百四話 vsSランクエルフ
存在を見られた騎士たちはそのことに気づくことなく、倉庫に向かう。
扉の前で暗号らしき言葉を中に伝え、扉が開く。
運び込まれた少女たちは目を覚ましたが、自分がどこにいるのかわからなかった。
身体には力が入らないうえに縄で縛られている。魔術も使えなくなっている。どのみちまだ魔術は使えない。
攫われそうになった時の抵抗で魔力をほとんど使い切ってしまった。
「ジョーカー。こいつらどうしやすか?」
騎士たちはお互いをコードネームで呼んで会話をする。暗号に偽名。この実行犯たちは余程慣れている様子。彼らの雇い主が頻繁にしていた証拠だ。
「お前たちはここに待機だ。ここを見張っていろ。デュース、地下牢に連れていけ。こいつらは大事な人質だ。ひん剥いて逃げれねぇようにしておけ。他みたく手は出すなよ。それでエース、追跡者は?」
「追手は無しでさぁ」
「よし。次の段階に入る。エースは越後屋に矢文を撃ち込んで来い」
攫ってきた騒がしい娘たちを牢屋へ繋ぐ。この牢屋以外にも他の牢屋に娘っ子たちが収容されている。
「ああ゛ーー、暇だーー!」
この男の叫び声一つでも誘拐された側にしてみれば、恐怖でしかない。
アリアとイニシアはお互いの身体を寄せ合って身を縮ませる。メネアに鍛えられたとはいえ、まだ成人もしていない少女たちだ。
「うるせぇぞ、トレイ。酒飲んで座ってるだけの仕事の何が不満なんだよ。楽な仕事じゃねぇか」
「だってお前、目の前に裸の女どもがいるのに手を出しちゃいけねぇなんて、これじゃ俺が牢に入れられてる気分だよ!」
「お前間違っても手を出すなよ。下手に手を出して舌でも噛まれたら、俺まで隊長にぶっ殺されんぞ」
「わかってんよ。それと仕事中は隊長じゃなくてジョーカーだろ。ジョーカーは神経質なんだから呼び方一つでも何するかわからんぞ」
「そうだった。こえぇ、こえぇ」
「何喋ってんだぁ?」
「あ、エースさん。外の見張りは?」
「大丈夫、大丈夫。誰にもバレてねーべ」
「聞いていいですかい、兄貴」
「どったん?」
「この仕事、なんで俺たちに回ってきたんですか? いつも通りなら闇ギルドに任せて俺たちは主の守りじゃねーですか」
主に近い存在であるコード持ち。それもトランプの一を持つエースならと見張りが今回の仕事について聞く。
「ああ、いや、話しちゃなんねぇことなら俺はいいですぜ」
「いいんじゃね? 俺たちが直々に出張った理由は主の所に依頼が来たことだ。それも上司から」
上司。主は貴族家系。なら、もっと上の爵位持ちか。
「で、確かにいつも通りなら実行犯はお得意様の闇ギルドだった。だがよ、その闇ギルド消えたんだよ」
「夜逃げですかい? 闇ギルドが」
闇ギルドの不在に適当な理由を付けて笑う見張り。
「さぁな。わからん。俺も場所は知ってっからよ。行ってみた。そしたら、建物ごと消えてた。探すのに苦労したぜ、まったく。でもま、主は依頼してきたのが上司で断れない。使っていた闇ギルドはいない。だから、自分の所の騎士を使っている。そんな訳だ」
シオンが潰した闇ギルドがこんなところにも被害を出していた。
・・・
「――準備が整いました」
「……そうか」
そこは人目を避けるように、そして注目を避けるように暗い室内。その中で言葉を交わす者たちがいる。
「全ては貴方様、そして我等の為に……」
「あぁ。どうなろうともお前達には付き合って貰うぞ」
「勿論でございます。ここまで邪魔されたのです。失敗する訳には参りませんよ」
「……わかっている」
暗がりに紛れるように会話を交わしていた者の気配が消えていく。
残された者は小さく、そっと溜息を吐いた。
「もうすぐ、だ」
小さく呟いた言葉には、その言葉には収まりきれない程の大きな感情を込められている。
