」
まだあるのか。
「こちら、美人ゴーレム。モデルはエル様から頂いた資料にある古代のハイエルフとなっております」
ポージングを取って紹介を受けるハイエルフゴーレム。シオンに仕えられることを改めて感じ、耳がパタパタと上下に動く。
耳打ちでひーちゃんに何かを伝えている。喋れないはずだが。
「ええっと、スリーサイズと体重はあまり知られたくないそうです。趣味は格闘。いつでも王の敵を粉砕したい、と仰ってます」
「おっ、おぅ」
「まだ行きます。こちら、楽士ゴーレムです」
リュートらしきものを持ってメイドたちに聞かせている。こんな状況にもメイドたちは慣れていくものなのだな。
アフロゴーレムが横で頭を縦に振っている。リュートでそれは無いだろ。
あ、アフロ落ちた。
「今では少しずつ音楽が流行り始め、バンドを組むゴーレム、バンドゴーレムもいます。あとは――」
「よくわかった。ゴーレムは自分たちで増やしたのか?」
まだ居そうなのでここで切る。
「はい。王の願いであるゴーレム統一国家の立ち上げに邁進しております」
「え!?」
こっわ。いつの間にそんな感じに。
「というのは冗談で。一つを極めるのに時間を労してしまい、数がとても足りず、我々で作りました。。ああ、主設定は王なのでご心配なく」
「まぁ、楽しそうなら俺は良い。それとは別に俺の呼称なんだが」
「『王』ですね。これが何か?」
「何故に王」
「王が初めに創ったゴーレムが騎士だったからです。騎士ゴーレムは騎士らしくあるために主の呼び方も騎士らしくしまして今ではそれが標準になっているからですね」
「その騎士ゴーレムは今何を?」
「あそこでヒーローごっこをしてますね。私には理解できないことですが」
あれ、訓練じゃなかったんだ。立てこもり犯役のゴーレムの説得とかジェスチャーでしてる。
そうだ。秘書なら困ってた越後屋の書類仕事やら製造やら色々をひーちゃんにやってもらうか。ついでにエルにも。もうなんか越後屋で色々とやり過ぎてる気はするが。
ゴーレムたちは今日も屋敷で自由に遊んでいる。