八十九話 創造神、ようやっと着く
「皆さま、王都が見えてまいりました。もう少しで到着となります」
検問を潜り、街中へ。
そのまま各自で別れとなった。アルマやルーファス、ルウは家族のいる屋敷に行くという。
残ったオーランドは俺と共にルーファスの所だと思っていたらしくルーファスと王城へ。今回が特別で許可されたようだ。俺が一緒に行かないと分かった時のオーランドの心細そうな顔が頭に残る。
俺はメネアとメルクーアと屋敷へ。
お爺さんは当てがあるらしくどこかへ行ってしまった。
屋敷の入り口前のロータリーには、30人ほどのメイドたちとフェンリルが整列している。空にはホルスたちが飛び回っている。
「おお、なんかあれみたいだ。えっと、飛行機雲を空に描いてやる。オリンピックでもやってたやつ」
アクロバット飛行を行う展示飛行のことを言いたいのだろうか。
「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」
馬車から降りたオレに、メイド達が一斉に頭を下げる。
「よく俺の帰還がわかったな」
「ありがとうございます。ここには観測所がございますので」
俺の居ぬ間にそんなものを作っていたのか。
「後ほど案内してくれ。見てみたい」
「はっ、観測所に通達。ただちにシオン様のお出迎えの支度をしろ」
ここもか。
多少執事とメイドが増えていた。イスタールに頼んでおいた家令の代役が来てくれていたか。
屋敷の中は掃除がされているだけでなく、上級貴族の屋敷にあるような立派な調度品が既に用意されていた。
「おお、これがご主人の居住か。あんまり大したことは無いな」
「これくらいでちょうどいいだろ。広すぎても使わなくなる」
「それもそうか」
屋敷に入るなりメルクーアがだらけ始めた。フェンリルのリルもその隣でくつろぎ始めた。リルとも付き合いは長い。その中でメルクーアとも旅をしていたこともあった。
「失礼いたします。主様、ご夕食は何時頃になさいますか?」
「一時間後でもいいんじゃないか。今日はメネアも休むと良い。疲れているだろう」
学園都市から王都まで要らないとはいえ警戒のため御者をしていたのだ。疲労は残っているはずだ。
「私は大丈夫です。と言いたいところですが、今日の所は主様の仰る通りにしておきます」
「メネアが素直に休みを受け入れるとは珍しい」
「いえ、屋敷を任せていたメイドたちに止められてしまいまして」
「ほほぅ。メネアを止めるようになったか。中々の強者だな」
「それはどういう意味でしょうか、主様?」
「お前を想って止めたのだ。教えた側としては良いことではないか」
凍った笑顔は怖かったが、治まっていく。
それよりも受勲式の詳細だ。
1、受勲式にてSランク冒険者の称号を認める。
2、Sランクになったこと+色々で男爵位を得る。
3、会食パーティー。(料理を作る側にも参加。料理長から依頼を受けたことで許可は得ている)
4、式の後、Sランク冒険者同士で模擬試合を行う。
順調に行けば、この位で終わるはず。
「ってことで三日後に受勲式が行われる。その間はそれぞれ自由にして良し。給仕もしなくていい。休みだ」
帰還した翌朝、全員を集合させて話す。
「ご主人様、休みの日にはちょうど家内順位戦が行われるのですが、それはどうしたら良いですか?」
家内順位戦? 何それ?
「あー、やりたければやってもいいんじゃない?」
「ありがとうございます」
礼を言われることなの、それは?
「よろしければご主人様も参加されませんか!」
え、俺も。
「馬鹿っ! すみません。こいつまだ入りたてでして、てんで分かっていやせんで」
「まぁ、構わないぞ。ただ全員とやれる時間は無いだろうが……」
「でしたら、順位がトップスリーの上位者の内の一人とはどうでしょう」
「一人ぐらいなら――」
「まだ駄目ですよ」
メネアが挟んできた。さっきから中途半端に言葉が遮られる。
「主様に挑戦するならもっと力を付けてからにしなさい。当面は私が相手を致します。ご心配なく。主様の手間は煩わせないので」
「あぁ、そう。じゃ、よろしく」
家内戦に息巻いていたさっきまでの空気が静まった。
ボソボソと「やばい。ボコボコにされる」と囁きが微かに聞こえる。
執事たちは項垂れて解散した。
「お前たちがイスタールから派遣された執事たちか」
来てもらった家令代理には残ってもらった。
「今まですまなかったな。助かっている」
「いえいえ、ここでの仕事も楽しいですから」
「皆さん、シオン様やメネア様の話題を上げると喜々として話されるのでこちらとしても聞き入ってしまいます」
「そうですね。私も彼らの話がよくわかります。ここでの生活は大変素晴らしいものです。料理にしても魔道具が気軽に使えていますから。ただ……」
魔道具か。余所の家では頻繁に生活で使えないという。しかし、ここはそんなにも珍しいというような表情をするほどなのだろうか。
「ただ、どうした?」
「ここの方々は元々奴隷なのですよね? 少々強くなり過ぎでは?」
奴隷に対する忌避感か。しかし、イスタールの選んだ人材だ。違う意味合いか?
