八十七話 創造神、その後の事
シオンが見つめる中、魔族領域に帰った死霊術師は誰もいない部屋で叫ぶ。
「うわぁぁぁん、怖かったよぉぉ」
「何あれ、あんなの知らない! あんなの魔王様以上じゃん! 魔王様の方が優しいよ! たまにお菓子くれるし!」
シオンに向けていたアンデッドの軍勢は死霊術師の彼女が魔王に頼み込んで強化を頼んだものだった。その強化でリッチやスケルトンのランクは一段階上がって厄介なものに。
「私の兵隊、全然役立たないし。リッチなんて簡単にあしらわれてたし」
「もう、やだー。人間の街を襲う虎人の監査なんて楽な仕事だと思ったよぉー。なんで人間にもあんなのいるの!」
「勇者っぽくはなかったのに。ふざけんなー! ああいうのは何か特別な職業だったり称号だったりするもんじゃん!」
鬱憤を発散したくもなる。
「……あー、吐き出したら楽になった」
死霊魔術師は一人ごちる。
「魔王様に報告行かなきゃ。ほんと分別の良い魔王様で良かった」
「あ、虎人族の帰還も確認しなきゃ」
「やることいっぱい。めんどくさーい」
それでも死霊術師は仕事のため魔王の玉座の間へ出勤する。
・・・
「創造神アイゼンファルド様、#%&"!?@!$の世界の管理者の最上位神様が面会を所望していますが、いかがいたしますか」
シオンに神界から中級神の心話が繋がる。面会を申し込んでいると聞いてシオンのスキップが空中で一時停止したように固まる。
「#%&"!?@!$の世界管理者となると、女神シュルトか?」
確認は重要だ。もしかしたら、違うのかもしれないのだから。
「はい。伝言を預かっています。『私の世界で一番辛いものが出来たから一緒に食べよう』とのことです。シュルト様の他に同じく#%&"!?@!$の世界の管理者であるエリザ様もいらっしゃっています」
うへぇ。また出来たのか。
「わかった。ちょっとしたら戻る、と伝えておいてくれ」
神にとっては一日も千年も変わらないようなものだ。暇が出来たら、会いに行くとしよう。
「わかりました。そのようにお伝えさせていただきます」
あいつは偶に断ると、暴れだすからなー。
女神シュルトは#%&"!?@!$世界線で最上の地位に属している。そして、その地位の中の武神に位置している。最上位武神が管理者、いまでも不安はある。
しかし、自分でやると言ったからにはあいつは熟すやつだから不安ではあっても任せられる。
その世界はアイゼンファルドが以前創り出した世界だが、その世界で出来ることは全て終わらせてしまい、つまらなくなったので管理者をつけて、また新しい世界を創ったのだった。
・・・
指揮官を失ったアンデッドは通常種の一段階上の上位種でも容易く狩れるようになった。
衛兵が五人がかりで上位種を倒している。
虎人に彼が撤退を決めたことを伝えに領主館に戻る。
「死霊術師の魔族は退いた。即刻虎人諸君も帰りたまえ」
「そうか。あの人でも」
なんだ。虎人の指揮官君は彼女の性格を知っていたのか。
「待ってください! 彼ら魔族は父上を、スーリア領のみんなを、殺した挙句に操っていたんですよ。許されるはずがない!」
スーリア領の若き太守の少年が吼える。それに続き、文句のある者たちが加わる。
「そうだ。奴らは、俺の仲間を……」
涙ぐむ防具を着た男性。
「ええ、ええ。あいつらは私たちの家族に卑劣な行いをした。償わせるべきです」
悲しみを感じていながらも強く意見を述べる女性。
これらの意見を聞いても俺にはわからない。
何故に怒りの言葉を発しているのか。
死者の中には、復讐したいと願う者もいるかもしれない。
裏切られた者、捨てられた者。その者たちの死の間際に残す、返すことの出来ない怨恨。
そんな者にとっては死霊術師は復讐する機会を与えてくれた救世主に思えるだろう。
「何故?」
つい声が出てしまった。
「え?」
「何故って魔族共は私たちの家族の命を操っていたんですよ」
「すでに死んだのだろう。それで襲ってくるというのなら、ただの敵ではないか」
「あの子は私のことを呼んだのです! 命を弄んでいたんです!」
「ならば、闘えばよい。闘って倒せばよかった」
「そんなの……」
「相手が強くては無駄死に、か?」
男は言葉にならなく、シオンが代わりにより酷い言葉に変換して口にする。
「あ、あぁ、その通りだ!」
「それでも挑め。挑んで死ね。お前の家族を解放してやるのがお前でなくてどうする。例え死んだとしてもそれをお前たちは自分でそう望んだのだ。後悔はあるまい」
「なっ!?」
