九十三話 創造神、叙勲式に挑む
「なんで私まで」
緊張した趣で王城の控え室を歩き回る摩耶。どうせ暇なんだろう。これも経験、と口には出さず頷く。
まずは俺の男爵位の叙勲式なのだが、一人では見栄えなどの問題でメネア・摩耶・ゼノビア・ウルが招かれた。
テスタロッサは断固として拒否。大勢の人の前がどうも苦手らしい。今までは森の中での生活で注目されるということがなかったからかもしれない。
リンは国家間での色々な問題が。例え神託で越後屋に来たからと言えど無視はできない。
全員ドレスを身に纏い、いざ貴族共が待ち受ける戦場へ。
ちなみに俺はドレスではない。摩耶がしつこく強請ってきたが、あしらった。
「そろそろ、お時間です」
控え室の警備の者がそう告げる。
俺たちは謁見の間へと向かう。
中は貴族たちが真ん中の玉座の手前まで続く赤いカーペットを挟んで立っていた。
「誰だ。豪傑の男だと言った者は。あれはまるで違うではないか」
シオンは悠然と歩き、自らの立ち位置に向かう。
聞いていた話ではシオンは冒険者。貴族たちは無作法でも多少は目を瞑ろうとしていたり、シオンを責めるネタをと考えていた。なのに、シオンの振る舞いは実に見事なものだった。
国王の玉座が置かれている場は一段高くなっており、その後ろに王国の国旗が掲げられている。
貴族位を受けるのは俺だけでメネアたちと玉座の目の前まで歩く。酒場で聞いたのだが、ライオスはすでに貴族の出で貴族位は貰わないらしい。ただちょっと爵位が上がるのだそうだ。
音楽が流され始める。
「国王陛下、ご入来」
司会を務める高官が国王の入室を宣言し、国王が玉座に着席すると同時に荘厳な音楽に変わる。国王だけでなく、この間会った王妃も座る。
高官が宣言したところで貴族が跪く。
「シオン様、ここはさすがに私たちも」
「仕方ないか」
こんな小さなことでも色々とあるんだよ、俺には。もし、献上でもしようものなら下賜になるぞ。こんな大勢の前じゃなければプレゼントってことにすればなんとか良いが。
過去にあったのだ。
他国の王が来日し、礼儀として他国の王が招待した王に頭を下げた。招待した国からは礼儀を仕損じない他国の王を良い目でみた。しかし、他国の王の国では、国のトップが頭を下げたことで『他の国の君主に頭を下げるとは何事だと』と怒りの声が上がった。上に立つ者は大変なのだ。
俺が跪いて後々に起こる問題。近場ではメネア。遠い所で神界。面倒この上ない。こんな些事でも気にする奴がいるんだよ。
そんなことを考えて憂鬱になりながらもそれでも下界を騒がせてもより近場が煩そうなので王の登場に跪く。
下界に何らかの大きな被害が出たとしてもしょうがないことだと割り切ろう。俺は関係ない。俺、ちょっと膝を床につけただけだから。神なら神って言えよ!とか後から言われても知らないから。
「面をあげよ」
静かに立ち上がる貴族たち。シオンも同じように玉座を見る。そこには、王の他に以前に孫の治療をしてほしいと越後屋を訪ねてきた公爵がいた。宰相の仕事をしていたのか。確かイスタールの弟とか言っていたような。二代に渡って宰相にお世話になっていると。
「これより叙勲式を始める」
国王の開会宣言で叙勲式が始まる。
「まず、アウスト侯爵。前へ」
一人目の功績者が王の御前に呼ばれて褒章を受け取りに行く。
「アウスト侯爵。十数年にも渡る歳月を経て薬学の進歩を成し遂げた。よって金貨二百枚を褒章とする」
「有難き幸せ」
アウスト侯爵は下がり、次の人の番へ。
「フェルス子爵。前へ」
「フェルス子爵。帝国侵攻の際にヴェール砦の死守嬉しく思う。貴公の軍が無ければ帝国によってより深い侵攻をされていただろう。よって、金貨三百枚を褒章とする」
砦は奪われたものの侵攻は治まっている。その止めた報酬か。
「有難き幸せ」
フェルス公爵も自分の立ち位置へ戻る。
「それでは、冒険者シオン。前へ」
今度は俺の番か。名が呼ばれ、前に出ようとすると、もう一人貴族の中から現れた。なんだ同名か?
