九十五話 創造神、中華もいいがイタリアンも食べたい
「ふぅぅ。これが貴族社会かぁ。すんごい怖かったぁぁ」
俺が責められているときもずっと後ろで黙っていたものな。怒鳴って話に割り込むよりは良かったぞ。
王城の侍女に案内されて会食の場に連れていかれる。
そういや、料理を頼まれていた。行かねば。
「厨房はどこだ?」
「すみません。いくら男爵様と言えどそちらには行けません」
「怪しむ必要はない。俺は厨房に招待されている」
貴族ばかりの会食。不確定要素を連れて行って事件になったら、自分の首が飛ぶことを案じているのだろう。
「まず先に皆さまを仕度の部屋に連れていかせていただきます。厨房へはそれからということで」
「了解した」
少し遅めにシオンは厨房に到着した。
「私は料理長に確認を取ってきますのでここでお待ちください」
ここまで案内してくれた侍女が忙しなく働く料理人をすり抜けて料理長の所に説明に向かう。
「ようやくか、遅いぞ!」
「待ってください、料理長! 本当にこんな子供に貴族たちへの料理を任せようとしていたのですか!?」
怒鳴り声。話は通してあったのね。で、それが冗談でも何でもないと俺が来たことで理解したと。
ま、その反応が普通だ。
通常なら子供に貴族の満足いかせる料理を作らせるなんて正気じゃない。俺だってそんな博打はしたくない。
この前来た料理長の女性とその付き人らしき男性の他にもう一名の男性が料理長に口出ししながらこちらに来る。
「俺は付き人じゃなくて副料理長」
俺の言わんとすることに気づいたのか本人から訂正が入った。
「で、こいつも副料理長ね」
もう一人の男性を指さして紹介してくれる。
「お前は黙っていろ! ここは俺たち料理人の戦場であり、聖域なんだ! お遊びの子供に荒らされていいような場所じゃない!」
コックの方々にとって厨房は神聖な場所、自分たちの誇りや象徴。そう易々と踏み込んではいけないのだ。
だから、彼の怒りは最もだと理解できる。でも、耳元で大声を出さないでほしい。
「大丈夫だ。彼の料理は私も食べた。悔しいが美味かった」
負けず嫌い発動してる。
「しかしっ! ここは我々の聖域。大方どこかの貴族が入れ込んだのでしょう! 幾ら貴族子息でも料理人の何たるかを知っていそうにもない者がここを気軽に入っていい場ではない! 」
宥め役のもう一人の付き人副料理長が割り込んで説得にかかる。
話を聞いていた限りでは、俺がハンバーガーやロールケーキを売った相手の中に食通で有名の貴族がお忍びで居たらしく反論を繰り返していた副料理長を止めていた。
料理長の性格に一役買ったぎゃあぎゃあ煩いプライドの高い料理人には、この人も含まれているとわかる。
「なぁ、あれって今日叙勲されるって人だよな?」
「俺たちはただ料理を作るだけだ。誰が貴族になったって気にしねぇよ。料理長もそうだろ。だから、あの子供の側に付いてんだ」
……「これ以上は時間の無駄だ。彼の料理をあとで食べさせてもらえばいいだろう。手を止めるな。もうすぐ始まるぞ!」
こちらの話に聞き耳を立てて手を止まっている料理人に檄を飛ばす。
それよりもうすぐなの? 俺、ヤバイじゃん。
「厨房の奥を空けてやれ。手伝いは出せんが、食材は好きに使ってくれて構わない」
料理長の彼女の言葉通り一部の調理場が空き、そこを俺が使う。
「運がよかったな。ルイン公爵が料理人の追加を手配してくれていたおかげだ。公爵が援軍をお貸ししてくださらねば、追い返していたところだ侯爵に感謝することだ」
王城に招かれた貴族は多い。ましてや神の一族も来ている。十分な戦力を万が一にも備えて整えておかねばならないのだろう。
しかし、ここでも公爵とは。善行に目覚めたわけでもないだろうに。
せっかくのパーティーだ。奮発していこう。酒を出そう。飯を出そう。騒げや、歌え! ってことで。
摩耶が屋敷でごねていた通り中華、もしくは、イタリアンに決めよう。餃子と炒飯、マルガリータにパスタ。よし、中華で。
食材は好きに使って良いそうなので抱えて厨房に戻ろうとしたら、侍女の人が他の人を呼んで運ばせてくれた。こういった労働は下働きの者にやらせるものなのだと怒られた。俺、貴族になっていたんだっけか。
言われただけだから、実感ない。
まず、餃子作っていこうと思う。
一からやるのは時間がかかると思って事前に屋敷で作り置きしておきたいから多めに作ろう。
あとはしっかり味を付けてタレなしでも食えるようにしようと思う。
タレは人それぞれの好みだし。俺的には醤油6:酢3:ラー油1の割合が好きだ。
キャベツ、ニラ、しょうがとニンニクがあったな。醤油と酒は俺のところにあるし、鶏がらスープの素、ごま油に大事な餃子の皮は地球で買っておいたのが余ってる。
まずはキャベツをみじん切りにして塩もみしたあと軽く絞る。それからニラも細かくみじん切りに。
厨房から拝借したボールにオークジェネラルの挽き肉を入れて、おろしたしょうが、おろしたニンニク、醤油、酒、鶏がらスープの素、ごま油、塩胡椒を加えてよく混ぜる。
そこに塩もみしたキャベツ、ニラを入れてしっかり粘り気が出るまで混ぜる。
餃子の餡ができたら、皮で包んでいく。
包んで作り置きの分まで大量に作ったぜ。つい熱中してしまった。この量、消費されるか?