人の心とは弱いものだ。人の形をしているだけで殺しにくくなる。それがすでに死んだはずの家族であっても。それが余計に、ということなのかもしれないだろうが。
「では、どうするの言うのか。怒りに身を任せ、その怒りをぶつけてみればいいのでは? ほら、憎む敵は目の前にまだいるぞ」
女性は動かない。
「だろうな。どうせ衛兵か領主の力にでも肖ろうとしただけなのだろう。そもそも自分たちがこの戦の勝者と思わないことだな。この戦、俺がこいつらに勝っただけでこの領土としては何もしていない。むしろ、負けていた」
「そんなことはっ……!」
「いいや、負けていた。虎人族の指揮官の彼が好戦的では無かったから平和的であったから生きていられるだけだ。彼らが侵入できた時点で暴れて死者を作り、死霊術師がその死者を使う。この領は簡単に落ちていたぞ」
術に汚いも綺麗も無い。
「それはあんたが強いから――強いから言えるんだ!! みんながみんなあんたの様に強いわけじゃない!!」
「その通りだ。よくぞわかってくれた。俺が強者であるから。お前たちが弱者であるから奪われて当然。それが世界の真理だ」
「強ければ何をしてもいいのか!」
「またまたその通り。強ければ何をしても構わない。それは誰にでも適用される平等であり、理不尽なルール。だからこそ、力を求めよ」
死霊術師が死者で死者を作るように、魔術師だって魔術で死者を作る。戦士も同じく。
守られている者は生死についての要求をしてはならない。弱者に生死の選択の余地なし。これは俺の持論だ。
与えてばかりでは人は人ではいられず、守っている存在を支配していく。それは奴隷と主の関係。
逆に、与えられてばかりではいつしかそれが当たり前に変わる。それもまた奴隷と主の関係。守る側は守られる側に助けてもらうことを強要される。時が過ぎれば、守られる側の傀儡になる。
だからこそ、俺は強者を望む。誰にも依存しない者なら世界を保たせることが出来る。
まぁ、単に趣味の部分もあるが。むしろそっちの方が多いかな。
「報告! 敵勢力、鎮圧を完了いたしました」
「……え、あ、ありがとう」
虎人族の帰りとアンデッドの掃討を太守の少年に知らせに衛兵が告げる。
「今回は偶々助かったことを肝に銘じておけ。……って偉そうに言ってみたが、俺には合わんな。自由に気ままに観察している方が面白い」
理不尽を嫌え、憎め。自分の意思を通したくば、反逆の意思を持ち、強者に抗え。それがお前たちを強くする。
こういった活動な地道に。
これをあと数回でもしたら扇動のスキルが手に入るのだろうな。常人からしてみれば【扇動】は悪に傾いているから獲得したくはないな。
「は、はぁ」
「でも、俺の言ったことは本心でもあるので気を付けるようにね」
それでもなんか空気悪いなぁ。
「そうだ。せっかくこの街に寄ったのだ案内でもしてくれないか。それで先ほどまでの発言を忘れるようにしよう。そうしよう」
すべてが当てはまるわけではない。別の世界では、全く違うその世界のルールが成り立っている。色々な世界が在るのだ。こんな弱者が奪われるような世界ではない。それぞれの見る世界では違うところも出来つつあるのかもしれない。
しかし、この世界はどこまで行っても弱肉強食のような世界。
ならば、それに適応するしかないのだ。人とは犠牲なくして生きられぬ生物なのだからな。
「領主様の街案内なんて初めての経験だぜ」
「元気でいいわね、オーランドは」
馬車に戻った俺はまず「子供が子供の誘拐なんて! 育てられないでしょ!」とアルマに怒鳴られた。
その後、ちゃんと子供が領主だと説明してなんとか誤解は解けたが、なんとなく妙な空気になった。
「あ、ユーノ様。あの像って誰なんですか?」
ユーノって誰だ?
あ、この少年太守のことか。
「その像はこの領土の最初の太守が建てたものでシルファリオン王国の初代国王を模して作られたそうです」
あっ、この少年の名前か。で、今何の話? ……おー、この像は俺だったのか。美化しすぎだな。最初に見た時、俺自身が変な感じになったぞ。
だが俺は銅像なんて作らせたことは無かったはずだが? 銅像の俺、腕を組んで遠くを見ている。現実逃避した時のかな?
「ここの初代太守は初代国王陛下の信者だったそうで像を立てるにまで至ったみたいですね」
おー、ここに最初したとはオシリスくんだったけか。
オシリスくんは俺の信者だったんだ!? あの時の俺たちの中では新入りだった。俺にはいつも反発していた子だった印象。
まぁ、彼の親を俺が殺したってのが原因かな。