八十八話 創造神、足を再び進める
「ご先祖様の日記にはこう書いてあります。『私の師たちは常に正しかった。私の予想する斜め上を行きはするが、予想以上の成果が伴っていた。私の師たちは凄い』」
元々この国はどこかに属する悪徳の都市だったか。そこにたまたま仲間と旅する俺が訪れた。
そこからその都市は急変していった。
建物の貧富の差がはっきり分かれていたこの地に来て彼らが最初にしたことと言えば、魔術を叩き込むことだった気がする。
こんなことを仕出かし、出てきた衛士から逃げるかと思いきや、さらに暴れた。
彼らのお陰なのか所為なのかはわからないが、住民からは感謝されたそうな。
しかし、彼らの目的はこの悪徳都市の住民を助けることでは無かった。というよりも目的とか無かった。なんかムカついたという理不尽な気分によるものから吹っ飛ばした。
あの時は仕方がなかった。シリウスとちょっとした賭け事をしていた頃だ。
なんと十連敗!
そりゃ、都市の一つや二つ滅ぼしたって責められることは無い。
なのに、潰した後になってアインツに正座させられた。シリウスはすべて俺の責任にしやがった。俺のことを助けてくれようとしていたのは、メルクーアだけだった。
魔術馬鹿のナハトは潰した建築物から魔導書を探すことに夢中になってこっちを何とかしようともしていなかった。
なんて非情な奴らなんだ!
それでその吹っ飛ばしたついでになんか偉そうにしていたのをさくっと殺しまして皆の流れと時間の流れでいつの間にか国王になってしまいました。
そして、両親を殺された彼は一時期は俺に復讐せんと王城に来ては短剣を振るっていた。王城の衛士たちは止めることは無く暖かな目で見守っていた。
時は流れ、少年時代を過ぎたオシリスは両親の間違えに気づく。俺は毎日復讐に来ていたオシリスが突然来なくなってどうしたのかと思うだけだったわけだが、彼が俺のことを悪く思わなくなったというのは酒場で飲んでいた時に店主から聞いた。その内容までは教えてくれなかったが。
と、簡単にまとめるとこうなる。
「こうも書いてあります。『あの方が亡くなり、誰もが彼の復活を望んだ。彼の死を始まりに起こったのはヒューマン同士の争いや汚職・魔物との戦争。あの方が居なくなったことで世界は汚れていった』」
怖い。ただの狂信じゃん、これ。
「復活ですか……蘇生魔術! その時にはあったのですか!?」
「そう書いてあります。しかし、使うことが出来たのは初代国王様だけのようで」
「それは……」
「ご先祖様はですね、かつて初代様に憎しみを抱いていました。しかし、初代様の正しさ・清白さ・美しさを目の当たりにして傾倒し始め、その考えを捨てました。ご先祖様は初代様の意思を受け継ぎ、与えられたこの領を立派に成長させていきました。これらのことを思い、ご先祖様はここにこう書かれたのです。『彼の政策に間違いはない。彼は人々を豊かにさせる。彼は多くの民の心を魅了する』」
太守が熱弁をしてくれる。年頃の男の子ならこういう話に夢中になるものか。それで自分も憧れてってわけだな。
「そして、他の地も初代国王様に恥じない領にすると初代様の配下だった者たちが決起しましてこの国は大きくなっていきました」
あの子がねぇ。
そういえば、復讐が無くなってから頻繁に俺たちに勉学やら魔術やらと習いに来てたっけ。それに倣って貧民街の子供たちも来て手習いをしてたか。その子たちが大きくなってこの国を支えていったか。
ふふふ。それにしても俺に正しさや潔白さ、美しさなんてないぞ。俺は適当にやってただけだからな。
それでもそんな風に映っていたか。節穴か?
俺がしていたのなんて覚えているのでは、多くのヒューマンを城に呼んで話を聞いていたくらいだ。その頃の趣味だっただけで。
人には人それぞれに物語がある。歴史がある。
悲劇や喜劇。その中には、復讐やいじめ、心が病むようなものまでもちろんあった。どうしようも救いようのないものも。
だが、それらが俺に愉悦を感じさせた。
より俺を楽しませた者には、少しばかり報酬を与えた。復讐のための純粋な力や喜ばしい話をした者には必要になるであろうお金を。
それによって物語がどのように進んでいくのか、それもまた楽しみであった。
復讐の対象の大半は悪逆の徒ゆえに裏の世界に蔓延る犯罪もそれに連れて減っていったのは行幸だった。
話を聞くのは、そういう意味合いもあった。本当にあったよ。いや、本当に。上にばかりいると下が疎かになってしまう。
忍んで市街に出て民の暮らしを見てはいても、一場面しか見ることが出来ない。だから、様々な視点を聞くことで内情を知っていた。
そして、宝の山だ。
人を多く見ていると何となく人の才が視えてきてしまう。
武の才を持つ冷淡に扱われてきた異邦人。人を信じることに絶望した魔術の才。知識と経験から未来が予測できてしまったことで気味悪がられて迫害されていた智謀の才。
才ある者は面白い。
見つけた時は踊り狂ったものだ。心が高揚したものだ。
実際はこんなもんだ。
「ほら、ここにも書いてあるでしょう。『彼こそが王。二代目も王としての資質はあったが、それでも彼には敵わない。あと、二代目は話が長い。主に初代の話が。お前の自慢話はいいんだよ』って。これがご先祖様が如何に初代国王様を崇拝していたかわかります。僕も将来は臣下たちに崇拝までは行かなくとも信頼される領主になりたいと思っているんです」
これはどうかと思うぞ。愚痴をここに書くなよ。子孫に語られてるぞ。これがよく許されたな。なんで誰も止めなかったんだよ。
あ、さらに小さく続きがまだある。
『あいつ、玉座に座る者の苦悩があって悩んでいるから悩み相談で酒場に行ったにも拘らず口から別のもん吐きやがった。店に迷惑かけたと思ったら、酒代を俺に全額払わせやがった。そのことをここに証拠として記す』
あ、裏にも。これはまたわざわざ別の言語で。
『かの王こそ全てを統べる世界の王であった。復讐なんて無駄なことだと最初から気づいていた。かの王に出会ってしまえば、全てが些事に変わるであろう』
うわぁ、イメージ代わるなぁ。本当にオシリスくんがこんな風に思っていたなんて驚いたぞ。正直に言ってくれれば良かったのに。
ともかく、彼は俺がいなくなったあとも元気にやっていたということか。今は行けないが、もうここに転移することが出来る。時間が出来たら、墓参りに来るからな。
この後、領を救ってくれたお礼にと屋敷に招かれたが。そういえば今はそんなことをしている場合じゃなかった。王都へと足を進めるため馬車に乗り込む。。太守の少年も受勲式には来るらしいが、まだここでの仕事を終わらせてから来るとの事。
領主館に飾られていた初代国王の絵画は――見ないようにした。
もうオシリスくんがストーカーに見えてしまう。
「あぁ、どこか王都へ行く馬車は無いものかのう?」
と言ってこっちをチラ見してくる翁が一人。それは、乗せてくれ、ってことか?