それは怒りだった。それは憎しみだった。それは、猛る炎のように熱く。
同時に、冷ややかまでの冷徹さも交えている。猛るが故に殺し続ける、矛盾なる感情。
激しく燃えさかる感情を押し殺すほどの冷徹さを併せ持った影もまた、闇に紛れて消える。
影たちが蠢く。闇の中で、静かに這い寄るように。その時が来たるまで……。
・・・
ウルや剣聖とはそこまで派手な戦いにならないだろうと思って聞かなかったが、次の試合はそうもいかなそうだ。
「すまない。この舞台の強度は如何ほどか」
シオンは今更ながらに案内役に一つ質問した。
「これは魔術への耐性の高いものを使い、壊れにくいものです」
「そうか。ありがとう」
試合が始まる。身代わり人形に互いに接続し、開始の合図を待つ。
「それでは、これよりアウロラ対シオンの試合を始めます」
最初の一撃は氷結の魔女からだった。
「◆◆◆◆……」
序盤で上級魔術。シオンは詠唱から魔術を読み取る。
会場に霧が立ち込める。
徐々に霧が深くなり、周囲を凍り付かせている嵐が完成する。これは魔符では防げまい。
会場もすでに少し凍り付いている。
「【氷魔術 ヘイルストーム】なの」
試合場を凍らせていく氷吹き荒れる嵐がシオンを襲う。
「【火魔術 アストラルサン】」
太陽の如きその炎は氷を完全否定する。
「寒いのは苦手なの?」
「ふむ。氷には苦い思い出もあってな」
「そう。ごめんなさいなの」
ただ一つの魔術を極めた結果として独りになっただけのこと。気にしていない。
ダッシュで詰め寄って魔力を帯びた拳で正拳突き。
アウロラは前に進みながら拳を脇からくぐり抜けて俺に剣を振る。
だが、シオンは手の甲で剣の斬り上げをいなす。手を魔力で覆って刃を通らなくさせているから出来る芸当だ。
剣聖に勝った俺に剣で挑んでくるとは中々に強気だ。
構え直してシオンは蹴りを繰り出すと、アウロラはシオンの蹴りの下を潜って攻撃をする。
俺は横に頭を傾けるとさっきまで頭があった場所にアウロラの外側からの剣が通る。
シオンも地面に片手をついて蹴りに使った足を横に再び蹴りをするのだが、空振りに終わる。
シオンに追撃。剣が振られる。
とっさに俺は地面を転がり剣が届かない所へ。そのまま転がり、距離を取ってから肘を立てて身体を浮かす。勢いよく回転しながら起き上がる。
やはりそれでも追ってくる。
シオンは魔符を取り出して五枚使う。魔術が解き放たれてアウロラを牽制する。
少し見合って見合ってアウロラが先に動く。
「はい。そこ」
シオンが何かを口にした瞬間、アウロラが横に飛ばされる。
「なに? 爆発なの? 魔術? 詠唱はしてなかったの」
「ずいぶんと饒舌じゃないか。もっと楽しもう」
地面を転がっているときも蹴りを躱されて手を地面に付いているときも魔符を使って動きを止めた時も。
魔符を試合場の至る所に仕掛けさせてもらった。
「ここからは色々させてもらうぞ」
一枚の魔符を取り出す。そこから発生するのは霧。
あっという間に俺とアウロラの姿が見えなくなる。観客には悪いが、少しの間退屈していてもらおう。
加えて索敵で邪魔が入らないよう【スキル 隠形】も使わせてもらう。
「◆◆【風魔術 風撃】なの」
使えるのは氷属性だけじゃないようだ。風の下級魔術を乱発する。でも、この霧は晴れない。最初こそあの一枚だったが、すでに何枚も使っている。
観客席がざわつき始めているな。まったく剣聖との闘いはそれ相応に楽しませてやったというのに。
まぁ、良い。もう支度は整った。
「それ何なの?」
「答えは俺を倒せば分かるかもな」
霧がシオンの許可で晴れていき、現れたのは五人のシオン。
一部から歓声が聞こえるが盛り上がる場では無いと思う。
五人のシオンが一斉に動き出す。
「幻?」
幻魔術のことを知っているのかな?