「あとは焼けば出来上がりだけど、このままにして出す直前になってから焼いた方が出来立てって感じだし美味いか」
グゥゥゥ。
腹の音か? 俺ではない。
恐る恐る後ろを振り返ると、涎を垂らしそうになっていた料理人たちがいた。
腕組んでマジマジと餃子を見ている。
いやいやいや、さすがにこれは渡せない。すべて食べられそうな目なのだもの。
一応魔術で盗み食いをさせないようにしておこう。
俺の目が離れた隙に手を伸ばした料理人が餃子に触れようとして障壁に阻まれる。
わざと目線を外したみたりすると次々に壁に邪魔される大人たち。
新人らしき料理人も挑戦していたが、同じく触れることは叶わず、俺の次の料理を一挙一動を見逃すまいと熱心に見つめている。
あまり露骨に見るのはどうかと思うが構わずに進める。
中華鍋を【宝物殿】から取り出しす。Aランク級までならいざとなればしっかり盾としても使える中華鍋だ。
餃子を食べるのを諦めた料理人たちは俺が何を作ってくれるのかと見ていると、どこからともなく取り出したのは、厚切りのベーコンだ。
一目で上等の逸品だと分かる品を、豪快に切り分けていく。続いて、ネギもみじん切りにしていく。
油をひいた中華鍋に溶き卵を入れたらすぐに飯を入れて卵を絡ませるように混ぜる。チャッチャッチャッと卵と米を掻き混ぜる音が厨房に響かせる。
次はベーコンだ。ネギと一緒に炒めると、ベーコンの脂の美味そうな匂いが厨房に漂う。
手際よく炒めるジャッジャッという音に見ている料理人・気にしてはいるが見に行けない料理人の喉が思わず鳴った。
除けておいた卵を加えてさっと炒めると、更に盛り付ける。
「よし、炒飯完成」
俺の完成の声を聴いてメイドが集まる料理人をかき分けてやってきた。そろそろ出番の様子。
餃子を颯爽と焼いて羽根つきの餃子と炒飯を盛った皿を彼女たちに託す。個人的に炒飯にはマヨなのだが、今は持っていないし、パーティーにマヨネーズは出せない。
片づけをして俺もパーティー会場に移動しようとすると、貴族たちの歓声が聞こえてきた。そんな盛り上がってるの?
すでにパーティーは始まっており、シオンは遅れて参加する。
シオンの入りと同じくして追加の料理も運ばれてくる。すでに貴族たちは何かしらを話しているが、騒いでいない。一部が料理を食べて盛り上がっている。
学園の生徒も貴族の家系の者は参加している。こういった場で縁を繋げるのが目的と見える。
リリス会長もいた。アリオットはその警護として参加しているようだ。メルクーアの姿をみえない。シオンは怪しんでマップ探査を使う。案の定、アリシアと研究室に籠っている。あいつ、参加したいとか言って王都まで着いてきたんだよな?
「主様、遅かったですね。もう始まってますよ」
「今は何をする時間だ?」
王の座る一段高い椅子の周辺に一列になって大勢の人がいるのを確認してメネアに聞く。
「これは国王への献上品です。我々も渡しに行きます」
「我々なのか? 俺一人ではなく?」
「私は越後屋の代表として行きます。王国商業許可証のことがございますので挨拶に行かないのは、失礼に当たるかと」
ああ、外聞的には必要なことだな、俺はすっかり抜けていた。
「列も空いてきたところだ。そろそろ行くか。こういう場合は国王の気に入りそうな物を渡すよな」
「そうですね。気に入ってもらうためにも媚びを売るのは重要ですから」
「俺は一応手持ちの適当な物にするが、メネアは決めてきたのだろう?」
「越後屋の諜報を使いましたが、現国王の趣味嗜好までは集められませんでした。現在も鋭意収集継続中です」
「ふーん。一年もまだ経っていない新設された組織だしな。無理もない」
先程よりは短くなった列にシオンとメネアも並ぶ。
献上品は、魔剣。
そんなものしか用意していない。最初は俺の作った料理を献上品にしてはどうかとも考えていた。
魔剣はすでにイスタールに何本かは売っているので目新しさがなくてつまらない。だから、献上品はいつもより強めに作ってある。
魔剣を布で包み、国王のところへ向かっていると横からキラキラした目線を感じる。
「ほぅ。これが気になるか」
身長は俺と同じといったところか。こんな小さい子まで給仕をさせているとはそんなにも人材不足なのだろうか。俺を見ているのは、給仕の格好をした二人の子供。兄と妹の関係かな。若いのに苦労をしているのだろう。
「頑張っている君たちにこれをあげよう」
シオンは二人の子供に短剣を渡した。
二人の子が目を見開き、呆気に取られたような声を上げるが、能力は保証するから安心して欲しい。そんじょそこらの魔物なんて簡単に掻っ捌けるような良い解体ナイフだから。
給仕も大変だ。外殻の堅い魔物の解体作業をしないといけない。それを子供にやらせるとは。まさかこの子らは解体に関する才能があるのか。
「何、大したものじゃない。解体の上手い君たちへの投資だ。能力はやっていく内に覚えていくと良い。あ、少し肉臭いのは俺が肉を切るのに使っているからで。ここの剣より綺麗に捌けるから友達と一緒に食べると――」
「解体!? 捌く!?」
「あの、シオンさん、この剣ものすごい魔力を感じるんですが……一体……?」
シオンの言葉を遮って傍らの少女が驚いたような訳が分からないのような声をあげる。銘持ちのナイフだったはず。よく竜種の肉が斬れるから重宝していた。
次の瞬間、俺は会場を彼らの近くにいた変装をしていた騎士たちに囲まれていた。