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百八話 王都動乱中① (エチゴヤ)

 首謀者が召喚前に呼び出した魔物。加えて、上級魔族の召喚魔術で各所に魔物が散らばり、被害をまき散らす。

 あるところでは、

≪来ますね≫

「何がです?」

 書類作業を行っていたエルが事務室より飛び出して外へ向かう。


≪支配人はメネアに緊急事態の発生を伝えなさい≫

「エル様! いったい何事ですか!?」

 支配人が聞き返すときにはもうエルの姿は無く、越後屋前に二つの斧を持って臨戦態勢を取る。

 先駆けで来たのは先行打撃部隊。知能があれば魔物の集団にそんな名がつけられていたでしょう。まずは第一群ですか。


「ふっ!」

 エルの斧が前衛のゴブリンを吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされたゴブリンは後衛や後続に弾丸のように当たり、味方を派手に巻き込んで壁に衝突して死亡する。そのゴブリンと壁の間には数多くの魔物が挟まっている。


≪やはりこう多いと吹き飛ばすに限りますね≫

 エルはゴブリンやオークを次々とかっ飛ばしていく。

 攻撃速度を遅くして身体をぶった切るよりも早く押し出せば誰にでもできる。

 ただその前の技術が一般向けじゃない。この絶妙な匙加減が斬るよりも難しい。


≪おや、選手交代ですか。それにしてもこの気配からして魔王ですね。マスターもいることですししばらくは大丈夫でしょう≫

 ゴブリン勢力は得るの目の前から去り、代わりに大型の魔物であるキマイラが立ちはだかる。


≪この戦いをマスターに捧げます≫


 蹂躙が始まった。

 エルの斧は大型さえもバッサリ一撃で斬り捨てる。

 武器を振る軌道そのものは直線的で読みやすいが、その初速が尋常ではない。例えば武器であれ盾であれ、まともに受けたなら盾ごと諸共に叩き潰されるだろう。

 しかし、強力な一個体でもこれだけの数をすべて抑えることはできない。小さいのが道の脇からすり抜ける。

 斧を投げようとすれば、大型がそれを妨害するようにエルに詰め寄る。

 一撃で倒せるとはいえそれがまだまだ多く残っている状況で軽傷でも無視はできない。投げるだけで斧の必中効果が発動させられるのだが。

 エルは独楽のように回るだけで周囲の魔物を切り刻んでいる。

 その中には耐性と力で強引に回転を止めようとする魔物も等しく斬られる。これはエルの斧のミョルニルの効果で全粉砕が働いている。

 どんな防御も意味なくやられていく。


 住民を守るべくこれでも防御に集中していたエルは少しずつ前進して攻勢に出る。

 召喚した主が一人でこの軍勢を操っているとは思えない。となれば、各戦場に将がいる。

 この数と質を物ともしない敵を前に指揮官は何を思う。


≪む。魔族ですね≫

 エルとは反対方向に空へ羽ばたく小さな下級の魔族が一匹。

 指揮官を失った魔物たちはエルへの恐怖で一気に戦線を崩壊させる。

 あの魔族が統制を行うスキルで恐怖を抑制していたのだろう。


≪これで投げやすくなりました≫

 背中からザックリ真っ二つにされた下級魔族が地面に落ちる。


≪これでここは安泰ですね。他はどうなっているのでしょう。念のため、電磁兵器の解除を申請≫

 動乱の一部はエルの手によってあっという間に抑えられた。



 ・・・



「エルさ――んから緊急ですか。……確かに緊急ですね」

 シオンのスキルということで自分より上なエルがエチゴヤでは部下になっているが、『様』と付けないことに慣れていない。


「あの、何がですか? エル様に聞こうと思ったのですが居なくなってしまい」

 支配人はエルに言われたとおりにメネアに伝言を伝えるが、意図がわからない。


「一時営業を終了とし、一階の陳列している商品を倉庫にゴ-レムを使って棚ごと戻します。一階から三階までを解放。避難場所を作ります」


「え、避難!?」


「従業員には大切な者がいるなら真っ先に連れてきなさい、と伝えてください」

 これから訪れる災害に備え、メネアはキビキビと指示を出していく。しばらくはエルが支えてくれるため時間に余裕はあるが、すべては抑えられないはず。行動は迅速に行う。


「はっ、はい! 取引先の方もここへ連れてきますか?」


「当然です。ここが他のどこよりも最も安全な場所なのです。シオン様が繋げた縁をここで失うわけには参りません」

 支配人はメネアの指示を受けて幹部にも伝令に走る。

 避難誘導に割く従業員や片付けの人手、地下にこっそりと作られた武器庫から武装を一式用意する人。やることは多くある。


 もう来てしまったのか避難に来た住民が慌ただしく越後屋に逃げ込んでくる。

「魔物だ。大量に来るぞ!!」

 避難誘導を個人でしていた血塗れの男が入ると同時に倒れこむ。避難住民の殿を務めていたのだろう。それを一人で誰に言われるでもなくやり遂げたこの男にメネアは心の中で称賛した。