アウロラが一人目を斬る。
「外れだ」
斬られたシオンが爆発する。
爆発でアウロラがノックバックを受けて怯んだ隙に四人のシオンが囲んで魔符をばら撒いてその場を去る。
効果は爆破。
アウロラの周りで爆発が連続する。
「アウロラ!」
おや、ガガットとか言ったか。彼女なら無事だ。この程度でSランクを名乗れるはずもない。
「平気なの」
爆破前に詠唱を行っていた。あの少ない時間で。無詠唱ではないけど、省略型でアウロラはドーム型の氷の壁を作り、周囲を防いでいた。
「だいたいわかってきた。◆◆ ◆【氷魔術 三氷爪】なの」
シオンに数多の氷の氷柱が襲い掛かる。一番最初の上級氷魔術はより速くするための布石か。
「こういうのもできる」
魔符を自分の前に放る。魔符が起動して土の壁が出来上がる。その壁が氷柱を防ぐ。
壁は氷柱に貫かれて完全に守られているわけではないもののほとんどの氷柱からシオンを守っている。貫いた氷柱もシオンにまでは届いていない。
アウロラはシオンが氷柱に引き付けられている内に壁の裏へと走りこむ。
遅れて気づいたシオンはアウロラの不意打ちに動けていない。
シオンの胸に刺さるアウロラの剣。
しかし、一向にシオンの身体から血が出てこない。
「それも外れだ」
今度は雷属性だ。シオンの身体は電撃となってアウロラにダメージを与える。
残り三人。壁の上で立っていた。
「ついでに」
上を見上げたアウロラの足元から爆破が生じる。
「気を付けたまえ。俺の魔符には見えないようにしてある」
「なら、全部凍らせるの」
アウロラは氷魔術で周囲一帯を凍土にするつもりでいる。
「そんな暇は与えないぞ」
どんなに短ろうと詠唱はしている。魔術を発動させようとしたアウロラにもう一発爆発が襲い掛かる。
「踏んでも爆破。俺の任意でも爆破。どうする?」
「【氷魔術 氷雪地帯】なの」
ほぉ、爆破を喰らっても詠唱を続けていたか。
周囲が氷に覆われてシオンの立っていた壁も耐久力を失い、崩れる。
ジャンプで飛びのく三人のシオン。
そこに二本の氷の柱がシオンを刺す。空中で動けないところを狙ったってわけだな。
一人のシオンは風の刃になって氷の柱の先端を裂く。もう一人のシオンは土に戻って崩れていく。あの強度を破壊されたか。
本物を見つけてアウロラは一気に接近する。
初撃、二撃目も躱されたがシオンは体術をしてくる様子はない。
さらに一歩踏み込もうとすると嫌な予感がした。
アウロラは進路を変えてシオンから離れる。
「分かっちゃったかな?」
踏み込もうとした場所に爆発が起こる。
「でも、空中にも仕掛けられるなんて言ってないはずなのだがな?」
「何となくなの」
先読みを勘で。
そういって詠唱をしながら近づくアウロラ。その際も地面に貼られている魔符を切断して発動できないようにしている。
もう魔符は見破られたか。
彼女の場合その勘がスキル化していない。それでも、分かってしまうその性能。直感スキル持ちにはより簡単にバレてしまうわけか。ここら辺も魔符の課題だな。でもそっちに力を入れると感知対策が。
詠唱は完了して氷が前三方からアーチ状になって迫る。
その三つのアーチの中には剣を持って氷と突き進むアウロラが。
あの氷、単なる爆破では止められなさそうだ。先端を破壊してもまた即時再生して迫ってくる。
シオンは新たに魔符を取り出してアーチに投げ込む。
今度のは一瞬の爆発じゃない。
魔符が起動してそこには豪火球が空中に浮かぶ。炎が氷の行く手を阻む。
次に水。
魔符から飛び出る大量の水でアウロラは押し流される。豪火球は空中にあるので干渉しあわない。
水なら氷属性でも無闇には使えない。自分まで凍る可能性は少ないが、寒さで身体が鈍る。
シオンは地面に仕掛けた魔符のほとんどを起動させる。