「おぉぉ、小僧らはもしかすると王都へ行こうとしてるのかね?」
門の前で出発しようという時にお爺さんに話しかけられた。
「爺さんも王都に?」
「野暮用があっての」
オーランドが応じる。
「ユーノ、この人はここの住民なのか?」
「違うと思いますよ。僕は見たことがありません」
では、この翁は何故ここに?
俺たちが話している間、翁とオーランドは仲良くなっていた。
その話の内容が、
「女子はええのう。じゃが、もっと発育があった方が儂的には」
メネアは体型的に的から外れたようだ。アルマもルウも子供。そこはちゃんと線を引いているみたいだ。
「爺さんはまだまだ元気だな」
「おうとも。まだまだ若ぇもんには負けちゃおれん」
「ところで、爺さん、それ猫の毛か?」
「おっと付いていたかの。ちと戯れたときに付いたものじゃな」
オーランドも話には乗り、女性への執着はまだ残滓があったみたいだ。そのくらいでちょうどいい。前までは酷かった。
「なぁ、シオン。この爺さんも馬車に乗せていいかぁ?」
「……」
「シオン、どうかした?」
「ああ、アルマ。いや、何でもない。オーランド、俺は構わない」
あの翁の振る舞いが歴戦の戦士の様。背中の曲がったヨボヨボの爺さんなのにそう思わされる。
「そうか。良かったな、爺さん」
本人が名乗るつもりが無いのなら、俺が言うことでもないな。
「助かるわい」
このお爺さんも一緒に王都へ。
その道すがら特に何もなかったのだが、一つ気になることがあった。
しかし、メネアは何もないと言う。
シオンたちは知らないが、確かにあった。
道中、森の中の道に護衛に囲まれた男が盗賊らしき男に絡まれていた。
「おらっ、さっさと運べよ! 荷物と女を降ろしていけ」
「やめてください」
弱腰ながらも抵抗する男。
「俺らが誰かわかってんだろうなっ! 逆らうってんのか?」
「ひっ。そ、そんなつもりはありません。許して下さい」
「ばーかっ。謝るんなら最初から抵抗何てすんじゃねーよ」
「ま、許すわけも無いがな。ここらで俺らに逆らうとどうなるか教えてやるからな。こっちこい!」
「い、嫌だ! ご、護衛の方! 助けてください!」
助けを求めるも男の声に反応する護衛は誰一人としていなかった。それよりもどうすれば自分が助かるかを一生懸命に探っていた。
そして、助けを求めた態度が気にくわなかったのか旅人の顔が殴られる。
折れた鼻から血を噴き出しながら地面に横たわる旅人の男の髪を掴んで、地面を引きずり回しながら男たちは楽しそうに大笑いしているのだ。
「おいおい、自分からケンカ吹っかけておいて弱すぎだろうがっ!」
「ワハハッ! おら、殴り返してこいよ」
「俺たちに喧嘩を売ったんだ。徹底的に教えて――おっ!? おい、あれ見ろ!!」
「馬車か。追加だ。あれもやるぞ!」
「「「ウェェェイ!!」」」
男たちは旅人に興味を失い、捨てて馬車の前に立つ。
「おらっ! そこの馬車、ちょっと止まれ――ぐふっ!!」
馬車は止まることなく進み続け、立ちはだかった男を躊躇なく轢き殺した。その後、道に捨てられた旅人の死体を踏みつぶして進む。
「は!?」
通過後、その馬車の上に何故か存在する砲台のガトリング砲から無数の魔力弾が射出される。
それらはシオンの【固有スキル マップ探査】とリンクされており、容赦なく敵性のある者たちの身体を貫通させていく。しかしながら、その貫通弾は止まらずに端っこの方にいた旅人の護衛までも敵味方関係なく殺していった。
敵がいなくなったことでその砲台は止まり、馬車の後に残ったのはトレント製の紙が落ちていた。
「うーん。さっきまで敵勢力の反応があったんだが、すぐに消えた、何だったのだろうか?」
外で何があったのかは露知らず中では――
「こいつがな、なんと竜を倒したことでSランク冒険者になるんだよ。しかも、貴族にもなるんだぜ。すげぇよな」
「ほうほう。そりゃ凄いの」
「もうあんたが威張らないの。まったく」
この通り。
地面に転がった赤く濡れた肉は、血の匂いに誘われて魔物たちが美味しく頂きましたとさ。