「国王陛下、少しお待ちください!!」
謁見の間に大きな声が響き渡り、国王が褒章を述べるのを遮って段取りを止める。
「なんだ、男爵? 何か意見でもあるのか?」
国王はさくさく進んでいた進行を邪魔した男爵を睨みつける。それでも怯るまず続ける。
「国王陛下。失礼いたします。ですが、まずは先にこの者の処罰をせねば王国の失態になりまする」
「良いだろう。話してみよ」
「陛下の寛大なるご配慮に感謝を。話す前に」
男爵が指を鳴らす。それを合図に結界がシオンを囲む。試しに軽く触れてみるがバチバチっと弾かれる。
「これは何の真似だ、男爵。我はここまでのことを許可していないはずだが?」
魔力の出所は複数。貴族の中から。儀式魔術だな、これ。こんな弱々しい結界を数人で。
「私が陛下の叙勲を妨げたのはこの者、シオンが叙勲を受けるに相応しくない危険な犯罪者だからです!」
文官や壁際で非常時に備えている兵たちがどよめく。貴族たちもこのような大舞台で何を言うのか、と騒いでいる。
落ち着いているのはルイン公爵くらいか。驚きは、突然予想しえないことが起こるからするものだ。ルイン公爵はこうなることが分かっていたのではないか?
「この者は、多くの犯罪を重ねている重罪人なのです! このような者を貴族にして良いのか!? いいえ、そんなはずはありません」
俺を捕えて安心したのか、男爵の独り舞台が始まった。アドニスが言っていたことは本当だったのか。脅迫に使うための出任せだと思っていた。
「男爵、それは憶測などではなく、確かな根拠がお有りで?」
進行役の文官が男爵に尋ねる。
越後屋は民衆に支持者が多い。だから、民衆ではなく自分の派閥がいるこの場所。それにここでなら直接俺を裁けると。
「この者の犯罪歴は数知れず。殺人、強盗、窃盗、暴行、脅迫、恐喝などが判明しております」
「さらに、スラム街に蔓延る裏社会の者たちと何やら手を組んでいるそうなのです。これは最もな証拠となるでしょう! この短期間でSランクにまで成り上がったのも悪事に手を染め、他者を陥れてきた結果であることは明白!」
「あまつさえ精霊の独占をしているという疑いも!」
「このような極悪人に陛下が叙勲したことが明るみに出れば、他国の王や王国の民からどれほどの誹謗中傷が陛下や我ら貴族に向けられることでしょうか! 私は貴族の責務と信じて進言させていただきました!」
男爵の手には俺がやったと記されている書状が広げられていた。
その内容を男爵が読み上げる度に、参列する貴族たちから「死罪にするべきだっ!」だの「恐ろしい平民だ……我らは騙されるところであったのか!」だの「陛下を謀ろうとは!!」であったりと好き勝手に騒ぎ始める。
この騒ぎに自分から止めに入り込むような者はいない。
しかし、一人、疑問に思った者が。
「しかし、その書状に記されているだけでは根拠とならぬのでは? 私も男爵のことは知っておるが、あまりいい噂を聞かぬ男であると感じていたのだが」
貴族たちからの非難を受けても、アーク・シュバルツリーゼは心の無い笑みを浮かべたままである。
「なんと! これほどまでに危ない者を危険を冒してまで調べ上げた男爵を神の使徒となられた末裔の貴殿が否定なさるのか!」
「身体を張って進言した男爵への侮辱ですぞっ!!」
「今すぐにでも言葉を撤回し、謝罪すべきです!!」
男爵が手を挙げ、皆に静まるように促す。
それより気になったのは、この前体術勝負をした【剛毅】の称号を持つアークが神の一族と呼ばれている方だ。あいつがそうだったのか。誰の子孫だろうか?