「母ちゃん。僕たち魔物に食べられちゃうの?」

 家族で避難してきた不安で仕方ない子供が母に尋ねる。

 母も不安でこの質問は母とてどう答えればいいのか戸惑わせる。その戸惑いが余計に魔物への恐怖を募らせる。


「心配無用です。ここは御方の城。そこらの王城などよりも立派な居城です。魔物などに屈っしはしません」

 子供の頭を撫で、メネアは越後屋の最前線に向かう。扉は重厚にしてあり、予備として武装した従業員も配備させている。

 しかし、閉じている限り一階からは出られない。


「エチゴヤさん! 俺は見たんだ。あれは魔族だったんだ! たとえ下級の魔族でも貴族様の騎士が死を覚悟して挑なねば勝てないような相手なのだ!」

 殿をしていた男が身体に鞭打ってメネアのもとまで歩き、情報を伝える。


「御心配ありがとうございます。でも、斯様な不安はすぐにでも払拭してくるとしましょう」


「エチゴヤさん!!」

 止める声も聞かずにメネアは二階の窓から外に飛び出る。


「屋敷の方は任せても?」

 誰に聞かせるでもなくメネアは影に語る。


 越後屋の扉前では従業員が盾隊を前衛に後ろから安全に魔術や矢で倒している。来る魔物は大量だが。エルのお陰で数も対処ができる範囲内に留まっている。メネアから指揮を学び、任された支配人が指揮官をして、怪我人なくできている。

 ただ一匹、他の魔物とは明らかに違うのが。


 そこに現れるメネア。

「魔族ですか。魔物の先頭に立って強襲とは豪胆ですね。指揮官の魔族もいるということでしょう」

 将は後方で切り札になるのが定石なはずだ。


「ふん。あんな後ろで喚くしか能のない下級の魔族と一緒にするじゃねーぞ。俺様の格は中級の魔族だぜ!!」

 自分が中級であることを誇らしげに語り、中にいる避難住民たちにも聞こえて恐怖に陥れる。

 殿をした男が見たのは下級の魔族。しかし、ここに現れたのはさらに上の中級の魔族。絶望に染まった。


「ここでむざむざと撤退してくれれば楽なんですけどね」

 自信満々の相手にぼやくメネア。その顔に水滴が落ち、意識は魔族ではなくこれからの天気の方に移りっていた。


「それは残念だな。この戦いの果てに得られるものは我が王に捧げられるもの。ならば、王の畏敬のために献上をしなければならない」


「そうですか。その忠誠心は分かるところがあります」


「おぉ、そうか。お前にも忠誠を示せる相手がいるか! 此度の相手は中々に。では、やるか!」

 会話も終わり、中級魔族が型を構える。


「……先日の虎人の一団とはまた違うようですね」

 虎人の統制とそのリーダーを名乗るアンデッド、奥に映る召喚された指揮官と先陣に出た中級魔族を比べ、同じ魔王という称号であっても仕える主が違うと思案する。


「わかるぞ。お前、強いな」


「……あなたは弱いですね」

 中級魔族がメネアを強者と見定めて構える。剣や魔術は使わず、体術をやれるらしい。手にはガントレットが装備されている。


「これは俺様が闘った一番の格闘家が身に着けていた物でな。拝借させてもらった。良い物だろう」

 恐らくは特殊級だろう。それを持っていた武人でもこの魔族には敵わなかったということだ。


「どうか全力で闘えることを願おう」

 願いの対象は自分たちの王、つまりは魔王。

 対するメネアは、これから拳を合わそうとする相手に萎えていた。

 全力? ふざけるな、と叫びたくなる気持ちを抑える。

 しかし、これが相手の作戦の可能性も捨てきれないからだ。


 一度冷静になってしまえば、すべてに冷たくなれる。内心メネアは楽しみにしていたのだ。

 シオンに仕えることができるこの時代、非常に嬉しい。

 けれども、不満はある。

 心を燃やせるようなそんな相手がいないのだ。初めにしたシオン様との対決は楽しい。スヴァルト様との家事対決も楽しかった。暇つぶしに後進の育成をしているが飽きは来る。


 そこに出てきた魔王の復活。きっと世界を破滅させるだけの力を持っているのだろう。その部下であれば楽しめる、と。ここの者らを安全地帯に移したら、やろうとしていたのだ。