まぁ、強くあれば自衛も守衛も可能になる。侵入を許し、屋内戦になる可能性も有りうる。必要なことだ。
「? 奴隷が強くあってはいけないのか?」
「いえ。奴隷が嫌という訳はありません。そういうのではなく、彼らの強さはもう王国騎士団に近いもの、家内順位戦ですか? それの上位の方なんて騎士団以上ではないかと。それにもしも、反逆などされたら」
さすがはベテランの執事。俺の顔から奴隷のことを読み取ったか。
しかし、何か不安そうだ? これは。
「その心配は必要ない。それに別に強くなくちゃここに居れない、ということはない。彼らには確かに守るために力を磨いてもらってはいる。給仕としての能力も多少はあるでしょう。しかし、それに特化したあなた方には及ばない。だから、分担です。彼らが守り、あなた方がここを管理する。それでいいんじゃないのかな」
「少しは不安が拭われました」
「それは良かった。これからもぜひお願いする。それとこちらも疑問だ。ここの魔道具はそんなにも珍しいのか?」
「はい。こんなにも豊富な魔道具の種類には驚きました。一番驚愕したのは、お風呂場でした。あの大きさはいったい?」
「ん? それは従業員たちのではなかったか? そうだったな?」
「はい。その通りです」
新しく来てもらった人に喜んでもらってよかった。
「もちろん、使っていですからね」
「アリガトウゴザイマス。ははは、本当だった」
声が硬いな。
事情をメネアが小声で教えてくれる、どうやらうちの子たちが勝手に主人の風呂を使っているものだと注意したが、大人も混ざっているのでよくわからなくなり、許されているものだと理解はした。
しかし、奴隷に主人が大きな風呂を渡すことがないので納得できていなかったのだという。
子供たちが俺に寄ってきてそれだけじゃない、と話してくれる。
水だってタダじゃない。それを大量に使うこの家が怖かったらしい。
「水はこの魔道具から出るから心配せずとも」
これらは俺の持っていた魔道具だ。別に要らないからここで使っている。水も延々と出てくる。
「素晴らしいことです」
どうやら湯沸かしと水運びが苦行のようで嫌だったらしい。それが必要ないここの風呂に感激している。
「よろしくお願いいたします。では」
そういっても彼らのレベルは三十近い。このレベルなら並の賊程度なら一人でも撃退できるだろうに。
この屋敷の平均レベルは今や八十付近となっているが。不安に思っても仕方がないか。
今晩は摩耶の我儘で酒場での宴を催すこととなった。
解散したつい先ほど――
「シオン様がせっかく昇進するんだからぱぁーっと飲みたいな!」
「給料はやっているだろう。その金で飲んでくればいいじゃないか」
「一人で飲んでもつまらない! みんなで!」
「みんなって屋敷のか?」
「そう」
「なら、買ってきてここですればいいだろう。夕飯時にでも」
「違うんだよねぇ。こう騒ぐときにはやっぱ酒場でしょ」
「お前の理想など知らん」
「やりましょーよー。やりましょーよー。おなか減ったー!!」
摩耶が俺の腕を掴んで振り回す。子供のようだ。前の世界の苦行から精神共々解放されすぎやしないか?
「たまには日本食も食べたいぃー!」
お前の願望を言ってどうする。もはや、俺が関係なくなっている。
「やっぱ日本人なら魚がいいかな。ピザもコーラも恋しい。中華ってのも良いなぁ。おっと涎が」
「メネアに賛成を出させたら行くことにする」
どうせ拒否されることだ。
「その言葉、二言はありませんね? じゃ、行ってきまーす」
聞いたなら返事位待ってから行けよ。
――で、現在地、王都にある酒場、名を精霊の社。