「シュバルツリーゼ公爵の言うこともごもっともであります。私の証言や、この手紙に書かれていることだけでは確証に足らないことは重々承知しております」
「ほぅ。では他にもあると申すか?」
「物証もございます。しかしながら、この場に出すべきものではないかと。ですので、この式典後に」
国王の問いを受け流す男爵。でも、本当に用意してるっぽい。そんな顔だ。
「しかし、それでは納得が出来ない方も御座すでしょう。ですので、簡単な照明を。それは精霊の独占です」
「先程も言っていたな。独占を止める権利が我々に無いことも知ってのことか?」
「はい。ですが、その扱いが問題なのです」
「彼らは精霊たちを収集し、不当に扱っているのです。精霊の消失も彼が関わっています。これは精霊に何かしら干渉できうる彼らにしかできません」
精霊の消失ねぇ。精霊は魔力があれば、どこにだっている。
消えたように感じられているのは、精霊に選ばれていないから。でも、これを言ったところで信じてもらえるかどうか。
精霊王の余波は物質的にもあったようだが、こっち側にもあったようだ。
「皆様方のお怒りは理解できます。しかし、我らは民の模範となるべき貴族である。感情を抑制し、気品ある立ち居振る舞いをするべきだ」
「未来ある若者に安易に死罪を申しつけることが、国の政を任される我ら貴族のするべきことだろうか? 私は違うと思う! 貴族だからこそ、若者が間違った道へ進んだとき、正してやるのが貴族としての役目であり、責務なのだと!」
良く言うものだ。お前の不正は越後屋の諜報部がきっちりと集めていたぞ。お前が言った俺の事件。これはお前がやっていたことだろう。
今の越後屋の諜報部では、公爵家は不可能だが男爵家程度ならいつでも潜入と制圧ができるようになっている。すべての男爵の情報の情報は越後屋に集まっている。
「そして、その役目。是非とも公爵に。この優秀な才能を持つ若者を必ず正しき道へ導き、更正させて欲しいのです」
「ああ、引き受けよう」
アスカロンの所は公爵だったな。男爵の要請に即決で引き受ける。
「実はこの話。前もって男爵から相談を受けていたのだ。その親身な思いに私は応えようと思う」
「な……なんという広い心をお持ちなのだっ……」
「信じられん……このような犯罪者の未来を憂うとは!」
「素晴らしい……なんと素晴らしい貴族なのだ。まさに王国を代表する貴族の中の貴族と言えよう!」
その姿を見ながら、シオンはつまらない見世物でも見せられたかのように冷めた目をしていた。実際、茶番だ。
「そのお考えは素晴らしいが、公爵はどのようにして更正させるおつもりで?」
「そうだ! その者は罪人なのですぞ。言って素直に聞くような者とは、とてもではないが思えん!!」
「その心配はごもっとも! こちらをご覧いただきたい」
男爵が懐より取り出したのは、貴族であれば誰もがよく知る首輪――奴隷の首輪である。
それを公爵に手渡す。
「この首輪ならば、たとえ相手がBランク冒険者であろうが私の命令に背くことはできない。これを嵌めて心配するようなことは二度と起きないとお約束しよう!!」
奴隷の首輪を高らかと掲げて公爵が茶番に加わる。
「それならば安心だ」「さすがはルイン公爵。貴族の誉れですな」、口々に公爵を褒め称える声が、貴族たちから飛び交う。
人は相手が強大であるなら、優位に立っておかねば信用もできない卑怯で臆病者の種族だ。
これもそれなのだろう。俺という脅威に不安が多く、恐怖でしかたない。
さて、結果的に俺の罪状は何になるかな?
国王の出す裁定を待つ。