 なのに、全力で闘おう? 舐めている。

 構えを取る魔族にゆっくりと歩いて不用意に近づく。


「ん? なんだ?」

 これまで闘ってきた武人たちはこんな接近の仕方はしてこなかった。お互いに警戒しながらも組手を始め、制するように流れを作っていく。それが中級魔族の見てきた武人たちだった。

 だというのに、この強者と認めたメイドは走るでもなく、歩いてきた。


「俺様が認めた武人がそんなことをするな!!」

 魔族は認めたはずのメネアにやる気というものを感じず怒り、拳を振るう。

 しかし、当たることは無かった。


 初手は【スキル 威圧】で魔族の敏捷を低下。

 初動で一気に離脱されることを封じてから【スキル 分身】を使って魔族を囲む。

 まずは見えていない背中から分身が【スキル 奇襲】でダメージを与えていく。スキルのクールタイムについては分身がそれぞれで行っているので順番で使い、止まることを知らない。


 虚を突けば、【スキル 奇襲】が発動する。その力は、一回のみの攻撃力の上昇。

 メネアは分身を使い、【スキル 暗殺術】と【スキル 隠形】で常に魔族の意表を突くことで【スキル 奇襲】の発動条件を満たして連続で使っている。

 攻撃が届く範囲まで近づくともう敏捷性は必要ない。名前は憶えていないが、酒場でエルフの連れにやったように付与魔術でデバフを自分につけて【スキル 手負いの獣】の発動条件もクリアする。

 この魔族は前衛職で頑丈だ。反撃がたまに来る。


 しかし、メネアには当たらない。

 メネアたちは常に魔族の周りを動きながら囲み、【スキル 立体起動】も使用して目まぐるしく翻弄する。

 メネアがメネアの持ち上げる手を利用して魔族の後頭部を殴り、態勢を崩しにかかる。

 ガントレットなどもう【スキル 武器破壊】でボロボロに壊れ、無残に地面に残骸が転がる。


 あまりに一方的。

 また頭にメネアの素手の拳が来る。

 今度は本体のメネアの拳。分身よりも強い拳闘術の進化形である拳王術が中級魔族を襲う。


「雨は良いですね。いつでも熱くなった頭を冷静にしてくれる」

 メネアは空を見上げながら、唐突に意味不明なことを言いだす。中級魔族は震える足を無理矢理後退させながら、黙って言葉の続きを聞く。


「それに見てみなさい。あんなにも殴って血飛沫が舞ったのに綺麗に雨が洗い流してくれる。これって素敵なことだと思わない?」

 まるで舞い踊るように華麗なステップを踏みながら、中級魔族の正面に向き直るメネア。血と雨にまみれた顔は、満面の笑みに溢れていた。


「──っ」

 中級魔族は生命の危機を感じ取り、即座に踵を返すと、全速力で逃げ出した。


「逃げ出すと思って、足、取っておいたので無駄なことはしなくて大丈夫ですよ」

 無理やり体を起こし、足のあるべき部分に視線を移すと、──膝から下が綺麗に切断されていた。地面におびただしい鮮血が流れ出ている。


「戦いは始めたら勝敗が見えていても最後まで殺り合うのがあなたの言う戦士というものですよ」

 メネアの一人が中級魔族の横に立ち、再度殴る。もう一人が追い打ちをかけて浮かんだ魔族を地面に叩きつける。


「あ。あーあ」

 頑丈な魔族なものと思っていたメネアは公道の地面にひび割れをつけてしまった。


「これ、どうしましょうか」

 ヒビが幻術でもなくしっかりついていることを確認するとメネアの攻撃はより一層苛烈になる。


「あなたがもっと頑丈であったなら私は、私は、――ここに傷をつけることも無かったのに!!」


「やめっ……ぐはっ。もぅ…」


「それと! お前たちの人数・配置も教えなさい!」


「メネア様、もう気絶しています」

 首根っこを掴み取り、力の入っていない魔族の身体を持ち上げる。偉ぶり威厳のあった顔つきは生への渇望に豹変してしまった。


 メネアの一撃は分身との威力の差は明らか。あまりの衝撃に魔族の身体を通り越して後ろの空気が振動させる。

 それだけ言い残して最後の一撃に声にならない声を上げつつ、魔族の肉体は消滅する。物体として残ったのは、魔石だけだった。

 打った構えでメネアはしばらく制止して息を整え、何事もなかったように魔石を拾う。


「これを売れば、修繕費くらいにはなるでしょうか?」

 安全を確保できたところでエチゴヤの従業員が外の片付けを始め、避難住民に回復薬を配る。開発部がエルや従業員が倒した外の魔物たちを見て宝の山だと嬉々として解体を進めた。


「この規模、上級魔族も現れることでしょう。解除しておきますか」













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