使われる魔術は電撃。先程出した水を伝って無数の電撃がアウロラを襲う。
決着は着いた。
――かに思われた。
まだ試合は終わっていない。
電撃を喰らったアウロラの姿は氷となって崩れる。
俺が最初にやった分身のようにアウロラも分身をいつの間にか作っていた。驚くべきはそれをシオンに気づかせず騙し果せたこと。
「【氷魔術 魔氷羅鎧】なの」
分身とは離れているところに現れたアウロラが氷の鎧に覆われて守られている。彼女が氷を身に纏ってから観客から白騎士と呼ばれている。彼女にも呼び名が複数あるようだ。どうやら俺だけではなかった。安心。
「あの子があれを使うなんてね」
諫める役目の女性が感嘆するように言う。
もう魔符は終わりだ。これ以上の善戦は無理だろうな。次は剣で遊ぼうか。
――足が動かない。
俺の水を利用したな。
氷で足を封じられた。上から巨大な氷の柱が降る。
「次の気分的には、鎌かな」
シオンは【固有スキル 形態変化:刃身】で生み出した大鎌を持って無事を会場に伝える。
アウロラは思考する。この二つの魔術を行うために分身に氷魔術を使わせていなかった。隙は突いたはず。それでも効いていなかった。頭上は人の死角であるのに。わからない。彼にはまだ何かが?
その大鎌は如何にもレイス系上位アンデッドが所持していそうで、人が触れていい代物なのかと疑問を持たせるような漆黒の鎌だった。
「今度のは剣聖の時のように簡単に壊れないぞ。こんなこともできる」
アウロラが放った氷を切り裂く。どうやら彼女の魔術の省略スキルは高いようだ。下級魔術なら詠唱無しで。
「魔術を斬るの?」
確かに魔術の迫るスピードは速い。しかし、反応できないほどかと言われれば、否だ。
あとは魔術に合わせて鎌をそれに重ねるだけ。武器が相当に頑丈で無いと折れて失敗するので今回は魔力多めで鎌を作った。
大鎌を振り回して魔術を切り裂きながらゆったりと進む。
「あいつ、剣聖と渡り合う程の剣士だったはずだ。そんなんで他の武器がまともに使えるわけがない!」
シオンの謎の行動に思考巡らせるアウロラの一行に対して別の場所から見ているメネアは楽しそうに笑う。
「ご存分に。我が主様」
通常、剣聖には劣るが剣でもトップクラスのアウロラに付け焼刃の武器など愚かに侮っていると捉えられる。しかし、相手はシオン。本人は気分で武装変更をしているわけだが、アウロラは警戒心を一層強くする。
今までとは打って変わってシオンが接近、アウロラが後退という図式になった。その際もアウロラは詠唱をしている。
次に見せてくれるのは俺を中心とした全方位からの一斉攻撃。
右手で回しているから左側への対応が不得手と思うなかれ。持ち替えて縦に回転させると勢いを殺さずに氷を防ぐ。
「ちっ。攻撃は防がれるな。おい、オリビアだったらどうするよ」
「そうね。今のアウロラの攻撃は一つ一つがバラバラだったけど、同時にシオンに当たりそうなのもあった。なのに、彼は防いで見せた。あの守りを崩すのは難しそうね」
「でもでも、僕みたいに盗賊系の職業なら間合いの内側に入れるんじゃないか?」
「あの自由自在に動く大鎌に入るなんて無理よ」
「うーん。それもそうなんだよね。人にはどこかに癖ってものがあるんだけど彼にはそれが見当たらないんだよ」
アウロラがシオンより勝っていないとガガットとしてはタダじゃ容れない。
「攻撃はそうかもしれないけどよ、防御ならアウロラだって負けてねぇ」
アウロラの纏う氷の鎧。あれは余程の貫通力を持たねば、突破できない。この絶対と言われている防御もアウロラがSランクになれた一因でもある。
今もシオンの鎌を防いでいる。
「あなたではこの防御は突破できない。直に私が勝つの」
長期戦を見越したか。それは俺の武器が鎌だからか? それは俺がお前ごときに対してメタ装備を決めてこなかったからか?
「あなたが槍のような貫く武器。それも特殊級以上を持っていたなら変わっていたかもなの」
槍は持っている。魔力をこの鎌のように多く込めればアウロラの守りを覆すことが出来るのだろうよ。
確かにこのままであれば長い戦いの末に俺の体力切れが見えるのかもしれない。俺が防御を優先にしているままであれば。
「氷で身体を覆ったくらいで俺の鎌を攻略できたつもりか? 笑止千万」
ゆったり魔術を防いでいたシオンがアウロラの一言で動き出した。
アウロラの目の前で鎌を振るう。アウロラはシオンの瞬動が見えなかった。認識してなかった。
この動き、前に仙人を名乗る人がやっていたのを見たことがある。
「無明刻!?」
記憶を引き絞って出た答えが言葉となって呟かれる。シオンがしたのは、以前勇者と争って祭りってことにした時の認識させない歩法だ。
「これを知っていたか」
知っているなんて程わかっているわけではない。ただ経験があるだけ。
その仙人が使っていた技を使えるなんて。
「あなたは何なの?」
これだけ近づくともう魔術が撃てない。シオンの鎌を防御するのは備えていた氷の鎧と持っている剣。
鎌という使い手を選ぶ難しい武器。
使いこなせない者からしてみればそうなのかもしれない。しかし、すべての武器を巧みに操るシオンには造作もないこと。
「確かに硬い。その強度、誇りたくもなる。その鎧を正面から破壊するのもいいけど、そろそろ決着はつけないとな」
アウロラの後ろから人影が。アウロラもわかってはいるが、シオンの苛烈な鎌捌きを防御していて動けない。
その人影は地面から這い出てシオンの姿に変貌していく。その体の中心には魔符があった。
「あからさまな弱点を持った分身だけど、今の状況では辛かろう」
「最初の分身はこれなの」
「そうだね。最初は少し凝ってみたんだ」
魔符からの分身なので俺の能力は持っていない。魔符の部分以外は多少頑丈な人形だ。
分身はすぐに排除させられた。しかし、そのお陰で氷の鎧を破壊した。
今までの闘いから大方の分析は済んでいる。剣を使う魔術師。職業の二つ持ちなのかと考えたが、これだけの技量を長命なエルフでも無理がある。それ以前に彼女はエルフでも若い方だ。決め手はスキル。彼女、魔術師のスキルなら頻繁に使っているが、戦士のスキルは無かった。
とすると、特殊スキル。いや、特殊にはこんな能力は無い。なら、固有スキルか。
固有なら、今の俺の管轄外だ。固有スキルは個人のもので全く新しいもの。鑑定でもしないと名前も不明。
職業二つ持ちなんて今は珍しいかもだけど、昔は結構いた。対処もそれと同じで良いだろう。
だが、問題が起きた。
「もう鎌は飽きたかな」
シオンは鎌をあっさり投げる。鎌の使いたくなる一時的な気分が収まったのだ。どうせなら最後に有効活用で。
シオンは鎌をアウロラにぶん投げる。
「【氷魔術 氷華】なの!」
アウロラの氷の鎧はボロボロでそれ任せに防御はもうできない。アウロラは華型の氷の盾を斜めに作り出して投げられた鎌を逸らす。最低限で防いだか。
「次は何にしよう。む?」
途端、会場が影に覆われる。今日は晴れのはず。
上を見上げるとシオンは口角が上がる。
「これをずっと」
おそらくは二重詠唱のスキル。アウロラはずっと詠唱を進めていた。かなりの集中力が必要とされるものだ。
会場の上空。そこにあったのは氷の巨星。俺が骸骨竜に使った隕石よりも大きい。この試合場に収まるギリギリのサイズ。今にもその巨星が落下しようとしている。
道連れではなく、勝つつもりのようだ。アウロラが試合場の端に行って守りを固めてようとしている。
「つれないなぁ」
俺にはあの氷塊を防ぐ手立てがない。無いことも無いのだが、そんな気分ではない。つまらなくなる様なことはしたくもない。
魔力不足も相まっているのだろう。足が遅くなっている。
そんなアウロラに追いついて腕を後ろに回して拘束する。
「私が勝つの!!」
「それはどういう?」
あっ、こいつ。加護の欄に氷竜王の加護を持っている。効果の内容は氷属性耐性と氷属性能力アップ。身代わり人形の判定勝ちを狙っている。
なら、先に倒す。
「でも、私は油断しないの」
自分の腕から俺の手を凍らせようと氷を這い寄らせる。
シオンはとっさに手を放してナイフを取り出して最速の一刀。
シオンの次の行動を呼んでいたかのようにアウロラの左手に氷の盾に展開される。
「後はここを凌ぐの」
左手でもナイフで刻む。これも盾を展開されて防がれる。その上にアウロラは霧を発生させる。
守りに入られてアウロラの勝ちが決まったかのようになった。
その状況を変えたのは、血液。
アウロラの背後から剣が飛び出す。【固有スキル 形態変化:刃身】の効果で血液から剣を生み出したのだ。
この血液、剣聖との試合の時の真剣白羽取りで落ちたものだ。昨日のがまだ残っていた。
飛来する死角からの剣に反応しきれずに盾で守れない。アウロラは足に掠り傷を受けて顔をしかめる。
少しとはいえ傷が出来れば痛みが走る。痛みが出れば動きが鈍る。
これでは逃げ続けてもいずれ不自由な態勢で捕まる。アウロラの逃げの一手はここで失った。
「あぁぁぁ」
傷口を氷で塞いで俺に剣を向ける。考えを改めた。
「守っているだけじゃあなたは危険なの」
【氷魔術 氷絶彗星】のことも忘れてお互いに目の前の相手を一刻も早く殺しきることで頭がいっぱいになっている。【氷魔術 氷絶彗星】まではまだ遅い。
アウロラはもう一度分身を。今度は五人がかりでアタックする。
剣で各々攻撃するが、シオンに返り討ちになる。そんなのはアウロラだってわかりきっていた。
シオンに砕かれた分身が崩れることなく、シオンの剣を分身の身体に縫い付けて剣を封じる。シオンの足元に転がった分身も足を地面と一緒に凍らせる。
さらにさらに、分身と本体でより霧を濃くさせる。
この霧の中で自由に動けるのは私だけ。
残り魔力は少ない。氷で剣を強化する。
「【氷魔術 氷剣】なの」
今も分身がシオンの足止めをやっている。それでもシオンの動きを完全に止めるに能わず。
残る分身一体も消滅。あと分身は一体。
分身に陽動を任せてアウロラはシオンの背後から接近する。
最後の一体もやられて完全に後ろを取ったアウロラ。
「最後までよく頑張った。称賛を送らせてもらおう」
こちらに振り向いてシオンがアウロラの剣を素手で掴み止める。足は氷で止めた。分身で意識は割いた。自分は気配を消して死角の後ろから……。
なのに、反対にシオンのナイフがアウロラの胸に刺さる。
「まだ……終わって…ないの」
そして、巨星が試合場に落ちる。
審判はあれを観た時から一目散にこの場を去った。
胸を貫いてアウロラが気絶状態になったところで大鎌よりも多くの魔力を込めて魔剣を生み出す。
その魔剣で以って氷星を斬る。
現れた一人と一つに観客たちが度肝を抜かれる。
一人のことはシオン。
なら、一つとは?
氷が斬れたことで太陽を再び目にするはずなのにまだ影の中。
「よくもまぁ、これを!」
俺は今、笑っている。この時を待っていた。俺は歓喜している。昂っている。
二つ目の巨星が姿を現して空を覆う。二重詠唱を最後まで。もう一つは同じ魔術。それも大量に魔力を消費するようなこれを。
それでも俺に剣を向けていた。
「見事であったぞ、アウロラよ。そして、これでお前への返礼とさせてもらおう」
剣聖にやった基礎の剣術を昇華させた仙術が初伝、【閃輝】。
巨星が落ちた振動で会場が揺れる。
Sランクエルフの固有スキル ステータスチェンジ。ステータスを操作できる。スキルの進化ではなく、生来の物。
例・最大HPを-1000してMPを増やそうとするなら、最大MPが+1000される。どこかを減らしてどこかを増やす。
ステータスを変えてAランク並みの剣士にもなれるが、職業が魔術師ゆえに剣への補正が無く、Sランクレベルには到達できない。魔術などで剣を補助してようやくAランクと並べる。